目 次
シューベルトのピアノ三重奏曲をご存知か?
シューベルトの名曲の紹介は、まだ続く。今回はいわゆるピアノトリオと称されるピアノ三重奏曲の名作を2曲取り上げる。
シューベルトの室内楽はかなり紹介してきた。死の間際に作曲された「弦楽五重奏曲 ハ長調」、弦楽四重奏曲の名曲「第14番 死と乙女」、「ピアノ五重奏曲 ます」。そして「アルペジオーネ・ソナタ」の4曲だ。
こうしてみるとシューベルトが室内楽の大変な大家だったことが分かる。弦楽四重奏曲は全部で20曲も作っていて、その意味でもシューベルトはベートーヴェンの忠実な後継者だったと言っていい。
そんな中にあって、シューベルトが作曲したピアノ三重奏曲は少し隠れた存在かもしれない。
クラシック音楽に詳しい方やシューベルトファンにとっては、あの名曲のピアノ三重奏曲を「隠れた存在」などとは、何とバカげたことを!と怒られてしまいそうだが、「死と乙女」や「ます」、「アルペジオーネ・ソナタ」に比べると、どうしても2番手になってしまいそうだ。
せめて、何か気の利いた愛称などが付いていれば、この2曲はシューベルトを代表する名曲として今よりももっと圧倒的に知られ、愛聴される曲になった可能性が極めて高いと思われる。
そういう意味では気の毒な、少々割を食った名曲と呼ぶべきかもしれない。
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是非聴いてほしいシューベルトのピアノトリオ
どうしても他の名曲に隠れてしまいがちなシューベルトの2つのピアノ三重奏曲なのだが、いずれも甲乙付け難い名曲中の名曲。
シューベルトを語るのに、この2曲のピアノ三重奏曲を外すわけにはいかない。
これらを聴いていなければ、シューベルトを聴いた、あるいはシューベルトを知っているとは言えない、絶対に外すことができない名作なのである。
この曲に到達するには時間がかかるかも
僕もシューベルトの様々な音楽を聴いてきて、何となくシューベルトのことを分かったような気になっていても、どうしてもこの2曲のピアノ三重奏曲を聴いてもらわないと、シューベルトの全体像は掴めないだろうなと真剣にそう考える。
「未完成」や「ザ・グレート」などの交響曲に親しみ、「死と乙女」「ます」「弦楽五重奏曲」「アルペジオーネ・ソナタ」などの室内楽を聴きこみ、「冬の旅」や「白鳥の歌」などの歌曲集、その他数百曲もある膨大な歌曲を味わい尽くしても、このピアノ三重奏曲の2曲を知らないと、シューベルトの中の最も大切な何かを知らないことになる、そんな気がしてならない。
そんなシューベルトの全作品にとっても特別な意味を持つ傑作に他ならないのだが、シューベルトを聴き込んでいっても、これらのピアノ三重奏曲にたどり着くには少し時間がかかるかもしれない。
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ピアノ三重奏曲(ピアノトリオ)のこと
ピアノ三重奏曲はクラシック音楽における室内楽の楽器編成の中で、ピアノとヴァイオリンとチェロという3つの楽器の組み合わせによって作られた曲をいう。
ピアノとヴァイオリンの組み合わせはヴァイオン・ソナタ、ピアノとチェロの組み合わせはチェロ・ソナタ。ヴァイオン2台とビオラ、チェロという弦楽器4台だけの組み合わせが弦楽四重奏曲。ピアノと弦楽四重奏との組み合わせがピアノ五重奏曲。
こんな形態となっているのが、クラシック音楽の「室内楽」というジャンルである。
ピアノ三重奏曲はピアノとヴァイオリンとチェロというちょっと特殊な組み合わせ。ヴァイオリンとチェロという弦楽器の王者2つにピアノが加わるといういかにもありそうな形態なのだが、ヴァイオリン・ソナタやチェロ・ソナタ、弦楽四重奏曲に比べると、作曲された数は古今東西の音楽史を通じてそれ程多くはない。
そうは言っても、多くの大作曲家が相当な数の名曲を残しているので、作曲家にとって、非常に食指を動かされる特別の組み合わせのようにも思える。
