日本の医療、病院の課題と問題点に患者の視点で迫る画期的な本

自分が働いている職場である「病院」を取り巻く様々な課題と問題点を整理すべく関係する本を夢中になって読み漁っている。

そこで巡り合った本の中から、特に貴重な一冊を紹介したい。

僕のような医療業界で働いている人間や病院で働くスタッフではなく、むしろ一般の人、患者として病院を利用することになる一般人の立場に立って、今日の日本の医療と病院の現状と、非常に厳しさを増している病院が抱えている様々な課題と問題点を非常に分かりやすく解説した本である。

これが本書の表紙。帯に書かれたキャッチコピーが全てを物語っている。非常に分かりやすいキャッチコピーだ。

著者は入退院を繰り返してきた有名な証券アナリスト

著者は渡辺英克さんとおっしゃる方。医療業界の方ではなく、かなり有名な証券アナリストということだ。慶應大学経済学部卒業後、野村総合研究所に入社。95年よりヘルスケア分野の企業調査に従事。その後みずほ証券に入社、ヘルスケアセクター担当シニアアナリスト、19年4月よりエクイティ調査部長を兼務。

15年から17年まで「日経ヴェリタス」紙の人気アナリストランキング企業アナリスト総合部門で3年連続1位を獲得したというこの世界では有名な人。我が国を代表するトップアナリストである。仕事の上でも医療周辺分野を担当しているということが重要な点だ。25年間に渡って、医療周辺分野を担当してきたということだが、そのことよりもっと大切な点は、著者がプライベートで入退院を繰り返しており、病院・医療とは切っても切れない関係にあるということだろう。ちなみに13回の入院、11回の手術を経験されたという。その上、今も長年難病を患っている家族がいらっしゃるということで、色々な視点から医療制度を見つめる日々が続いているとのことだ。

そんなご自身及びご家族が病院とは切っても切れない深い関係にある医療周辺分野を専門とする日本のトップアナリストが見つめる日本の医療と病院の課題と問題点。これは興味深い話しが聞けそうだと読む前から興味が尽きない。

扉のコメント。これも本書の本質を突いている。

一般人はもちろん病院で働くスタッフにも実に有用な本

実際に読んでみて、その期待は裏切られなかったばかりか、非常に参考になる指摘点や歴史的な背景などが実に分かりやすく丁寧に説明されており、一般人はもとより、僕のような医療業界に身を置く者にとっても一読に値する素晴らしい本だと実感。実際に日夜病院で働いているスタッフにも、是非とも手に取って読んでいただきたいと願うものだ。

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先ずは日本の医療制度の全体像を知ることが不可欠

この本の魅力は、日本の医療制度の全体像が非常に分かりやすく説明され、それが欧米の先進諸国と比べた場合にどのような特色があり、一方でその特色のある制度があるが故に、今日、日本の病院は様々な深刻な課題と問題点に直面し、それは患者として関わる一般人にも大きな影響を及ぼしていることに触れ、その問題の本質と根本はどこにあるのか、そして将来的にどうなっていくのかという予測まで含めて、コンパクトでありながらも、大切な点にはかなり踏み込んで説明してくれている点だ。本当に勉強になる本。

第2章の「医療制度の全体像を知る」
第3章の「日本の医療の特徴」
第4章の「一貫して機能分化が進んできた医療改革」

この3章、ページ数にして約120ページが特に重要だ。この部分が最高の読みどころと言っていいだろう。

特に第2章の「医療制度の全体像を知る」の部分(20ページ)は、実際に多くの国民が知っているようであまり知らず、これを読むことによって目から鱗の連続になることは間違いない。そしてこの全体像を理解してもらわない限り、現在の深刻な医療業界と病院を取り巻く深刻な事態の本質とその解決策は全く見えてこない。正に大前提の話しであり、言ってみれば「基本のき」であるだけに、その正しい理解は絶対に不可欠だ。この20ページは本当に貴重なものだ。

日本の医療と病院は深刻な局面を迎えている

そもそも深刻さを増している医療と病院、と僕は折に触れ繰り返し言っているわけだが、今日、病院と医療を取り巻く世界はどんな課題と問題点があり、このまま放置しておくとどうなってしまうのか、そちらを知ってもらうのが得策かもしれない。

