馳星周の「少年と犬」をリクエストされた

ある友人から推薦とリクエストを受けて、馳星周の「少年と犬」を読んでみた。

その友人というのは、僕の合唱団で一時お世話になった声楽家で、日頃から僕のブログを読んでくれている方だ。

彼女にいつものようにブログ記事の更新案内をしたところ、逆に読書のリクエストをしてもいいですかと尋ねられ、是非ともその感想を聞かせてください!とのことだった。

そして、その感想をブログで取り上げることにしたという次第。

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最近は小説はあまり読まなくなったが

僕は馳星周の名前は良く知っていたが、今まで彼の本は一冊も読んだことはない。馳星周の一番有名な小説は多分「不夜城」で、これは映画化もされていて、小説そのものもシリーズ化され、いずれもベストセラーのようだ。

シネフィルの僕も、実は映画「不夜城」は観ていないので、馳星周とは全く縁もゆかりもない作家だったと言うしかない。

そもそも僕は、最近では小説はあまり読まなくなっている。僕の関心は小説よりも、もっぱらノンフィクションやドキュメンタリー、評論に向かっているのである。

本書は昨年、直木賞に輝いている。まだ記憶が新しいところで、ご存知の方も多いことだろう。でも、僕は読んでいなかった。芥川賞にも直木賞にもあまり関心がなくなって久しい。

だが、お世話になった音楽家からあれだけ強く薦められるとさすがに断ることができない。あの音楽家がそこまで強く薦めるのだから、思い切って読んでみよう。そう思った。

そして実際に読んでみる。

直ぐに読めた。本当に驚くほど簡単に直ぐに読めてしまう。308ページのハードカバーの本書。決して薄くはないのだが、5〜6時間程で読んでしまった。

で、その結果は。

 

主役の犬「多聞」の絵が本の表紙を飾る。シェパードと和犬との雑種という設定。とにかく賢い犬なのだ。
これが初版時のもの。帯で「人という愚かな種のために、神が遣わした贈り物」と表現された犬。これが本書の本質を一番的確に言い表しているのだろう。

終盤に涙が止まらなくなる極上の感動作

素晴らしいものだった。

非常に読みやすく、スッと読めるので、どんどんページをめくっていくことになるのだが、時に深い感動に襲われながらも、それほど強く心を奪われるというわけではない。

ところが、そのうちに一つの、いやいくつかの謎が芽生え始め、それがもうどうしようもなく気になってくる。

そして、最終章。全ての謎が解けて、そのバラバラのストーリーが大きな流れとなって思わぬ展開で繋がったとき、感動が次々と押し寄せてきて、もう涙が止まらない。涙腺が崩壊し、滂沱の涙で先が読めなくなってしまう。

それでも涙を拭きながら読み続けると、その先には更に想像を超えるエピソードが待ち構えていて、いよいよ頬を流れる涙が止まらなくなる。

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「少年と犬」の基本情報

作者:馳 星周(はせ せいしゅう)

発表年度:2020年

受賞:第163回直木賞

頁数:308ページ

全体はタイトルの付けられた6つの短編から構成されている。それぞれの短編は直接的には内容の連続性のない独立性の高いものだが、そのいずれにも同じ犬が登場するという構成になっている。

犬を取り巻く周囲の人間たちは次々と変わっていくのだが、犬だけは全体を通じて変わらないという構成。

それが最後には!? っということになる。

裏表紙。帯に6つの短編のエッセンスが紹介されている。甲乙つけがたいいい話しばかりだ。
それなりの厚みがあるが、直ぐに読めてしまう。

背景にあるのはあの東日本大震災

第一話は「男と犬」。東日本大震災からまだ半年しか経っていない仙台市内のとあるコンビニの駐車場で、男が一匹の犬を拾うところからスタートする。

その男は東日本大震災で被災し、まともな生業に就けずにチンピラの助っ人をしながら、糊口をしのいでいたが、母親が認知症となりその介護を一手に担っている姉を助ける目的で、迷いながらも非常にヤバイ仕事に手を出してしまう。とにかく姉と母親のために金が必要だったのだ。

