目 次
シューマンの紹介が続く
シューマンの作品を取り上げてきた。一押しの歌曲とピアノ独奏曲に続いて室内楽作品を紹介してきたが、今回はその本命とも呼ぶべき3曲の弦楽四重奏曲の番だ。
シューマンの創作の在り方、進め方が非常に変わっていることは、毎回のように書いてきた。
同じジャンルの作品を集中して作曲し続け、ある時に別のジャンルの作品を作曲し始めると、今までのことはすっかり忘れてしまったように作曲しなくなり、新しいジャンルの作品ばかりを作曲するという珍しい習癖だ。
それを捉えて、クララと結婚した年には歌曲(ドイツリート)ばかりを120曲以上も作曲し続け、「歌曲の年(1840年)」となり、翌1841年は「交響曲の年」、続く1842年は「室内楽の年」といった具合。
そもそもシューマンは、クララと結婚する1840年の30歳までは、ひたすらピアノ独奏曲ばかり作曲し続け、あまたの名作、傑作を量産した。
僕が最近拘って熱心に聴き込んでいるのは室内楽だ。ここでもピアノ五重奏曲・ピアノ四重奏曲、3曲あるピアノトリオ(ピアノ三重奏曲)を取り上げてきた。
今回はいよいよ室内楽の金字塔である弦楽四重奏曲の登場だ。
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シューマンの弦楽四重奏曲の基本情報
シューマンには弦楽四重奏曲が3曲ある。この3曲の弦楽四重奏曲は一気呵成にまとめて作曲され、作品番号も同一となっている。
1842年の作曲で作品番号は41。3曲は同じ作品番号41で、それぞれ作品番号41№1、№2、№3とされ、日本語表記では作品41の1、作品41の2、作品41の3と呼ばれている。
いわゆる1842年「室内楽の年」の最初に作曲されたもので、この弦楽四重奏曲の作曲を皮切りに、一気に様々な室内楽作品が誕生することになった記念碑的な作品である。
演奏時間等
3曲はいずれも4つの楽章から構成されている。3曲が非常にシンメトリーに作られているのが特徴だ。
演奏時間はそれぞれ25分~30分近くかかる。3曲を合わせると軽く80分を突破する大作だ。
したがって1枚のCDに詰め込むのは限界がある。中には無理やり1枚に詰め込んだものもあるが(ジュリアードSQ、モディリアーニSQ)、一般的には2枚のCDとなる。そうすると今度は余白ができてしまうので、弟子というか後輩のブラームスが同様に弦楽四重奏曲を3曲作曲しているので、こちらと併せて3枚組となっているものもある(イタリアSQ、メロスSQ)。


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作曲の経緯など
1842年、シューマンの妻クララが結婚後、初めてとなる長い演奏旅行に出かけることになり、シューマンはライプツィヒの自宅で一人暮らしを余儀なくされる。その頃、シューマンはひどいスランプで作曲が進んでいなかったが、留守の機会に、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲、特に後期の傑作群を中心にハイドン、モーツァルトなど古典派の弦楽四重奏曲の研究を進め、それを元にシューマン初の弦楽四重奏曲が一挙に3曲も誕生することになった。
第1番は1842年の6月2日から作曲が開始され、3曲合わせて、ほぼ2カ月間、厳密に言うと50日間で作曲した。シューマンにとって初めての室内楽作品。3曲の弦楽四重奏曲を50日間で一気に作曲するというのは、まるでモーツァルトのよう。やっぱりシューマンは天才だった。
1842年9月13日のクララの23歳の誕生日のプレゼントとして、私的な初演が行われ、翌年の1853年の楽譜の出版に当たっては、あのメンデルスゾーンに献呈された。
たなみに、この3曲の弦楽四重奏曲に続いて、ピアノ五重奏曲とピアノ四重奏曲が相次いで作曲され、1842年が「室内楽の年」と呼ばれている由縁。

