【前編】からの続き
目 次
ナワリヌイは明るく、健気だった
にも拘わらず、ナワリヌイはこの過酷極まりない収監中もずっと明るく、健気なのだった。
ホンの些細なことに喜び、感激して、少しも絶望したり、恨んだりすることがない。
例えば以下のような記述が頻繁に出てくる。
「お茶をいれる行為は飲む悦びに勝るとも劣らない。
心理学者なら刑務所で面白い事例がたくさん学べるだろう。人間の驚くべき順応力、どんなに些細なことにも喜びを見出す能力、そんな論文が100本は書ける」
「モーパッサンは天才か?『女の一生』を読んでいる。最高に楽しい」
「やっと塩も手に入ったので、サラダにかけた。パンもある。そんなことをするなと言ったにもかかわらず、ユリアが私に届くように手配したのだ。無上の喜びだ」
「よく「落ち込んでいるか?」と聞かれるが、いいや、落ち込んでいない。知ってのとおり、牢獄は自分の心の中にあるものだ。そこをよく考えれば、私が牢獄にいるのではないとわかるだろう。私は宇宙へ旅立つ準備をしているところだ。
想像してほしい。私は簡素で質素な部屋にいる。金属のベッド、テーブル、ロッカー、宇宙船に贅沢の余地はない。(中略)
宇宙の本や映画が大好きな私が、これほどの旅を、たとえ3年かかるとしても、断れるだろうか?もちろん無理だ。(中略)小惑星にぶつかって宇宙船が壊れ、死んでしまうかもしれない。
それでも、きっと助けが来る。友愛信号や、ハイパースペース・トンネルが現れる。そして目的地に着いて、とうとう私は別世界で家族や友人と抱き合うことができる」
「警察車両で移送されるのは実に楽しい。音楽が大音量でかかっている。彼らは新しいもの好きなので、レトロ・ラジオをずっと聞かされていた身としてはありがたい。
警察の車で連れ回されるのは、常識的に考えれば、最悪で不愉快な経験のはずだが、私は心の底から楽しんでいる(笑)。
滑稽だろう。私は金属製の檻のなかにいる(後略)」
「(前略)深い静寂が訪れた。自分のサクッサクという音しか聞こえない。その後、ラジオなしで10分ほど歩き回った。至福のとき。
人がどんなに些細なことにも幸せを見いだす好例だ」
「(前略)今朝はずっと自分のベッドまわりの壁を拭き掃除していた。こうして壁が乾いてみると、ずいぶん綺麗になった。見て嬉しい。触って嬉しい。自分のベッドで仰向けになって壁を見つめていると感動で胸がいっぱいになった」
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何と魅力的な愛すべき人物なんだ!
なんていう男なんだろう!?これには本当にビックリだ。
僕は元々、あのロシアにあって、プーチンに堂々と真っ向から挑む不屈の闘争心に満ち溢れたナワリヌイという政治家に対して、心からのエールを送っていたのだが、本書を読んで、ナワリヌイのイメージがすっかり変わってしまった。
何とも魅力的な愛すべき人物なのである。僕はナワリヌイにすっかり夢中になってしまった。
何ていい奴、滅多にいないナイスガイだ。

暗くて救いのない本だと思わないで
驚くほど暗さと絶望、怒りとは無縁の本。この本を貫くのは驚くほど真っ直ぐな信念と希望、未来への希望を信じて止まない明るさである。
本書に興味を持っているが、きっと立ち直れなくなるほどの怒りと絶望に満ちた本だと思って敬遠されている方、本当にそれは違う。
本書にあるのは未来志向と希望だけだ。
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興味尽きない内容で夢中にさせられる
本書は本当に貴重なもの。正に反体制派のリーダーが命を懸けた渾身の著作である。
「ナワリヌイ誕生」の2つのパートに及ぶ自伝部分も興味が尽きない。そして猛毒を盛られ、命からがら九死に一生を得る体験も生々しく、真に迫る。

そして何といっても日記形式で克明に綴られる獄中記のリアルさと迫真性が他には考えられない大変な読みものとなっている。
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痛切に伝わってくるロシアの闇の実態
ロシア社会のとんでもない闇とその実態。底知れない闇の深さが、これでもかと浮かび上がってくる。ナワリヌイができるだけ熱くならずに、冷静かつ淡々と綴られる矯正収容所の実態が空恐ろしくなる。近代以前の中世や帝国主義の時代の話しではない。
これはあくまでもロシアの現在、正にリアルタイムの話しである。
これを忘れてならない。ナワリヌイが極北の収容所で殺されたのは2023年、まだ2年前のことだ。
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貴重な原稿はどのように残されたのか?
この迫真の獄中記。日記やSNSをどうやって外に出すことができたのか、詳細は全く不明である。ナワリヌイは最後には収容所内で全ての執筆活動も禁止されてしまっている。ノートも筆記用具も与えられなかった。
どのようにしてこの日記類は保存され、外部に出ることができたのか?ちょっと不思議でならない。
ナワリヌイは最後は殺されてしまっている。彼が残した文章は全てロシア当局によって撤収されてしまってもそれまでだと思うが、こんな貴重なものがそのまま残され、我々が目にすることができるのは一体どんな経緯だったのか。
極めて貴重な資料が残されたことは我々にとって朗報以外の何物でもないのだが。

