「タレンタイム 優しい歌」のこと

これも同様にギンレイホールで観た全映画4の中で絶賛させてもらった「タレンタイム 優しい歌」を、独立させてまとめてみました。こちらも併せてお読みください。

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しゃぼん玉の感動も覚めやらぬ中、それを更に上回る素晴らしい名作に出会えるとは夢にも思っていなかった。しゃぼん玉から2週間後。散々泣かされた後で、更に号泣を強いられるとんでもない感動作に出会ってしまったのだ。「タレンタイム 優しい歌」だ。

これは何とマレーシアの映画なのである。皆さん、マレーシアの映画って想像が須藤できますか?熱狂的な映画ファンの僕は、ヨーロッパやアジアの辺境の地の映画も積極的に観ているのだが、恥ずかしながらマレーシアの映画と言うのは全く知らなかった。だが、このマレーシア映画が、素晴らしい傑作だったのだ。

しゃぼん玉同様に、何も期待しないで観ていて、そのマレーシア独自の文化や風習が理解できずに、序盤は正直わけが分からない。ところがそのうちに全体像が掴めるようになってくると、この映画のとてつもない深さと、並外れた初々しあさというか、新鮮な感動に魂が揺さぶられ続けることになる。そして、最後は涙が止まらないどころか、号泣を通り過ぎて嗚咽状態になってしまう。ここまで泣かされた映画はとても思い出せないのだ。

マレーシアのとある高校でタレンタイムという音楽コンクールが開催されることになり、厳しい予選をくぐり抜けた3人の高校生とその家族模様が描かれる、言ってみればそれだけのことなのだが、選ばれた高校生たちの青春ならでは胸が苦しくなる恋愛感情を主軸に、その家族の在りざまが、マレーシアならではの複雑な民族構成と宗教が切実に絡み合い、計り知れない苦悩が浮き彫りになってくる。それだけではなく、主人公の1人は全く音が聞こえないという思い障害を背負っている。それなのに素晴らしい歌を歌うヒロインを深く愛して激しい恋に落ちる。

それぞれの悩みと苦悩を抱えながら、いよいよコンクール本番を迎えることになるのだが・・・。

これは実際、何という映画だろう。高校生を描いた初々しい青春ドラマでありながら、深刻な民族対立と宗教対立がそこに深淵な影を落とす。そして最後は、人はいかに生きるのか、人が人を愛するということはどういうことなのか、愛の深さと強さを優しく描き出すのである。

中盤以降号泣しっぱなしの僕は、今、思い出しても涙がこみ上げるシーンがいくつもある。本当にここまで素直に感動できた映画は思い出せない。

監督は女流のヤスミン・アフマド。母方の祖母は日本人だという。今後のアジア映画を支える天才として期待されながら、何とこの映画を撮り終えたと直後に急逝してしまった。脳出血だという。54歳の若さである。それほどこのタレンタイムに全てのエネルギーを注ぎ切ってしまったということであろう。感無量である。

生涯に残した長編映画はタレンタイムを含めて6本。ヤスミン・アフマドは日本が世界に誇るあの小津安二郎から影響を受け、最も好きな映画は男はつらいよだと言う。にわかに信じがたい話しであるが、タレンタイムを観ると小津安二郎にも男はつらいよにも通ずる世界が確かにあって、他の作品も観たくてたまらなくなる。

これだけ語っても、このタレンタイムの魅力を全く語っていないことにハタと気がつくのである。これは音楽を描いた映画なのだ。ヒロインが歌う「エンジェル」の美しさ。これだけで、この映画が大好きになる。曲は全てマレーシアの人気シンガーソングライター、ピート・テオが作曲したものだが、マレーシアにこんな素敵な歌があるのかと衝撃を受けるほど魅力的な歌の数々。

こうして、あるとあらゆる面から、このタレンタイムがかけがえのない映画だと痛感させられる。衝撃を受けた僕は、病院の職員と合唱団のメンバーにこれは絶対に観なければならない映画だと熱く迫り、中々上映されない中、10人以上を劇場に案内すること成功。感動を分かち合っている。

中々上映の機会はない。ディスクも販売されない。観る機会があったら、絶対に観過ごすことのないようにと切にお願いするものである。

ギンレイホールでの上映がなければ、僕がこのタレンタイムと出逢うことはなかった。ギンレイホールに心から感謝したい。