映画の基本情報:「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」

カナダ・アメリカ合作映画 123分  2020年3月13日 日本公開

監督:グザヴィエ・ドラン

主演:キット・ハリントン、ナタリー・ポートマン、スーザン・サランドン、キャシー・ベイツ、ジェイコブ・トレンブレイ、タンディ・ニュートン、ベン・シュネッツァー他

若き天才ドランの最新作にいたく感動

ギンレイホールでまたまた大変な感動作を観た。ちょっと他に例のない特殊な作品だったのだが、その感動はどこまでも深く、こんなに人の心を揺さぶる映画も稀だ、と胸が熱くなった。

主人公が2人存在する少し入り組んだ話しで、しかも映像が過去(その過去の中にも年代の差があり、時系列が激しく前後する)と現在とが複雑に絡み合うので、かなり分かりにくい部分もあるのだが、2度目に観てほぼ整理がついた後では、もう涙が止まらない。正に滂沱の涙で、感動が収まらなかった。映画を観終えて、ギンレイホールを出て食事をしたのだが、映画の感動的なシーンとセリフが何度も蘇ってきて、ラーメンを食べながら涙が止まらなくなり、困ってしまった。

タイトルはかなり変わっている。普通なら「〇〇〇の生と死」と言うべきところ、「死と生」という順番になっていることが予告編を観たときから気になっていた。何故だろう?日本語としても発音し難いし、先に死がどうしてくるの?と思ったものだ。しかし、これは原題がそうなっているのと、実際に映画は主人公ドノヴァンの死から始まるのだった。

死んだ主人公を回想していく映画にはちがいないが、そう単純ではない。単に故人を回想するのではなく、この映画には死んでしまったドノヴァンともう一人の主人公がいる。ここがこの映画の最大の特徴であり、他の映画では得られない特別な錯綜した感動を与えられる要因となっている。

パンフレットの表紙はご覧のとおり手紙のモチーフ。中々いいセンスだ。

監督自身の実際の経験から生まれたというストーリーは?

29歳という若さで死んでしまった主人公ドノヴァンは、大人気を誇ったテレビ俳優で、特に多くの子供たちから熱愛されていた。もう一人の主人公というのは、そのドノヴァンの熱烈なファンの11歳になるルパート・ターナー。このルパートがドノヴァンに手紙を送り、何とドノヴァンが返事を書き、その二人しか知らない秘密の文通は一度も会うことなしに6年にも及び、ドノヴァンからの手紙は100通を超えた。

これは元々、「タイタニック」を観てレオナルド・ディカプリオの熱烈なファンとなった若き日の監督(8歳)が、実際にディカプリオに手紙を送った実体験が元になっているという。脚本を完成させるまでに5年かかったと本人の弁。

そのドノヴァンが死んで10年。ルパートも新進の俳優としてのキャリアを積む中で、ドノヴァンとの手紙を本として出版し、この手紙を通じてドノヴァンの生き様、つまり生が明らかにされていくという構成だ。そしてドノヴァン以上にこの大スターと文通をしていたルパートの生き様と苦悩も同時に描かれていく。

だからこの映画は『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』であると同時に『ルパート・ターナーの生』と名付けられるべき映画。そして実際に、僕にとっては「ドノヴァンの生」以上に、「ルパートの生」の方が興味深く、感動的だった。

ルパートが手紙を本にして出版し、人気俳優として活躍し始めた「現在」は、年齢的には死んでしまったドノヴァンとちょうど同じくらいの年齢になっているので、何だか少し錯綜し、混乱してくる面はある。だが、それはもちろんドランの狙いであるに違いない。

ドノヴァンの苦悩

芸能界、映画界という特殊な世界にあって、ドノヴァンは人気俳優ではあったものの人には知られてはならない秘密の場と世界があり、そちらでも愛を成就できず、仕事も行き詰る中で、次第に追い込まれメンタルを病んでいく。繊細で優しい人間ほど生きにくい社会であり、映画界では尚更だった。自分はどう生きるべきなのか苦悩するドノヴァン。

