つげ義春が亡くなった!88歳

つげ義春の作品を何度か取り上げてきた。僕はこの寡作で、終生漫画を描くことに苦闘し続けたつげ義春という漫画家が好きだった。

そのつげ義春が突然亡くなった。享年88歳。今年(2026年)の3月3日のことだった。雛祭りの日に昇天された。

その訃報に接して直ぐに追悼ブログを書こうと思ったが、チャンスを逸して今日に至ってしまった。

もう何十年間も新作は発表されてしなかったし、すっかり伝説のカリスマ漫画家の地位が確保されていたので、多くの方はもうかなり以前に亡くなっていると思われていたのではないだろうか?

あの伝説の漫画家がまだ存命だったことの方に驚かされるのかもしれない。

最近映画化もされ、再注目されたばかり

昨年公開された「旅と日々」という映画を知っているだろうか。このところ名作、傑作を連発している注目の三宅唱監督の新作で、スイス南部で開催されるロカルノ国際映画祭で金豹賞(グランプリ)獲得というニュースはかなり大々的に報じられたので、ご存知の方は多いと思う。

昨年公開された日本映画というと、どうしても吉沢亮の「国宝」になってしまうが、キネマ旬報ベストテンでは、こちらの「旅と日々」が「国宝」を上まわって第1位、ベストワンに輝いている。

その原作がつげ義春作品だったのだ。

このブログでも、僕が絶賛した「海辺の叙景」をベースに、「ほんやら洞のべんさん」を加えて映画化したものだった。あいにくまだこの映画を観ていないので、感想は書けないが、かなりいい映画のようである。

そんなつげ義春の名前が久々にクローズアップされ、再注目された矢先だっただけに、急逝は惜しまれる。

今回は、亡くなったつげ義春を偲びながら、漫画を描くことに悶々とし、苦渋し続けた「後年」の作品を紹介することにする。

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奇しくも東海林さだおも88歳で逝去

つげ義春が88歳で急に亡くなってショックを受けていたところに、追い打ちをかけるようにしてあの東海林さだおの訃報も飛び込んできた。今月(4月)6日のこと。つげ義春が亡くなってから2週間しか経っていない。

僕は東海林さだおも大好きで、4コマ漫画というよりも食エッセイの「丸かじり」シリーズの熱心な愛読者である。東海林さだおは、つげ義春とは全く違って、今でも単行本が毎年のように出るバリバリの現役だった。寂しくなる。

つげ義春と東海林さだお、誕生日1日違い

驚いたことは、東海林さだおも88歳だったことだ。これは一瞬、我が耳と目を疑った。

つげ義春と東海林さだおが同年生まれとは知らなかった。

共に1937年(昭和12年)生まれ。つげ義春は10月31日、そして東海林さだおは、えっ!?まさかの一日違い。10月30日の生まれだった。

そんなことってあるのか!?あのつげ義春と東海林さだおの誕生日が1日違い。そして亡くなったのもほぼ丸1カ月違い

全く知らなかった。驚いた。

1日違いで生まれた漫画界の大巨匠二人が追いかけるようにして他界。これは誠に悲しい春となったものだ。

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つげ義春の漫画を読むなら

つげ義春といえば、1960年代に「ガロ」に連載された、若き日の作品が圧倒的なインパクトを放っている。それらの名作・傑作群が小学館文庫の「ねじ式」「紅い花」の2冊に集約されている。

2冊共にこのブログにも取り上げているので、つげ義春に興味のある方は、是非ともこちらを読んでほしい。「ねじ式」「紅い花」の2冊で、どちらか1冊というわけにはいかないので(苦笑)、2冊をセットにして読んでいただくのが鉄則だ。

この2冊につげ義春の代表作がほとんど揃っている。そう考えればこんな安い買い物はない。

この2冊を除いてつげ義春の傑作と言ったら、これもまたブログでも紹介した「無能の人」である。これは僕が最も好きなつげ義春だ。

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新潮文庫「義男の青春・別離」の基本情報

今回は、つげ義春の最盛期を過ぎた晩年(と言っても年は若いのだが)の作品集を取り上げたい。「後年」と言うべきだろう。それが新潮文庫から出ている「義男の青春・別離」である。

