僕が読んで来た本:総論2 ノンフィクション

 先ず、始めに

さあ、純文学を離れて評論とノンフィクションだ。

この評論とノンフィクションこそ僕の読書の中心なのである。色々と文学についてあれこれ書いてきたけれど、僕の読書の中心はその純文学ではなく、評論とノンフィクションにある。

 

評論とノンフィクションで読む作家もある程度固まっている。ここではその総論編をお届けしたい。

そもそも僕は純文学を読んでいたのは主に若き日で、最近ではもっぱら評論とノンフィクション一辺倒なのである。

もちろん中島敦チェーホフドストエフスキーは今でもおりに触れ読むけれど、最近ではもっぱらノンフィクションにのめり込んでいる状況。

 

ここでも膨大な量の本が出てくるのだが、これは総論編だ。できるだけ簡潔に概要を示すに留めたいと思う。

 

吉田秀和

先ず真っ先に紹介しなければならないのは音楽評論家の吉田秀和のこと。もうこの人は僕にとって神様みたいな人で、彼の著作を繰り返し繰り返しどれだけ読んだか分からない。そんな生活がもう40年以上続いている。

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多分、それは僕だけではない。およそクラシック音楽に興味にある人で吉田秀和の文章に触れないで来た人は皆無だろうと思われる。いや、皆無だと断言したい。

 

吉田秀和は惜しくも8年前の2013年に何と98歳で亡くなったが、東京帝大文学部の仏文科を卒業後、終戦後間もない昭和23年に斉藤秀雄や柴田南雄などと一緒に桐朋学園の子供のための音楽教室を立ち上げ、初代室長に就任。多くの著名な音楽家を育てたことで有名だ。その一期生にあの小澤征爾がいる。

 

自身は演奏家とはならなかったが、その評論は膨大なものがあり、その全てが傑作だ。およそ吉田秀和が書いた文章に駄文は一切ない。僕は高校時代から彼の様々な著作に没頭し、今に至っている。作曲家論、作品論、指揮者論、ピアニストを始め様々な演奏家論などなど。

グレン・グールドなどまだ日本では誰も注目していなかった新人演奏家の才能を見抜くことにかけては天才で、積極的に紹介し、絶大な影響力を持った。繰り返すが、およそクラシック音楽を好きな人で吉田秀和の影響を受けなかった人はいないのだ。

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僕なんかは日々クラシック音楽漬けになっているが、僕にとってクラシック音楽を聴くということは、吉田秀和が言っていることを確認し、実証することに他ならないようにさえ思えてくる。

時にこの吉田秀和の呪縛から逃れたいと思うのだが、最大の呪縛は実は心の中ではこの吉田秀和の世界から離れたくない、永遠にこの吉田秀和の言葉の中に身を置いていたい、そう思ってしまうことなのだ。それくらい吉田秀和という存在はとてつもなく大きく、深く、その中に身を置き、彼の言葉に日々身を委ねることは堪らなく安心で、居心地がいいのである。

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とにかく文章がめちゃくちゃうまい。その文章のうまさは日本のどんな著名な作家も太刀打ちできないレベル。吉田秀和の文章を読んでいると、音楽が聞こえてくるようだ。音楽を言葉で表現し、その真価を伝えることができた唯一無二の人。

 

立花隆

次は立花隆である。

立花隆は僕の血であり、肉であり、骨である。この人は色々な意味でスーパーマンというか並外れた人物で、僕は彼の膨大な本を人生の大半をかけて読み続けて来た。「宇宙からの帰還」はもう何回読んだだろうか?

時の絶大な権力者、空前の人気を誇った庶民宰相の田中角栄をペンの力で辞任に追い込んだことはもう伝説だろうか。かつてはそんな時代が確かにあったのだ。

政治批判、時事問題への容赦ない批評。左翼と右翼、そのいずれに対しても妥協を許さない徹底解明と真相究明。そして宇宙、医学、自然科学への没頭と計り知れない探究心。そして臨死体験をとことん検証。武満徹など芸術にも取り組み、その著作は歴史、哲学、文学など多方面に渡り、正に知の巨人と呼ぶのがふさわしい。

