「ガール」トランスジェンダーに真摯に向き合う感動作

シリーズで書いている「ギンレイで観た全映画を語る」が中々先に進まない。ギンレイホールで直近で観た、いわば観てきたばかりの映画について一気に書いてしまうことが続いたせいだ。ベルリンの壁崩壊に絡む東ドイツを描いた2本の映画と、ゴリさんが作った「洗骨」。これからはシリーズ連載に没頭しようと決意したのも束の間、観てきたばかりの映画をどうしても書かずにいられなくなった。

実は、この後に予定されているギンレイホールのラインナップがこれまたものすごく、この傾向がまだまだ続きそうで、内心、恐れ慄いている。

 

観た直後に友人向けに書き殴ったメールを元に、大幅に加筆する。

 

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今夜もギンレイホールで2本まとめて観てきた。これがまたとてつもなく素晴らしいもので、直ぐに感想をしたためずにはいられなくなってしまった!


今夜の2本は、このところ続いていた力作に比べるといかにも小粒で、あまり期待もしていなければ、さほど楽しみにしていたわけでもなかっのだが、意外や意外、これまたかなりの感動作だったのだ。


先ずは一本目。フランス映画の「マチルダと僕」。

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これはフランス語の勉強のつもりで本当に気軽に観ていたのだが、中々捨て難く、小粒ながらも実にいい映画だった。
とっても仲の良い姉弟がいて、その姉はシングルマザーで7才の女の子がいた。その姉が何とフランスで起きた無差別テロに巻き込まれて死んでしまう。
最愛の家族を失って深く傷ついた叔父と姪の2人は、これからどうやって生きて行くのかっていう話し。


主役の弟がとてもいい味を出していて絶品。姪っ子はそんなにかわいいわけではないけれど、ものすごい演技力の持ち主で、これには感嘆。大したものだ。特に最後には、めちゃくちゃ愛くるしくなってくる。以前に紹介した「gifted/ギフテッド」のマッケナ・グレイスとは同じ幼女でも、とても似ても似つかないのだが、インパクトと印象としては勝るとも劣らないものがあった。 


これはやっぱり家族の在り方を巡っての必見の映画には間違いないと痛感させられた一本。

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さて、もう一本の「Girl/ガール」である。

このベルギーの映画がすごかったのだ。これには本当に圧倒させられ、胸が苦しくなった。

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ズバリ、トランスジェンダーの話し。
僕は怒られてしまいそうだが、最近本当に増えてきているホモとかゲイを描いた映画はダメなのだ。こんな時代にどうかと思うが、同性愛には少し抵抗がある、あくまでも個人的な話しなのだが。


トランスジェンダーの映画もギンレイホールでも何本か観てきたが、やっぱりピンと来ない。
ハッキリと言うとLGBTの良き理解者ではないのだ。僕は政治信条や生き方では相当に革新的なのだが、どうも性のことについては保守的なのである、昔から。今の時代、まずいかなと思いながらも、こればっかりは個人の感性なので、どうにもならない。


今夜の「Girl/ガール」もトランスジェンダーの話しだということは分かっていたので、少し抵抗があったのだが、観始めて直ぐに、これはただ事じゃないぞ、と身を乗り出して、食いつくようにスクリーンを観続ける羽目に陥った。


これはすごかった。僕の浅はかな認識と偏見は、ものの見事にすっ飛んでしまったばかりか、ことトランスジェンダーに関して言えば、本当に心の底から同情というか、その苦悩の深刻さに胸が詰まり、言葉を失った。


この映画は、男の肉体を持って生まれてきたが、心は完全に女で、どうしてもバレリーナになりたいと必死の努力を重ねる少年、いや少女の話しだ。

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そのエリートバレエ学校でのバレエの特訓シーンが、実に激しい、いや凄まじいというほどの息を飲むものすごさなのだが、ララと名前を変えた主人公の苦悩する姿が胸に突き刺さる。苦悩する肉体と、心が。


これは本当に辛いだろう。たまたま男の肉体に生まれてきたけれど、完全に女なのである。
ホルモン注射を打ち続けるけれど、胸はいつまでたっても膨らまず、やがて同僚からもララをとことん打ちのめすいじめや嫌がらせが襲いかかる。
手術をして完全に女性の身体に改造するのは2年後の予定。ところが、あまりにもバレエ特訓をやり過ぎたことと、精神的ストレスとで、手術すらできない状態にまで追い込まれてしまう。そして・・・。