「どんな問題が起きていて、このまま放置するとどうなってしまうのか?」と言う点だ。

この答えを説明する前に、やはり理解していただきたいポイントがある。それも渡辺さんが本書の中で、非常に分かりやすく核心を説明してくれている。例の僕が絶賛した20ページの中の一部から引用すると(番号は読者の便宜を図るために僕が振ったものだ)、こういうことになる。

『医療制度は、
①医療費がどのように調達され、使われているかという費用の観点
②病院・開業医の数ならびにそこで働いている人という供給面
③医療費はどのようにして計算されるかという診療報酬体系
  の3つに分けて理解するとわかりやすくなります』 

どんな問題が起きていて、放置するとどうなってしまうのか? 

いくつも深刻な問題があるのだが、誤解を恐れずに極めて簡単かつ端的に言うと、その核心はこういうことになる。

1.医療費が高騰して、いずれ日本の財政を破綻させてしまうこと。

2.その医療費の多くは診療報酬の形で病院に支払われているので、国としては多過ぎる病院とベッドの数を減らそうとしている。ズバリ言うと、国が病院を潰そうとしている、そうしないと国の財政が破綻してしまうからだということ。

病院で働く職員としては死活問題

僕のような病院で働いている職員にとっては本当に生存が危ぶまれる状況にある。自分の働いている病院が潰れてしまう。いや潰されてしまう。病院が潰れる、倒産するなんてありえないと思っているかもしれないが、今はそんな状況で医療費を抑制するために国(厚生労働省)が病院を潰すことに知恵を絞っている時代であり、実際に多くの病院が倒産や閉院を余儀なくされている。

そこで働く医師や薬剤師、看護師や様々な専門職は一体どうどうなるのか。多くの医療職がみんな国家資格を持っているので、たとえ病院が潰れても別の病院にいけばいいと言うかもしれない。医師や優秀な看護師は行くところがあるだろう。だが、いくら国家資格を持っていても、数が多過ぎて行きてのない職種も多いし、まして事務職の再就職は容易なことではない。

それだけではなく、そもそも病院が倒産や閉院になったら地域の住民が困る、少し専門的な言葉を使えば地域医療はどうなってしまうのか?ということも大いに問題になりそうだ。

ところが、実際に病院がなくなってもそれほど地域住民は困らないという実態もあるのである。正にそこが一番の問題なのである。

というのは、あまりにも似たような性格の特徴のない病院が、あっちこっちにたくさんあって、そのこと自体が最大の問題なのである。実際にはある病院がなくなっても少しも地域医療にダメージを与えないという実態が。

だからこそ、国は病院の数が多過ぎるとして潰しにかかっている、ということなのである。

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病院の機能分化が進めばいいのだが

病院の数が多いだけではなく、前述のとおり一番の問題は似たような機能を持った、同じような性格の病院が多過ぎるということ。この実態に問題の核心がある。

病院を機能別に分類すると、高度急性期・一般急性期・回復期・慢性期などに分けることができるのだが、現在は圧倒的に一般急性期病院が多過ぎるのである。病院に支給される診療報酬として、看護師の配置基準によって入院基本料というものが定められており、多くの急性期病院が、患者7人に対して看護師1名という「7体1看護基準」を採用している。

国がその「7対1看護基準」の診療報酬を非常に高く設定し、実際には看護師の確保が困難だから「7対1看護基準」を取り入れる病院は少ないだろうと踏んでいたところ、多くの病院では必死で看護師の確保を目指し、結果として非常に多くの病院が「7対1看護基準」を満たし、その診療報酬を得られるようになった。

医療費が非常に高くつく大きな要因はそこにある。したがって、医療費を抑制したい厚労省としては、7対1看護基準を取っている病院を少しでも少なくすること、病院そのものを減らしてもらうか、少なくとも7対1から10対1、更に13対1と看護基準を落として、急性期から回復期、あるいは慢性期などの亜急性期病棟への転換を誘導しようとしているのだ。