それらありとあらゆる執筆対象に対して、とことん原典の資料に立ち返り、徹底的に分析し、解明していく。業界トップの専門家への徹底的な取材とインタビュー。

渉猟のレベルが尋常ではない。渉猟の鬼というか、狂気の渉猟というか。一つの目的、ターゲットに近づくためのありとあらゆる努力とエネルギーが、一人の人間ができる範囲を遥かに飛び越えてしまっている。

 

立花隆で何よりもすごいと思うのは、難しい内容を極めて分かりやすい言葉で書くこと。推測や感想の類は一切なく、事実とファクトのみで真相と本質に迫る。その切れ味が恐ろしい。

立花隆は僕の読書の中核を占める存在なので、この後、各論編で詳しく報告させていただく。

 

佐藤優

立花隆に近い存在で、愛読しているのはあの佐藤優だ。鈴木宗男事件に絡む背任罪容疑で逮捕され、512日間の勾留をうけた例の外務省のラスプーチン。彼は同志社大学の神学部出身の鬼才で、外交官の道を絶たれた後、突如、ものすごい書き手として論壇にデビュー。信じられない程の量と質の膨大な著作を出し続けている。今では、佐藤優立花隆同様に知の巨人と呼ばれるが、知の怪物と呼ばれるのがふさわしい。

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佐藤優は本当に怪物、化け物としか言いようがない存在で、膨大な読書量と知識、その並外れた説得力のある文章力で「右」からも「左」からも一目も二目も置かれる論壇の異端児となった。

僕は彼の本が大好きで端から読破。何を読んでもおもしろいし、その膨大な知識と博学、確信を持った見識に圧倒されないことはない。何と言っても文章が本当に上手く、読み易くて分かり易いのがいい。

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でも、今でも毎月2冊も3冊も新刊が出るに至って、遂に新刊フォロワーは諦めた(笑)。

でも、この人はどうしても読まないわけにいかない。同志社の神学部が産んだ突然変異というかやはり怪物としか言いようがない。 

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彼はあの時、逮捕されることがなければ今でも外交官をやっていたわけで、この怪物作家は存在していなかったわけだ。世の中には本当に不思議なことが起きるものだ。

 

辺見庸

もう一人、大切な人がいる。辺見庸だ。辺見庸は1991年に「自動起床装置」で芥川賞を獲得した作家だったが、その後は小説はほとんど書かなくなって、ノンフィクションと現代社会への鋭い批評が中心となってくる。世に衝撃を与えたのが「もの食う人びと」という渾身のルポルタージュだ。これは全くものすごい本。世界中の貧困に喘ぐ地区を旅して食べるという行為をトコトン追い続けたノンフィクション。チェルノブイリ放射能汚染された食物を食べざるを得ない人々などはの取材など、極限の食を追求。深い洞察に満ちながらも、飾らない言葉でユーモアさえ湛えて書かれたこの本は、いつ何回読んでも衝撃を受け、何よりも抜群に興味深い。この本を何人に人にプレゼントしたか思い出せないほどだ。

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その後は、最近の日本の政治の右傾化を鋭く批判。絶対に妥協を許さずに孤高を貫く生き様とそこから紡ぎ出される深くて、読む人の魂に突き刺さってくる重い言葉を世に問い続けている。2004に脳出血に倒れて不自由な身体となり、翌年には大腸がんを公表。そんな中でも、一歩を退かずに信念を貫きとおし、論陣を張る姿に圧倒される。格調の高い重い一言一言に襟を正さざるを得ない。

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加藤周一

加藤周一も大好きだ。この人の本も夢中になって読んでいる。医者にして文学をも極めたこの人の文章は、これまた非常に読み易いにも拘らず、含蓄に富んでいて、読むほどに味わいを増す。随筆の名品は本当に患畜に富んだものだった。

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9条の会の発起人としても有名だった加藤周一だが、少しずつ確実に進みつつあった当時の日本の右傾化に警鐘を鳴らし続けながら12年程前に89歳で亡くなったが、今のこの日本を見たら何というだろうか。

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半藤一利

今年90歳になろうとする半藤一利の本もかなり精力的に読んできた。この昭和史の語り部の書いた本はどうしても読まないわけにはいかない。

語り口調で書かれた本が多いので、かなり読みやすく、どんどん読めるのがこの人の作品のいいところだ。

でも、そこに書かれている内容は実際の自身の経験に基づいたものが多く、やはり傾聴するしかない。昭和史を中心にあの戦争がどうして起きて、どのように終わったのかを繰り返し繰り返し、問い続ける。

