ギンレイで観た全映画を語る2

シリーズ第2回目。過去に僕がギンレイホールで実際に観た全映画の紹介コーナー。

なお、重ねて書かせていただきますが、申し上げるまでもなく、この企画はギンレイホールでの上映を振り返るだけではなく、ここで紹介させてもらう映画をまだ観ていらっしゃらないという方は、今では映画のソフトをレンタルしたり、購入したりすることで、自宅でも自由に楽しんでもらうことができるわけですから、読者の皆様のそんな映画ライフの一助になればとの思いもあります。

映画ファンの一つの道しるべになってもらえると嬉しいですね。

 

通算で10回シリーズくらいにはなりそうなので、継続して映画を紹介するに先立って、ギンレイホールでのエピソードというか小話を毎回冒頭で書いてみることにします。

トリヴィアと言ったら言い過ぎですが。

 

【エピソード1】

いつも思っていること。

先日、たまたま病院の「ギンレイホールで観た映画を語る会」のメンバーとギンレイホール入場行列の尻尾でバッタリ遭遇して、そのまま隣り同士で鑑賞。こんなことはないんです、普段は。親しい仲間でも観る時間帯がそれぞれ違うから一緒に観ることは全くない何とも冷たい関係(笑)。

その際に彼女にもワクワクしながら伝えたこと。これは実はギンレイホール独自のことではなくて、どこの映画館でも一緒なんでしょうが、僕がもうそれこそ何十回もギンレイホールに通い詰める中で、その都度、ワクワクドキドキさせられるので、どうしても語らないわけにはいきません。

 

それは、予告編が終わって、ギンレイホールのPR(これは例のパスポートのギンレイ・シネマ・クラブのPRです!)が終わって、最近はその後におもしろおかしいアニメによる映画鑑賞時のエチケットマナーなんかのお願いコーナーがあり、それも終わって、いよいよ本編がスタートしようとするその瞬間なんです。

この瞬間、厳密に言うとその直後のほんの一瞬に毎回、毎回、ワクワクドキドキ、期待に胸を躍らせているんです。

知る人ぞ知る、その直後!

 

館内が真っ暗になると同時に、今まで見ていたスクリーンが、ガーッという音と共に左右に大きく広がるんです。

この瞬間ですね。僕がたまらないのは。

正確に言いますね。

真っ暗になっていよいよ本編が始まるというその瞬間に、画面が大きく左右に広がる映画がある!これがたまらないんです。決して全部ではないというのがポイント。

 

このガーッという音。ザーッという方が近いか。ガーッと広がっていった画面が左右の端まで来て、ピタッと止まる。

この時の胸の高まりって、一体何だろうって毎回思うんです。

映画によって、広がったり、そのままだったり。大画面というかワイド画面の映画は広がります。

正確に数えたことはないけれど、アメリカの大作はほぼ間違いなくほとんど広がるし、やっぱり広がらない方が明らかに少ない。

広がらないときには、正直に言って、何だ大画面じゃないんだと、瞬間的にガッカリ。

あの音がいいんでしょうね、あのガーッなのか、ザーッなのか。

何だ広がらないやと一瞬残念に思いながら、もうその直後には、始まり出した映画に釘付けになっているので、落胆もほんの一瞬なんですが。

おしまい。

では、全映画コメントの第2回目のスタートです。

ガーッ!。ザーッ!。

 

5 2017.4.29〜5.12

  ◯ ブルーに生まれついて

            アメリカ・カナダ・イギリス合作映画

   監督:ロバート・バトロー

   主演:イーサン・ホーク

 

この映画はかなり好きだった。有名なジャズトランペッターにしてヴォーカルもこなしたチェット・ベイカーを描いたこの映画。僕はベイカーに魅力を感じていたこともあって、心奪われずにいられなかった。

映画を観ると、華やかなデビューと人気を得るまでに本人自身も、また恋人を始め周囲の人々も相当に苦労したことが良く分かる。そして、様々なミュージシャンにありがちな麻薬との関係に、天才を浪費してしまうお決まりの展開。何で断ち切れないのか⁉️恋人でなくてもそう思わずにいられない。