一般的にはピアノ三重奏などという堅苦しい名称で呼ばれるよりも、「ピアノトリオ」と呼ばれることが多い。単に「トリオ」という場合もピアノトリオを指すことが常である。
モーツァルトやベートーヴェンにもピアノトリオの名作があり、メンデルスゾーンには「メントリ」との愛称で呼ばれる非常に有名な作品がある。他にもシューマン。あのブラームスは3曲も作曲している。
スメタナやドボルザーク、チャイコフスキーなどの国民楽派にも名曲が揃い、フォーレ、ドビュッシーやラヴェルの近代フランス音楽の巨匠たちにも素晴らしい名曲が揃っている。
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シューベルトのピアノトリオの2つの名曲
そんな名作群の中にあって、シューベルトの2曲のピアノトリオは屈指の名作、傑作と呼んでいいものだ。
今回はシューベルトの2つのピアノトリオの名曲を取り上げる。
シューベルトにはピアノトリオが4曲あるのだが、何と言っても第1番 変ロ長調と第2番 変ホ長調が傑作として名高い。
どちらも珍しく作品番号が付いている。第1番 変ロ長調が作品99 D898、第2番 変ホ長調が作品100 D929となる。
この2曲がいつ頃作曲されたのかは正確なところは分かっていないが、第2番が1827年11月に作曲されたことはほぼ間違いないらしい。
31歳で夭折したシューベルトが、30歳になってからの作曲ということになる。
第1番の方の作曲時期はハッキリしないが、今日の研究では、どうやら第1番の方が後で作曲されたと言われている。
というわけで、これらもまた最晩年というか死の直前に驚異的な創作力を爆発させたあの最後の年の作品に属するのである。
この時期の作品はいずれも稀有の名曲ばかりなのである。
2曲は相前後して作曲され、シューベルティアーノというシューベルトが主催した音楽会で、シューベルト自身のピアノで演奏された言われている。
いずれにしてもシューベルトの死の目前にこんな名曲もあったのだ。
本当にシューベルトの最後の1〜2年間の創作力の異常なまでの高まりは、創作の爆発としか言いようがないものだ。
全く性格が異なる2つのピアノトリオ
このほぼ同じ時期に相次いで作曲された2曲のピアノトリオが、正に相似形を示しているのだ。
二卵性双生児と言うべきだろうか。
外観は非常に良く似ている。どちらも4つの楽章からなり、時間的には40分を優に超える大作だ。
ところが、曲想は随分違う。どちらも長調ではあるのだが、第1番は変ロ長調(♭が2つ)、第2番は変ホ長調(♭が3つ)。
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シューマンの評価が非常に名高い
この2曲のピアノトリオを高く評価した作曲家としてシューマンのことは良く知られている。
シューマンという人はシューベルトをとにかく高く評価し、スポットライトを当てた人物なのである。
前にもあの、世の中から忘れられ、埋れていた大交響曲の「ザ・グレード」を発見し、メンデルスゾーンに初演させたエピソードを紹介したが、シューマンがいなければ、今日シューベルトはここまで知られた大作曲家になっていなかった可能性もある。
しかも第一級の評論家でもあったシューマンの慧眼はいかにも鋭く、この2曲のピアノトリオのことについても、非常に短いながらも、曲の核心を突いて今日読む者をも唸らせる。
全くもってすごいもの。僕は怯えてしまう程だ。
シューマンの評価を全文引用する
あまりにも素晴らしい評価(解説)のため、全文を披露させていただく。
原著では段落分けもなく、全体が一文で続いているが、その点は非常に読みにくいので、僕の方で段落設定をさせていただいたことをお断りしておきたい。
また漢字かな遣いも少し改めさせてもらっている。
『シューベルト 三重奏曲 変ロ長調 作品99』
