さいとう・たかをの「大宰相」に夢中になる

さあ、いよいよ今夢中になっている『歴史劇画 大宰相』である。元々はこれを紹介したくて書き始めたのだが、前座の「ゴルゴ13」についつい熱が入ってしまった。
まあ、許していただこう。これは何といっても「熱々たけちゃんブログ」なのだから。

さて、その「歴史劇画 大宰相」であるが、とにかくおもしろい。実に良く書け(描け)ていて、読む者をすっかり夢中にさせるものだ。

「小説吉田学校」の漫画化作品である。「小説吉田学校」は政治評論家の戸川猪佐武による1970年代に長期に渡って出版された日本の戦後の政治を実録的に綴った大ベストセラー。
日本が1945年に敗戦を迎えた直後のマッカーサーによる占領時代から鈴木善幸総理までの政権を担った保守政党の権力闘争を詳細に書き記したものである。

占領下の吉田茂から始まり、鳩山一郎から岸信介を経て池田勇人と佐藤栄作、そして田中角栄から三木武夫、福田赳夫、中曾根康弘を経て鈴木善幸までの歴代の総理大臣の権力闘争が生々しく描かれている。

さいとう・たかをがかなり忠実に劇画化した

さいとう・たかをがどうしてこれを劇画にしようと思ったのか、その経緯は良く知らない。
さいとう・たかをと言えば、圧倒的に「ゴルゴ13」であり、他には時代劇の「無用ノ介」や「鬼平犯科帳」が有名であるが、政治ドラマを劇画にしたことがあるという話は聞いたことがあった。
自民党の歴代の総理の歴史なんかに興味のなかった僕は、ほとんどスルーしていたのだが、昨年の暮れあたりから、書店の文庫の新刊コーナーに妙に印象的な吉田茂や岸信介の似顔絵が書かれた分厚い文庫本が山積みにされており、妙に気になっていたのだ。
どうも厚い本や文庫に弱いのである(笑)。

遂に購入してみることに

始めのうちはそうは言いながらもスルーしていたのだが、どうも毎月1冊ずつ発売されることが分かってきて、遂に実際に手に取ってみる。
おお、何だかこれはかなり本格的だな、これは読まないわけにはいかないだろうと、当時出ていた4冊をまとめて購入した。

騙されたと思って読み始めたのだが・・・。

とにかく一目見るなり、さいとう・たかをの絵の魅力に引き込まれた。実在の人物が実にうまく、つまりそっくりに描かれていることに先ずはビックリ。さすがはさいとう・たかをである。元々さいとう・たかをの絵と構図の見事さはゴルゴ13で良く知っていたのであるが、こんな日本の自民党の権力闘争を描いても所詮は権謀術数の繰り返しでさいとう・たかをの一番得意なアクションシーンなんてあるわけもなく、この分厚い文庫を読みこなせるのかと不安が大きかった。

不安は杞憂で、たちまち引き込まれる

読み始めるとそんな不安は直ぐに吹き飛んでしまった。全くの杞憂。僕はたちまち引き込まれ、夢中になって一気に読んでしまった。

本当におもしろいのである。
戦後の保守政党(1955年からは保守合同で自民党となるわけだが)の内部の権力闘争なので、ここには見事に政治家しか出てこないわけで、もっと言えば、この分厚い文庫本の全体を通じて女性はほとんど出てこないし、色恋沙汰が描かれるわけもない。ひたすら権力を獲得するための権謀術数が繰り返し繰り返し描かれるだけだ。

だが、この権力を巡っての権謀術数が如何におもしろく、読んでいてどれほどワクワクドキドキさせられるか。それはとにかく読んでもらわないと分からない。

単なる権力闘争ではなく、強烈な政治信念が原点

非常に大切な点は、権謀術数の限りを尽くす権力闘争なのだが、ここには権力を獲得するためだけに無益な闘争を繰り広げられただけではなく、それぞれの政治家が自らの理想と信念に基づいて叡智の限りを尽くして政権奪取を繰り広げたという点だ。特に55年体制が出来上がるまでの戦後の10年程のドラマにはそれを感じる。