周囲の皆んなが彼を助け、立ち直らせようと必死なのに、本人はどうしてもヘロインから抜けられない。全く情けない男だが、それが人生というものなのか。

映像がセンスに満ち溢れたもので、彼の上品でいて洒脱なトランペットのよう。イーサン・ホークはこの天才にして情けない主人公をこれ以上ない素晴らしさで演じ切った。これはやっぱり観てもらわないと。

 

 ◯ ジュリエッタ  スペイン映画

  監督:ペドロ・アルモドバル

  主演:エマ・スアレス、ダニエル・グラオ他

 

スペインの世界的な名匠アルモドバルの長編映画20作目だという。

とってもいい映画。胸が締め付けられるたまらない作品。切なくて、悲しくて、やるせなくて。

恋人にも愛され、順風満帆な人生を歩んでいるかのように見えるジュリエットには誰にも言えない辛い過去を抱えていた。

苦労して育てあげてきた最愛の一人娘が12年前に突然姿を消してしまったのだ。たまたま見かけたとの古い知人の情報を得て、たった一人で娘を探し出そうとするのだが。

そこで浮かび上がるジュリエットの過去と娘の蒸発の真相、それにどう向き合うのか。母と娘の切なくて愛おしい愛の話し。

若き日のヒロインを演じるのはアドリアーナ・アガルテ。あの大ヒットしたテレビドラマ「情熱のシーラ」で一躍注目された新進女優。何とも美しい人。もうため息が出るばかり。苦難に満ちた女の一生が切ない母と娘の物語として雄弁に語られる。

この哀切に満ちたストーリーもさることながら、若き日のジュリエットと現在のジュリエットが一瞬にして入れ替わるシーンなどアドモドバルの映像マジックに酔わされる。

そしてアドモドバルならでのは色彩の豊穣さ。この人は色彩で心のうちを語る。その鮮烈さに圧倒されてしまう。

 

この2本の同時上映が正にギンレイホールならではの醍醐味だ。久保田さんのチョイスの妙なのである。

アメリカのジャズトランペッターの話しとスペインの娘を捜索すると女性の話しでは似ても似つかぬ2本なのに、どちらも好きで好きでたまらない存在がこっちを向いてくれない渇望感に苦しみ抜く話しで、思いの底にあるものは共通。そのシチュエーションこそ全く違うものの、共通する思いに接することで、映画の世界が深みを増すばかりではなく、不思議なことに何か救済される気持ちになるのは一体どういうわけなんだろう?

これぞギンレイホールの醍醐味。2本の別の映画から新たな映画が誕生するかのような神秘体験を味わえる瞬間が、確かにここにはあるのだ。これを至福の時と呼ばず何とする。

 

6 2017.5.13〜5.26

 ◯ 湯を沸かすほどの熱い愛  日本映画

  監督:中野量太

  主演:宮澤りえ、杉咲花オダギリジョー

 

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ギンレイホールでは洋画が中心ではあるが、3ヶ月に一回程度、邦画の二本立てが回ってくる。これが本当に選び抜かれた名作、傑作ばかりで、多くのファンがそれを心待ちにしている。

 

この湯を沸かすほどの熱い愛も見応え充分の素晴らしい作品であった。

実際にこの宮沢りえが主演した映画の人気は大変なもので、この時僕は初めてギンレイホールが完全に満席になるのを体験した。これには驚いた。前も後ろも右も左も完全に埋まっている満席状態。

以後、何度か同様の満席を体験したが、何故か決まって邦画なのである。嬉しいことではある。

 

宮沢りえ扮する銭湯のおかみさんがダメ夫を尻目に孤軍奮闘し、銭湯を蘇らせるのだが、肝心のところで病いに倒れるという奮闘記。 

これはもう完全に宮沢りえのための映画。ここでの宮沢りえはもう非の打ち所がない。役柄も最高なら、その演技力も申し分なく、女優宮沢りえの実力を遺憾なく発揮して、映画史に残る作品になったと思う。あのかわいい女の子が大した女優に成長したものである。

タイトルの言われは観てのお楽しみ。この当時、僕は松坂桃李が大の苦手であったが、この映画で初めて好きになったという忘れ難い作品でもある。

 

