【前編】からの続き

お気に入りの歌をいくつか

僕は「冬の旅」は好きじゃない、むしろ嫌いなくらいと言いながらも、好きな歌は何曲もある。

誰でも良く知っているあの有名な「菩提樹」(リンデンバウム)は、やっぱり本当に素晴らしい歌だ。

結論を先に言ってしまうと、全24曲の中でのベストソングは菩提樹で決まり、これはもう決定だ。異論のある人はまずいないだろう。

だが、いくら何でもそれだけではおもしろくない。

「菩提樹」に勝るとも劣らない感動的な歌がいくつもあるので、少し個別に取り上げたい。

先ずは「菩提樹」から。

 

シューベルトの最も有名な肖像画
シューベルトの最も有名な肖像画

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第5番「菩提樹」(約4分半)

これは本当に素晴らしい歌だ。シューベルトが作曲した600曲を超える全歌曲の中でも屈指の作品。魅力は尽きないが、全体的に落ち着いた優しさに満ちた曲で、特に冒頭のピアノの前奏が美しい。寒々しい風に吹かれる菩提樹のそよぎが心の琴線に響いてくる。

そして伸びやかに歌われるメロディは「冬の旅」の中の、最も美しいメロディだ。

ところがこの美しいメロディが、やがて様相を変えて来る。いとも美しい落ち着いたメロディが転調した後で、突然、鬼気迫るように荒れ狂ってくる。短いとはいうもののこの激変が衝撃だ。

「菩提樹」の問題の中盤部分の楽譜(左ページ)。右ページにはまた良くしられたあのお馴染みの美しいメロディが出てくる。
「菩提樹」の問題の中盤部分の楽譜(左ページ)。右ページにはまた良く知られたあのお馴染みの美しいメロディが出てくる。

 

多くの方は、優美なメロディしか知らないかもしれないが、この中盤を聴いてもらわないと「菩提樹」を聴いたことにはならない。

これを聴く度に思い出すのは、ショパンの有名な「別れの曲」だ。この誰でも知っているいとも感傷的な美しいメロディは、暫くして様相をすっかり変えて、めちゃくちゃ過激な激情的な音楽に姿を変える。

「別れの曲」はショパンの「エチュード(練習曲)」の中のⅠ曲なので、極めて技巧的な難曲に様変わりするのは当然なのだが、やっぱり衝撃を受けてしまう。エチュードは極めて難解な技巧的な音楽なのだ。

シューベルトの「菩提樹」とショパンの「別れの曲」。優しくて美しいメロディが、途中からすっかり姿を変えて鬼気迫る音楽に豹変する2大音楽だと思っている。この2曲、実際に良く似ている。

第7番「川の上で」(約3分半)

凍り付いた川まで来て、青年は氷に恋人の名前を刻む。そして自らの熱い心で氷を溶かすことができると熱い想いを吐露するのだが。

語るように歌う全曲を通じての絶唱の1曲。その感情の起伏の大きさと音楽表現の繊細さから激情に至る振幅の大きさが、尋常ではない。

これを歌いこなすのは至難の技だ。

フィッシャー・ディースカウの2種類のドイツグラモフォン盤CDの日本語解説書の曲名紹介ページ。これで全24曲のタイトルを確認してほしい。
フィッシャー・ディースカウの2種類のドイツグラモフォン盤CDの日本語解説書の曲名紹介ページ。これで全24曲のタイトルを確認してほしい。

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第11番「春の夢」(約4分)

「菩提樹」と並ぶ2大名曲がこれだ。「冬の旅」の中でも「菩提樹」に次いで良く知られている。

「冬の旅」の中で唯一「春」が出て来る貴重な歌。

夢のようなやさしさと美しさに溢れた明るく希望に満ちた曲だが、それが絶望に変えった後の衝撃もまた大きい。優しさと激情が交互に現れる、下手をすると制御不能になる歌いこなすことが非常に困難な曲でもある。

