後編:「希望の灯り」&「僕たちは希望という名の列車に乗った」

それでは、前編で書いてきた東欧革命とその後の共産主義陣営の消滅を踏まえて、具体的にこの旧東ドイツ関連の2本の映画を紹介しよう。

 

希望の灯り」 2018年 ドイツ映画

監督:トーマス・スチューバー

出演:フランツ・ロゴフスキ、ザンドラ・ヒュラー、ペーター・クルト 他

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この映画のことは、実はあまり期待していなかった、と冒頭から身も蓋もない言い方から始めてしまう。

というのは、予告編を2回も観たが、それはストーリー全体が全て分かってしまうほどやたらと丁寧なもので、しかもそのストーリーというのが、何もない、極めて平坦な起伏のない映画のように思われたのだ。それだけではない。例の宝物にしているギンレイ通信に書かれた紹介にも、「旧東ドイツを舞台に、慎ましく生きている人々の日常と人間模様を淡々と綴った人間ドラマ!」と紹介されていた。日常と人間模様を淡々と綴った!これがいけなかった。実際に予告編を観てもいかにも退屈な感じで、少しも観たいという気にさせてくれなかったのだ。

次回の上映も東ドイツ関連だから、これは見逃さない方がいいのかな?そのくらいの軽いつもりで観たのである。つまりほとんど義務感だけで。

 

で、実際に観てみた。

確かに淡々としていて、いかにも退屈だ。

だが、これはとんでもない代物だった‼️

大変な映画‼️

僕にとっても初めての映画体験をさせられることになったのだ。

鑑賞直後にほとんど雷に打たれたような放心状態に陥り、この特異な体験をとにかく誰かに訴えたく、思い余って他ならぬギンレイホールの支配人の久保田さんに長いメールを書き殴り、すぐさま送ってしまった!

帰りの総武線小田急ロマンスカーの車内のわずか40分足らずで一気に書き上げて、誤字脱字等の推敲すら全くせずに送信してしまったという次第。

それが、以下の文。誤字脱字だけは改めて、他は酷い文章だが、ほぼ原文どおりに掲載させてもらう。

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希望の灯り‼️

先程、希望の灯りを観終えたばかりの竹重です。
今夜は上映後に、直接、久保田さんに一言感謝の意を伝えられたのは嬉しかったのですが、実は今もまだ興奮とこの異様な感動が収まりません。

そこで、直接メールしちゃおうと。

この感動、本当に自分でも訳が分からないのです。
いつも映画に感動してばかりですが、今夜の希望の灯りは、ちょっと今までのそれとは違うんです。

正直言って訳の分からない映画。どうみたって、そんなに感動し、涙が止まらなくなるような代物ではない。
それなのに何故?

映画を観ていて、感動して思わず涙が込み上げるっていうことは、僕にとっては決して珍しいことではなくて、しょっちゅう泣いてばかりいるのですが、今夜は、意外や意外。

普通に観ていて、気がついたら涙が流れていた!
訳もなく涙が流れて、それが止まらなくなって、もうハンカチを出しても役に立たないくらい。
こんな体験は初めてです。

知らないうちに、勝手に涙の奴が流れていて、しかもそれが止まらない!
本当に勝手に流れて、次から次へと溢れ出てくる。こんなことは初めて体験しました。
終盤の・・・(ネタバレにて大幅カット)・・そのせいで涙が込み上げたというわけでもないんです。
本当に訳の分からない涙と感動。

実は、この希望の灯り。僕は全く期待していなかったのです。
予告編は2回も観て、その妙に長くてストーリーが全て分かってしまう程の詳し過ぎる予告編を観ても、少しも魅力を感じなかった。

そう上、ギンレイ通信の紹介文の「淡々と綴った」というのが頭に入ってしまって、淡々と綴るって、何だか魅力感じないよな、それをそんな風に表現するギンレイホールギンレイホールだな、何かもう少し観たいと思わせる表現がないのかなあ?と少し思っていました。ごめんなさい!

そうして観始めると、本当に淡々としている。淡々とし過ぎている!
登場人物の顔のアップがやたらと多いけれど、それ以外には特段、カメラワークに特徴があるわけでもなく、映像が美しいわけでもなく、本当に淡々としていて、何なんだこの映画は⁉️
と思っていました。

でも、本当に不思議。
それでいながら、全く眠くなることもなく、信じられないくらい一生懸命に観ている自分に気がつくんです。

映像的にも面白くもなく、本当に陽の当たらない倉庫で淡々と働く姿を、それこそ淡々と描くだけなのに、観ていて退屈することは全くなく、一生懸命にスクリーンを見つめている。
これも不思議なことでした。

そして、いつの間にか勝手に涙が込み上げて、勝手に頬を伝わっていたんです。

もしかしたら、この「淡々と」に実はとんでもない秘密と事の本質があるのかもしれないですね。そこでギンレイ通信でも敢えてこのキーワードの「淡々と」を使われたように思えてきました。

