目 次
今回取り上げたドビュッシー作品は、実は
僕が熱愛するドビュッシーの音楽をできるだけ紹介していきたい。前回ドビュッシーの作品として初めて取り上げたのは、初期の名作「弦楽四重奏曲」だった。それに対して、実はそれほど好きではないと本音を漏らしてしまったわけだが、今回紹介する作品は、正真正銘、僕が最も好きなドビュッシーの作品の一つだ。
多分、ドビュッシーの全作品の中でも最も熱愛している音楽だ。
それが、ドビュッシーの最後の作品、正に絶筆。遺言となった作品である。前回のドビュッシー、ラヴェル、フォーレの弦楽四重奏曲の中で言えば、フォーレが79歳の死の間際に作曲した弦楽四重奏曲の作品121に相当するものだ。
このドビュッシーの最後の作品が、未曽有の天才作曲家の至高の作品群なのである。
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ドビュッシーの「3つのソナタ」の概要
ドビュッシーが亡くなったのは、1918年3月25日。享年55歳だった。
この1918年は重要な年だ。ヨーロッパ中を巻き込んだ第一次世界大戦の真っ最中。戦争は4年間に渡って行われ、1918年の11月11日に終了した。
ドビュッシーが亡くなった1918年3月は、最終的な激戦が繰り広げられていた真っ最中ということになる。
第一次世界大戦がヨーロッパの文化人に与えた衝撃は凄まじく、ドビュッシーもその例外ではなかった。彼はドイツ音楽とは異なるフランスならではの独自の音楽の創造を強く求めていた作曲家だっただけに、ドイツとの大戦争には複雑な思いが去来しただろうと容易に想定がつく。
しかも同じ頃、ドビュッシーは大腸がんに罹患しており、この大腸がんがドビュッシーの命を奪うことになる。


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計画された「様々な楽器のための6つのソナタ」
ドビュッシーはそんな晩年に「様々な楽器のための6つのソナタ」の作曲に取り掛かる。その6つのソナタのうち3曲だけが実際に作曲され、他の3曲は楽器の指定まで行っていたが、遂に作曲されることはなかった。
無事に作曲された3曲が、いわゆる「3つのソナタ」に他ならない。
先ずは、「チェロとピアノのためのソナタ」、続いて「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」が作曲され、最後に「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」が作曲された。
この中でも特に異様な美しさを誇る至高の名作の「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」は1915年の9月から10月という非常に短い期間に完成された。
3作目の「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」は、がんの手術を受けるなど中断しながらも、1916年から1917年にかけて作曲され、完成の年の5月5日にドビュッシー自身のピアノによって初演された。これはドビュッシーが公の場に姿を現した最後の機会となり、初演の後、約10カ月後の3月に亡くなった。
こうして「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」が、ドビュッシー最後の作品となった。がんの闘病で苦しんでいたドビュッシーは、計画した残りの3つのソナタを作曲することはできなかった。
このことが残念でならない。
計画された残りの3曲のソナタのラインナップが凄い。完成させることができた3曲を含めて、その全体像を見てもらおう。
1.チェロとピアのためのソナタ
2.フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ
3.ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
(計画だけで終わってしまったもの)
4.オーボエ、ホルンとクラブサンのためのソナタ
5.トランペット、クラリネット、バスーンとピアノのためのソナタ
6.コントラバスと各種楽器のためのコンセール形式のソナタ
この全体像を見たら眩暈が起きて、頭がクラクラしてしまいそうだ。

