出張先の札幌で感染してしまう

札幌市で「全国自治体病院学会」という年に1回毎年開催されている大規模な学会があって、今年は僕も現地まで出かけて参加させてもらった。

札幌市はもちろん首都圏と何ら変わることのない大都会なわけだが、毎日大東京で感染リスクに晒されながらも感染を免れてきた僕が、数日間札幌市に出張に出て、その旅先で感染してしまったことは悔しいとしか言いようがない。

直接的に何が原因で、どのような経緯で札幌で感染に至ったのか!?ということについては、もちろん確認のしようがない。事実を究明することは不可能だ。

だが、何か原因のようなものはあったはずなのだ。

札幌で開催され、僕が参加した学会のポスター

これが札幌市で開催され、僕も参加した全国自治体病院学会in北海道のポスター

問題行動を振り返ってみる

「何か問題行動があったのではないか」と冷静に振り返ってみると、心当たりが大いにあった。もちろんそれが原因で感染したと特定はできないのだが。

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マスクを外すことが多かった。

あれだけマスクすることに拘っていた僕が、札幌ではマスクを外すことが多かった。

今年の夏の札幌の暑さは異常なレベルで、全国でも盛んに報道されたので、ご存知の方も多いだろう。そのせいもあって、僕は結果的には札幌滞在中にマスクを外すことが多かった

もちろんいくら札幌が暑かったとは言っても、あの東京以上に暑かったわけではないので、暑さを理由にマスクを外したのは、少し違う気もする。

数年ぶりの出張ということで、心が緩んだ、注意が緩慢になったということは否定のしようがない。その心の緩みに尽きる。要は自己管理責任である。

僕は札幌では外を歩くときには、もう完全にマスクを外していた。問題は学会会場でのマスクだった。

学会の会場は札幌市内、地下鉄東西線の東札幌駅が最寄り駅となる「札幌コンベンションセンター」だった。コンベンションセンター内でのマスクの取り扱いは参加者の自由判断に委ねられていた。

そうは言ってもさすがに医療従事者が集まる学会。多くの参加者がマスクをしており、僕ももちろんマスクをしていたのだが、ここで少し問題があった。

学会会場でもマスクを外してしまう

それが前述の札幌のこの夏の異常な暑さが影響してくる。

コンベンションセンター内の実際にイベントが行われている会場以外のフリースペースが、異様に蒸し暑く、本当に不快だったのだ。

爽やかなはずの札幌でどうしてこんなに不快極まりないのかと、僕は正直、怒りが収まらなかったほど。ポスター会場や講演等が行われている実際のイベント会場は涼しいのに、それ以外のオープンスペースは異様に蒸し暑くて耐え難かった

僕の周囲にいた多くの参加者たちも扇子や団扇で盛んに扇いでいたので、多くの人が同様に感じていたはずだ。

札幌の夏がここまで暑くなることは稀なので、エアコンの効きが悪い、いやオープンスペースにはエアコンが入っていないのではないかと訝しく思われた。

そんなこともあって、僕はやがてコンベンションセンター内でも、マスクを外してしまった

こうして僕は札幌では、外でも中でもマスクをしていなかった。

もちろん発表やセミナー、記念講演を聞くときにはマスクをしていたことは言うまでもない。

これが自責の念として、ずっと残っていた。

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病院の学会参加者との飲み会実施

病院から一緒に参加したスタッフと連日の飲み会を行った。

病院内では現在でも職員の「行動規制」があって、同一部署での5人以上による飲食は禁じられていた。

今回の学会に参加した病院スタッフは病院長以下全9名であったが、厳密にいうと同一部署で働いているスタッフは最大でも2名どまり。そんなこともあって、連日、スタッフで飲食を共にした