 

全く期待していなかった映画。
次回とっても楽しみな芳華-youth-と同時上映されるもう一本が東ドイツが舞台なので、これは両方とも観ておかないとまずいかなと、半ば義務感だけで観たというのが、本当のところでした。

今は例のブログを書いているので、ギンレイホールで上映される映画を見逃すことは許されないという責任感にも支えられて。

本当に何なんでしょう!あの映画は?
淡々と働く姿を淡々と描写しただけの映画が、どうしてあれだけ僕を感動させたのか、全く訳が分からない。
帰りの総武線の電車の中でも、涙が止まらなくなって、本当に困りました。
こんな経験はしたことないです。
でも、本当に素晴らしい映画だったことは間違いない。

全く整理されていない雑文、書き殴りですが、この異様な感動と衝撃を直ぐに伝えたくて、メールを送らせていただきます。

もう最寄駅に到着しますので。

これだから、ギンレイホールから離れられません。

こんなに素晴らしい映画を観させていただき感謝するのみです。
久保田さん、本当にありがとうございました‼️‼️‼️

登場人物の全てがたまらなく愛おしい‼️
全ての登場人物を抱きしめたい‼️

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観た直後に、この映画の上映を決めた支配人にこんなメールを送ってしまった。

やたらと訳の分からない涙のことと感動を訴えているだけで、映画のストーリーや紹介はなきに等しいので、補足が必要だ。

これは旧東ドイツの巨大スーパーマーケットで夜間の在庫係として働く無口な青年が先輩から指導を受けながら成長し、同じ職場で知り合った先輩女性に淡い恋をするだけの本当に淡々とした話しなのである。

それなのにどうして、あそこまで僕は感動させられたのか、気がついたら涙が勝手に頬を伝わっていたなんていう初めての体験になったのか。

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ドイツは統一されて、一つになっても少しも楽にならない生活と、自由はなくても普通に淡々と働いていれば、等しくそれなりの生活を保証されていた消えてしまった旧東ドイツへの限りない郷愁が、通奏低音のようにひっそりとずっと鳴り響いている。それでも統一後の今のドイツを声高に特別に批判するわけでもない。登場人物も、映画そのものも。

日々のルーチンワークをひたすら繰り返すだけの登場人物達を愛おしく思わずにいられない。誠実な人々の誠実な日々の営み。それがこんなに感動を呼ぶって本当に不思議なことだ。淡々っていうのが、ものすごく高貴なものに思えてくる。

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しばらく経ってから、久保田支配人から返事をいただいた。ご本人のご了解は取っていないが、一部の抜粋と紹介はお許しいただけるだろう。

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正直、「地味な映画かなぁ~」「お客様に受け入れていただけるかな?」と不安はありました。
なんてったって、ごく普通の人たちの、ごく普通のありふれた生活の断片を見せられるのですから。
しかも、旧東ドイツの鬱々として覇気のない重苦しい雰囲気さえ漂う日常の景色を。
でも、無駄な手法や演出が一切なく研ぎ澄まされた雰囲気が、知らず知らずのうちに観客を引き込んでいくのではないかと思います。
時間の流れも人々の感情も、ちょっとまどろっこしくこそ感じますが、実はそれが心地よく響いてくるのかもしれません。
余談で恐縮ですが、15~6年前になりますが、旧東ドイツドレスデンという町に撮影で訪れたことがあります。
西側の都市から入った途端、町中の様子や道路の街灯など風景が一変したのを印象深く覚えておりますが、この映画の空気感に通ずる雰囲気でした。

映画も作品によって良し悪しや好き嫌いが分かれるのは当然ですし、お客様の年代や性別によっても好みや感じ方が違ってくると思います。
また、ギンレイのセレクションを一方的に押し付けられる会員の皆様にはご不満も多々あるかと存じます。
これからも皆様からの貴重なご意見を糧に、編成に尽力して参りますので、引き続きよろしくお願い申し上げます。

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久保田さん、本当に勝手な掲載、申し訳ありません。でもこれはこの映画の本質に迫る貴重なコメントだし、この素晴らしい映画館の支配人がどのような思いで映画をチョイスし、上映をしているのか、その思いが痛いほど伝わる感動的なものだったので、一人でも多くの映画ファン、ギンレイホールファンに読んでいただきたいと切に願い、載せないわけにいかなかった。

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こうして、とんでもない感動を味わったその翌週に、これまたそれに勝るとも劣らない素晴らしいドイツ映画との出会いが待っていた。

 

「僕たちは希望という名の列車に乗った」

                          2018年 ドイツ映画

監督:ラース・クラウメ

出演:レオナルド・シャイヒャー、トム・グラメンツ、ヨナス・ダスラー 他

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これはベルリンの壁が建設される前の話しなのである。この事件があってから5年後に壁が建設されたという時代背景だ。