何というラインナップだろう。「オーボエ、ホルンとクラブサン!?」まさにこの楽器の取り合わせそのものが、もう天才としか言いようがない。「トランペット、クラリネット、バスーンとピアノ」というのも凄すぎる。こういう楽器の組み合わせを思いつくだけでも天才だ。
この音楽を聴くことを永遠に奪われてしまった。音楽の神は、ドビュッシーに残り1年でもいいので命を伸ばし、この3曲だけは何としても作曲させてほしかった。
長い音楽史を通じて、僕が最も残念に思っていることがこれである。シューベルトの後1~2年と併せて、本当に残念でならない。
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プーランクの作品で少し果たされたか?
脱線はできるだけ避けたいが、ドビュッシーが計画した類い稀な組み合わせによる室内楽作品は、ドビュッシーの後進に当たるフランス人作曲家、「6人組」のプーランクによって、少しだけ果たされたように思う。
プーランクには、「フルートソナタ」「クラリネットソナタ」「オーボエソナタ」があり、更に「ピアノと木管楽器のための六重奏曲」という名作がある。この6楽器の内訳は、「ピアノ、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン」となっており、ドビュッシーが計画した4と5に近い編成だ。
だが、さすがにクラブサンという思いつきはなかった。
ドビュッシーがこれらの楽器の奇想天外な組み合わせで、どんな音楽を創ってくれたのか、きっと誰も聴いたことのないこの世のものとも思えないような妙なる調べとなったことは間違いなく、いよいよ残念でならない。それは永遠に果たされることのないドビュッシー愛好家の見果てぬ夢となっている。
チェロとピアノのためのソナタ ニ短調
全体で12分程の非常に短い作品だが、僕はこの曲を熱愛している。古今東西のあらゆるチェロソナタの中で、最も好きな曲だ。この曲も1915年の7月から8月にかけて極めて短期間で作曲されている。
プロローグ 約4分半
冒頭の約20秒間に釘付けとなる。ピアノによる導入部分が圧倒的な素晴らしさで言葉を失ってしまう。
非常に決然とした格調の高いピアノと、そのフレーズのピークがチェロの歌い出しを誘導する音の造形に、これ以上、音楽性を感じさせる曲はないと断言したくなる。

これがわずか4小節だけで表現されている。この4小節だけで、僕はドビュッシーの虜となった。
初めて聴いた時の衝撃と感動がその後も消えることがない。本当に奇蹟的な4小節と呼ぶべきだろう。
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セレナード 約3分半~4分
かなり刺激的なピチカート奏法が続く。これは前衛的な挑んでくるかのような挑発的な音楽だ。やがてセレナードと名付けられた所以のチェロの独奏が始まるが、それも従来のイメージのセレナードには程遠い。
どこがセレナードだというのだ!?
これを「セレナード」と名図けるドビュッシーに、時代に挑み続けたドビュッシーの真骨頂を聴く。ドイツの伝統音楽への挑戦状と呼んでもいいかもしれない。
終曲 約3分半~4分
この終曲の方がよっぽどセレナードっぽいが、これとて従来のセレナードのイメージには程遠い。
だが、この刺激的な前衛音楽が僕にはたまらず快感だ。本当に素晴らしい音楽だと思う。

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フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ
ドビュッシーが最晩年に計画した「様々な楽器のための6つのソナタ」を半分しか完成させられなかったことは音楽史の大きな損失だが、この「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」を残してくれたことにはどんなに感謝してもしきれない。
「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」と「チェロとピアノのためのソナタ」は、ドビュッシーが作曲してくれなくても、他に名曲が山のようにある。
だが、誰が「フルートとヴィオラ、ハープのために」作曲してくれるというのだ!?この曲が完成されたことは音楽界の奇蹟と呼んでしまいたい。
「ヴァイオリン」と「チェロ」の方は、確かにドビュッシーが作曲しなくても、他に名曲が山のようにあることは事実だが、ドビュッシーの作品は、他のどんな作曲家の作品とも異なったドビュッシーの個性が突出した真に天才的な作品で、僕にとっては最も好きな「ヴァイオリンソナタ」と「チェロソナタ」となっている。


