立花隆は僕が最も時間をかけ、読んできた作家である。僕は作家と言うとどうしても小説を書く人と捉えてしまうのだが、立花隆は小説は全く書かないので、作家ではないということになってしまう。

立花隆が書くのは専ら政治や社会、科学関係の批判であったり、解説であったり、そんな類。先ずは第一級のジャーナリストであり、ノンフィクション作家と呼ぶべきなのだろう。

 

僕は若い時に純文学というか小説ばかり読んでいたのに、やがてノンフィクションに大きく舵を切ったのは、そもそも立花隆の影響である。立花隆がかつてそうだったことを再々表明している。影響は間違いなく受けた。

 

先ずは当時、大きな話題となっていた「宇宙からの帰還」を読んで圧倒され、リアルタイムで田中角栄の金脈追究とロッキード裁判の詳細な報告を夢中になって読んだものだ。

 

あれだけの権勢を誇った絶大な権力を持った総理大臣をペンの力で退任に追い込んだ功績は何と言っても不滅の大仕事。よくぞそんなことができたものだとただただ驚くしかない。

 

先に投稿した総論のノンフィクション編にも書いたとおり、立花隆という人はちょっと並外れているのである。一人の人間ができる業務量と成果がとんでもないレベルに達している。ひたすら畏敬の念を持つしかない。

 

繰り返しになるが、立花隆のやることはとにかく徹底していて、執筆対象に対して、ありとあらゆる手段と資料を駆使するだけでなく、関係者に徹底的な取材を重ねて、それによって得られた事実を明らかにする。その明らかになった事実を非常に明確な分かりやすい日本語を用いて、ど素人にも良く理解できるように分かりやすく書き上げるのである。

これが真似できない。正に渉猟の鬼というか、ほとんど常軌を逸した狂気の渉猟が常にある。一つの真相と本質に迫るために絶対に妥協はせずに、ありとあらゆる努力とエネルギーを費やす。言うは安くして容易なことではない。そして分かりやすくかつ正確な日本語の駆使。

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本当に立花隆の本は良く読んできた。これが我が家にある立花隆の本の全貌。いや、違う。気に入った作品はハードカバーを読んでも文庫になる度に買い揃え、しかも美本を複数冊買ったりするので、ここに写っていない本がまだまだかなりの量、我が家の書棚を占拠していることになる。

そんなこんなで、立花隆は僕の血であり、肉であり、骨である。などと大袈裟なことを言ってしまいたくなるのだ。

 

今回、ブログに立花隆のことをまとめて書くに当たって、我が家にある全ての立花隆の本を並べてみた。先ほど書いたとおり重複する本は省いているのが原則だ。

中々壮観だが、僕の手元には今、立花隆の著作が95冊あることが判明した。

最近出たばかりの新書の新刊、「知の旅は終わらない-僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと」のタイトルのとおりどうやら立花隆の本は約100冊出版されてきたようだ。僕の手元に95冊揃っているので、ほぼ全ての本がここにあることが判明した。そりゃあそうだ、そのはず。僕は立花隆の本を長年に渡ってひたすら集めてきたのだから、当然と言えば当然か。

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この機会に調べたら、手元の95冊のうちまだ読んでいないものが、15冊もあることが明らかになった。80冊は読み終えているわけだ。

前回の米原万里のところでも触れたように、完全に読み終わったときの立花隆ロスが空恐ろしいので、敢えて残してあるというのも事実。

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その立花隆ももう80歳になろうとしている。さすがに一時の勢いは影を潜めて来た。これが残念でならない。年齢を考えれば当然のことなのだが、新刊はメッキリと減り、たまに出てくる新刊も薄いものが多い。前述のとおり立花隆は執筆に当たって、関係するありとあらゆる本と資料、更に関係者に徹底的な取材等を重ねて本にする性格上、やはりこの年になるとさすがに無理なのだろう。簡単な随筆を書くのとは訳が違う。

