目 次
「地球を呑む」を数十年ぶりに再読
手塚治虫の記念碑的な「地球を吞む」を数十年ぶりに読み返した。これは非常な重要な作品だったので、もちろん前にも読んでいた。
その時の感想でも、僕は「特AーA」というほぼ最高評価を付けていた。
ちなみに「特AーA」を付けている他の作品は、「火の鳥」の「未来編」「鳳凰編」「復活編」「生命編」「異形編」、「アドルフに告ぐ」、「人間昆虫記」、「アラバスター」、「ボンバ!」、「奇子」、「きりひと讃歌」、「MW(ムウ)」、「陽だまりの樹」などなど。全ての列挙ではない、念のため。
更に「ブラック・ジャック」の35本が最高評価となっている。「ライオンブックス」や「タイガーブックス」、「ザ・クレーター」等の単編への「特AーA」も多い。
若き日の、「フィルムは生きている」なんかも最高評価となっている。
ほぼ全作品にABCランクが付けてある。
多分40代、今から20年以上も前に付けたものだろう。その時の評価は基本的には今でも変わっていないが、中にはそうだったんだ、と驚かされる評価結果もある。
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以前、本作に最高評価を与えていたのに
その20年前の評価で最高評価を下した「地球を吞む」。
この漫画は、手塚治虫のキャリアにとって非常に重大な意味を持つエポックメーキング的な作品なのだが、今回20年振りに再読するまでの僕の頭の中での評価は、それほど高いものではなかった。
歴史的な重大性はともかくとして、作品そのものは失敗作、その後に未曾有の名作が出現した後となっては、それほど大した作品とは思えない、そう思い込んでいた。
今回、ブログ、この「手塚治虫を語り尽くす」シリーズに取り上げるに当たって、改めてじっくりと読み返してみた。
すると、思わぬことになって驚きが止まらない状況。
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展開と結末を完全に失念していた!
嫌になってしまう情けない話しから。
何と、僕はこの手塚作品の展開と結末を完全に失念していた。これがどんな作品なのかという概略は、もちろん手塚治虫フリークとして知らないはずがない。
当然、良く承知していた。ところが、中盤あたりから、つまり物語の大きな展開とその後の驚くべき結末は、完全に忘れていた。
細かい点をすっかり忘れてしまっていた。読んでいて、僕はこんな重大な作品を途中で放り出して、最後まで読んでいなかった!そう思い込んでいた。
どうしてこのエポックメーキングを読まずに放置したんだろうと、忸怩たる思いで読み終わった。
そして例の全作品の評価一覧を見ると、何と「特AーA」という最高評価を下していたことが判明した。
「地球を吞む」を再読して手が震える程の感動をしたのだが、そのとてつもない感動がすっ飛んでしまう程、忘れてしまっていた自分に衝撃を受けた!
こんな感動的な話しを忘れ、以前読んだ際にも最高評価を付けるだけの感動を味わったにも拘わらず、読んだことさえ忘れていたなんて。
「特AーA」を付けるなんて、20年前に初めて読んだ当時も相当な感動を味わったはずである。にも拘わらず、僕は読んだことさえ忘れ、その波乱万丈のストーリー展開と衝撃的な結末を初めて読んだものとして、深い感動に陥った。
衝撃的な感動が、すっかりすっ飛んでしまう程の衝撃を受けた、自分のあまりの記憶力の低下に。
これは認知症なんじゃないかと真剣に心配している。ちょっと恐ろしい・・・。
漫画の紹介に入る前に、こんな自分の情けなくもみっともないボケを披露させていただいた。
あまりにもイントロが長くなってしまった(苦笑)。
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強い衝撃と、心からの感動!
