シューベルトの死の直前に作曲された超弩級の名作群

シューベルトという名前は誰でも知っている。クラシック音楽に全く興味のない人でもモーツァルトやベートーヴェン、シューベルトという名前を知らない人はいない。

そんな音楽界の最大のビッグネーム、シューベルト

僕はこのシューベルトにものすごく興味を持っている。僕にとっての大好きなという作曲家の中には入ってこないのだが、非常に興味があって、何かと気にかかる作曲家の筆頭格なのである。

あまりにも有名なシューベルトの肖像画。シューベルトの死後の1875に描かれた油絵
あまりにも有名なシューベルトの肖像画。シューベルトの死後47年後の1875に描かれた油絵である。

 

シューベルトには失敗作や駄作も多いと言われているが(バッハには駄作は1曲もない)、非常に短い生涯に膨大な量の作品を残した。その作品数はザっと約1,000曲と言われている。シューベルトには未完の作品やスケッチのようなものが大量にあって、実はその作品整理は未だに決着がついていないという状態なのだ。

シューベルトの存命中に描かれた有名な肖像画
こちらはシューベルトの存命中にヴィルヘルム・アウグスト・リーダーによって描かれた肖像画(1825年)。シューベルト28歳。

 

そんな膨大な作品を残したシューベルトには、有無を言わせぬ圧倒的な凄い作品群がある。それらは最晩年というか死の直前、ほんの数年前に作曲されたものが多く、空恐ろしい程の超弩級の問題作や名作ばかりがこの亡くなる直前に集中的に作曲された。

死を目前に到達した異常なまでの創作的高まりが尋常ではない。僕はこれらの作品が例外なく大好きで、強く心を惹きつけられている。

これから数回、そんなシューベルトの死の年に作曲された名作・問題作を集中的に取り上げたいと思う。

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シューベルトという作曲家

クラシック音楽には古今東西あまたの天才作曲家がいるが、とどまるところバッハとモーツァルト、ベートーヴェンの3人に尽きてしまうというのが世の好楽家のほぼ一致するところだ。

もちろんそれ以外にも数え切れない程の天才が排出していてかけがえのない名曲を作曲してくれたのは事実だが、この3人はあまりにも桁が違い過ぎる。

だが、いくら何でも3人だけに絞り込むのはあんまりだろう。

この3人に勝るとも劣らない作曲家としてはバッハの150年前に出現したモンテヴェルディとベートーヴェンの100年後にフランスに出現したドビュッシーを加えた5人に集約できてしまうような気がする。何も集約なんてする必要はないのだが。そしてもう一人だけどうしても抜かすことのできないのがシューベルトではないかと感じている。

とどのつまりこの6人に尽きる。

今回はシューベルトのことだ。この人は純粋な意味で本当の天才。音楽を学んではいるが本格的な音楽教育を受けずに、膨大な名作を遺した。言ってみれば素人に近い人だっただけに失敗作や駄作も多いが、音楽理論などはほとんど知らなくても、コンコンと自然に湧き上がってくる音楽と歌が引きを切らなかった文字通りの天才だった。

 

シューベルトの肖像画
これはあまり見かけないがシューベルトの肖像画だという。

「歌曲の王」としてのシューベルト

シューベルトは31年という極端に短い生涯に何と600曲以上の歌曲を残した。「美しき水車小屋の娘」「冬の旅」「白鳥の歌」という有名な3大歌曲集の他に、名歌曲がそれこそ無尽蔵にある。単に量が多いというだけではなく、そのいずれもが珠玉の作品ばかりなのだから、これは大変なことだ。

この仕事があったからこそ、後のシューマンを始めブラームス、フーゴー・ヴォルフ、マーラー、R・シュトラウスなどドイツリートの錚々たる山脈(やまなみ)が形成された。シューベルトの後に、彼を凌ぐような素晴らしい歌曲が多数作曲されたことは事実である。特にシューマンの「詩人の恋」や「リーダークライス作品39」などは、その最高の成果である。