またお決まりと言ってもいい同性愛の話しとなる。このあたりは僕は正直かなり苦手なのだが、愛に飢えながらもそれが成就できない苦しみは男女間も男同士も関係ないのだろう。それは分かるつもりだ。

そんな苦悩を抱えながら、少年ルパートとの文通は6年にも渡って続いた。

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母親と息子との関係、在り方を問い詰める

ルパートが女優への夢を断たれたシングルマザーの母親から厳しく叱責され、思いのたけを爆発させるシーンがある。ここがこの映画の最高の見せ場の一つ。

大人顔負けの感性を備えたいわば天才と呼ぶべき子供が、「人生の在り方」「人の生き方」の本質を鋭く訴えて、驚かされる。このシーンを観て、映画を観ている我々観客も、初めてこのルパートが、ドノヴァンに憧れてこっそりと6年間にも渡って文通をしているこの少年が、ただものではない、紛れもなく人間観察の天才で、並外れた感性を持っていることを思い知らされるのだ。

このルパートと母親のパート(エピソード)が、この映画の中でも、全体のバランスを少し崩しているのではないかと思われるほど、熱く撮られている。

その後、更にこの少年の感性がとんでもないものであるが判明し、映画を観ている我々だけではなく、映画の中の母親も度肝を抜かされてしまう。ここからが涙腺が崩壊してしまうところだ。あの名曲「Stand By Me」をバックに母と天才少年との観る人全てを激しく揺さぶる感動シーンの展開となる。

ドランは母親と息子との関係にトコトン拘っており、彼の過去に作ってきた全ての映画を貫くテーマとなっているようだ。ドランの処女作はズバリ「マイ・マザー」(2009年)であり、カンヌ国際映画祭で審査員賞を獲得した前々作のタイトルはこれまた「Mommy/マミー」(2014年)となっている。そして今回の新作。ドラン本人がこのテーマの集大成だと語っているが。

実は、この作品の中では、もう一組の母親と息子の関係が描かれる。他ならぬドノヴァンと母親だ。これも温かい視線に満ち非常に優しい、心を癒されるシーンのように見える。だが、ここは用心が必要だ。実際にはどうも違うのではないか、とも思えてくる。そんな単純な関係ではなく、もっと屈折した複雑な関係をにおわせる。長年に渡って拘り続けてきたテーマがそんなに単純ではないことは、むしろ当然だろう。

これがルパートとその母親。ドノヴァンからの手紙を読む母親。

素晴らしい子役と母親役を演じたナタリー・ポートマンの感動の演技 

このルパートを演じた子役のジェイコブ・トレンブレイが素晴らしい。ギンレイホールで観た顔の歪んだ少年を演じた「ワンダー 君は太陽」でも特別な光を放っていたが、「ルーム」で大絶賛を浴びた天才子役。僕は生憎これは未見なのだが。
観ていて観客がそのままルパートに同化してしまう。こんな映画ではとにかく子役に共感できるかどうかで映画そのものの価値が決まってしまうものだが、今回は素晴らしい子役を得たことで、この映画の成功は決まったようなもの。あの「シックス・センス」以来の感動だが、レバノンを舞台にした「存在のない子供たち」や例のU-NEXTで観たピエール・ジュネ監督の「天才スプヴェト」など結構素晴らしい子役が主人公の映画があって、その系譜に連なるものだ。

母親役のナタリー・ポートマンには本当に驚かされた。あの「レオン」のマチルダ役で鮮烈デビューを果たした彼女は、その後も着実にキャリアを築き上げ、大女優への階段を駆け登っていたが、今回はまさか母親役を務めるとは。

この母親役のポートマンが実にいいのである。誠実さと切実さが痛いほど伝わってきて、涙を誘う。

ナタリー・ポートマンとジェイコブ・トレンブレイ。素晴らしい写真。

 