シューベルトの三重奏曲を一目見る、哀れな人間仲間の営みはたちまち霧のように消え、世界は再び新鮮な輝きを取り戻す。この前シューベルトの三重奏曲が、晴天の霹靂のように当時の楽壇を襲ってからもう十年になるだろう。あの曲はちょうど彼の作品100に当たっていたが、その後間もなく、1828年の11月に彼はこの世を去ったのである。
今度新しく出た曲は、前のよりも古いものらしいが、様式の点では決して初期のものではなく、有名な変ホ長調の少し前に書かれたものだろう。
ただし、内容からいえばこの二つの曲は、本質的に違う。変ホ長調では深い憤怒と身を焦がすような憧憬を表現していた第一楽章は、この曲では優美で気がおけなくて、妙齢の乙女を思わせる。アダージョは、前者では心の不安にまで昇ってゆく憧憬だったが、ここでは数々の快い夢となり、美しい人間の感情が波のように上下している。スケルツォは似ているが、僕としては前の曲の2番目のトリオに軍配を上げる。フィナーレは何ともいえない。
一言でいえば変ホは行動的、男性的、劇的だが、変ロは悩まし気で、女性的で、抒情的である。この遺作は、僕らにとって貴重な遺言になるだろう。
由来、時というものは数限りなくたくさんのものを産むし、中には時々大変美しいものも生まれけれども、シューベルトのような男は、当分二度と生まれまい。
シューマン「音楽と音楽家」 第二部 室内楽より(吉田秀和訳)
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ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 について
ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 作品99(D.898)約41分
第1楽章 Allegro moderato 約15分
第2楽章 Andante un poco mosso 約10分
第3楽章 Scherzo (Allegro-Trio) 約 7分
第4楽章 Rondo(Allegro vivace) 約 9分
【第1楽章】
15分にも及ぶ冒頭の第1楽章はいきなりシューベルト節全開のいかにも歌に満ちた幸福感に溢れた音楽が展開される。聴いていて本当に幸せな思いに浸ってしまう。
特にピアノの美しさが突出している。そして2つの弦楽器も流麗に実に良く歌う。絶妙な転調も聴きどころだ。時にメランコリックになるあたりの変幻自在の音楽はいかにもシューベルトならでは。
【第2楽章】
非常に美しい曲。これぞ極上のシューベルト。優しい癒しに満ち溢れた天国にいるかのような本当に美しい音楽。シューベルトが作曲した最も優しさに満ちた曲と言っていいだろう。
そのメロディはいかにもシューベルトらしい歌に満ちていて、穢れのない憧れがどんどん昂じてくるような感じだ。
チェロもヴァイオリンも、もちろんピアノも全てがゆったりとしたメロディを奏で、どこまでも優しい。
なんて素敵な音楽だろうか!
【第3楽章】
非常に軽やかな快活な音楽だが、根底にあるのはやっぱりシューベルトならではの歌だ。後半は曲想が変わり、ヴァイオリンが流麗に歌い始める。いかにも憧れに満ちたメロディ。
【第4楽章】
冒頭ヴァイオリンが快活なメロディを奏で始める。それに絡んでくるピアノ。中々の聴きものだ。ピアノとヴァイオリンの掛け合いが心地よい。それを支えるチェロの存在を忘れてはならない。
頻繁に転調を繰り返すのもいかにもシューベルトだ。
終盤はピアノが静かに曲を閉めようと見せかけて、最後の最後、再び3つの楽器ががっぷり4つに組んで、この大曲を締めくくる。
(第2番に続く)
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シューベルト:ピアノ三重奏曲第1,2番、アルペジオーネ・ソナタ、他 [ シフ/塩川悠子/ペレーニ ]
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