さて、「地球を吞む」であるが、これが正真正銘、もの凄い作品だった。今回もまた僕は迷うことなく「特AーA」を付ける。
何かと問題があって完璧な作品ではない。冷静沈着に評価すれば、「地球を吞む」は失敗作ということになるだろう。とても100点満点は付けられない。
だが、その問題意識とスケールの大きさは、手塚治虫の全作品を通じてもこれ以上のものを思い浮かべることができない屈指のものだ。
僕は今回、強い衝撃を受け、心から感動した。
これはとんでもない大問題作だった。



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記念すべきビッグコミック連載第1号
この作品がエポックメーキングとして重大な意味を持つと何度か書いてきたが、それは手塚治虫が創刊と同時にずっと深く関わり、数多の名作・傑作を生みだしたあの「ビッグコミック」誌の最初の連載になった作品だったからである。
詳細は後述するが、手塚治虫は「ビッグコミック」に僕が熱愛している「奇子」や「きりひと讃歌」、更に「シュマリ」、「ばるぼら」などの手塚治虫の青年向け作品の最高傑作群を生み出した雑誌だった。
このシリーズでまだ紹介していない「陽だまりの樹」という手塚治虫の最大にして最高傑作といっていい時代劇もこのビッグコミックだ。
これらの名作は青年向きコミック作品の最高傑作群というに留まらず、手塚治虫の膨大な量に上る全作品を通じても最高傑作に値する未曾有の高嶺を築いた奇跡の傑作群だった。
その皮切りになったのが「地球を吞む」だった。この作品の成功と評価がなければその後の作品は続かった可能性が高い。
「地球を吞む」があったからこそ、「奇子」も「きりひと讃歌」も「MW(ムウ)」も誕生した。まさに「地球を吞む」は手塚治虫のエポックメーキングだったのだ。
更に言えば、ここで傑作群が誕生したことで、スランプ状態に陥っていた「冬の時代」から脱却し、あの「ブラックジャック」の連載がスタートして、手塚治虫は華々しく復活を遂げることになった。
そう考えると、「地球を吞む」がなければ「奇子」も「きりひと讃歌」も「ブラックジャック」も誕生していなかった可能性が高い。
手塚治虫の人生において、これ以上重大な作品はなかったかもしれない。
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手塚治虫:ビッグコミック連載の全体像
ちなみに「地球を吞む」を第1号としてその後、ずっと続いた「ビッグコミック」連載漫画の全体像は以下のとうりである。
本当に凄い作品ばかりで、驚くしかない。
1.地球を呑む 1968.4月号~1969.7.25号 40~41歳
2.I.L 1969.8.10号~1970.3.25号 41~42歳
3.きりひと讃歌 1970.4.10号~1971.12.25号 42~43歳
4.奇子 1972.1.25号~1973.6.25号 43~44歳
5.ばるぼら 1973.7.10号~1974.5.25号 45~46歳
6.シュマリ 1974.6.10号~1976.4.25号 46~48歳
7.MW(ムウ) 1976.9.10号~1978.1.25号 48~49歳
8.陽だまりの樹 1981.4.25号~1986.12.25号 53~58歳
9.グリンゴ 1987.8.10号~1989.1.25号 59~60歳
西暦の年月日はビッグコミックが発売された日(号)を現す。
「地球を吞む」の基本情報
小学館から創刊された「ビッグコミック」誌に連載された。この「ビッグコミック」は新人を扱わず、5人の著名漫画家に執筆を依頼、手塚治虫だけが唯一、長編の連載を依頼された。
1968.4~1969.7.25にかけて発表。1年4ヵ月間の連載となった。手塚治虫は40~41歳だった。


長さは長くもなく短くもないというほどほどの長編だ。510ページ。手塚治虫漫画全集で2巻構成。
ビッグコミックに連載された一連の名作「きりひと讃歌」「奇子」「ばるぼら」などとほぼ同じ長さである。
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どんなストーリーなのか
写真やその姿を一目でも見れば、忽ち心を奪われてその女に夢中になってしまうゼフィルスという謎の絶世の美女。

多くの男たちが誘惑され、近寄る男どもはゼフィルスにもてあそばれ、次々と破滅していく。ゼフィルスは男社会へ復習しようと壮大な計画を立てていた。
ゼフィルスの秘密を探る指示を受けた関五郎松は、女にも金にも権力にも全く興味のない酒だけを愛するアル中だった。自らの誘惑が効を奏しないと分かったゼフィルスはそんな五本松に何故か心を惹かれてしまう。