シューマンの自信作(手紙から)
完成させた数カ月後に友人に宛てた手紙の中で「私が真に良いものを創るために労を惜しまなかったことを信じていただけることと思う。実際私はこれが私のベストであると時折思ったりする」。と書いている。
更に献呈者となったメンデルスゾーンが亡くなった後、「私は今でもこの作品をあの時期の最良のものとみなしている」と述べている。
シューマン自身が満足し、自信を持っていたことが良く分かる。
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弦楽四重奏曲の歴史とシューマンの位置付け
クラシック音楽の世界で弦楽四重奏曲(カルテット)というジャンルは、特別な意味を持っていることは以前にも書いてきた。ベートーヴェンが作曲した16曲で、作曲家の魂の本音をさらけ出すというか、全身全霊をかけて作曲する究極の高みの音楽となった。
カルテットを聴けば、その作曲家の全てが分かると言っても過言ではない、研ぎ澄まされた究極のアンサンブルにして至高の音楽がそこにある。
全てはベートーヴェンの仕業なのだが、いい悪いは別として、実際にそんな位置づけとなって、どんなカルテットも気軽に聞き流せるようなものはなく、作曲家の全てが封印されている感がある。
ハイドンが生み出し、モーツァルトがその天才を遺憾なく発揮し、ベートーヴェンが究極の高みに導いた。同時代にシューベルトも傑作を何曲も残した。

その後で、弦楽四重奏曲を作曲しなければならない作者は本当に大変だったと思う。結局、ベートーヴェンの高みは、20世紀に入ってバルトークによって引き継がれることになるわけだが、その間にも傑出したカルテットはいくつも作曲された。
スメタナやドヴォルザーク、ボロディンなどの国民楽派、更にドビュッシー、ラヴェル、フォーレのフランス近現代に素晴らしい傑作が生まれた。
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ベートーヴェン後の重大な弦楽四重奏曲
ベートーヴェンの至高の傑作群の後、いきなり19世紀末から20世紀に飛んでしまう。
その間に、カルテットの傑作は生まれなかったのか?特に本家本元のドイツで、カルテットの傑作は生まれなかったのかと思いを巡らすと、シューマンに至るのである。
そうだ。シューマンの3曲の弦楽四重奏曲。これはベートーヴェンの高みを引き継ぐ重大な弦楽四重奏曲だと、最近つくづく思い知らされるようになった。
シューマン夫妻が面倒をみたブラームスは、室内楽に傑作、名作がひしめいているが、3曲作られた弦楽四重奏曲は、その中にあってどちらかというと失敗作とされ、少々影が薄い。
そうなるとやっぱりシューマンが鍵を握ることになる。
ベートーヴェンと20世紀初頭に作曲されたヤナーチェクとバルトークという2つの偉大な高嶺の間にあって、弦楽四重奏曲の高い芸術性を守り抜いたのはシューマンではないか、そんな気がしている。