稀有な美しさに満ちた至高の名曲
この曲は、僕が最も愛するドビュッシーである。
先ずは楽器の組み合わせが凄い。フルートとハープというのは、いかにもドビュッシーの好んだ楽器そのものであり、その持ち味を最大限に引き出している。
このドビュッシーの楽器2つに加えたのがヴィオラ。これが天才の発想というものだろう。この渋くて非常に落ち着いた楽器が、フルートとハープという美しさと軽み、心地良さだけで終わってしまう可能性が高いところ、曲全体を軽薄にならずにギュッと引き締めることに成功している。
フルートとハープという楽器とは最もかけ離れた渋くて目立たたない楽器を合わせたことで、非常にバランスの取れた安定感を獲得したと思う。
この発想はドビュッシーの天才をもって、初めてなしうるものだ。
何とも美しく、幽玄で神秘性と幻想性を湛えた稀有の名曲だ。全体で約17分、3つのソナタの中では一番長い曲であるが、そうは言ってもわずか20分足らずの小さな曲の中に、ドビュッシーの持てる最も美しい音楽を封じ込めた感がある。
至高の名曲と呼ぶに相応しい感動作だ。
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第1楽章 牧歌 約7分
フルートが神妙にあたりの様子を見ながら静かに奏で始める。フルートの歌が勢いを増してくると、そこにヴィオラが少しずつ絡み始め、ヴィオラがハープを促すと、ようやくハープの出番となる。
フルートの誘導にハープが応じてくる。このあたりの3つの楽器のやり取りが何とも奥ゆかしい。正に牧歌の雰囲気だ。
第2楽章 間奏曲 約6分
最大の聴き物はこの第2楽章だ。
中盤からが大変な聴きどころとなる。ハープがゆっくりと歩み出すように牧歌的に歌い始めると、突然、フルートが激しいグリッサンドで駆け上がり、歓喜を爆発させる。それが一旦落ち着いた後、終盤に本当の歓喜がやってくる。
雲の切れ目から、突然、光の洪水が零れてくるような圧倒的な美しさを誇るフレーズが出現する。暗闇の中から突然光の雨が降り注ぐようだといった方がいいかもしれない。
ハープによる息を飲むアルペジオが上から下へと絶妙に奏でられ、ヴィオラが対照的にゆったりとしたテンポで歌い始める。そのメロディがフルートに受け継がれて、縦横無尽に歌う。最後は3つの楽器の全てが激しいクレッシェンドを伴いながら歓喜の渦を作り出す。この間、わずか1分半程だろうが、この瞬間の美しさは尋常ではない。
第3楽章 終曲 約4分半~5分
3つの楽器がそれぞれの楽器の美しさを誇示するかのように実に良く歌う。
一旦落ち着きを取り戻した後で、3つの楽器が呼吸を合わせての最後の輝きを放つ。

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ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト短調
このドビュッシー最後の作品となった「ヴァイオリンとピアノためのソナタ」も大好きな作品で、僕は一時期、この曲を狂ったように繰り返し聴いていた。これもまた古今東西のあらゆる「ヴァイオリンソナタ」の中で、最も好きな作品となっている。
どこを取っても非の打ち所がない。それでいてどこからどこまでもドビュッシーそのもので、他のどんなヴァイオリンソナタとも異なる独自の魅力に満ち溢れている。
最後の最後にドビュッシーは、最もドビュッシーらしい音楽を作曲したと言ってもいいかもしれない。それが伝統的なソナタという形式の中で果たされたことの意味は大きい。
既存の音楽の在り方を壊し続けてきた孤高の天才の、最後に到達した至高の境地がここにある。

ドビュッシーの全てが凝縮された音楽
演奏時間は15分程だ。その短い音楽の中に盛り込まれた音楽の質の高さは特筆もので、これぞ天才の証と呼んでいいかもしれない。
聴くほどに味わいを増すとんでもない名曲だ。ドビュッシーの音楽の集大成といってもいいだろう。
この曲は55歳のドビュッシーの最後の作品だが、79歳で作曲したフォーレの最後の作品「弦楽四重奏曲」の枯淡、幽玄の境地とはまるで違って、エネルギーに溢れ、力強さにも事欠かない。
メロディが際立つ音楽ではもちろんない。短いパッセージの中に、様々なメッセージを盛り込んで、テンポも強弱も含めて緩急自在。わずか15分弱の作品ながら、30分、いや1時間以上もある大曲を聴かされたような満足感に満たされる。
それでいて、どこにも全く無駄のない恐ろしいまでに凝縮された音楽なのだ。
在来線で3時間以上かかるところを新幹線で一気に1時間で駆け抜けたような気分になる。
ドビュッシーの才能が全く衰えていなかったばかりか、最高傑作と呼んでもいい作品。これほどの力と創作意欲が残っていたら、計画したの残りの3曲のソナタも何とかならなかったのかと、ちょっと愚痴をこぼしたくなる。
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ドビュッシーは音楽の在り方をこう変えた
ドビュッシーは、生涯をかけて当時の音楽界を覆い尽くしていたドイツのヴァーグナーの音楽的呪文から解き放し、新しい現代音楽を主導した音楽界の革命家である。
当時一世を風靡していたヴァーグナーの楽劇は複雑を極め、音楽によって人間感情と心理状況を表現しようと追及していくうちに、ロマン派、特に後期ロマン派は次第に複雑化と巨大化の一途を辿り、音楽は誇張された感情表現に陥ってしまった。
ドビュッシーは、このようなドイツ的な複雑と巨大化、咆哮する音楽に嫌悪感を感じ、自らの耳だけを頼りに、全く新しい音と響きを考え出した。そっと耳元でささやいて、従来までの咆哮する音楽を一変させてしまったのだ。
ドビュッシーは、17世紀以降の長調、短調という調性による近代的な和声から離れ、教会施法と半音のない全音音階の施法を生み出し、全く新しい風を音楽界に吹き込んだ。これを「印象派の音楽」と呼んでいるが、その影響は極めて大きく、ドビュッシーは現代音楽の祖と讃えられている。
ドイツ音楽を向こうに回し、従来までの音楽を打ち壊してきたドビュッシーが、生涯の最後にいかにもドイツ的な「ソナタ」に戻ってきたというのは、自己否定なのか?最後にドイツ音楽に回帰しようとしたのであろうか?