シューベルトの白黒の肖像画
シューベルトの白黒の有名な肖像画。
こちらも白黒のシューベルトの肖像画
こちらも白黒のシューベルトの肖像画。
「シューベルティアーデ」の様子を描いた絵画
シューベルトが私的に行った夜会は「「シューベルティアーデ」と呼ばれていたが、その様子を描いたユリウス・シュミットの絵画である。

 

ところが不思議なことに、後の多くの作曲家の様々な優れた歌曲を夢中になって楽しんでいても、最後にはシューベルトに舞い戻ってしまう結局ここに行き着いてしまうのである。

メロディ優先の単純な歌のようでいて、シューベルトの歌曲には歌というものの最も核心に迫る「本質的な何か」が秘められているように思われる。聴けども聴けども味わい尽くせない世界。

「歌」の天才としか言いようがない。

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あまりにも若過ぎる死(31歳)

シューベルトは31歳という若さで逝ってしまった。

これは若死の多い作曲家の中でも、特別に若過ぎる年齢である。あのモーツァルトでさえ35歳、メンデルスゾーン38歳、ショパン39歳。どう考えても早過ぎる。せめてもう少しだけでも長く生きられなかったものか。

上述のとおりシューベルトは死を迎える最後の年に頗るつきの名作ばかりを集中的に作曲しているので、余計そう思ってしまう。

この死の年(1828年)に様々なジャンルで従来のレベルを一挙に乗り越え、新しい境地に踏み込んだ作品を遺した。

ウィーン市立公園にある有名なシューベルトの像。
ウィーン市立公園にある有名なシューベルトの像。

 

シューベルトが最も得意だった歌曲でもそうだ。「白鳥の歌」の後半、ハイネ歌曲集斬新性には度肝を抜かれる。この中にはほとんどワーグナーを先取りした世界があるのだ。

後1年、いや半年でも長く生かせてあげたなら、どれ程の革新的な名作群を残してくれたことか。もしかしたらその後の音楽史をすっかり塗り替えてしまうことになったかもしれない

「シューベルトがもうちょっと長生きして更に高みに近づいたら、どんな音楽が奏でられたのか」。

それは音楽を愛する全ての者の見果てぬ夢だが、死の年に作曲された名作群を聴いていると、そう冷静でいられなくなってくる。

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弦楽五重奏曲という最高の名作

遺作となった歌曲集「白鳥の歌」の驚嘆すべき革新的な歌の数々については、次回に詳しく取り上げることとして、31歳という極端に若くして死んでしまったシューベルトが、死の目前に到達した異常なまでの創作的高まりを実感させてくれる超弩級の名作を取り上げていく。

その中でも特に凄いのが、「弦楽五重奏曲ハ長調D956」である。これはシューベルトが死ぬ2カ月前に完成させたもの。逆に言うと、この弦楽五重奏曲を完成させた後、2カ月後にシューベルトは31歳の若さで死んでしまっった。

この曲は本当にすごい曲で、仮にもシューベルトに関心がある人なら、どうしても聴いてもらう必要がある名作中の名作だ。

シューベルト存命中の肖像画。1827年、亡くなる前年のもの。
シューベルト存命中にオーストリアの有名な画家フランツ・アイブルによって描かれた肖像画。1827年、亡くなる前年に描かれたものだ。

弦楽四重奏曲と弦楽五重奏曲

弦楽五重奏曲はベートーヴェンの不滅の16曲に代表される弦楽四重奏曲にもう一つ弦楽器が加わって5人で演奏される室内楽である。

弦楽四重奏曲がどんな作曲家にとっても決しておろそかにすることのできない究極的な作曲形態であって、古今東西のあまたの作曲家が名作を量産させていることは以前にも書いた。

ヴァイオリンが2台、ヴィオラとチェロという同質楽器の削ぎ落された究極の形態に、多くの作曲家が自らの作曲技法の全てと生々しい魂を吹き込んだ。

ハイドンが考え出した形態があのベートーヴェンによって、そのような究極の芸術作品に昇華されたわけだ。

そういう意味ではその4つの弦楽器にもう一台弦楽器を加えるというのは、中途半端の感を否めなかったのかもしれない。弦楽四重奏曲に比べて作曲された数も極端に少なく、弦楽四重奏曲に比肩することはできなかった。