もっと広く聴かれていい傑作群
いずれにしても、このシューマンの弦楽四重奏曲は聴く程に味わいを増す珠玉の名曲だと信じて疑わない。
ところが一般的にはあまり知られておらず、注目されていないカルテットなのである。シューマンはどうしてもピアノ独奏曲と歌曲の作曲家というイメージが強過ぎて、この弦楽四重奏曲も隠れた傑作という地位に甘んじている。
あまりにももったいない。
シューマンの天分として持ち合わせたロマン的情緒がプンプンと立ち込め、当代きっての知的な評論家でもあったシューマンがベートーヴェンなど過去の傑作を研究し尽くして、一気呵成に作曲した3曲の弦楽四重奏曲は、シューマンの全作品を通じても屈指の傑作の誕生となったと思う。
持ち分の天才としての曲想と知的な知性が学んで身に付けた作曲技法とが、見事に融合した稀有の傑作と呼ぶしかない。
ところが実際には、あまり聴かれていないのだ。ベートーヴェンの至高の名作の後を引き継ぐ正統とは到底考えられていない。
もっともっと広く聴かれてほしい。
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第1番 イ短調 作品41の1
第1楽章(約10分)
第2楽章(約4分)
第3楽章(約6分)
第4楽章(約6分半)
1842年の6月2日から作曲を始め、6月25日に完成している。3週間だ。
3曲の中で、僕が最も気に入っている作品だ。
第1楽章の格調の高さ
冒頭の第1楽章とアダージョの第3楽章が絶品だ。第1楽章の冒頭の対位法を用いた深遠な滑り出しは、何度聴いても心を奪われる。対位法で4つの楽器が愁いを込めた深遠なメロディをゆったりとしたテンポでそれぞれが奏でた後で、4つの楽器が高みに向かって一斉になだれ込むあたり、実に格調の高い音楽だと唸らされる。
その後には対象的に4つの楽器が同時にフォルテ(f)で奏でられ、力強く前進し始める。良くできた実にいい音楽だと嬉しくなる。
第3楽章はシューマネスクの極致
第3楽章の美しさは特筆もので、最高のシューマンを聴くことができる。夢見るように甘く、心の琴線に響いてくる美しい音楽。これぞシューマネスクの極致と呼んでもいいものだ。甘い音楽はやがて切なさを増し、切々と訴えかけてくる。疼くような青春の夢と痛みと呼んでもいい。思わず胸が一杯になる。

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第2番 へ長調 作品41の2
第1楽章(約6分)
第2楽章(約8分)
第3楽章(約3分)
第4楽章(約4分半)
7月5日に完成。2週間足らずで完成させている。
全体的に明るく晴朗な雰囲気に満ちた第2番。第1番の厳格な雰囲気のイ短調から一変してヘ長調という調性にもよるのだろう。ロマン的情緒に満ちた非常に親しみやすい曲想に僕は愛着を感じる。
第1楽章の冒頭の優美にして流麗な音の流れ。ロマンの息吹が香り高く漂う響きに惹きつけられる。第2楽章もいかにもシューマンらしい優しさとロマン的情緒に満ちている。第3楽章の愛くるしいリズムも悪くない。最後の第4楽章も明るく、軽やかで幸福感に満たされる。
何故か酷く貶されている
ところが、この第2番が何故か評判が悪いのである。この2番があるせいで、シューマンの弦楽四重奏曲を演奏する気になれないとまで言われる始末。僕にはその真意が全く理解できない。
渡辺和の「カルテットの名曲名演奏」(音楽之友社ON BOOKS)では、シューマンの弦楽四重奏曲を高く評価しながらも、第2番の思わぬエピソードを明かし、こき下ろしている。
曰く「あまり弾かれない曲だ。筆者はこの数年、なんのかんので年平均50、60日はライブでカルテットに接している。総計百数十曲の演奏を聴くことになるのに、それでもこの作品に出合った記憶がない。現時点で(中略)唯一ライブを知らない曲だ。線的な書法にこだわりすぎ、楽想と折り合わない感は否めない。東京Q第2ヴァイオリンの池田菊衛氏と立ち話をしていて、「シューマンの全曲を録音する話があるのだけれど、どうにも第2番がねぇ」と本音を漏らしていたっけ。こういう曲こそ決定名演がまだ狙える。若者よ、奮起すべし!」と。
この後、辛辣極まる具体的な批判が綴られる。
う~ん、そうなんだ。実際の弾き手のコメントは、突き刺さる。
そうだろうか。少なくとも、僕は十分に魅力を感じるし、同時期に一気呵成に完成させた3曲のうちの1曲だけが、著しく劣る、なんてことがあるだろうか!?
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第3番 イ長調 作品41の3
第1楽章(約8分)
第2楽章(約7分)
第3楽章(約9分)
第4楽章(約7分)
1842年の7月8日に着手され、7月22日に完成。ちょうど2週間で完成させた。
冒頭の周囲に媚を売って誘惑するような愛くるしい音楽が魅力だ。一音一音をそっと確かめるようなどこまでもやさしく、キュートな音の流れが気持ちいい。
第2楽章の人懐っこさも捨て難い。何となくコケティッシュな独特の魅力に満ちている。。
最高に魅力的な第3楽章
最高の聴きどころは第3楽章だろう。これは気品に溢れたそれでいて、シューマンならではの憂いを濃厚に漂わせた錯綜した音楽だ。やがて憂いと陰鬱さが全面に出てきて、ロマン派の憂鬱とでも名付けたくなるようなやるせない調べが響き渡る。明るさと暗さが微妙に混じり合う複雑な響き。
これぞシューマンの真骨頂と呼ぶしかない。
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名盤が次々と廃盤となる痛恨
このシューマンの弦楽四重奏曲。あまり広く聴かれていないとは言ったが、それなりに素晴らしいCDがたくさん出ている。全3曲を収めたCDが僕の手元には、5種類もある。
いずれも甲乙付け難い素晴らしい演奏で、これを聴ければ何の不満もない。