どこまでも切なく、胸に迫ってくる名曲だ。

第14番「白い頭」(約3分)

霜が髪一面に白さを振りまき、もう老人になったかた喜んだ青年。直ぐに霜は溶けて黒髪に戻るが、青年は自分の若さを恐ろしく思い、死を願うようになる。

ゆっくりとした重い足取りを連想させる語りの音楽だ。これはかなり斬新な革新的な音楽で、有節歌曲のかけらもない。詩の内容に応じて、全く音楽が様変わりする。明暗の変化も絶妙で奥が深い1曲だ。

第16番「最後の希望」(約2分15秒)

風の中で落ち続ける木立の葉っぱ。風の中でも持ち堪える最後の一葉に希望を見いだすが、やがてそれも・・・。オー・ヘンリーの「最後の一葉」を思い出す切ない話し。

2分程度の非常に短い曲だが、その中に様々な音楽的要素が封印された非常に感動的な曲。決して一般に歌われるような歌ではないが、その音楽的な充実度と感動の深さは、全曲の中でも屈指の名曲で、もしかしたら最高傑作の1曲かもしれない。

「最後の希望」の楽譜
「最後の希望」の楽譜

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第17番「村にて」(約3分半)

真夜中の村で起きているのは青年と番犬だけで、その番犬から吠えられて逃げながら旅を続けていく。

この17番も凄い曲だ。これも16番と並んで全曲中の双璧、白眉の1曲かもしれない。

先ずは怪しく動く挑発的なピアノ伴奏が心をざわつかせる。そして歌われる歌が、歌うと言うよりも語るようだ。注目すべきは歌とピアノが全く別な音楽を奏でること。これは究極の対位法というか、革新的な音楽だ。シューベルトがここまで来たか、という驚きがある。

「村にて」の楽譜。冒頭部分。冒頭の挑発的なピアノ伴奏は犬に吠えたてられる様子を表現している。
「村にて」の楽譜。冒頭部分。冒頭の挑発的なピアノ伴奏は犬に吠えたてられる様子を表現している。

 

これはもう明らかに「白鳥の歌」のハイネ歌曲集を先取りした音楽だ。「彼女の絵姿」「都会」「海辺にて」とかなり良く似た音楽が展開されて、思わず戦慄が走る。

中盤で突然、光が差し込むような明るい歌に変化し、その後も明暗がとめどなく変転し、心の動きが音で見事に表現されている。全24曲の中の最高傑作と言っていいだろう。

この濃密な音楽がわずか3分半足らずのことに驚嘆させられる。

シューベルトの有名なモノクロの肖像画。表情が素晴らしい。
シューベルトの有名なモノクロの肖像画。表情が素晴らしい。

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第21番「宿屋」(約4分)

この宿というのは青年にとって墓を意味する。墓に入って安らぎを得ようと願う青年の望みは叶えられるのか。

冒頭から何とも優しさに満ち溢れた慰めに心を癒される名曲。何の変哲もない簡単なメロディが心に迫ってくる。全24曲の中から最も好きな曲を1曲だけ選べと言われたら、きっとこの曲を選ぶような気がする。

「宿屋」の楽譜。冒頭に非常に癒される優しいメロディが出てくるが、これが何と「墓」とは辛くなる。
「宿屋」の楽譜。冒頭に非常に癒される優しいメロディが出てくるが、これが何と「墓」とは辛くなる。

 

「菩提樹」よりも優しさと慰めに満ちていて、しかも永遠を感じさせてくれる稀有な名曲

終盤の盛り上がりも感動的だ。

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死の直前の驚異的な創造力には至らないが

僕はこのブログを通じて、死の直前にシューベルトが想像を絶するような異常なまでの創造力を爆発させたことを繰り返し書いてきた。

それが「弦楽五重奏曲」であり、歌曲集「白鳥の歌」であり、「最後の3つのピアノソナタ」であるわけだが、この「冬の旅」は、音楽的には僕のいう最後の異常なまでの創造力の爆発には該当しない、至っていないというのが僕の判断だ。