しかし、その中でコロナに感染したのは、結果的には僕一人だけだったので、この飲み会がコロナ感染の原因となったとも考えにくい。

飲み会後、札幌市内を3時間近く彷徨う

もう一つ、その飲み会に関連して少し失態をやらかしてしまったことを正直に告白しておく。

院長はじめ学会に参加した病院スタッフと飲んだ帰りのこと。札幌駅の普通の居酒屋で飲んだのだが(もう少し札幌ならではのおいしいものを食べたかったと愚痴りたくなる)、その帰り道。

僕は札幌市内でホテルに泊まるときは、狸小路にある「ドーミーイン札幌アネックス」といつも決めている。
大浴場が付設されていることと、何と言っても朝のバイキングの豪華さが半端じゃない。更に夜には夜鳴きラーメンの無料サービスされ、嬉しい限り。

ドーミーイン札幌アネックスの朝のバイキングの写真①

これがドーミーイン札幌アネックスの朝のバイキング。もちろん僕がこの日に食べた1例である。海鮮の食べ放題が嬉しい。右奥はスープカレー。

ドーミーイン札幌アネックスの朝のバイキング②

本当に何でも揃っていて、しかも美味しいので嬉しくなる。

ドーミーイン札幌アネックスの朝のバイキング③

デザートも豊富。夕張メロンも実に美味しい。

 

今回も次男の家に行く前は2泊連続して、このドーミーインに泊まっていた。

札幌駅の近くで飲んで、狸小路のドーミーインに戻るに当たって、地下鉄に乗れば良かったのに、狸小路のドーミーインはすすき野駅でも大通り駅でも少し中途半端な位置にあり、それなりに歩くことになるので、それなら酔い覚ましも含めて歩いて帰ろうと考えたのだった。

他の職員と別れて、直ぐに歩き始めた。

ところが、やっぱりそれなりに酔っぱらってもいたのだろう。疲れも出て、何だかどこをどう歩いているのか分からなくなり、迷ってしまった

札幌市内なんて分かりやすいんだから、直ぐに分かるなどと高をくくっていて、ヤフーの地図アプリも使いながら気楽に歩き回っていたのだが、いつの間にか豊平川に出てしまい、その橋をどう渡るのか、マップを見てもはっきりしない。

そうこうするうちにドンドン深みにハマって、結局は酔っぱらった旅行者は夜の札幌市内を3時間近く彷徨うことになった。

ドーミーインに漸く到着したのは深夜の11時前で、何とかドーミーイン名物の「夜泣きそば」に間に合ったという次第。

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その後もブログ書きで寝られず睡眠不足

大失態であった。この日の夜は、どうしてもブログを書き上げなければならないミッションもあったというのに、この深夜の彷徨ですっかり貴重な時間とエネルギーを使い果たしてしまった

疲れ切っていた。

だが、僕はそこから気を取り戻して、ブログ書きに没頭。漸く完成させてベッドで横になれたのは、真夜中の3時半過ぎであった。

翌日は学会参加の目的であったスタッフによるポスター発表が控えており、それが朝一番からだった。これに遅れることは絶対に許されない。

しかも当日は雨の予報となっていて、早く起きる必要があった。6時半には起きなければならなかった。

ということで、僕はこの日、3時間弱の極めて睡眠不足の状況で、金曜日を迎えたのだった。

この時の無理が後に響いた、後々祟ることになったのは間違いないだろう。

このような「問題行動」と「失態」がコロナに感染した直接の原因とは特定しにくいのだが、結果的にコロナに感染してしまった僕としては、これらの問題行動と失態がやはり良くなかったと、猛省する必要性を痛感させられた次第。

非常な疲れと倦怠感で動けない

僕には札幌市内に在住している次男一家がいて、学会が金曜日の午後の2時半過ぎに終了したコンベンションセンターまで迎えに来てもらって、次男の家に向かった。

二人の孫にも迎えられて、楽しいひと時を過ごした後、夕方から次男と外に食事をしに出かけた。

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雨の中「だるま」に並ぶ

すすき野の有名な「だるま」というジンギスカンに行く。このだるまは超人気店で、すすき野には5~6店舗もあるのだが、どの店でも予約を取ることはできず、開店前に並ばなければならない。金曜の夜ということもあって、用心して早めにでかけたのだが、4時には到着してしまって、もちろん一番乗り。