1970年1月発表の「蟹」から1987年6月、9月に発表されたつげ義春の最後の作品「別離」までの全14作品が、発表順に収められている。

「蟹」の1970年はつげ義春32歳。「別離」の1987年は49歳の時である。

つげ義春は先月(2026年3月)88歳で亡くなった。本書の最後を飾る最終作の「別離」は49歳とすると、何とつげ義春は約40年間、短編漫画一つ描かずに人生を終えたことになる。

49歳から亡くなる88歳まで、漫画家が1冊も、いや一作品も描かずに人生を過ごしたのは凄い。

それでいて、この49歳までにぽつぽつと書き続けた短編は、ほとんどが漫画を描けなくて苦しむ貧乏漫画家の苦悩と極貧生活が執拗に描かれているのだから、変わっている。

ネットから引用。つげ義春の晩年の姿。インパクトが強い1枚。
ネットから引用。つげ義春の晩年の姿。インパクトが強い1枚。

 

つげ義春が一大ブームを巻き起こし、漫画を芸術に高めたと絶賛され、尊敬を一身に集め後の作品が、この新潮文庫に収められている。

この作品群と同じ頃に描かれた作品は、例の連作作品の「無能の人」しかないと言ってもいいくらい。「無能の人」とこの新潮文庫の「義男の青春・別離」の1冊を読めば、最盛期後のつげ義春の全体像はほぼ把握することができる。

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約400ページの厚い1冊

本文庫は解説を含めると優に約400ページを超えるかなり分厚い1冊である。つげ義春の後年の作品群のほとんどを納めているものだけに、当たり前と言えば当たり前だが、中々の重量感がある。

僕の手元にある文庫は、平成10年8月1日発行、令和3年10月5日15刷となっている。令和3年!まだ最近購入した本だ。もちろん現在でも生きていて、普通に入手できるのが嬉しい。

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本書に収録された作品の詳細

本書に収録されたつげ義春「後年」の作品群をほぼ網羅する14編を、具体的に列挙する。発表された年代順に収められているのがわかりやすくて、嬉しい。それぞれの作品の初出情報も書いておきたい。

なおこれらの情報は、本文庫の最終ページに掲載されているものである。

本書収録作品の基本情報とつげ義春の年齢

1.蟹・・・・・・・・「現代コミック」1970年1月 32歳
2.夢の散歩・・・・・「夜行1」1972年4月 34歳
3.夏の思いで・・・・「夜行3」1972年9月 34歳
4.下宿の頃・・・・・「ヤングコミック」1973年1月 35歳
5.事件・・・・・・・「夜行5」1974年4月 36歳
6.義男の青春・・・・「漫画サンデー」1974年11月 37歳
7.夜が掴む・・・・・「漫画サンデー」1976年9月 38歳
8.コマツ岬の生活・・「夜行7」1978年6月 40歳
9.外のふくらみ・・・「夜行8」1979年5月 41歳
10.必殺するめ固め・・「カスタムコミック」1979年7月 41歳
11.窓の手・・・・・・「カスタムコミック」1980年3月 42歳
12.やもり・・・・・・「COMIC ぼく」1986年9月 48歳
13.海へ・・・・・・・「COMIC ぼく」1987年3月 49歳
14.別離・・・・・・・「COMIC ぼく」1987年6月、9月 49歳

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この時期、かなり酷い作品も多い

これらのつげ義春「後年」の作品群を読んで、真っ先に感じることを正直に書くと、かなり酷い作品も多いということになってしまう。

僕はつげ義春の大ファンである。漫画を芸術にまで押し上げた天才、漫画表現に革命をもたらした孤高の天才などと、必要以上にもてはやすのはいかがなものかと思うが、その作品は素晴らしいものが多く、今読んでも感動させられ、衝撃を受けることも少なくない。

そんな熱心なつげ義春の愛好家の僕が、これらの、最盛期を過ぎた後のつげ義春の作品には、首を傾げたくなる作品が多いのが事実

これは何の忖度もない、僕の個人的な感想だ。

本当のつげ義春の愛好者ならば、これらの作品を読んで、満足もするのだろうが、僕はそこまでの熱心なつげ義春の信奉者ではないということだろうか・・・。

無駄にエロくて読むに堪えない漫画も

ここまで書いたので遠慮なく書かせてもらうが、発表順に、「夢の散歩」「夏の思いで」「夜が掴む」「コマツ岬の生活」「必殺するめ固め」の5作品は、ハッキリ言って読むにたえない

