【前編】からの続き
目 次
意外と理想的な演奏は少ない
美しい限りの稀有な名曲だけにCDは山のように出ている。僕の手元にも15~16種類ぐらいは揃っているが、全世界では40~50種類位のCDが出ているのではないか。もっと多いのかもしれない。
もちろん僕はそれらの全てを聴いたわけではないが、その膨大な量の録音の中で、心から感服できる感動的は演奏というのは、意外な程少ないのである。
曲そのものが素晴らしいので、どんな演奏で聴いてもそれなりに感動できるということは、良く言われ、そういうことは確かにあるのだが、このフォーレの「レクイエム」に関しては残念ながらあてはまらない感じがしている。
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素晴らしい演奏は数種類に限られる
感動できる条件がいくつかある。
先ずはとにかく合唱が美しいこと。正直言ってこの曲を歌うことは、合唱団の歌い手にとってそれほど難しいものではない。微妙な転調には細心の注意が必要だが、世の中にはもっともっと難しい合唱曲が山のようにある。
歌うに当たって、技術的には決して難解な曲ではないが、この曲に相応しいように清澄かつ敬虔に歌うことは極めて難しい。
とにかく美しい発声で、澄んだ声で歌ってもらわないと話しにならない。真摯な祈りに裏付けされた澄み切った声でないと聴いていられなくなる。力強い、芯のある強靭な声は絶対に避けてほしい。
静謐さと繊細さが命となる音楽で、透き通った純粋無垢な透明な声がどうしても必要となる。CDは山のようにあるが、これに叶う合唱を聴くことは中々できない。
合唱のクリアな透明感が不可欠となり、合唱が団子状に固まって、響きと雰囲気だけで誤魔化すような演奏も許容できない。多くの演奏がそんな感じなのである。合唱が固まってしまっているような演奏が非常に多い。
一番の課題は合唱団の声だが、ソプラノとバリトンの2人のソリストの声と歌い方が非常に重要で、多くのCDは、ここで失望させられてしまう。特に4曲目のPie Jesuのソプラノのソロだ。
この敬虔な祈りに満ちたこよなく優しいソロを、オペラのアリアのように歌われては、全てが台無しになってしまう。合唱はまあまあ水準をクリアしていると思われても、ソプラノとバリトンのソロを聴いて、ゲンナリさせられるCDが非常に多い。
概して著名な歌手は落第。どうしてこんな歌手を起用するのか、不思議でたまらない。指揮者の感性を疑いたくなるCDが実に多い。
もう一つ重要なポイントは、オーケストラと合唱とのバランスである。オーケストラがあまりに雄弁に鳴って、合唱が背後に隠れてしまうような演奏もかなりある。それでは祈りの音楽とはならず、台無しだ。
僕の手元にある14~15種類のCDも、多くの演奏に失望させられ、これは素晴らしい演奏だと感動できるものはわずか3~4種類しかない。
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クリュイタンスによる有名な演奏
フォーレのレクイエムの名盤として長きに渡って多くの聴衆を魅了してきた演奏は、クリュイタンスが1962年に録音したものだ。エリザベート・ブラッスール合唱団、パリ音楽院管弦楽団による演奏。
2人のソリストがすごい。あのフィッシャー・ディースカウとスペインの名花ロス・アンヘルス。この2人の歌唱は異次元の素晴らしさで、心の底から感動させられる。成人女性が歌うソプラノソロとしては、このロス・アンヘルスが最高だ。もちろん我がフィッシャー・ディースカウも最高の名唱を聴かせてくれる。
この演奏はやっぱり素晴らしいと感動させられる。その悠然とした落ち着いた雰囲気が素晴らしい。
少し難を感じるのは、合唱団、特にソプラノのビブラートだ。これはもう少し抑えてもらいたかった。テノールはかなりいいのだが、肝心のアニュス・デイ(Agnus Dei)はもう少し上手く歌えなかっただろうか。実に惜しい。
この演奏の凄い点は合唱団よりもパリ音楽院管弦楽団である。包み込むような優しい音色が聴く者の心の琴線に響いてくる。弦楽器の響きがどこまでも柔らかくて魅了される。オルガンも素晴らしい効果を発揮して申し分ない。
この稀代の名演が最近、リマスター盤として音質が大幅に改善して再発されている。音が格段に良くなってこれはどうしても聴いてもらわなければならない。
本当にかけがえのない名盤として高く評価したい。