それは仕方ないことだ。前から立花隆の大きな仕事だったはずなのに、未出版で終わっていた武満徹に関する分厚い力作「武満徹 音楽創造への旅」が出版されたことをせめて喜びたいが、もう大きな仕事は期待できないだろう。

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これは本当に残念で、口惜しい。我慢できない。つまり今の日本にはあの立花隆がいなくなっているのだ。あの巨大な権力者であった田中角栄を追求して、総理の座から引きずり下ろした立花隆はもういないということを意味する。

だから、今の安倍政権が存続しているのではないか。かつての立花隆がいればあれだけ問題となった森友学園や加計学園の問題があのまま終わるわけがない。そして今の桜を見る会の問題。僕は立花隆に、今の日本の政治、安倍政権の腐敗をどう見ているのか?そしてそれを隠蔽するために財務省が書類を改竄するなど言語道断な信じられないことがまかり通ってしまっていることを。内閣府の文書廃棄もあり得ないことだ。

いや、それだけじゃない。もっと大切なことがある。政権と行政の腐敗以前の問題として、安保法制を筆頭に恐ろしい勢いで押し進められているこの右傾化と戦前復帰の機運、こんなことがまかりとあるわけがない。立花隆が歳を取って勢いがなくなってしまった途端に、この有り様かと実に嘆かわしい。

出でよ、第二の立花隆!それを切実に願う日々だ。

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実は、立花隆がこのところかつての勢いが失われてしまっただけではなく、かつてあれだけ書店の棚に並んでいた立花隆の本が、文庫本も含めてほとんど見かけることがなくなってしまった。大きな書店に行っても、立花隆の文庫が並んでいないのだ。何たるスキャンダル‼️

考えられないことだ。中公文庫が特に顕著で「宇宙からの帰還」ですら見当たらないくらい。それと講談社文庫から立花隆の著作がほとんど消えている。ああ、何と嘆かわしい。

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凋落の兆しはまだある。

かつて立花隆の本は、どこの出版社から出ている本であっても、「立花隆の本」という全ての出版社を縦断して、立花隆の全ての著作が紹介された折り畳みのリーフレットが必ず挟まれていたのだ。シェ・タチバナという立花隆オーナーの会社の紹介と共に。

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見た目はちょうどギンレイホールのギンレイ通信のような感じ。もう一回り大きいのだが。

これである。

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もう数十年に渡って立花隆のありとあらゆる本にはこの「立花隆の本」が必ず挟まれていた。僕はこれを集め、眺めるのを何よりも楽しみにしていたのだ。色々と調べたが他のどんな作家でもこんなことはない。唯一立花隆の本だけである。すごいなあとつくづく感心したものだ。

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良く見てもらうと同じ年に3種類も作り直されていることが分かる。1994年。充実した新刊が続々と出版された絶頂期の頃だ。この前後は毎年こんな感じだった。

 

それがいつの間にか、もう姿を消してしまった。最近は立花隆の新刊が出ても、あの「立花隆の本」は入っていない。本当に残念でならない。

 

10 年ほど前からの立花隆批判とバッシングにも驚かされたものだ。毀誉褒貶はこれだけの人になると当然付き物だとは思うが、あの立花隆が実際あんな風に批判されると、つくづく悲しくなる。

 

立花隆はまだまだ元気である。新刊新書の最後にはこれから書きたい本のことが書かれている。それはいいとして、どうかご存命のうちに今の安倍政権とその取り巻き、自民党に、かつてのような妥協のない厳しい批判を繰り広げてほしい。それが貴方の最後の大仕事のはずなのだ。

 

このブログの読者も、今こそ立花隆の仕事を思い起こすべきだ。徹底的に現資料に立ち返り、事実に基づいてことの真相と真実を明らかにし、間違っていることがあるのなら、どんな巨大な力を持った相手にでも、ペンの力で立ち向かうこと。これを学ばなくて何とする⁉️

 

 

 

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