『風をつかまえた少年』どうしても追記したいこと!

『風をつかまえた少年』を大絶賛させてもらったところであるが、どうしても追記したいことがある。

元の記事に追加すればいいのだろうが、ただでさえ長いものが、更に長くなるので別記事とさせていただく。

 

あの映画の映像の美しさについては言葉を尽くしたつもりだ。本当に脳裏に焼き付いて離れない映像が幾つもある。ワンシーン、ワンシーンが全て絵になっているような稀有な映画。

元々未曾有の貧困ぶりを描いたいるわけだから、映像が美しいとは言ってもかなり悲惨な生活が描かれるわけで、そこに映し出されるものは、必ずしも美しくないものがあるどころか、とても美しさとは無縁の悲惨な姿も多い。特に食べ物の粗末さと言ったら、本当に目を背けたくなるくらい。でも、その持っている映像の力が観る者に強く迫るのである。

 

映画は大きく確か4つ程度のチャプターに分かれ、農作業にちなんだ作業行程のテロップが流れる。種まき、収穫、風などと。この四季折々の風景とそこに同化する村人達の生活ぶりが如実に伝わってきて、いつまでも観続けていたくなるのである。

 

本当に忘れ難いシーン、映像が目白押しなのだが、妙に印象的でいつまでも脳裏にこびりつく特殊な映像があるので、これは是非とも紹介しておきたい。

 

舞台はアフリカ最貧国のマラウイなのだが、主人公達はその中でも更に首都から遠く離れた地方で生活している部族である。

その部族に古くから伝わっている地域の習わしというか特殊な風物があって、非常に印象に残り、忘れることができない。

それはこの映画の中で数回出てくる葬儀のシーンに登場する。

 

葬儀の主催者、つまり遺族達とは別に、葬儀の最後の最後に、民族衣装と仮面を被り、特殊な出で立ちで、遠くから葬儀の場に集まってくる8〜10人程の集団がいるのだ。イメージはまるで違うのだが、日本で言えばあの秋田の「なまはげ」のような。アフリカならではのリズミカルな音楽を奏でながら近づいてくる。もちろん囃子言葉のような独特の声を出しながら。葬儀を執り行っている遺族達はその音楽と囃子言葉で彼らが葬儀の場にやって来てくれたことを知るのである。

 

これは地域独自の土着宗教の「神の使い」なのだと思うが、詳細は分からない。その集団の姿がかなり強烈なのだ。特にめちゃくちゃ長い、いや高いと言うべきか、日本でいう竹馬のようなものに乗ってゆったりとゆったりと独特なリズムとテンポで踊るように、舞うように葬儀の場に近づくひときわ背の高いキャラクターがすごい。良く見ると竹馬のようなもので支えているわけではなく、何か非常に長い脚のようなものを繋いでいるだけのようだ。ちょっとしか出てこないのだが、それが歩く様は何とも強烈な印象を残す。まるでアフリカの大地を悠々と闊歩するキリンのようだ。実に幻想的。

これが何とも神々しく、崇高さを醸し出す。

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彼らの前に喪主が歩み出て、死者を悼み、遺族を癒す様に他の既存の宗教儀式にはない、素朴ながらも地域の大地に根付いた大いなる高みの存在を感じさせ、背筋を伸ばさずにいられなくなる。その崇高さは、一方で心が解放される爽快感のようなものまで感じさせ、心が洗い清められるかのようだ。

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土着の宗教の尊さを身をもって感じられた貴重な体験となった。

本当に色々と心を打たれ、勉強になる映画なのである。アフリカの大地とそこに暮らす人々の生活ぶりを知ってもらうためにも、どうか一人でも多くの方に、この名作を観ていただきたい。

 

ちなみにこの実話の主人公、ウィリアムはその後、アメリカの名門大学に進み、何と驚くなかれ。2013年度のタイム誌の「世界を変える30人」に選出されるという快挙を成し遂げたという。素晴らしい話し。本当に嬉しくなる。

ギンレイホールへ急げ!