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実は旧録音が最高に感動を呼ぶ
クリュイタンスには、この世界的に有名な録音とは別に旧録音がある。1954年の古いモノラル録音である。これが驚くべきことに、一人でも多くのフォーレファン、クラシック音楽ファンに聴いてほしい非常に感動的なものなのである。
名盤との誉れが高い1962年録音よりもこちらの古い録音の方が遥かに素晴らしいのである。最初にこの古い録音を聴いたときには、本当に衝撃を受けてしまった。
合唱団の声の出し方とか細かなアラが目立つ演奏ではあったが、そんなことはもうどうでもいいという圧倒的な祈りと感動の深さに愕然とさせられた。あまりにも新鮮な演奏で、この稀有の名曲の生まれる瞬間に立ち会っているかのような感動に襲われて、しばらく身動きが取れなくなってしまった。
クラシック音楽の古い録音を聴いて、どうしようもないなと思ってしまうのは、合唱の力量の違いに尽きる。オーケストラの演奏能力は昔も今もそう大差がないように思う。決定的なことは録音の音の善し悪し位で、トスカニーニのNBCとか驚くほど上手くて舌を巻いてしまう。
ところが合唱の質は昔と今とでは雲泥の差がある。大人数による音の塊のような古臭くて重い合唱からは完全に変わってしまった。コルボとガーディナー、そしてエリクソンという3人の傑出した合唱指揮者の登場の前後で、合唱のレベルが全く変わってしまったのである。
そういう意味では、1954年、第二次世界大戦終結からまだ10年も経っていないこの時期の合唱はとても聴けた代物ではないはずだ。そう思っていたのだが、このクリュイタンスの旧盤を聴く限り、そこまで酷くない。もちろんテナーが胸で押してくる胸声など時代を感じさせる信じられない発声もあるが、それもギリギリ許容範囲内に留まっている。
終曲「天国にて」(In Paradisum)のソプラノの合唱は驚くほど上手で、到底50年代の合唱とは思えない素晴らしさだ。概してソプラノは今日の耳で聴いても違和感はなく、クリュイタンスの新盤よりも上手だといっていい。
いずれにしても、そんな技術的なことはどうでもいいいと思えてしまう圧倒的な新鮮さと深い感動に満ちているのである。
これ以上、心の一番深い部分に有無を言わさず染み入ってくるような演奏を聴いたことはない。

古い録音の音質の悪さ、演奏技術の良し悪しなんてことを全く超越する、深い祈りと新鮮な感動に満ち溢れた演奏で、フォーレのレクイエムはこんな風に歌われなければならないんだと頭の上から楔を打ち込まれたかのような感動に襲われ、しばらく身動きができなかった。

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リベラメの最後のユニゾンが鳥肌もの
特に素晴らしいのが、6曲目の「リベラメ(Libera Me)」の最後のユニゾン。ここは全曲を通じて最高の聴かせどころであり、最も感動を呼ぶ部分なのだが、この旧録音でのユニゾンが異次元の素晴らしさ。
何度聴いても身体中に鳥肌が立ってしまう。思わず涙が込み上げ、頭がクラクラするほどの感動を受けてしまう。
他の演奏を聴いても、この部分には決まって感動させられるのだが、他の演奏ではここまでの感動は味わえない。どうしてこんな大昔の、70年以上も前の演奏にここまで感動させられるのだろうか?しかもこの部分、完全なユニゾンで、合唱団全員で単純なメロディを声を合せて歌うだけなのに・・・。

本当に不思議なものだ。色々と聴き比べても、この大昔の録音が圧倒的に感動的なのである。どうしてこういうことになるのだろうか?
音楽の持つ解明不可能な深遠さがここにあるのだろうか!?もちろんクリュイタンスの感動のツボを決して外さない曲作りの見事さがあるのだろうが。
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現在、入手は不可能
僕はクリュイタンスが指揮したこの旧録音盤への愛着を捨て切れないが、何といっても古い演奏であり、今日の耳で冷静に聴くと、やっぱり合唱のレベルに満足できない。
だが縷々書かせてもらったようにそんな欠点を差し引いても余りある新鮮さと感動の深さは異次元だ。だからこそこの古い録音を押すわけだが、残念なことにこのCDは現在入手不可能となっている。
中古CDショップ等で見つけたら迷わずに購入することをお勧めしたい。この曲に感動の深さを求めるなら、このクリュイタンスの旧盤が最高の演奏となる。

【後編:コルボ盤】に続く
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