この映画では実に多くの俳優たちが印象に残る素晴らしい競演を果たしている。
主人公のドノヴァン役もいい味を出しているし、大人になったルパートもそれに勝るとも劣らない。そしてルパートの学校の黒人の女性担任教師も忘れ難いし、ドノヴァンの母親スーザン・サランドン、そしてマネージャーのキャシー・ベイツと錚々たる顔ぶれだ。
大人になったルパートに嫌々ながらもインタビューを始めるコンゴ出身のプラハのジャーナリストもいい。終盤に登場して強烈な印象を残す老人役のマイケル・ガンボンも。

そして、意外や意外。ドノヴァンの男の恋人役が妙に忘れ難くて困っている(笑)。

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監督・脚本・編集のグザヴィエ・ドランについて

ドランは現在31歳になるが、この作品を撮った当時は何と26~27歳だった。この若さでカンヌ国際映画祭受賞の常連で、将来の映画界を背負って立つと嘱望される逸材だ。実に多彩な人で、監督・脚本はもちろん編集も自身で担当している。衣装への拘りも相当なものらしい。元々、この映画の中のルパートのように子役の出身なので、自ら主演している作品が多い。正に若き天才の名に恥じない。

今回の映画では英語が使われているが、これは初めてのことで、彼の作品はフランス語。ギンレイホールで観た前作の「たかが世界の終わり」(2018年)もフランス語だったことは良く覚えている。実は、それが原因で僕は大きな勘違いをし、完全にドランをフランスの若手監督だと思い込んでいた。恥ずかしい。カナダ人だ。カナダのケベック州、モントリオールの出身。カナダのケベック州はフランス語文化圏なのである。

カメラを抱えるドラン監督。

カナダ出身の映画監督と言えば

何と言っても世界の注目を浴びているあのドゥニ・ヴィルヌーヴがいる。僕も大好きな監督だ。「灼熱の魂」「ボーダーライン」「メッセージ」「ブレードランナー2049」の監督と言えばピンとくるだろう。何とヴィルヌーヴもケベック州の出身で、このフレンチ・カナディアンが今、実に熱い。

カナダはあの鬼才・天才ピアニストのグレン・グールドを生んだ国だ。この国は時に、とんでもない天才を輩出するようだ。

ドランの映画の他にはない特徴は

ドランは若いにも拘わらず、その演出、編集などのテクニックは熟練の域に達している。これには本当に驚かされる。奇を衒ったり、独りよがりな特別なことはやらず、ある意味で極めて正攻法と言ってもいい。

熟達、洗練、それでいて新しい。とても20代後半の若者が撮った映画とは思えない。

パンフレットに掲載されているインタビューの中で、ドランは「僕は映画を作るときに、衣装、その時の台詞、アングル、カメラの位置を考えずにシーンやキャラクターをイメージすることはできないんです。全てが一体。映画制作というのは様々な芸術の融合で、それらを組み合わせ、様々なプロの技を合体させたもの云々」と語っている。傾聴に値する言葉である。

但し、一つだけドランならではの特別なスタイルがある。それは極端なまでのクローズアップの多用だ。登場人物の顔のクローズアップが尋常ではない。それは時にワイドの大画面に収まり切らず、顔の一部分だけが画面を占拠することも稀ではない。僕は前回の「たかが世界のおわり」をギンレイホールで観たときにもそのことが非常に印象に残った。ドランと言えばあの画面をもはみだす顔のクローズアップの監督だなと覚え込んでいるくらい。どうしてここまで顔のクローズアップに拘るのか。デンマークの至宝「裁かれるジャンヌ」のカール・ドライヤーを思い出すのだが。

登場人物の心の襞を顔のクローズアップで写し出す。顔のクローズアップで心の動きを表現する。こんな撮り方をする監督は滅多にいないので妙に印象に残るのだ。

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実は欧米では酷評されたドランの失敗作

ドラン監督自ら映画の出来に不満があったらしく、予定されていたカンヌ映画祭でも上映が中止され、欧米の批評家たちからは初めて酷評されたらしい。僕はそれを聞いて、余計に擁護したくなった。