ゼフィルスはある男に酷い仕打ちを受けて絶望のうちに死んでいった母から男社会に復讐をするように遺言を言い渡され、復讐を誓った姉妹の一人だった。
五郎松には通じないものの、ゼフィルス姉妹たちの計画は着実に進行し、社会に大混乱が起きて、世界は破滅に向かおうとしていたが・・・。
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空前絶後のスケールに唖然
空前絶後の圧倒的なスケール感。
絶望の中で死んでいった母の、男と人間社会への復讐の遺言を守るため、遺された美しい娘たちの想像を絶する破天荒な企て。
男たちを次々に破滅させ、精巧なビニールを被ることでどんな人間にでも変身できる素材を開発し、人々の素顔が分からなくなってしまう。個人が特定できなくなって犯罪がはびこり、法が意味を持たなくなる。
最大のターゲットは経済だった。膨大な量の黄金をばらまくことで、金を無価値なものとし、世界中が大パニックに陥る。暴動と革命が繰り返され、世界は破滅に向かう。
これは人間社会を葬ってしまおうとする計画だ。
手塚治虫自身も気に入っているというタイトル「地球を吞む」は、もちろん大酒のみの五本松を指すだけではなく、地球そのものを呑んで消滅させようとするゼフィルスたちの計画そのものだ。
これだけのスケールで描かれた手塚治虫作品は、「火の鳥」を除けば他にはない。敢えて上げれば「鳥人大系」くらいだろうか。
本当にとんでもないスケールのとんでもないストーリーである。こう書くと悪口に聞こえそうだが、こう言い換えたい。
「とんでもないスケールを誇る気宇壮大な物語」だと。
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手塚治虫は自作について
手塚治虫漫画全集の「あとがき」で、手塚治虫本人はこう書いている。ちょっと長くなるが、非常に興味深い貴重なコメントなので、全文掲載させてもらう。
※漢字等の表記は全て手塚治虫自身によるもの。
『申すまでもなく、青年向けコミック誌の雄「ビッグコミック」の創刊号から連載された記念すべき(?)第一号であります。
このあと「I・L」「きりひと讃歌」「奇子」「ばるぼら」「シュマリ」「MW(ムウ)」とつづき、「陽だまりの樹」に至ります。
いずれも、ぼくにとって忘れがたい作品で、また、ぼくの青年向きコミックの中でも大作指向の多いシリーズであります。
しかし、最初に編集長から大河ドラマの注文をうけたとき、正直なところ迷いました。ほかの作家は、白土三平さんにしろ、さいとう・たかをさん、石森章太郎さんにしろ、みんな読み切りシリーズなのです。大河連載は中だるみするし、読者のとっつきがかならずしもよくないことがわかっていただけに、ぼくだけ読み切り連載ができないことが不満でした。
しかし、編集長は、あなたは大河もの作家だから、人気や周囲を気にせずやってみろといわれ、「地球を吞む」をはじめました。この作品でいちばん気にいっていたのはタイトルです。
想像していたとおり、この作品は中だるみをはじめ、物語がひろがりすぎて収拾がつかなくなって、一度、読み切りエピソードに修正したことがあります。それが12章スケルツォ以後の章にあたります。
結果的に、金の価値がゼロ化したことによる経済流通パニックのパロディは、不発に終わって、アル中の主人公のキャラクターだけが残りました。
大河もの連載の欠点が、「地球を吞む」でも露呈してしまったわけです。』
2作目「I.L」のあとがきでも触れている
ビッグコミック連載の第2作「I.L」のあとがきにも、この第1作「地球を吞む」について触れられているので、そちらも紹介しておく。
これも手塚治虫の本音が聞けて興味深い。
『第一作の「地球を吞む」は、大風呂敷をひろげすぎ、意気ごみすぎて、収拾のつかない物語になりました』
いずれにも共通する評価は、「ひろがりすぎて収拾がつかない物語」ということになる。
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失敗作ながら志の高い大問題作
僕はこの破綻した感のある失敗作と評される「地球を吞む」に、たまらない魅力を感じている。
手塚治虫の全作品の中でも最高傑作の一本と位置付けるべき大問題作だと確信している。
芸術や創作物は完璧であればいいということではなく、そこで描きたかった志し、何を訴え、何を描きたかったのか?それが問われるべきだ。
その志しの高さを問われれば、「地球を吞む」ほど志しの高い作品は手塚治虫の全作品を通じてもそう多くはない。
蹂躙された不幸な女性の復讐譚
信じていた男に裏切られ、全てを失った哀れな女の復讐は、この世の全ての男と、その男が価値を認める人間社会の全て破壊しようと企てる。
自分と家族を陵虐した憎っくき男への復讐ではなく、男そのものへの復讐。それでも飽き足らない。その男が君臨している男社会のありとあらする価値を根底から覆す。