これは本当にまじめな、真摯な映画。真っ正面から一切妥協することなくトランスジェンダーの問題に向き合っている。
観ていて辛い。何とか女にしてあげたい!と観るもの全ての胸を締め上げる。いや、かきむしる。


いやあ、本当に素晴らしい映画。こんなことがあるんだと衝撃を受けた。
直球だけで最後まで投げ抜いたような、本当に頭の下がる真摯な映画で、ただただ圧倒された。

 

これだけ完成度の高い妥協知らずの感動作を作り上げた監督が、何とまだ弱冠26歳の若者だと知るに至って、衝撃は頂点に達することになる。

ルーカス・ドン。18歳のときにベルギーの新聞に掲載されたバレリーナになるために奮闘するトランスジェンダーの少女の記事に感動し、必ず彼女を題材にした映画を撮ると決意してから約9年。漸く出来上がった映画は長編初監督作品とは到底思えない驚くばかりの作品となった。

初めての監督作品とは信じられないほどの映像的完成度。目を見張る流麗なカメラワークと容赦ない徹底的な描写力に圧倒されてしまう。こんなものを作れるって、もう並の才能ではない。

ここには素人臭さが全くない。完成し尽くした熟練の技が光る。本当に信じられない。また新たな驚くべき天才の出現だ。


本人の苦悩と格闘もすごいが、この映画を語ってあの父親のことを触れないとしたら大変なことになる。この親子にどんな経緯があって、初めて自分の息子が実は娘だったと判明した際の、多分受けたであろう衝撃のことは一切語られないが、この父親の息子、いや娘に対する理解度と献身振りには本当に頭が下がる。

ララは本当に苦しんだけれど、君のそばには常にあのお父さんがついてくれていたじゃないかと声をかけたくなってしまう。

父親の苦悩も並大抵のものではなかったはずだ。やっぱり心が痛む。激しく、どこまでも。

終盤、階段を猛スピードで駆け上がるひたすらな姿に涙が止まらなくなる。

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アメリカでこの映画が公開された際、トランスジェンダーの主人公を、シスジェンダー(生まれたときに診断された身体的性別と自分の性自認が一致し、それに従って生きる人のこと)が演じたことに対して、かなり批判があったようだ。

だが、この映画を観れば監督始め、見事に難役を演じ切った映画初出演のビクトール・ポルスター、全てのスタッフと俳優達が本当にこの問題と真摯に向き合い、誠実に、本当にこれ以上ないほど誠実に作り上げた映画だということが、誰にだって伝わる筈だ。

この作品はカンヌ国際映画祭でカメラ・ドール(新人監督賞)、最優秀演技賞、国際批評連盟賞の3冠を筆頭に、全世界で数え切れないほどの受賞を受けているが、賞を受けたからすごい映画、名作だということでは決してない。

この作品を観れさえもらえれば、誰だって心を揺さぶられずにはいられない。深い感動と衝撃を受ける筈だ。

トランスジェンダーの立場の向上にも大きく貢献する映画ではないかと信じて疑わない。

現に僕の偏見も、見事に変更を余儀なくされてしまった。


これは本当に感動的な映画なのである。

一人でも多くの方に観ていただきたい。

ギンレイホールでの上映は今月の27日金曜日まで。まだまだ丸々1週間上映されている。どうか駆けつけてほしい。

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この映画に怒り!彼女がその名を知らない鳥たち

遂にこの映画を語る時が来た。彼女がその名を知らない鳥たち

 

監督:白石和彌

出演:蒼井優阿部サダヲ松坂桃李

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最初から身も蓋もないことを言ってしまうが、こんなに不愉快な映画は観たことがないというくらいに気分の悪い映画だった。ギンレイホールで観た映画は本当に素晴らしい作品が多く、今まで百数十本の映画を観てきて、気に入らなかった映画にはほとんど出逢ったことがないのだが、ほんの数本だけ、嫌な映画、不愉快な映画があったのだ。

その筆頭格がこれ。

本当にこの映画は嫌い。実に気分が悪い。この映画の悪口ならどんなにでも書ける。トコトン書きまくってスッキリしたいのだが、それも大人気ない気がする。

 

僕が不愉快なのは、この映画が一部で非常に高く評価され、主役を演じた蒼井優が大絶賛されたことが先ず大きい。別に大した評価もされていないのなら、それはそれでいいのだが、蒼井優はこの映画でこの年のキネマ旬報の主演女優賞を獲得しているのだ。何たるスキャンダル!