ギンレイホールの支配人の久保田女史が、ちょうど竹重さんと同世代の昔からの熱心な会員が、今までギンレイホールで観た映画の中で一番良かったとおっしゃってくれたと話してくれたことが忘れられない。ギンレイホールでは素晴らしい映画ばかり上映されるので、僕の場合にはこの作品が一番良かったとはとても言えない。他にも本当に素晴らしい映画がたくさんあったからだ。だが、そのベテランの常連さんが言っていた意味は良く分かる。これは他にはちょっとない特別な感動を与えられる作品なのだ。

実際、号泣していた僕の周囲でもかなり鼻を啜る音やハンカチを目に当てている人を見た。かなりの感動を呼んだことは間違いない。

映画館の多くの客は、そもそもこの映画が若き天才ドランの作品なんてことは気にせずに映画を観ている筈である。そういう一般人の素直な感動を大切にしたい。

それにしても良く分からない。僕は前作の「たかが世界の終わり」も悪くないとは思ったが、感動の深さは今回のドノヴァンとはまるで違う。ところが、世界的には今回ギンレイホールの多くの観客を感動させたこの映画が酷評されて、今までの作品が大絶賛されたという事実。これをどう考えたらいいのか。

僕の答えは決まっている。世界の評価、そこにはドラン監督自身の評価も含めて、そんなことは関係ない。実際に映画館で大スクリーンと対峙して、そこで涙が止まらなかった自分自身と周囲の感性を信じたい。それで十分なんだと。


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この映画の本質は(若干ネタバレ?)

物語は錯綜している。2人の主人公の生き様を描くことで、この二人は実は極めて似た者同士ということが浮かび上がってくる。この点が何よりも重要だ。
大スターのドノヴァンに憧れて文通をし続けたルパートは、やがてドノヴァンと同じ道をそのまま辿り、第二のドノヴァンに生まれ変わる。

ジョン・F・ドノヴァンとルパート・ターナーという2人の主人公。遥かに歳の離れた2人だが、その2人は実は同一人。同じ人間なのではないだろうか。僕にはそう思えてならない。

ドノヴァンに生まれ変わったルパート

ドノヴァンに憧れて文通をしたルパートは、やがてそのままドノヴァンに生まれ変わった。

死んでしまったドノヴァンに対して、ルパートはどうか死なないで欲しい。自殺はもちろんダメ。どんなに眠たくても睡眠薬の過剰摂取も絶対にダメだ。

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1,000円もするパンフレットには驚き 

絶賛した映画だが、唯一の難点はパンフレット。これが何と1,000円もする。パンフレットは相当買い込んできたが、1,000円というのは初めてだ。

これにはビックリ。どんなに立派な素晴らしいパンフレットなのかと思ったが、僕が好きではないかなり小さなサイズのもので、内容が相当充実していることは事実だが、どうしてこれが1,000円もするのか理解できない。

久保田支配人曰く、この1,000円もするパンフレットが随分売れたとのこと。それだけこの映画の人気と感動が高かったという証だろう。

これからパンフレット1,000円時代が始まるのであろうか?悪い予感がする(笑)。

滅多にない特別な感動作

同性愛の話しは好きではないのだが、それを遙かに超えてしまう感動がある。その感動はとてつもなく深く、大きい。20代の若い才人が何から何まで作ったこの映画には、この歪んだ非常に生きにくい世の中にあって、主人公は死んでしまったけれど、それでもなお人を信じる限りない温かな視線を感じる。それは時に神の視線ともなり、この悩めるどうしようもない苦悩に満ちた人間に目いっぱいの愛情を注いでいるかのようだ。恐るべし。

優しく人に寄り添いながら、一方で神の視線をも併せ持つ映画。それを肌で感じた時、滂沱の涙となり、この映画は生涯のかけがえのない特別に大切な一本となることだろう。

ドノヴァンには何としても頑張って生き抜いてほしかったが、ルパートが君の分まで生きてくれるだろう。そう信じたい。

素晴らしい映画とまた出会えたことを、心から感謝したい。

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