永い言い訳  日本映画

  監督:西川美和

  主演:本木雅弘竹原ピストル藤田健心他

 

西川美和は日本が誇る世界的な才媛だが、僕は何故か過去の話題作を見逃していて、初めての西川美和が楽しみでならなかった。

才能はありながらも人を愛することを知らず、身勝手な売れっ子作家である元木が、妻を事故で失うことでようやく自分の欺瞞に満ちた生き様に気がつき、真摯な人生に向き合うという話しだ。幼い男の子と向き合うことで人間性を取り戻すということなのだが、予定調和的なラストが正直なところあまり好きにはなれなかった。

西川美和がそこまで騒がれる程の才能の持ち主なのかも良く分からない。

もちろん見応えのあるいい作品で、けなすつもりは毛頭ないのだが。

監督の西川美和は同名の小説を自身で書いており、僕の合唱団の仲間は、この小説の方がずっと素晴らしいと言っていた。僕はまだ未読だ。

 

7 2017.5.27〜6.9

 ◯ ヒトラーの忘れもの

                    デンマーク・ドイツ合作映画

  監督:マーチン・サントフリート

  主演:ローラン・ムラ、ルイス・ホフマン他

 

これもヒトラーナチスを描いた映画なのだが、今までのナチス関連映画とはまるで違う。

ヒトラーナチス後のいわばドイツに対する報復を描いた映画なのである。こういう視点で映画が作れるんだと世界中が驚嘆したのではないか。史実にかなり忠実に作られているようだが、こんなことがあったなんて、ヒトラーナチスに詳しい僕でもあまり知らなかった。

痛ましい話しだ。

終戦間際にナチスデンマークの海岸線に地雷を山のように埋め込んだ。そして敗戦となるのだが、その海岸線に無数に埋められた地雷をドイツの若い兵士、少年兵たちにトコトン撤去させた史実を描いている。

確かにナチスが元凶であることは分かるが、まだ実戦の経験もないような少年兵を、食事も与えずほとんど奴隷のようにこき使って、生死の狭間での地雷の撤去作業をさせるのは観ていて本当に辛い。これをデンマークがやった。撤去に失敗して次々と若い少年兵たちが死んでいく。戦後のソ連によるシベリア抑留に似ているかもしれない。

 

ここではひどいのはデンマークの指揮官で、ドイツの少年兵たちには同情を禁じ得ない。

しかし、その鬼のデンマーク指揮官とドイツの少年兵たちの間に、やがて妙な連隊意識も生まれてくるのだが、鬼の指揮官を上で指示するものが当然いるのだ。そしてその挙句の果てに待っていたものは。

 

これは是非とも観なければならない問題作。

ナチスがひどかったのは明らかだが、他はみんな被害者で善人ばかりだったのか。問いかけはいかにも重い。

 

◯ アイ・イン・ザ・スカイ

        世界一安全な戦場   イギリス映画

  監督:ギャヴィン・フッド

  主演:ヘレン・ミランアラン・リックマン

 

これもまたズシリと重いやり切れない映画であった。自らは安全な作戦室で無人兵器のドローンを操作してテロリストのアジトを襲撃しようとする現代の戦争のあり方に警鐘を鳴らす問題作。

 

英米合同でのテロリスト捕獲作戦を展開する作戦室。ケニア・ナイロビでの隠れ家を突き止めた指令室ではドローンで一網打尽にしようとするが、そこに現地の少女が隠れ家に近づき離れない。チャンスは今しかないというその時に、少女の救済とテロリストの殺害との究極の選択を迫られることになる。しかも遥か離れた安全なロンドンの作戦室で。

女性将校役のヘレン・ミランはさすがにうまい。この苦渋の選択をどうさばくのか。苦渋の表情はどこまでも深く深刻だが、自分たちは痛くも痒くもないところがいかにも現代だ。

 

これが今日の戦争の最先端の形なのだろう。

観ていて胃が痛くなってくるが、それ以上に答えが導き出せないことの方がよっぽど苦しい。

どうしてこの世から争いと戦争が消えないのだろうと素朴な疑問が次々と込み上げてくる。

 

今回は6本しか紹介できなかったが、5,000字近くなってしまった。

 

続きはまた次回。

どうぞお楽しみに。