1956年。第二次世界大戦終結から10年あまり。東西ドイツ分断から7年目に、東欧の共産主義陣営で世界に衝撃を与えた有名なハンガリー動乱が起こる。これはソ連の支配に対するハンガリー全土で起こった民衆による蜂起で、結果的にはソ連によって徹底的に弾圧され、一般市民が数千人規模で殺害された。

ちなみにこの時の民衆の指導者がナジ・イムレである。

素晴らしい合唱曲を量産した大作曲家のコダーイは、この動乱の際、大統領候補に推されたという逸話がある。合唱に関わるメンバーはこの事実を良く知っておいてほしい。

 

さて、映画に戻ろう。隣国ハンガリーソ連に対抗する民衆の蜂起が起きたとのニュースを知った東ドイツの高校生達が授業に先立ってハンガリーの犠牲者に2分間の黙祷を捧げたのだが、これが反革命行為としてとんでもない事態を巻き起こしていく。高校生達は国家に反逆したという扱いだ。黙祷の目的は何なのか。その首謀者は誰なのか。そもそもどうしてその西側でしか報道されていないニュースを知っているのか。

国家による徹底的な調査が行われ、善良な高校生達が追い詰められていく。エリートとしての全てを失っても信念を貫くのか、それとも権力に妥協するのか、大切な仲間と友を裏切るのか。

これは実話だというから恐ろしい。何という世界がかつて存在していたのだろうか?

この東ドイツはそれから30年ちょっとで崩壊してしまったが、その当時、国を支配していた共産主義者達はあんなにも権勢を誇り、善良な高校生達をホンの些細なことで重要犯罪人扱いし、トコトン追い込んだのだ。

誰も声を出して反論できなかった。

そんな中にあって、結局、高校生達が選んだ決断に素直に感動させられる。

 

この作品は政治色を一切排除しても、高校生達の強い絆と生き様を描いた感動的な青春映画として、広く愛される映画となるのではないだろうか。一人でも多くの人に、特に若者に観てもらいたい。

あのロビン・ウィリアムズが型破りの先生役で出演した「今を生きる」以来の感動的な高校生達の物語。終盤で「今を生きる」と良く似た感動的なシチュエーションがある。これは見応え十分だ。

主要な3人の高校生達がいずれもイケメン揃いで、この後、人気を呼びそうだ。

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そして、僕はこの主役の高校生以上に彼らの親、問題だらけの親達に大いに心を惹きつけられる。親の世代もみんな傷ついていたのだ。

共産主義に凝り固まった教条主義丸出しの市議会議長が最後に取った想定外の行動にも胸が熱くなる。

ああ、素晴らしい映画だったなぁ。

僕は、高校生の中では、一番悲惨な目に遭ってしまったエリックの慟哭に心を打たれずにいられなかった。可哀想なエリック。君は全く悪くなかったのに。君の気持ちは僕も良く分かるし、周りも分かってくれるはずだと、思わず慰めの言葉をかけたくなる。

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東ドイツを描いた映画としては、「善き人のためのソナタ」という超ド級の名作がある。2006年に作られたドイツ映画だ。あの映画の衝撃と感動を語り始めるとそれこそキリがなくなるので避けるが、今回の映画はあれ以来の感動。東ドイツを描いた映画の双璧となりそうだ。

 

さて、2本を続けて観てどうなのか?

これこそ久保田さんからの宿題とも言えるもの。あの時代の東ドイツの閉塞感と自由のない社会に戻りたいと思う人は誰もいないだろう。東ドイツでは、あの高校生達の脱出の後、5年後に壁を建設。そして西側への脱出は不可能となった。壁を越えて脱出を試みた多くの若者が殺された。

その壁が崩壊したのだ。

こうして自由を手に入れることはできた。だが、それから一体どうなったのだろう。

あの自由を夢見て苦労して西ドイツに渡った高校生達は実際にどうなったのだろう?

希望の灯り」と「僕たちは希望という名の列車に乗った」。2回連続で描かれた旧東ドイツ関連映画。
時代も背景もストーリーも全く別のものだが、この両方を観て初めて旧東ドイツの恐ろしさとやりきれなさが伝わってくる。

あの希望という名の列車に乗った高校生達の60年後の姿が希望の灯りだとしたら⁉️
むしろそれは真実に近いわけで、ゾッとする。

もちろん西に移った高校生達があの希望の灯りのように古き良き時代の旧東ドイツに郷愁を感じる筈はありえないのだが、案外どうしてあの二つの映画は繋がっているのかもしれない。そんな気もしてくる。

是非ともこの2本のドイツ映画を観て、かつてのドイツと今の世界情勢に思いを馳せてもらいたいものだ。

映画にはこんな役割もあるのだ。