無駄にエロイ内容ばかりで、これはちょっといかがなものか?と作者の倫理観、道徳観を疑ってしまう。不謹慎にも程がある。

もちろん、僕はエロイ漫画も大好きだし、倫理観や道徳観に反する映画や小説、漫画も大歓迎。そもそも倫理観や道徳観なんてどうでもいい。

だが、このつげ義春のエロさと猥褻な願望にはちょっとついていけないものがある。

誤解があってはいけないで、正確に言っておく。こういう漫画があってもいい。そのことを否定するつもりは全くない。だが、これらをつげ義春の傑作と評価するわけにはいかない、それを言いたいだけだ。

つげ義春は後年、漫画が描けなくなって苦しみ続け、その苦悩そのものを漫画のテーマに設定し、その描けない苦しみと、描けないことで野放図な生活を送り、極貧に喘ぐ姿を描き続けた。あの有名な名作「無能の人」が正にその典型だ。

そんな中、数年に1、2本という極端な寡作で漫画を描き続けてきたわけだが、その成果が上記の作品だとしたら、本当につげ義春という人の創作の才能は枯渇してしまったのかもしれない。

つげ義春の後年の作品に興味がある方、是非これらを読んでいただき、率直な感想を聞かせてほしい。

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自伝的要素の強い作品はいい

一方、本書にはつげ義春の自伝的な要素が色濃く反映された作品が多い。それらはいずれも、漫画家の主人公がスランプに陥ってすっかり漫画が描けなくなって、極貧の中で喘ぐ姿が淡々と描かれていく。

今の時代にこんな極貧生活の描写が好まれるとは到底思えないが、「無能の人」と同系列の作品で、僕は非常に好感を持つ。

表題になっている「義男の青春」を筆頭に、「下宿の頃」「やもり」、そして「海へ」と続いて行く。

「義男の青春」

「義男の青春」の主人公義男は正に漫画を描けなくなった若者の自堕落な生活が描き出され、やり切れないエピソードも色々と出てくるが、好感を抱かせる1編だ。読むほどにじわじわと味わいを増してくる非常に得難い作品となっている。

この義男がつげ自身であることは間違いないだろう。

ちくま文庫のつげ義春コレクションの第2巻、巻末の高野慎三の解題によると、

「この作品を描くにあたって、著者は、宇野浩二の小説の技法がヒントにあったと告白する。『これまで読んだ小説と違って意外な味わいがあったんですね。のんびりしているんです。どうでもいいような事を細ごまと書いているんです。そのスローテンポの味わいというか、古風だけれどかえって新鮮に映って、そういう方法で描いてみたいと思った』

ということだ。こののんびりとしたスローテンポな味わいが、宇野浩二からの影響だったとは知らなかった。

「やもり」と「海へ」

「やもり」と「海へ」の2本は「COMIC ぼく」に半年の間隔をおいて立て続けに発表されたもので、ほとんど連作、続編と呼んでもいい作品となっている。

「海へ」が「やもり」の後日談と言ってもいいだろう。

これは作者のまだ幼少期の思い出であろうか。まだ漫画家は登場してこない。再婚した義父との関係が非常に険悪で、家にいずらい痛みを伴う少年時代

悲惨なエピソードが大いにも拘わらず、そこまで暗くならないのはつげ義春特有の諦念と、深刻に思い詰めない軽みと独特の諧謔に満ちたユーモア感覚のせいだろうか。

特に「海へ」は忘れ難いシーンの連続だ。主人公の家で雇われていた少女が、あまりの酷い待遇と雰囲気の悪さで辞めた後、主人公以下の極貧に喘ぐ惨めで哀れな少女の姿を目撃し、その少女に特別な感情を抱き始めるあたりの描写が、つげ義春ならではの味わい深さで、いつまでも心の奥に引っかかってくる。