そうはいっても、モーツァルトとブラームスに傑出した名作が作られていて、このシューベルトの作品もそれらの諸作品と並んで、弦楽五重奏曲の存在感を大いにアピールするものとなっている。

ウィーンにあるシューベルトのお墓
ウィーンにあるシューベルトのお墓。
ウィーンにあるベートーヴェンとシューベルトのお墓。隣同士にある。
ウィーンにあるベートーヴェンとシューベルトのお墓。ベートーヴェンとシューベルトのお墓は隣り合っている。

他の弦楽五重奏曲と編成が異なる

注意してほしいのは、シューベルトの弦楽五重奏曲はあのモーツァルト屈指の名作として知られている6曲の弦楽五重奏曲とは楽器の編成が異なっている点だ。

モーツァルトはヴィオラをもう一台加えている。これが定番となって、後のブラームスの2曲の名作もモーツァルトと同様の編成だ。

ところが、シューベルトは対照的にチェロを加えて低音部を強化した。こうすることで響きの重厚さと曲全体の厚み、交響的なスケールが高まることになった。

それだけではなく、メロディラインよりも響きの充実、新たに加わったもう一台のチェロが自由に動けることによって和声に深みが加わり、この曲の真骨頂である心情告白の音楽に相応しい響きが実現されることにもなった。

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1時間近くかかるシューベルト最大の器楽曲

この死の2カ月前に作曲された弦楽五重奏曲は、規模も破格のもの。4つの楽章から構成されているが、演奏時間は全体で1時間近くかかるちょっと破天荒な大作だ。

シューベルトもベートーヴェンの影響を受けて弦楽四重奏曲は15曲も作曲しているが、「死と乙女」など有名なものであっても、これだけ長大な作品はない。

器楽曲最大の編成を誇るのはもちろん交響曲であり、シューベルトにも名作が9曲残されているが、これだけの演奏時間を要するものはない。

「ザ・グレート」の愛称が付けられた夢のように長いと評される交響曲第9番よりも長く、シューベルトが作曲したありとあらゆる器楽曲で最も長大な曲である。

演奏によって所要時間がかなり異なるのだが、僕が愛聴しているメロス弦楽四重奏団にロストロポーヴィチが加わった演奏では、
【第1楽章】 20分36秒
【第2楽章】 16分7秒
【第3楽章】 11分18秒
【第4楽章】  9分55秒  合計 約58分(57分56秒) ほとんど1時間かかっている。

大切な点は、シューベルトの全器楽作品の中で最も長大な曲ということだけではなく、その内容が極めて濃厚にして充実したものであることだ。

聴くほどに味わいを増す稀有な感動作

ここにあるのは、死を2カ月後に迎えることになるシューベルトの慟哭の音楽だ。

これは激しい心情告白、感情をありのまま吐露したかのような音楽で、身を裂かれるような魂の雄叫びが全編を通じて聴こえて来る。

ハ長調という調性でどうしてここまで深刻な絶望感と闇が表現できるのか不思議でならないが、単に暗いということでは決してなく、実に錯綜した深遠にして神妙な音楽なのである。

そして聴くほどに味わいを増す稀有な感動作だ。

深い絶望と怒り、やり切れなさ。その一方でいかにもシューベルトらしい明るい光明と希望を信じる思いも聴こえてくる。曲全体を通じて深い絶望と闇、怒りと悲しみに満たされているが、決してそれだけではなく癒しや優しさ、光と希望も聴こえてくる。