日本アカデミー賞ならいざ知らず、天下のキネマ旬報の主演女優賞に輝くなんて、あってはならないことだ。

あの蒼井優、何であんなのが評価されるのか本当に理解できない。

ちなみに映画そのものは、ベストテンの第9位。高過ぎるきらいはあるが、まあまあ妥当なところか?驚かされるのは読者選出ベストテンでは第4位につけていることだ。

えっ!?マジ?ホントですか!?それはありえないでしょ!?みんなどこを観ているんだろうと呆れるばかり。

 

彼女はこの映画の中で、本当に虫唾が走るような最低最悪の鼻持ちならない役柄を演じている。そのキャラクターは本当に嫌な造形だが、その役柄が嫌いだから蒼井優が嫌い、何てことではもちろんないのだ。

それは役柄を演じているのだから、彼女に何の罪もない。性格も悪くて、誰とでも簡単に寝てしまう性悪なファムファタールなのに、全く脱がないんだから呆れ果てる。徹底した汚れ役をやっているのに、全然汚れようとしない。女優魂はないのか!?あり得ない。本当に失望させられた。

 

このどうしようもない女に徹底的に尽くすのが阿部サダヲ。映画の中でも蒼井優が罵り続けるのだが、本当に汚くて不潔そのもの。でも、心は天使のように美しい無垢の精神の持ち主という設定。

でも、これがまたあまり魅力を感じない。

阿部サダヲと言えば、いよいよ最終回を迎えてしまう大河ドラマ「イダテン」の主役。あのまあちゃんだ。イダテンは視聴率が悪過ぎてもう何だか誰も相手にしていないようだが、実は、僕は非常に高く評価しているのだ。さすがは宮藤官九郎クドカンはやっぱりすごいよ。中でも出色のキャラクターはもちろん阿部サダヲ演じるまあちゃんだ。

あのバイタリティ溢れる元気男を見ていると、こっちも元気出さなきゃって気になってくる。

「○○するじゃんねぇ」が大好きだ。

 

ところが、この映画の中にはあの阿部サダヲの良さがコレっぽっちもない。ただひたすら心のねじ曲がったダメ女の言いなりになって遜っているだけ。良く言えば傅(かしず)いているのだが、決してそうではなく、わがまま女の言いなりになっているだけだ。これはもしかしたらSとMの関係を描いただけなのか?そう思えてくる程だ。

あぁ、情けない。欲求不満に陥る。

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ネタバレになるので、これ以上は書けないのだが、あんなことをしても、あの女は救えない、変えられない。あんなことは絶対に許せないと僕は断言したい。それに尽きる。

嫌な理由は蒼井優女優魂がまるでないことと、やっぱり一番の不満は、原作のストーリーそのものにある。原作は沼田まほかるの同名小説だという。本当にこんなストーリーを展開して、何を考えているのかと言いたくなる。もちろん表現の自由はあるわけだから、どんなことを描いたって勝手だけど、人生、舐めんなよ言いたくなる。この世界と社会と人生をまるで分かっていない、ただ頭の中だけで、勝手に世界を構築するな!って怒りが込み上げる。

最近、イヤミスという言葉が流行りつつあって、沼田まほかるの小説もその典型例だという。「嫌なミステリー」。嫌にも程がある。どうかどうか人の命を軽んじないでほしい。それだけはお願いしたい。

 

監督は白石和彌。何でこんなしょうもない話しを映画にするんだ?何で蒼井優のあんな中途半端な役作りを認めるんだと、監督への怒りも収まらなかった。ところが、もうしばらくしてアッと驚かされることになる。そして今ではこの白石和彌にすっかり夢中になっている。

孤狼の血」を観て、その評価が完全にひっくり返るのはもう少し先のことだ。

それにしても、この「彼女が知らない鳥たち」はないぞ!その思いは今でも変わらない。

 

映画のことを滅多にボロックソには言わない僕が、声を大にしてここまで否定する映画がどんなものなのか、却って興味を持ってくれる方が多いのではないだろうか?