この夜はあいにくの雨で、その雨のせいなのか珍しく行列がほとんどできない。開店は5時からなのだが、4時半を回っても我々二人しか並んでおらず、今日は休業なのかと心配したほどだ。

ところがその直後からは続々と客が集まってきて、開店直前には長蛇の列になった。これにもビックリだった。

一番先に席に案内されて、ビールの大ジョッキと美味しいジンギスカンを満喫した。

次男とはこの後は移動して寿司屋にいくことにしていた。

1時間も並んだだるまのビールは最高においしい。大ジョッキーの写真。

1時間も並んだだるまのビールは最高においしい。大ジョッキーは実に大きい。

最高の人気店。だるまのジンギスカンの写真。

これがだるまのジンギスカン。確かに美味しい。

2軒目の寿司屋への移動

当初はタクシーの移動を考えていたが、時間が早かったので、地下鉄で移動することにした。

今にして思えば、この頃から体調が悪かったんだと思う。

次男と地下鉄で移動するにあたって、身体がしんどくて、中々スピーディに動けないのである。

ジンギスカンとビールでお腹が一杯、もちろん酔っぱらっていたこともあるだろう。地下鉄の構内で次男に追いつけない。とにかく身体が重く、しんどかった。

それでも食欲は全く衰えない。2軒目の寿司屋でも美味しい寿司をタラフク食べて、ビールも飲んだ。足が弱っているだけで、身体全体の不調ではないなと思い直して、また寿司屋からは地下鉄に乗って移動するのだが、やっぱりまともに歩けない。

次男と同じテンポで歩けなくて、ヒーヒー言いながら歩くような感じだった。

2軒目の寿司屋の握りずしの写真。

2軒目の寿司屋で食べた握り寿司。これで1,000円程。安くて美味しい。疲労困憊していたのに完食しした。

 

次男には心配をかけたくなかったので、「ちょっと酔っぱらって、お腹も一杯で苦しいから、ゆっくり歩くわ」などと誤魔化しながら、何とか帰宅した。

確かに満腹で酔いもあったせいもあるだろうが、あの時の疲労感と倦怠感、しんどくって歩けなくなるような体験はあまりしたことがなく、あの段階で既にコロナに感染していたのかなと、今にして思うのである。

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翌日になって遂に熱発

とにかく疲れ切っていた。数年ぶりに旅に出て、連夜の飲み会に帰宅難民になる失態など、色々なハードな行動が祟ったようだった。

土曜日は、二人の孫が通う幼稚園の行事に参加することになっていた。

ところが、とにかく朝から身体が「だる重い」のである。昨夜からの疲れが全く引いていないどころか、更に悪化していた。異様な疲れだった。

慌てて熱を計ってみる。平熱だ。ところがこのしんどさは尋常ではない。万が一、熱でもあった場合には次男一家にも多大な迷惑をかけてしまう。ということで、ひっきりなしに体温計を使ってみる。