そのあたりの経緯と、必死に守り抜いた関係者の証言なども解説されていれば申し分なかった。多分、想像を絶する苦難の果てに、この貴重な本が僕の目の前にあることは間違いない。
そんな命懸けのエピソードも是非とも聞いてみたいものだ。
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ウクライナへの侵略戦争にも猛烈抗議
ロシアによるウクライナへの侵略戦争が始まったのは2022年2月24日のことだった。その当時、ナワリヌイは既に逮捕され、完全に収監されていたことに注目してほしい。
ちなみにナワリヌイの収監は、2021年1月17日から2024年2月16日(殺害)までの3年間超である。ナワリヌイ収監後、ほぼ1年後にウクライナへの侵略戦争が始まったわけだ。
ナワリヌイは2023年2月20日に収容所からSNSを発信している。
「ロシア軍によるウクライナへの一方的な大規模侵略から、明日で1年(訳注:2023年2月21日、ロシアはウクライナ東部・親ロシア派地域2州の独立承認宣言をする。これを契機に24日、軍事侵攻が開始された)が経とうとしている。ここで私の政治的見解をまとめる。多くの真っ当な人もこう考えていると願う」
として
「国を憂いるロシア国民の15の命題」をまとめている。
3ページ以上に及ぶ詳細なプーチンとロシア批判、ウクライナへの損害を賠償しようとするメッセージが感動的だ。全面的に賛同したい。
長くなるので15の命題の転載はしないが、これは是非ともしっかりと読んでいただきたいものだ。
中でも7と12で、プーチンの攻撃でウクライナが受けたすべての損害を賠償しなければならないと強調している点が印象に残る。それ以外の命題も、いずれも極めて真っ当な主張ながらも、ロシア人が正々堂々と声を上げてくれるのは極めて貴重なものだ。
アレクセイ・ナワリヌイは、あの暗黒のロシアにあってかけがえのない人材だったのだ。
そんなアレクセイはもうこの世にいない。ロシアにいない。
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殺されてしまったことは痛恨の極み
それだけに、こんな愛すべき人物が、最後は結局、収容先で殺害されてしまったことがやり切れない。痛恨の極み、断腸の極みである。
どんなに長い収監期間になろうとも、生きていてほしかった。どうしても生き続けてほしかった。

あの過酷な収監中もユーモアを忘れず、ホンの些細なことで感動し、幸福感を見いだしていたナワリヌイだったが、僕は許せない。
最後はナワリヌイを、虫けらのように殺してしまったプーチンとロシア当局を許すことはできない。
ナワリヌイ自身が受け入れても、僕は受け入れられない。憤慨してしてしまう。
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帰国しなければ良かったと思われるが
どうしても拘ってしまうのは、あの時、ノビチョクによる殺人未遂から九死に一生を得たナワリヌイが、どうしてプーチンという敵がいるモスクワに帰ったのか、という一点に尽きる。

モスクワ空港に着陸した直後に逮捕され、それから3年強、ずっと何カ所かの監獄に収監され、一度も解放されることなく、そのまま極北の地で殺されてしまった。
これでは、まるで殺されるために戻っただけじゃないか。
そんなことは予測ができたはずだ。誰が考えたって分かりそうだ。飛んで火にいる夏の虫よろしく、敵が手を挙げて待ち構えているところに、丸腰で帰って行った。
一体何故なのか?
引っかかるのはここだろう。
実は、ナワリヌイ自身、何度も自問自答しているのだが、彼の祖国に帰るという信念は最後まで揺るがなかった。
捕まってしまう、場合によっては殺されてしまうと分かっているのに、帰って行った。
これをどう評価するべきなのだろうか?
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ナワリヌイはこう答えている
ナワリヌイ自身はこう言っている。
「何百回も自問して自分と正直に向き合う。後悔しているか?今後が心配か?
まったくそんなことはない。自分が正しい側にいるという自負、大いなる運動の一部であるという信念それらは諸々の心配事を100万%吹き飛ばしてしまう。それに、こうなることは最初からわかっていた。考えれば考えるほど必然だ。私たちの運動が影響力を増すにつれ、プーチンは私を獄中に閉じ込めると命令するだろう。それ以外に問題解決の方法がないからだ。いや、そうやって解決しようとするが、私たちは屈しない」
殺害される直前の2024年1月17日にもメモが残っている。
「きっかり3年前、毒殺未遂の治療を終えてロシアに帰国した。そして空港で逮捕された。それから3年間、私は刑務所にいる。
そして3年間、私は同じ質問に答えている。
囚人たちはごくシンプルに単刀直入に尋ねる。
刑務所スタッフは用心深く、カメラやマイクを切って、尋ねる。
「何で帰ってきた?」
この2日間、この質問に答えながら悔しさを感じていた。まず、このひっきりなしに聴かれる質問を一発で終わらせて、みんなを納得させるような言葉が見当たらず、説明できない自分がもどかしいからだ。つぎに、ここ数十年のロシアの政治状況に我慢ならないからだ。(中略)
私には祖国があり、信念がある。自分の国を諦めたり裏切ったりしたくはない。ここでいう信念とは、そのために立ち上がり、必要なら犠牲を払う覚悟のあるもののことだ。(中略)
私は選挙に立候補し、指導者の座を争った。私の使命は他の候補者とは違う。国を端から端まで巡り、ステージの上から呼びかけた。「君たちをがっかりさせないと誓う。騙さない。見捨てない」と。ロシアに戻ってくることで、私は投票してくれた人たちとの約束を守った。ロシアには、嘘をつかない人物が必要だ」
どうしても生きていてほしかった
それにしても、どうだったんだろうか?
どう考えても、殺されてしまっては元も子もない。ロシア国外にいて、外からプーチンを攻撃することはできなかったのだろうか?
もうこれだけの男は二度と出てこないだろう。僕としては、どうしても生きていてもらいたかった。
合掌。
一人でも多くの人が、この貴重な自伝とレポートを読んでほしい。そしてロシアという国の内部の現況を、もっともっと知ってほしいと願うばかりだ。
誰かナワリヌイの後に続く者は、出てきてくれないものだろうか?
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