もっと拡大して、人間社会を成り立たせている全ての価値観をぶち壊そうとする。つまり地球の文明の根絶まで企てていく。
これが作者のいう大風呂敷を広げ過ぎて収拾がつかなくなったと言う実相だが、確かに大風呂敷を広げ過ぎた感は否めない。
だが、僕は手塚治虫の思いは良く分かる。
人間と人間が構築した価値観に嫌悪を感じる者は、いっそのこと、この人間が築いた全ての価値を一度リセットしてしまいたい、そう思うのは、人間、人類に対しての絶望が深ければ深いほど、その思いはより強固で残酷なものになっていく。
いっそのこと、人間と人間社会は一度壊滅し、滅ぼしてしまった方がいい。
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底辺には「黒手塚」~酷い男への報復
そんな人間への失望と絶望が、この漫画「地球を吞む」には横たわっている。そういう意味では、これは間違いなく「黒手塚」の系列に属するものだ。
純粋無垢の妻をいとも残酷に地獄に突き落とす夫のランプ。そのランプの仕打ちに男という存在の許し難さ、更に人間の本質的な残虐性を見抜いてしまった。そしてこの人間社会の狂った仕組みを。



だからと言って、傷ついた妻と、遺された美しい娘たちとで、男と人間社会の価値観を無に帰そうとするには無理があり過ぎたのは事実。
黒手塚を根底に置いたSFファンタジー
いってみればこれはファンタジーで、漫画でなければ到底描きなかっただろう。僕は実力のある映画監督によって第一級のSFファンタジーに仕立て上げてほしいと熱望しているが、手塚治虫の力量、絵力だからこそ描き出すことのできたあまりにも奇想天外の物語。
人間と人間社会に深く絶望したことのある人間だけに描くことのできたダークファンタジー。本来は「黒手塚」であるにも拘わらず、エロスとギャグをまとわせることでユーモアもふんだんな娯楽作品としているが、作者の人間への絶望の深さとやり切れなさは相当深いものがある。
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一方で善意と無垢への切なる希求
黒手塚に徹しようと思えば徹することができたと思うが、手塚治虫はここではギリギリそれを踏みとどまった。
五本松という女にも金にも権力にも一切興味がなく、ただ酒だけを愛するアル中の男の創作が、ともすれば深刻になり過ぎる可能性があった救い難い物語を救いに変えた。ユーモアも与えることに成功した。
ギリギリでまだ人間を信じてみよう、まともな男も人間もまだ世の中にはいるぞ!という一縷の望みをこのアル中に託しているように思えてならない。
最も感動的なクリトスの存在
僕が本書で一番心を奪われたのは、ゼフィルスに仕えるクリトスというドイツ人の研究者。彼女が最もまともな、最も人間らしい存在だ。
クリトスがいてくれただけで、「地球を吞む」は非常に感動的な作品となった。


これだけ男と人間に絶望しながらも、それでも人間を信じないわけにはいかなかった手塚治虫の引き裂かれるような切実な思いが、このクリトスに込められている。
だが、やっぱり手塚治虫はこういう作品では妥協はしない。残酷な一面を見いだすことになる。
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手塚治虫 最大にして未曾有の問題作
箸かに作者ご本人が書いているように、あまりにも話しのスケールが大きくなり過ぎて、収拾がつかなくなったのは分からなくはない。完璧さを求めるのなら、これは確かに失敗作かもしれない。
実は、手塚治虫が
>物語がひろがりすぎて収拾がつかなくなって、一度、読み切りエピソードに修正したことがあります。それが12章スケルツォ以後の章にあたります。
と書いている部分。ここが素晴らしい。
五本松もゼフィルスも全く出てこない、短編読み切りの数編が、全体の中でも白眉のような傑出した出来栄えを示すなど、創作物は何がどう転ぶか分からない。
全体としては破綻した失敗作であっても、個々のエピソードが素晴らしいという、これまたとんでもない結果ともなっている。
僕は、本筋そのものにも大変な魅力を感じているが、とにかく騙されたと思って読んでほしい手塚治虫の大問題作がこれだ。
☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入をお願いします。
現在、紙ベースで読めるものは講談社の手塚治虫文庫全集しかありません。
1,210円(税込)。送料無料。 電子書籍もあります。
【電子書籍】
いつものように2種類出ています。
◎講談社版 990円(税込)。
◎手塚プロダクション版 全2巻 330円(税込)×2