すると、やっぱり熱が上がってきたのである。

僕の平熱はかなり低い。普段は36度以下のことがほとんど。それがこの日は36度を超えはじめ、計る都度、少しずつだが上がってきた。そして遂に37度を超えてしまう

明らかに発熱。これはコロナに感染したと考えざるを得なかった

次男一家にその旨を伝え、幼稚園見学をキャンセルさせてもらって、そのまま帰ることにした。

次男が抗原キットを持っていたので、検査をしてみるが、検査そのもの失敗したのか、無反応。

いずれにしても、大急ぎで荷物をまとめて、次男に最寄り駅まで送ってもらった。

朝の9時過ぎのことである。

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東京に戻るのに四苦八苦

新千歳空港の出発時間は午後の2時だった。4時間以上も時間があった。熱は更に上がってきたのか、とにかくしんどくて、じっとしているのも辛い。

飛行機の出発時間を早めて、少しでも早く帰宅したかったが、あいにくパックで取っており、変更できない航空券だった。

新たに切符を取ろうとすれば、5万円以上もすることが判明。それは到底できなかった。

新千歳空港で4時間待ち続けた

ということで、僕はめったにない熱発と異様な倦怠感の中、新千歳空港で4時間以上待ち続けることになった。

これは相当に辛かった。

間違いなくコロナに感染したと思われただけに、お土産屋など人混みのあるところに出歩くことも憚られたし、そもそもそんな元気はなかった

ただひたすら大人しくして、時の過ぎるのを待つしかなかった。中々時間が過ぎてくれない。

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息苦しくて味噌ラーメンが食べられない

4時間もじっと待ち続けるのも辛く、町田の自宅に着くのは5時過ぎになるため、昼食を食べないわけにはいかなかった。

僕は狂が付くほどのラーメン好きで、特に札幌系の味噌ラーメンが一番のお気に入り。

ところが、札幌市内で食べる味噌ラーメンはかつてのように美味しいものはなくなって、滅多に美味しい味噌ラーメンに出会うことがない。

最悪の体調の中、空港内のレストランを調べると、3階にラーメン横丁のようなラーメン店が軒を並べているコーナーがあった。比較的最近できたのでないだろうか。去年も札幌に来ていたのだが、気が付かなかった。

その味噌ラーメンの名店がひしめく中、何とか注文して、いざ味噌ラーメンが運ばれてくる。

熱もあって体調が最悪の中にあっても、ラーメンを目の前にすると、俄然食指が動くのには我ながら驚かされたが、箸で麺を口に運ぶと、むせてどうしてもまともに食べられない

思わず周囲を気にしてしまう程、咳き込んでしまうのだった。新型コロナは先ずは喉がやられるということを実感させられた。

新千歳空港で食べた味噌ラーメンの写真。

新千歳空港で食べた味噌ラーメン。むせ込んでしまって中々食べられなかった。実は味も今一つだった。

 

この時点で喉が痛かったり、痰が出ていたわけではないが、とにかくラーメンの湯気と熱気が喉を直撃し、まともに食べられない。麺をすすることが全くできないのだった。

ゆっくりと一口ずつ慎重に口に運んで、何とか食べ終えた。味を味わうことは全くできなかった。

新千歳空港で食べたソフトクリーム。

新千歳空港で食べた札幌名物の美味しいソフトクリーム。熱発の身には何とも沁みとおる味だった。

命からがら東京の自宅に生還する

羽田空港に着陸した後も、町田バスセンター行きのバスに乗り込むまでがまだ一苦労。こんなに身体がだる重いことは経験したことがなかった。

大した荷物でもなかったのに、キャリーバックを引きずるにも難儀した。

こうして命からがら東京町田の自宅に戻った。

漸く我が家に帰れたとなっても、間違いなく自分が新型コロナに感染していると判断していたので、「はい。ただいま」というわけにもいかない。

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どうしても家族に感染させられない理由

身体全体のしんどさもあったが、家にいる同居の妻に極力、感染させないようにしなければならなかった。

女房に感染させたくないのは、もちろんのことだが、実は我が家では我が娘に待望の赤ちゃんが生まれたばかで、女房が世話をしていた。

出産のための我が家への里帰りではなく、色々な経緯の中で、娘夫婦は我が家から直ぐ近くの町田市内のマンションに引っ越してきていたのである。

僕の隔離療養が終了するまで、娘のマンションにでかけて赤ちゃん(孫)の世話をすることは諦めることにしてもらったが、女房自身も感染してしまうと、更に孫の面倒がみれなくなってしまう

生後1カ月足らずの大切な赤ちゃん(孫)にコロナを感染させることは絶対に回避しなければならなかった。

そのためにも、どうしても女房との接触を極力回避する必要があったのだ。

(続く)

 

 

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