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最後にドイツ的なソナタに立ち返った!?
ドビュッシーがこれらの6つのソナタの作曲を思い立った経緯を、何とあのストラヴィンスキー宛ての手紙(1915年10月)にしたためている。
ソナタ形式の持つ『三段論法的な聴覚の努力を強制しない、フランスの古来の形式を、極めて優雅に用いたもの』と述べている。
これは前年の1914年から始まった第一次世界大戦の勃発に非常に心を痛めていたドビュッシーが、フランスの音楽家としての誇りと愛国心、使命から敵国であるドイツの最も伝統的な音楽形式である「ソナタ形式」とは異なった新しい音楽の確立を宣言したものと捉えるべきだろう。
「ソナタ」というドイツの伝統的なスタイルを敢えて用いながら、中身はフランス独自のものを生み出そうとするある種の挑戦状と捉えるべきではないだろうか。
フランスの古来の形式というのは、ドビュッシーの約200年前にベルサイユ宮殿で活躍していたリュリやクープラン、ラモーなどのフランス古典音楽(バロック音楽)の巨匠たちを指す。
出版された「チェロとピアノのためのソナタ」の楽譜の表紙に、わざわざ「フランスの作曲家」と断りを入れたことからもドビュッシーの意思表示が強烈に伝わってくる。
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奇跡的な名曲の集合体
完成された3曲は、短いながらもドビュッシーの全作品を通じても屈指の名作揃いである。僕はこの3曲のソナタに本当に心を奪われている。
大腸がんとの闘病、第一次世界大戦でパリが戦場になるというこんな困難な時代にあって、良くぞこのような作品を残してくれたものだ。奇蹟的な名曲の集合体に感謝したい。
残りの3曲をどうしても残してほしかった
残りの3曲のソナタが計画だけで終わってしまったことは本当に残念だった。作曲さえしてくれれば、きっとドビュッシーの更なる名作の誕生となったであろうことは間違いない。
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往年のフランスの世界的名手達の演奏が傑出
名曲だけにこの3つのソナタを1枚のCDに収録し、プラスαで他のドビュッシーのフルートやハープの作品を収めたCDが多い。
最近、特にこの3つのソナタのCDが続々と出てきており、僕の手元にも現在、7種類の演奏が揃っている。曲が名曲だけに、素晴らしいものばかりだが、歴史的名盤であるフランスの往年の世界的名手たちによるものが圧倒的に素晴らしい。
ランパルもラスキーヌもフルートとハープの世界では右に出るものがいないとして一世を風靡した名手だが、ここでも素晴らしい演奏を聴かせてくれる。
更に特筆すべきはヴィオラのパスキエの雄弁さだ。本当にここでのパスキエは唯一無二も素晴らしさを誇っている。
更にユボーが最高のピアノを聴かせる。チェロのトルトゥリエも感動的だ。
必聴の名盤がこれ。1962年の録音だが、音にも全く問題がない。是非とも聴いてほしい。



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