さいとう・たかを「大宰相」に夢中になる

このところズッと夢中になっている漫画がある。さいとう・たかをの『歴史劇画 大宰相』である。僕は元々漫画も大好きで、手塚治虫と白土三平を熱愛している。この二人は漫画家とは言っても、世界文学の最高峰とも互角に競い合える、いや勝るとも劣らない天才で、日本が生んだ最高の作家にして芸術家だと信じて疑わない。

さて、今回はさいとう・たかをを取り上げるのだが、さいとう・たかをは手塚治虫と白土三平と同列に並べるわけにはとてもいかないが、傑出した並々ならぬ大漫画家であることはもちろんだ。いや、彼の場合は「大劇画家」と呼ばなければならないだろうが。

ゴルゴ13について

さいとう・たかをと言えば、もちろん『ゴルゴ13』である。僕もゴルゴ13はかなり夢中になって相当読んできた。だが、すごいな、おもしろいな、衝撃を受けるなとは思いながらも、「好きか?」と問われればとても好きだとは言えない。実は、僕はゴルゴ13ことデューク東郷が大嫌いなゴルゴ13ファンなのである。

どうしてゴルゴ13が好きになれないのか?

それは単純明快だ。最後の最後に、問題の解決策として史上空前の人間離れした天才スナイパーであるゴルゴ13に暗殺してもらってジ・エンドという、その許しがたい乱暴な終わり方である。

銃による暗殺というテロリズムで問題を解決する。しかも膨大な金が必要で、その金の力で天才スナイパーに暗殺を依頼し、依頼されてゴルゴが引き受けた以上、相手は100%確実に殺害されるというストーリー。このお約束と言うか物語の中核、すなわち本質部分に大きな抵抗があるわけだから、僕はとてもゴルゴ13の良き読者とは言えない。この筋立てそのものにものすごく抵抗があるのだから。

なのにゴルゴ13を夢中に読んできたと言うのは?

ところが、僕は本当にゴルゴ13の熱心なファンなのである。その全てとは言わないが、かなりの量を読んできた。全体の6割から7割は読んでいると思う。何と言ってもゴルゴ13は驚くべき漫画で初回の1968年(昭和43年)11月から今日まで、ただの一回たりとも休載になったことがないという信じられないレジェンド漫画なのだ。通算何と約52年間に渡っている。
それだけにその作品は膨大な量に及び、単行本にして196冊(最新刊は2020.4先月だ!)。現時点で全598話。とんでもない量なのである。
それを僕はかなり熱心に読んできた。

それなのに、そのストーリーそのものが嫌いっていう、本当に変なゴルゴ13ファンなのである。
端的に言うと、「ゴルゴ13という漫画(劇画)」には夢中になるけれど、「主人公のゴルゴ13は大嫌い」という何とも変わった読者のである。

「ゴルゴ13」の分厚い豪華本が4種類出ている。

この厚み。それぞれ13編ずつ収録。1300頁。名作・傑作がぎっしりだ。

劇画「ゴルゴ13」のすごい点は

最後に銃による暗殺で問題を解決することに抵抗があるが、とにかくテーマとストーリー展開は非常にしっかりしているし、そこに盛られた情報量と創意工夫が半端じゃないのだ。

また何と言ってもその絵の素晴らしさと構図の見事さには舌を巻くしかない。
加えて、その作品は常に世界中の政治情勢や軍事情勢、経済情勢など世界の最前線の最新情報を忠実に反映したドラマとなっている点が他の追随を許さない唯一無二のものだ。それが半世紀以上に渡って多くの漫画ファンを夢中にさせてきた所以だと思う。

でも、僕は熱心なファンでありながら、主人公に抵抗があるわけで、だから、こういうおかしな話しとなってしまう。僕は主人公のゴルゴ13が出てこないゴルゴ13が大好きなのである。

主人公のゴルゴ13が登場しないゴルゴ13が好き!?

主人公が出てこないゴルゴ13なんてあるのか?一体どういう意味なんだ?
そう、ところがそれがあるのだ。ゴルゴ13のファンなら誰でも知っていることだが、主人公のゴルゴ13ことデューク東郷は国籍も名前もその生い立ち、素性などありとあらゆるデータが不詳なのである。ゴルゴ13は自分の生い立ちや素性を知られることを極端に警戒し、それを探ろうと近づく者は全て殺戮してきたので、世界中のどんな諜報機関もゴルゴ13の素性を調べることはタブーとされ、現にほとんど分かっていない。

そこで、約600話にも及ぶエピソードの中に、そのゴルゴ13の出生の秘密、生い立ちを推理するシリーズがあるのだ。「ゴルゴのルーツもの」と呼ばれている。

国籍、名前を含めあらゆるデータが不詳のゴルゴ13は一体誰なのか?どうしてこんな類まれな殺人機械のようなモンスターが生まれてしまったのか?果たして日本人なのか?ロシア人の血が混じっていると言われるが果たしてどうなのか?等々。一連の謎解きの物語。

この人物こそゴルゴ13に違いない。この少年がやがてゴルゴ13になるに違いないというミステリーをテーマとした作品群。それが過去に8作発表されていて、そのどれもが実に素晴らしい傑作揃いなのだ。

手前の「ゴルゴ学」。多方面からの分析と詳細なデータが圧巻。

「ゴルゴ13のルーツもの」の傑出したおもしろさ!!