そのヤバイ仕事も拾った犬の「多聞」がいることで、毎回順調に進んで行く。多聞を認知症の母親のところに連れて行くと、母親は驚く程、明るくすっかり元気になるのであった。

こうしてその拾った犬のおかげで、全てが順調に回り始め、犬はその男にとっても家族にとってもかけがえのない存在になるのだが・・・。

この第一話にすっかり引き込まれてしまう。そこには東日本大震災の暗い影が重くのしかかっている。

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犬は賢いが、人間たちは愚かで傷ついた者ばかり

ここに登場してくる人間たちはいずれも愚かで、心も身体も傷ついた者ばかり。そんな傷ついた悩める人間たちが、この賢い犬の登場によって癒しを得て、救われる展開ではあるのだが、そんなに甘い話しでは決してない。そんな単純な話しでは、さすがに僕は最後まで読み続けられなかったと思う。

賢い犬が悩める人間を救う、そんな話しでは決して終わらないことだけは強調しておきたい。

ネタバレになるので、これ以上、ストーリーに踏み込むことはやめよう。ここは実際に読んでもらうしかない。

文章そのものには特段の魅力を感じないが

取り立てて文章がうまいわけでもない。ハッキリ言って名文というには程遠い。
いかにも淡々としていて、素っ気ないくらいなのだが、分かりやすいことは嬉しい。

とにかくものすごく読みやすいので、直ぐに読める。6編の短編集。一編あたり丁寧に読んでも1時間はかからないから、全体も5〜6時間足らずで簡単に読めてしまう。

こんな感じで会話が多く、本当にあっという間に読めてしまう。この2頁なら1分もかかるまい。純文学ではこういうのはあり得ないが(笑)。

もっと感動を盛り上げようとすれば、それなりの違う書き方や、ハラハラドキドキさせることができると思うのだが、作者の馳星周にはその気は全くなさそうだ。

淡々としている。登場人物の内面を深く抉り出すようなことは全くないし、心理描写もほとんどないと言っていい。と言って、ハードボイルドに徹しているのかといえば、そんなことはなくて、登場人物の気持ちはその都度、それなりに説明される。かなり丁寧と言ってもいいくらい。

でも、やっぱり、純文学の心理描写とか内面表現とは随分異なることは、残念ながら事実だ。

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それなのに、どうして感動してしまうのか?

それでいながら、これだけの感動を受けてしまうのは、どうしてなんだろう?

ストーリーそのものが際だって奇想天外で、その想像を絶する展開で読者を夢中にさせる。そういうタイプの小説でもない。あっけないほど、淡々と進んでいく展開。それなのにどうしてこんなに感動させられてしまうのか?

本当に不思議なのである。

その要因の一つは、構成と流れだろうか?

登場人物が全て入れ変わってしまうバラバラの6本のストーリーが、最後には見事に結びついて一本になるあたり、これは唸らせる。

全ての登場人物が痩せ細った汚い犬を助けるのだが、実際に助けられるのはいつも人間の方、全ての登場人物がこの犬に助けられるのだ。

心身共にまともではない人間たち、傷つき、苦しんでいる人間たちの所に、その犬はやってくる。
そこで癒しを与えられるのだが・・・。

犬を助ける、犬から助けられる。どっちなんだ?

僕は愚かで傷ついた人間たちを癒す犬の存在のありがたさよりも、本当に人間は何とも愚かで、犬の癒しと救いがないとまともに生きていけない弱い存在、ということの方に心を惹かれてしまう。

そういう意味では、この賢い犬は確かに素晴らしいが、僕はこの小説に登場する愚かな人間たちの全てが、限りなく愛おしい。

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必読の感動作。是非とも読んで!

直木賞を受賞した名作。さすがにそれだけのことはある。どうか実際に読んでみてほしい。

犬が好きな方はもちろん、特別に犬が好きでなくても、今、傷ついていたり、悩んでいたり、心身共に少し疲れている貴方。
そういう人は騙されたと思って本書を読んでほしい。必ずや感動し、思わぬ力をもらうことができるはずだ。

 

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