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あの「日本の一番長い日」を著した功績は不滅である。読み易いとは言ってもその信念の強さは筋金入りで、あの戦争を二度と繰り返してはならないという切実な思いが常に通奏低音のように鳴り響いている。この90歳の叡智にもっともっと耳を傾けたい。

 

米原万里

さあ、いよいよ米原万里だ。僕は本当にこの人が好きで好きでたまらないのだ。こんなに素敵な、魅力的な人は他のどこを探してもいない。

彼女の生き様と彼女が残した本。感嘆するしかない。先ずは著作がたまらなく好きなのである。そしてその生き様も。

 

必要ないとは思うが、念のために米原万里のことを簡単に紹介しておこう。米原万里はロシア語の同時通訳として一世を風靡した才媛で、あのベルリンの壁崩壊からソ連消滅に至る歴史的大激動の際、世界中がその動向を注目する中にあって、時の歴史的指導者であるゴルバチョフエリツィンの同時通訳として八面六臂の大活躍をした。一方で40代半ば頃から執筆を始め、出された本はその全てが驚異的な内容ばかりで世の本好きを狂喜させた。あの類稀なロシア語の同時通訳が類稀な物書きでもあったわけだ。

そんな余人を持って変えられない逸材が、56歳という若さでがんのため早逝してしまったことは悔やんでも悔みきれない。

 

本当にこういう人が日本にいてくれたこと、女性としてこれ以上考えられないような社会的貢献をしたこと、あれだけ質の高い本を次々に発表してくれたことを少し奇跡かなと思ってしまう。

僕はことある毎に言っているのだが、多くの女性がこの突出した才媛のことを知らな過ぎる。こんな素晴らしい、下手な男など全く歯牙にもかけなかったすごい女性がいたということを本当に誇りに思ってほしいと。

日本に米原万里が居てくれたこと、それが女性であったことを、全日本人と全女性の誇りにして欲しいと願わずにはいられない。全く彼女の才能、筆力は群を抜いているから。

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本当にこれだけ魅力的な人はいない。米原万里が生涯に残した本は20冊程度でそんなに多くはないのだが、その全てが傑出した作品ばかりでどれを読んでも深い感動を受け、感嘆せずにいられないはずだ。

僕は彼女の全ての作品を手元に揃えているのだが、まだ読んでいないものが6冊ほど残っている。もちろん今もその未読の本を読み続けているのだが、読み切ってしまった後の米原万里ロスが恐ろしくて、敢えて読まないというバカなことをしていることを告白する。

 

「もう米原万里を読めなくなる」となったときの大きな穴がどうしても埋められないと思ってしまうのだ。だから、大切に何冊か残しているという何とも愚かな行為。でも、これは本当の話し。

僕が信頼してやまない若手女性合唱指揮者も、米原万里の熱心なファンで、特に彼女がさりげなく語った「発明マニア」がおもしろかったという一言が何故か脳裏に焼き付いて、この分厚な発明マニアだけは最後の最後まで残しておこうと目論んでいる。おかしいなあ、これは(笑)。

 

米原万里の著作はどれを読んでも感動させられるが、やはり究極の一冊は「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」ということになるだろう。これは正に奇跡的な一冊。これを読めば誰だって米原万里のずば抜けた才能を思い知らされ、米原万里に夢中になってしまうはずである。

その生き生きとした文章の素晴らしさと、語り口の絶妙さ。そして何よりもこれがノンフィクションで実際に彼女自身が体験した話しなんだと知るに及んで、こんな類稀な経験と能力を持った人間が、その活躍の絶頂期に病に倒れたことを心の底から嘆き、悲しむことになる。

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上で触れた佐藤優は、ロシア絡みで米原万里とは親交があったようだが、彼が逮捕されて苦境に陥った際、公然と佐藤優を擁護し、512日後に拘置所を出た時には、作家となるように強く勧め、様々な支援をしたという。このいい話しは佐藤自身によって披露されている。米原万里が亡くなった際、佐藤優は彼女の棺にすがり付いて号泣したという。人としても最高だった。ただただ涙が溢れる。僕も涙が止まらなくなる。

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