大怪我を負ってしまう 前編

熱々たけちゃんです。
僕はかつてナイト・シャマラン監督の「アンブレイカブル」がヒットした頃、2回に渡って大きな交通事故を起こし、その際に車は全損、グシャグシャに壊れてしまったのに、我が身にはかすり傷一つないということが続き、一時、アンブレイカブルと呼ばれていた。

職場のソフトバレーボールの大会で、チームを応援していてアキレス腱を断裂するなんていうガラスのような壊れやすい側面や、同じ職場でお年寄りの送迎に行った際、車に頭をしたたかぶつけて血だらけになり、何針も縫ったとか、怪我ばかりしていた記憶もあるのだが、概してケガには強く、正に不死身だと信じていたのだが・・・。

一昨日、大怪我を負ってしまった。全く不甲斐ない。面目無い事態に気落ちしている。
これを詳細に報告しておきたいと思う。

一昨日の土曜日、合唱団の練習があって、いつものとおり仲間と飲み会に参加し、ほろ酔い加減で帰る途中。
元々アルコールは飲める方ではあるので、ビールを中心に一昨日もそれなりに飲んだことは飲んだが、いつもよりは抑え気味、そんなに飲んだわけではない。

記憶も足取りもしっかりとしていた。JR横浜線に乗って、最寄駅の町田に到着し、バスに乗る。そこまでは何の問題もなかった。

というのは、以前、合唱団の練習の後の飲み会後、完全に記憶を失い、何時間も電車に乗り続け、あっちこっちの電車を彷徨い、帰宅までに4時間近くもかかった何てことがあったからだ。あの時は本当に記憶が全く消えてしまってどこをどう彷徨っていたのか、どうやって自宅まで帰ってこれたのか、全く覚えていない。

その時に比べれば、一昨日はもう全く酔ったうちに入らないほどしっかりとしていたのだが、自宅を目前にして大怪我に遭遇。全くもって理解できない。あの時、一体何が起きたのか?

バスに乗って、最寄りの停留所でちゃんと降りた。そこから家まではほんの2〜3分程の至近距離。バスを降りて横断歩道を渡らないといけないのだが、その時から大怪我を負うまでの記憶は完全に飛んでしまっていて、記憶にない。

降りたところまではハッキリと覚えている。その後、転倒して大怪我をするまでに何があったのか?
その時の衝撃が大き過ぎただろう、肝心なところの記憶が飛んでしまっている。

事実としてはこういうことが起きた。
時刻は夜の9時半頃だったと思う。僕はバスを降りて、目の前の横断歩道を渡りきったところで、激しく転倒し、そのまま身動きできなくなってしまったのだ。何が起きたのかトント見当がつかない。

とにかく転んで動けなくなり、あっちこっちから血が出ているようだけれど、立ち上がることも何もできない。
一体何が起きたんだろう?前後不覚に陥りながらも、ああ、大変なことになっちゃったな?ここはどこ?
そんな感じだった。血が出ていることは良く分かったが、その時はそんなに痛みも感じていなかった。

そうこうしているうちに、誰かが近づいてきて、声をかけてくれた。これはクリアに覚えている。
全く立ち上がれない僕に近づき、大丈夫ですか?どうしたんですか?
そう言ってソッとハンカチを渡してくれた。僕は健気にも「大丈夫です、大丈夫です、これは要りません。心配要りません」と渡してくれたハンカチをお返ししようとする。しばらく押し問答。男性は「いいですから、いいですから使ってください」と、そのハンカチを僕に握らせたまま立ち去った。

後で、女房がラルフローレンの高級なハンカチだったと教えてくれた。どこのどなたなのか全く分からない、凡その年齢すら全く分からないが、優しい綺麗な声だったことだけは良く覚えている。比較的若い方だったのかもしれない。

それからどうやって家まで帰ったのか、ほとんど記憶にない。何とか立ち上がり、フラフラしながら、家まで帰ったのだろう。

家で出迎えた女房はビックリ仰天。たまたまその夜は都内で一人暮らしをしている娘も実家に帰っていて、二人で大騒動。確かにそれはそうだ。
僕の怪我は思っているよりも激しく、明るいところで見るとものすごい形相となっていた。

顔面が酷い状態になっていた。その顔の傷は大きく2カ所。右頬の傷は縦にザックリと割れて、血が流れている。それよりも見る者を驚かすのは右目の上のオデコの傷。これが驚くほど膨らんでしまって、ものすごいタンコブが出来ている。触ってみてもものすごい膨らみ。どうやったらこんなに膨らんでしまうんだろうと不思議でならないレベル。もうあのお岩さんそのものである。

これは一大事と女房が夜間救急を調べてくれるが、肝心の町田市民病院が内科系だけで、対応不可。外科系は聞いたことのない遠方のクリニックで、断念せざるを得なかった。
僕は病院に勤務しているので、自分の勤務先の病院に行くことも一瞬、頭をかすめたが、この時間に、この傷のままで御茶ノ水まで行く気には到底なれなかった。

取り敢えず消毒だけの応急処置をして早く寝ることにした。傷は顔面の2カ所の他にも、左手の手のひらや腕にも痛々しい傷が生々しい。
それら全ての外傷に、女房が消毒・殺菌のクリームを刷り込んでもらったガーゼをあっちこっちに貼ってもらって、何とか就寝に漕ぎ着ける。

もちろんスンナリ寝られたわけではない。気になったのは左肩と首が痛くてたまらなかったことだ。左肩を路面のアスファルトに激しく打ち付けたんだろう。肩には真っ赤な擦り傷が残っていた。その肩が痛くて腕も頭より上に全く持ち上げることができない。
そして首全体の痛み。激しいむち打ち症というのはこういう感じだろうかと心配になる。

夜中に目が覚めると、とにかく肩と首が痛くて、これには一番苦しめられた。顔面を大きな傷が2カ所あり、絆創膏でガチガチに貼っているので、上を向いて、つまり仰向けに寝ているわけだが、何とか傷のない左側に寝返りを打とうとするのだが、これが微塵たりとも動かせないのである。

ちょっとでも向きを変えようとすると肩と首が痛くて、もう我慢ができない。激痛が走る。これは辛い。もちろん、起き上がるのも実に難儀。自力では起き上がることもできなくなってしまっていた。

そう言われれば、昨夜、女房に傷の応急処置をやってもらって、二階の寝室に上がろうとする際、起き上がれなくて、女房と娘に両手を引っ張ってもらったことも脳裏に浮かんできた。

これはヤバイ、そう痛感させらる。これはどうなってしまうんだろう。顔面の傷に加えて、肩と首を痛めてしまったことは明らかだ。ヤバイ、咄嗟にそう悟った。

後編に続く。