不思議な位におもしろく時を忘れて読み耽ってしまう。

中々強烈な印象を受けますよね。

作品の全体像を示しておこう

この「歴史劇画 大宰相」は、既に出版された作品の再出版であることを注意してほしい。新しい作品ではない。

この政治劇画の経緯は

原作者である戸川猪佐武が亡くなった後(1983年)、さいとう・たかをは1988年から1991年に読売新聞社からハードカバーで「劇画・小説吉田学校」全20巻を出版した。
1999年にはその改装版が講談社+α文庫で「歴史劇画 大宰相」全10巻として出版された。その後、後半部が更に改題・再編されてコンビニコミックスとして出版されたようだが、基本的には講談社+α文庫の約20年ぶりの再出版ということになる。

現在出版中の文庫は・・・。

ズバリ「講談社文庫」である。+α文庫ではない。現在、毎月1冊ずつ販売されて、現時点で第6巻まで出たところである。多分+α文庫と同様に全10冊となるはずなので、残りあと4冊ということになる。

毎月1冊ずつ出版されており、いつも15日に新刊が店頭に並ぶ。あと5日、今週の金曜日の5月15日に第7巻が出て、全体が完了するのは8月の終戦記念日となるのであろう。

縦に並べるとこんな感じ。分厚い。帯に書かれたコメントが要を得ている。

というわけで、僕はまだ6巻までしか読み終わっていない。直近の第6巻は田中金脈事件で総理の座を降りた田中角栄の後を受けて三木裁定で三木武夫が総理の座に就き、一方で田中角栄はロッキード事件で逮捕されるという激動の時代が描かれている。これは僕自身がリアルタイムで見聞していることだけに、興味が尽きない。

横から見るとこんな感じ。漫画とはいえ読み応え十分!

誠実かつ本格的な作りに驚かされる

今度の再出版で素晴らしいなと思うのは、巻頭に錚々たる作家等によるかなり真面目な本格的な解説が掲載されていることだ。中身は漫画(劇画)なのだが、あくまでもそれぞれの時代と権力を獲得した総理大臣の足跡と実績を極めようとしている。

巻末には略年表が詳細に掲載されているし、目次に続いて主な登場人物として絵と併せてその人物の概要が分かり易く載っているのも嬉しい。派閥等の政治家のグループ分けなのどの図表も親切だ。

ちなみに既に出版済みの6巻のタイトルを掲げてみる。これを見ればおよその歴史の流れと内容が把握でき、ははあなるほど、ということになるに違いない。読者の世代にも依るだろうが。
冒頭の解説者の名前も併せて示しておく。

第1巻「吉田茂の闘争」       解説:手嶋龍一
第2巻「鳩山一郎の悲運」      解説:佐藤 優
第3巻「岸信介の強腕」       解説:佐高 信
第4巻「池田勇人と佐藤栄作の激突」 解説:池上 彰
第5巻「田中角栄の革命」      解説:田原総一朗
第6巻「三木武夫の挑戦」      解説:河野洋平

こんなラインナップである。いかがでしょう?

目から鱗の連続

僕が生まれる前の池田勇人を描いた4巻くらいまでが特に興味深く読めた。吉田茂のことも鳩山一郎のことも今の安倍首相の祖父に当たる岸信介あたりまでは、歴史としては十分に認識しているつもりであったが、これを読んでみると知らないことばかりで、正に目から鱗の連続だった。

安心して読め、好感を持てるのは

戸川猪佐武の原作同様に、さいとう・たかをに政治的な偏向が全くなく、特定の人物を好意的に描いたり、逆に特定の人物を貶めるというようなこともほとんどない点が非常に好感を持てる。
歴史的事実を中心にその権力獲得に向けての権謀術数と裏話を丹念に拾い上げており、興味が尽きない。

特に興味深かったのは・・・。

僕が特に心を惹かれたのは、三木武吉と河野一郎の二人だった。
悲運の鳩山一郎(あの鳩山由紀夫と邦夫兄弟の祖父だと思うとゲンナリしてしまうが)を総理の座に就けるために生涯を通じてありとあらゆる情熱と戦略を捧げた三木武吉と河野一郎の二人に特別な感銘を受けた。