国が7対1看護基準を、各病院に諦めさせるためのやり方は、実に巧妙だ。狡猾といいたくなってしまうほど。7対1看護基準を満たすための条件を、2年ごとに見直される診療報酬改定の度毎に引き上げ、病院サイドのギブアップを狙っている。「重症度、医療・看護必要度」という基準を定め、本当に笑ってしまうたくなるほどに露骨にそのパーセンテージを上げて、病院に7対1看護基準を諦めさせようとしているのだが、病院の方も必死なので、何とか重症の患者を集め、その基準をキープすべく知恵の限りを絞って対応しているのが実態だ。

そのあたりの診療報酬の推移もこの本の中で、分かりやすく紹介されていて、一般の人もこれを読めば厚労省サイドと病院サイドの存亡をかけた必死の駆け引きに驚くこになるのではなかろうか。本当に笑ってしまいたくなるほどのイタチごっこを繰り返しているのである。

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病院を減らすための方策。診療報酬マイナス改定と地域医療構想

実は、7対1看護基準を少なくさせることで医療費を抑制するという方法は、あくまでも一つの手段である。現時点では最も有効な方法であることは間違いないのだが。国はもっと手っ取り早く病院を少なくするための方策をずっと続けて来ている。

一番手っ取り早いのが診療報酬のマイナス改定だ。同じ治療をした場合でも、病院への支払いそのものを安くしてしまう方法。これを積極的に推進したのがあの小泉純一郎首相だった。「聖域なき構造改革」の名の下で、病院経営に容赦なくメスを入れた総理大臣。

今は、「地域医療構想」というものを打ち出して、それぞれの地域毎に(医療界では「二次医療圏」という整理をしており、日本全国で335の二次医療圏が設定されている)、その二次医療圏内で病床機能を整理し、余剰病床の整理と機能分化を推進しようとしている。これも誤解を恐れずに思い切って端的に言うと、ある二次医療圏の中の必要ベッド数を整理し、多過ぎる場合にはベッド数を削減し、しかもその全体のベッド数を高度急性期・一般急性期・回復期・慢性期などに再配分するという計画だ。

この狙いとするところに異論を挟むことは中々勇気がいることで、確かにその必要性と狙いは理解はできるのだが、現実問題として、今まで一般急性期で運営してきた病院をいきなり別の機能で対応するべしと指示されても、病院の当事者としては中々簡単に受け入れられるものではない。

こうやって、病院は生き残りをかけた極めて厳しい状況に置かれている。元々日本の医療の大きな特色であったどこの病院でも自由に受診できるというフリーアクセスを否定する方向で整理をしないと解決できない部分もあり、日本の医療と病院の将来は楽観が許されない状況だ。

どうやって病院は生き残りをかけるのか

このように病院が淘汰されていく時代が現実のものとなってくると、僕のようにその病院をこの逆境下にあってどうやって生き残りを図るのか、ということを日々考えるスタッフも必要となってくる。国も意地悪で病院に辛く対応しているわけでないことも、冷静に考えれば良く分かる。本当にこれは大問題である。

病院で働いている職員だけでなく、多くの一般の人が、この問題を切実なものと捉えてほしい。ましてや命が、人の命が直接関わっている問題なのである。

どんなに今は健康な人であっても、人が死から絶対に逃れられない以上、どんな人でも必ず病院と医療に直面する時がやってくる。そういう意味ではこれほど全国民に直結する深刻な問題は他にはない。

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魂のこもった必読の一冊

著者の渡辺さんもそういう視点で本書を書いている。最後の方の章は、見事に展開してくれた医療と病院という医療体制の課題と問題点からかなりかけ離れたテーマを扱っていて、全体として少しまとまりを欠いた点は否めないが、これは著者の魂のこもったかけがえのない一冊として高く評価したい。

僕にとっては内容的には知っていることばかりとは言うものの、あらためて読んでみると非常に面白く、ワクワクドキドキしながら一気呵成に読み終えた。2日間、実質的には1日強で精読してしまった。それだけの価値のある魅力的な一冊。

医療スタッフも含めて、多くの方に是非とも読んでいただきたい。

 

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