問題は、これらの素晴らしいCDが、現在ほとんど廃盤の憂き目に遭っていることだ。
5種類のうち、4種類が廃盤。生きているのは1種類しかない!これは酷い。痛恨の極み!
僕は優美な歌に満ち溢れたイタリア弦楽四重奏団の演奏に強く惹きつけられるが、新しいモディリアーニ弦楽四重奏団も実に素晴らしい演奏だった。
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ジュリアード弦楽四重奏団の演奏は
この2つを聴けないのは辛い。
現在聴くことができるのはジュリアード弦楽四重奏団の演奏だけだ。これは世界初のシューマンの弦楽四重奏曲全曲の録音となったもの。1964年から67年にかけて収録された。

ジュリアード弦楽四重奏団は世界最高のカルテットだけに、その演奏が悪い筈はないのだが、このシューマンは、あまりにも厳し過ぎる厳格な演奏で、リズムもキツ過ぎて、シューマンには少しそぐわない気がする。もう少し柔らかさがほしかった。
そんな不満があっても、この一音たりともないがしろにしない完璧な演奏は、聴きごたえ純分。じっくりと聴いていただき、ベートーヴェンの高みを引き継ぐシューマンの弦楽四重奏曲の魅力を存分に味わってほしい。

☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入ください。
この名曲は現在素晴らしい演奏のCDが入手できません。本文中でも触れましたが、本当に残念です。素晴らしい演奏のCDがないのではなく、素晴らしいCDがあったのに、現在は悉く廃盤となって入手できないのです。
唯一の現役国内盤はこちらのジュリアード弦楽四重奏団による演奏。ジュリアード弦楽四重奏団は世界最高の弦楽四重奏団で、僕も大好きなアンサンブルですが、彼らの厳格さと厳しさ、恐るべき迫力がシューマンにはあまり向いていなかったように感じます。
そうはいっても、現在入手できるものはこれしかないのと、やっぱり世界最高の弦楽四重奏団。多少の不満はあっても基本的には素晴らしい演奏です。
是非とも聴いてみてください。
なお、このCDは2枚組、と言ってもシューマンの3曲が2枚に分かれているのではなく、3曲は1枚に全て収録されているのですが、もう1枚にシューマンの室内楽の大傑作、ピアノ五重奏曲とピアノ四重奏曲が収められているのです。願ってもない最高のカップリング。しかもピアニストがあのグレン・グールドとバーンスタインという2人の天才が務める夢のようなCD。
それが2枚で1,691円!もう迷わず買うしかない代物です。
1,691円(税込)。送料無料。
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シューマン:弦楽四重奏曲全集 ピアノ五重奏曲&ピアノ四重奏曲 [ ジュリアード弦楽四重奏団 バーンスタイン、グールド ]