したがって、僕の中では「冬の旅」は、「白鳥の歌」、特に後半のハイネ歌曲集の魅力には遠く及ばない。その点では少し残念なのだが、その萌芽が既に随所に散見されるのは明確で、間違いない

これも非常に良く知られたシューベルトの肖像画
これも非常に良く知られたシューベルトの肖像画

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「冬の旅」の音楽的特徴と魅力

失恋し、絶望の中、一人厳冬を彷徨う歌だけに、とにかく暗い。全24曲のうち、短調が16曲もある。その数少ない長調の曲も、途中で短調に転調し、全ての歌が陰鬱なまでの暗い歌となっている。

逆に、短調で始まった多くの曲は、途中でハッと驚かされるような長調の明るい響きに転調することが多い。

その絶妙な転調がこの曲集の大きな魅力でもあるのだが、その明るさもずうっと続くことはなく、また暗い短調に戻ってしまう。

正に彷徨える青年の心の屈折を反映したものだ。絶望に打ちひしがれながらも、わずかでも希望を見いだしたい、救いを求めたいとする青年の心は、一瞬、期待に胸を躍らせるが、直ぐに裏切られ、現実の絶望に引き戻される。

それの繰り返しだ。それが24曲、75分も延々と繰り返されると思ってくれればいい。滅多に聴きたくないと思う僕の気持ちを分かってもらえるだろうか。

シューベルトの肖像画。極めて若くして夭折した割には肖像画が豊富だ。
シューベルトの肖像画。極めて若くして夭折した割には肖像画が豊富だ。

「ハイネ歌曲集」には及ばないものの

「白鳥の歌」のハイネ歌曲集のような時代を数十年も先取りしたような驚異的な斬新性と革新性は感じないが、いかにもシューベルトらしい天真爛漫な音楽はすっかりと鳴りを潜め、相当に革新的な音楽とはなっている。

この曲を歌いこなすのは容易なことではない。あまりにも救いのない暗い曲ばかりが延々と続く精神的な負担はもちろんだが、音楽的にもかなり難しい。

半音階と3連符が多用され、シューベルトならではの有節歌曲はほとんど姿を消してしまっている。明らかに「白鳥の歌」のハイネ歌曲集への萌芽が認められる。

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ピアノ伴奏が音楽を雄弁に引き立てる

ピアノ伴奏の音楽的な向上が顕著だ。この曲ではピアノが単なる伴奏という役割を通り越して、実に雄弁に音楽を引き立てる。歌と対等、いやそれ以上にピアノが雄弁に音楽を牽引していく。

これは歌曲の歴史に画期的な影響を及ぼすこととになった。歌の伴奏ではなく、人が歌う歌と一緒になって、ピアノが雄弁に情景描写と、それだけに留まらず、主人公の心象風景まで音にする。こうしてピアノの役割は飛躍的に向上した。

この流れをシューマンがしっかりと引き継いだわけだ。

「冬の旅」は厳冬の戸外をあっちこっち彷徨い続ける話しなので、視覚に訴えかける歌が非常に多い。その多くの視覚効果を専らピアノが受け持っている。このピアノが全体の大きな聴きどころとなる。

歌手には過酷なものが要求される

音程は地を這うような低音から絶叫に近い高音まで非常に幅が広く、フォルテ(f)からピアノ(p)までの音量の振幅の幅も半端ない。フォルテとピアノが瞬時に目まぐるしく入れ替わり、かなり激しい絶唱、ほとんど咆哮に近いまでの感情爆発も頻繁に出てくる。

歌う者(歌手)にとっては大変な作品で、歌手として大きな試金石となる。

尋常じゃない深くて確実な音楽性と豊かな感情表現が不可欠。多大な要求を遠慮なく突き付けてくる極めて厄介な作品だ。

このシューベルトの肖像画も有名なものだ。
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【後編】に続く

 

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