闇と光、怒りと許しの間を行ったり来たりする複雑に錯綜する音楽だ。

そうは言っても、やはり絶望の深い淵をのぞき込むかのようないたたまれない苦渋の心情が一番強烈に伝わってくるのが、それが顕著に現れるのは第2楽章である。

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胸に突き刺さる第2楽章の慟哭

15分以上かかる第2楽章のアダージョが最高の聴きものとなる。第2楽章はA-B-Aの形式を取るが、このBの部分の音楽が大変な音楽なのである。

非常にメランコリックな優しい音楽(A)が続いた後に、突然、荒々しい音楽が始まりを告げる。6分経過の手前あたりで、突如曲想が激変する。
刺々しいばかりの強烈な付点リズムを伴いながら、ヴァイオリンがストレートに感情をぶつけ、突き抜けるかのようにありったけの感情をぶつけ、切々と訴えかけて来る。正に慟哭するかのように。

あまりの激しい感情の吐露に、何度聴いても鳥肌が立ってしまう。聴く度に胸に突き刺さり、涙が込み上げるを禁ずることができない。

吉田秀和の評価

かの吉田秀和がシューベルトの弦楽五重奏曲について、以下のように書いている。

『特に第一、第二楽章がすばらしい。「未完成」や歌曲だけで、彼を知っている人には、ぜひ、しっかりきいて、シューベルト的世界の烈しい深さとでもいったものを味わってほしい曲である』(LP300選)

『「弦楽五重奏曲」は、非常な傑作で、僕などは、彼の器楽中最高の名作だと信じている』(音楽家の世界)

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ロストロポーヴィチが加わったメロスSQ版が超名演

この曲には名演奏が多く、CDもたくさん出ているが決定的な名盤がある。あの世界最高のチェリストであるロストロポーヴィチが加わったメロス弦楽四重奏団の演奏だ。

ロストロポーヴィチに触発されて、メロス弦楽四重奏団の意気込みも異様なまでの熱を帯びることとなった。このシューベルトが死を目前に控えてありとあらゆる耐え難き苦悩と怒り、やり切れなさを反映させた慟哭の音楽にこれ以上相応しいものはない。1978年の録音。

シューベルトの思いの全て、底知れぬ絶望の深さと何とか光明を見出そうとする葛藤する魂の雄叫びが表出された。シューベルトの無念の思いが乗り移ったかのような演奏が繰り広げられ、圧巻だ。

もう一つ選ぶならアルバン・ベルク弦楽四重奏団に名チェリストのハインリヒ・シフが加わったもの。ロストロポーヴィチ・メロスSQには及ばないものの、素晴らしい内容でシューベルトの思いはしっかりと伝わってくる。但し、こちらは全体で48分足らず。メロス盤よりも10分以上も短い。いかにも現代的な研ぎ澄まされたシャープな演奏だ。メロス盤の4年後の1982年の録音。ベルクSQとしてはかなり初期の録音となる。

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何としても聴いてもらいたい屈指の名曲

このシューベルトの弦楽五重奏曲はクラシックに興味のある方、シューベルトの歌に魅力を感じている人は、何があっても聴いてもらわないといかない。

メロスSQとベルクSQのお勧めのCDの写真
お勧めのメロスSQとベルクSQのCDを並べて撮影した。

 

シューベルトという類まれな天才の神髄を理解するには、本当にこの曲が不可欠だ。吉田秀和が言う「シューベルト的世界の烈しい深さ」を味わってほしい。

とにかく感動的な音楽なので、好楽家には声を大にしてお勧めしたい。あまたあるクラシック音楽の中でも何としても聴いてもらいたい屈指の名曲がこれだ。

 

☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入ください。

現代最高の弦楽四重奏団であるアルバン・ベルクSQに名チェリストのハインリヒ・シフが加わった極めて現代的な名盤。これは廉価版で購入できる。

1,357円(税込)。送料無料。


シューベルト:弦楽五重奏曲 [ アルバン・ベルク四重奏団 ]

 

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1,923円(税込)+送料495円=2,418円(税込)。

廉価版が出ていたのにそれが入手できないのは痛恨の極みだが、本来はこちらの演奏を聴いていただきたいところだ。


【輸入盤】 Schubert シューベルト / 弦楽五重奏曲 メロス四重奏団、ロストロポーヴィチ(vc) 【CD】

 

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