この映画とこの映画の蒼井優、更に沼田まほかるを支持する人と、トコトン意見交換と議論をしたいと願っている。思い出すのも不愉快なのだが。

 

「ロング・ロングバケーション」

ギンレイホールで観た貴重な一本。

元々は職場の広報誌に掲載されたものだが、新たに一部加筆修正した。

 

監督:パオロ・ヴィルズィ

出演:ヘレン・ミレンドナルド・サザーランド

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「ロング・ロングバケーション」。実はそんなに期待していなかったのだが、非常に楽しめ、最後は深く考えされた。こういうとき程嬉しいことはない。いつものことながら、ギンレイホールに心から感謝したくなる瞬間だ。

この映画を取り上げるに当たっては、医療との関係を少しは意識した。僕は仮にも病院で働く人間なのだ。もちろん医者ではないのだが。

 

かつては大学の教員として文学を教えていた主人公。ところが今では重いアルツハイマーを患っていて認知能力は衰える一方だ。その主人公に40年も連れ添った老妻は、ある日、突然、子供たちにも何も告げずに、キャンピングカーで旅行に出かけてしまう。おんぼろのキャンピングカーを運転するのは重い認知症の夫。彼が愛してやまないヘミングウェイの故郷フロリダを訪ねる1,000キロの大旅行。日本の九州から北海道までより遥かに遠い。

それを知って仰天し、怒りが収まらないのは親の面倒を看てきた長男。どうやっても両親と連絡が取れず、漸く連絡が取れた後も、直ぐに戻って来てという子供たちの願いを全く聞き入れず、はるかかなたのフロリダまでの大旅行に突入。認知症の夫が運転するキャンピングカーには次々と災難が降りかかり、この老夫婦の珍道中は先が思いやられる。

でも何とかこなして、久々の二人だけの旅行に酔いしれるのだが、ことはそう簡単ではない。

そして、実はしっかりしているように見えた老妻も余命いくばくもない末期のがん患者だと分かってくる。認知症の夫と末期がんの妻との二人だけでの大旅行。この老夫婦は一体どうなってしまうのか。

こんなことが実際に実現できたら、何と素晴らしいことだろう。僕も憧れてしまう。

これは実際にはありえない一つの夢物語だが、認知症に陥った高齢者と家族が、どう過ごすのが一番幸せなのか、答えを導き出すのは極めて困難だ。答えは、ほとんどないのではないか。

それでいて、その問題そのものには、誰でもいつも直面している。

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この映画はその一つの可能性を探っているのだが、これが現実にできるとはとても思えない。本当にどうしたらいいのだろう?悩ましい問題である。

 

身体はしっかりしているのに、認知症で物事の判断ができない年寄りと、意識はしっかりしているが、末期がんで余命いくばくもない年寄り。そんな老夫婦のこの未曾有の大旅行はこの先、どうなってしまうのか。

映画では驚きの結末が待っているのだが、その是非も大いに議論を呼びそうだ。

 

それにしてもこのありえない老夫婦の珍道中が滅法楽しい。夫役のドナルド・サザーランドは往年の名俳優。

何と言っても「M★A★S★H マッシュ」で一世を風靡した個性派の名優だが、あの大ヒットテレビドラマ「24」のキーファー・サザーランドのお父さんと言った方が今の若い映画ファンには通じるのだろう。

認知症の老人役を淡々とこなしているが、自ずからかもし出るユーモア感が絶妙。そして妻役はヘレン・ミレン。これまた名女優だ。

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完全なアメリカの映画なのに、監督はイタリアの名匠パオロ・ヴィルジィというのもおもしろい。いかにもイタリアの人情喜劇の雰囲気がアメリカを舞台に立ち上るのは観ていて本当に感動を呼ぶ。

とっても楽しく、ちょっぴり切なくて、最後には大いに考えさせられる絶品だ。

超高齢社会が急速に進むこんな時代だからこそ、一人でも多くの方に観ていただきたいものだ。