いずれも幼年期から凄惨極まりない人生を送り、その中で射撃の腕を磨き上げてきたという展開で、彼こそ、後のゴルゴ13=デューク東郷に違いないと思わせるストーリー。
それでいて未だにどれが正解なのか、全く明らかにされていない。この一連のルーツものでは、ゴルゴ13はほとんど登場しないのだ。物語の最後の最後にワンシーンだけ登場するというのがほとんどなのである。

この一連の作品群が、読者を夢中にしてやまない傑作揃いなのである。この魅力を知ってしまうと、もうゴルゴ13から離れられなくなってしまう。全部で8話。そのどれもが大変な傑作だ。

「芹沢家殺人事件」「日本人・東研作」など非常に人気の高いエピソードでは、ゴルゴ13は純粋な日本人と設定されているが、僕が特に気に入っているのは「すべて人民のもの」と「毛沢東の遺言」の2作だ。

これが書店で良く見かけるリイド社のSPコミックス。これが200冊に及ぶ目前。これはルーツものが掲載されているものの一部。

壮大なスケールの「すべて人民のもの」

これはもう想像を絶するストーリーで、ゴルゴ13のルーツもさることながら、現代ロシア(ソ連)史を巡ってここまで波乱万丈のおもしろい物語を良くぞ展開できたものだと舌を巻くしかない驚異的な作品。

20世紀初頭。ロシアのロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世とその皇后アレクサンドラ。そして皇太子アレクセイと4人の皇女の皇帝一家。そこにレーニンによるロシア革命が起こり、一家全員が虐殺されてしまうという歴史的な悲劇を元に、皇帝一家に深く入り込んでいたあの有名な怪僧ラスプーチンとレーニンをクロスさせて、その未曽有の悲劇の中からゴルゴ13が誕生してくるという壮大な歴史ミステリー。
革命を恐れ、皇帝ニコライ2世はロマノフ王朝の膨大な全財産をスイスの個人銀行に預けていたのだが、革命から70年後、ゴルバチョフのペレストロイカのさなか、王朝の子孫と称する男が、アメリカの国家予算にも匹敵するというその膨大な全財産の返還を求めるところから始まるこのストーリー。その展開には驚愕するしかない。べらぼうにおもしろく、読む度に興奮させられる。これが何と175ページ!一枚一枚に魂が込められた恐るべき作品。

「毛沢東の遺言」も壮大な歴史ミステリー

一方、これは毛沢東や周恩来、林彪なども登場する中国を舞台にした壮大な歴史的ミステリー。ジンギスカンの末裔やロシアの超人的な殺人鬼などが登場し、ゴルゴ13の驚くべき正体に迫っていく。日本軍が中国大陸で行った信じられないようなおぞましい計画から誕生してきたというゴルゴ13の可能性に、興奮が抑えられなくなる。手に汗握る超一流のミステリーだ。

「青狼漂う果て」は2・26事件とイスラエル建国が舞台

ルーツものでもう一本忘れ難いのは「青狼漂う果て」だ。ここでは2.26事件に加わった青年将校が、実は現場から脱出して中国に渡り、そこでロシア人女性と恋に落ち、生まれてきたのがゴルゴ13というこれまた驚きの展開が繰り広げられる。ユダヤ人との交流の中で、戦後のイスラエル建国に深く関わりながら散り散りとなる親子と兄弟。その3人が図らずも再会を果たす中で、ゴルゴ13が取った行動は?

とにかく壮大なスケールのストーリー展開に驚くしかない。

ルーツものの全てを2冊に収めた貴重な文庫。
この厚みがすごいでしょう!?
今はもう全く入手できません!と思っていたらAmazonで購入できることが判明。急げ!

「分業システム」で叡智を集約してこそ

どうしてこんなすごいストーリーを生み出せるかというと、さいとう・たかをが作り出した「分業システム」がある。
さいとう・たかをはゴルゴ13を生み出すに当たって、優れた人材を結集し、10人超の合同作業で作り上げていることは良く知られている。「さいとう・プロダクション」がそれだ。

ストーリーを受け持つ複数の傑出した脚本家がいるのである。ここがすごい点だ。

ルーツものではないが、ゴルゴ13らしからぬ名作としてつとに有名なエピソードが「2万5千年の荒野」である。

原発事故を扱った名作

ゴルゴが人を殺さずに助ける感動作

これはアメリカの原子力発電所での事故を扱ったエピソードで、今読んでもものすごく恐ろしい。これはフクシマを知った我々日本人が改めて読み直してほしい名作である。

ここでのゴルゴ13も非常に変わっている。人を暗殺するのではなく、その天才技を用いて原発事故を命懸けで防ぐという変わった展開。狙撃の対象は人間ではない。
こんなゴルゴ13が大好きなのだ。

あの決して笑うこともなく、人を殺すことに何のためらいも同情もしない冷徹無比なゴルゴが最後の最後に取った思いがけない行為。これは本当にすごい。ゴルゴ13を読んで涙が込み上げるというのは、滅多に経験できないことだ。

これもページ数はわずかに123ページしかない。そこに盛り込まれた強烈なストーリーに圧倒される。

新型コロナがゴルゴ13にまで襲い掛かる!!

実は、こんなレジェンド漫画のゴルゴ13にもこの新型コロナの影響が及んだというニュースに衝撃を受けた。

上述のとおりゴルゴ13はさいとう・たかをが一人で書いているわけではなく、さいとう・たかをはさいとう・プロダクションとして10人を超えるスタッフ総がかりの分業体制で作り上げている。

その作業が3密、つまり密閉・密集・密接だとして連載開始以来52年近くに渡って一度として休載されたことがなかったにもかかわらず、遂に断念するに至ったとのこと。

「10名を超えるスタッフによる分業体制で、“3密”すべてに当てはまる作画過程を継続することに限界がある」とし、「スタッフの安全を考慮した決断になります」と理由を明らかにした。
当分の間、連載が休載になるという。
絶句。

恐るべし。新型コロナウイルス。
あの天才スナイパーも新型コロナの前ではなす術がないという情報に、衝撃が走る。

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