「紅い花」の世界観とかなりダブってくる。

これはじっくり読むに値する名作だ。

ちくま文庫のつげ義春コレクションの第2巻、巻末の高野慎三の解題からの引用。

『「海へ」にふれて、著者は、「レインコートも作っている男が出るでしょ、この人は実話で、母親と妙な関係だったですね」「だから、家で争うが絶えなかったです。この男と義父が格闘したりして、部屋の中に血がパーッと飛び散ったりして悲惨でしたね」と回想している』

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圧巻の「別離」。最後の作品に圧倒される

本書の最後に収められた「別離」が圧巻だ。

これも自伝的な要素が強いが、どこまで実体験に基づいたものなのかはハッキリしない。

描けない漫画家の主人公が2年間同棲した女性と家を出ることになった。稼ぎがないから家賃が払えず、追い出された格好だ。

女の方は元カレの力で、ある会社の寮の賄い婦として寝食を得るが、男は駄目。相変わらず漫画は描けず、他の仕事に就くこともできない。やがて、女は別の男と肉体関係に陥ってしまう。男は衝撃を受け、受け入れられず自殺を図る。

終盤は睡眠薬の大量摂取による昏睡で病院に搬送された男が、死の淵から生還する様子が克明に描かれる。かなりリアルな描写が続き、少し気持ちが滅入って来る程だ。

やがて医療費も払えなくなって、病院から強制退院した主人公が見たものは・・・。

非常にいたたまれない作品

いたたまれない作品だ。ここにはつげ義春のいつもの軽みとユーモアが皆無で、トコトン落ち込む男の姿が、自己憐憫を伴いながらこれでもかと映し出される。

別の男に抱かれる女の姿が脳裏から離れず、悶え苦しむ姿も真に迫ってくる。そんな中でのブロバリン80錠の摂取。

その姿に思わず引き込まれ、感情移入してしまう。彼に救われる日は来るのだろうか?

これは大変な力作で、これだけ心をかき乱される作品は、つげ義春の全作品の中でも稀な存在だ。

絵も非常に印象的なものが多く、これはつげ義春の隠れた最高傑作と呼ぶべき作品かもしれない。

「別離」の中の1シーン①
「別離」の中の1シーン①
「別離」の中の1シーン②。つげ義春は黒がとにかく雄弁な漫画家だった。
「別離」の中の1シーン②。つげ義春は黒がとにかく雄弁だった。
「別離」の中の1シーン③。ここでも黒が際立つ。
「別離」の中の1シーン③。ここでも黒が際立つ。

 

49歳で書き上げたこの悲惨な自殺未遂の話しが、つげ義春の最後の作品となった。絶筆。これを描いてしまったら、もう他には描くことができなかったというのは、少し分かるような気がする。

もっともその後、つげ義春は40年間も生き続けたのだが。

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つげ義春自身による本作への言葉

前述同様にちくま文庫のつげ義春コレクションの第2巻、巻末の高野慎三の解題から引用させてもらう。

「ロマンの香りとか、そういうのを全部はぎ取ってしまいたいという気はあるんですよ。最近、この歳になってきて、赤裸々な姿を描きたいみたいな気も多少あるわけです。小説だと、徳田秋声なんかにそれを感じるんですね。夢も希望もない。汚いことでもなんでも、ずけずけ書いてしまうでしょう」

「別離」以降、つげ義春は新作を全く発表しないまま約40年が経過し、先日、2026年3月3日に亡くなった

自殺未遂を描いた悲惨な漫画「別離」がつげ義春の最後の作品となった。まさに「レクイエム」と呼ぶべき問題作だ。

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つげ義春を追悼するには最適の1冊

この1冊、玉石混交の感はある。だが、これが実際につげ義春が「後年」、絞り出すようにして描き上げた最後の作品群だ。

「愚作」を含めて、この1冊を心を空っぽにして読んで、故人を偲んでもらうのが一番いい。

最後の作品となった「別離」はかなり重い作品だが、これぞつげ義春の絶筆、遺作である。その後の40年間の沈黙も含め、思いを馳せてほしい。

もし、まだ読んだことがないのなら、小学館文庫の「ねじ式」「紅い花」は必読

もちろん「無能の人」も読んでもらいたい。僕もこの「無能の人」については前編中編後編の3部作で詳細に紹介している。こちらは新潮文庫とちくま文庫。お好みの方で。

稀代の漫画家つげ義春が、とうとう逝ってしまった。合掌。

 

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