激情的な河野一郎はあの自民党を飛び出して新自由クラブを創立し、後に自民党に復党し総裁になりながら総理大臣には成れなかったあの河野洋平の父親であり、先日まで外務大臣を務め、現在は防衛大臣の河野太郎の祖父であることはもちろんだ。

あの温厚にして平衡感覚のとれた河野洋平の父親があんなに熱い激情家であるとは夢にも思わなかった。

田中角栄が少し弱い印象があるが・・・。

賛否両論はあるだろうが、良きにつけ悪しきにつけ最も強烈な個性でリーダーシップを発揮した感がある田中角栄が少し弱い印象が否めず少し残念だ。
吉田茂が占領軍によって苦境に陥った際、初当選したばかりの若き日の田中角栄が、諸先輩を前に大擁護発言をする初登場シーンには血が騒いだが、その後はあまりパッとしない。
特に総理の座を射止め、実際に総理になってから線が細いのは少し残念だ。これからの闇将軍時代はどう描かれるであろうか?

もう一つは、僕が尊敬してやまない石橋湛山も少し影が薄い。実際に湛山は総理の座に就いて病気によりわずか2カ月で総理を辞職してしまうので、やむを得ないのであるが。

さいとう・たかをに感嘆するしかない

それ以外は、本当に良く描かれているとホトホト感心させられる。とにかく読んでいてメチャクチャおもしろいのある。さいとう・たかをの絵が素晴らしく、こんなアクションも色恋沙汰も皆無の政治ドラマを、全く飽きさせることなくここまでの緊張感を持続して描ける力量には脱帽。あらためてさいとう・たかをのスキルの高さを思い知らされることになる。感嘆させられた。

登場する政治家たちが議論をしたり駆け引きをしたりすることの連続なのだが、内面の感情をとにかくデリケートに丁寧に表現している点は絶賛に値する。表情が驚くほど豊かに描かれているのである。

当時の流行や世相などをこまめに挿入

女性がほとんど登場しないと書いたが、読者の関心を引くと同時にその時代を思い出し、実感してもらうために、ほぼ毎年のように、当時の流行などの紹介をしてくれているのが何とも嬉しい。

それは主に流行した歌謡曲や映画、ファッションや風俗などの移り変わり、来日した大物スターなどの紹介だ。当時大活躍していた読売ジャイアンツの長嶋や王など、プロ野球の話題も豊富。一方で社会的に多きな話題となった事件などの解説も丁寧だ。東京オリンピックや大阪万博、大久保清の連続殺人事件や浅間山荘事件など、主だったものはほとんど網羅されて描かれており、時代を知る重要な手掛かり(手助け)となる。

政治なんかに関心はないという方も是非読んでほしい

政治に関心がない方も、自分が目標として掲げた夢と理想を実現するためにどう突き進むべきかということを垣間見るだけでも価値があると思う。

そして我々が生きてきたこの時代を様々な流行と事件を負いながら振り返ることができる点も特筆ものだ。

残念な点は、やっぱり・・・。

一番残念な点は、原作者が亡くなってしまったので仕方がないことではあるが、中曾根康弘の後の政界の情勢を描いてもらいたかったことだ。小沢一郎がフィクサーとなった保革逆転の細川護熙。そして聖域なき構造改革を打ち出したあの小泉純一郎と更に民主党政権。そのお粗末さがあだ花となってこれほどまでの長期政権が続いている今の安倍晋三にまで話が及んでいないことである。

このレベルで、今の日本の政治家たちを丸裸に描いてもらいたかった。それが残念でならない。本当に口惜しい。

まあ、だが急ぐのは止めておこう。まだ4冊も待っているのだから。

実に美しい純白な紙もお気に入り

最後に、この分厚い文庫本が他のどんな文庫分とも違って、紙の色(紙質)が雪のような純白であることも気に入っている重要な要素。普通の文庫本はもっと茶色い紙なのだ。
この純白は絵が非常に読みやすく、それでいて信じられないほど軽いのも素晴らしい。

これ。真っ白さが伝わるかどうか!?向かって右の2冊(第1巻・第2巻)は絵が紙面の枠をはみ出す構図になっているため黒いのだが、紙は同様に真っ白。
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