「戦争は女の顔をしていない」が日本人の手によって漫画化 

紹介したアレクシエーヴィチの「戦争は女の顔をしていない」がコミックになっている。漫画化されたのだ。それも何と日本人の手によって。

漫画といえば日本が世界に冠たる文化を誇っているので、日本人ということは十分にあり得るのだが、それにしても日本人の手によってこの独ソ戦を舞台にしたドキュメンタリーが漫画になるとは驚きだ。

独ソ戦に従軍した女性兵士たちの生の証言集である「戦争は女の顔をしていない」を、日本人がわざわざ漫画にしなくてもいいようなものだが、どういう経緯があったのか、実際にコミック化されて店頭に並んでいる。

それも連載の形で進んでいて、単行本も現時点で第3巻まで刊行されている。

ちなみに第3巻は、数日前(2022.3.26)に発売されたばかりの出来立てのほやほやである。

僕はもちろん3冊とも買い込んでいて、アレクシエーヴィチの原作を読み終わると同時に読み始めた。

漫画はさすがにアッという間に読めてしまう。全く時間がかからない。

で、その内容だが、中々素晴らしいものである。

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原作と漫画との出会い、実は

今回、ロシアによるウクライナの侵略戦争が勃発して、僕は慌てて、元々購入済みのアレクシエーヴィチの「戦争は女の顔をしていない」を急遽読み始めたわけだ。

何故、このアレクシエーヴィチの厚い原作を買っていたかというと、僕が元々独ソ戦に強い興味を持っていたからだということはもちろんだが、ノーベル文学賞をアレクシエーヴィチが獲得していたことは知っていて、前々から気になっていたことが大きい。

だが、直接のきっかけは、むしろこの小梅けいとのコミックの方だったのだ。

僕の前の職場(病院)は日本一の病院の過密地帯である御茶ノ水にあったのだが、この御茶ノ水と神保町界隈は、書店の密集地域でもある。あの日本一の古書店街もここにある。

前の勤務先病院の目と鼻の先には丸善があって、僕は昼休み、ほぼ毎日この丸善に顔を出して、何かおもしろそうな本はないかと物色するのを日課としていた。

そんな中、目に止まったのが、「これは出たばかりの注目の作品ですよ!」と言わんばかりにかなりうず高く積まれていたコミック版の「戦争は女の顔をしていない」だったというわけである。

何でこんな独ソ戦をテーマにした漫画が出たんだろうと。

すると、それがノーベル文学賞に輝いたアレクシエーヴィチの作品を原作としていることが判明した。

これが記念すべき第一巻。この帯に書かれた富野さんのコメントが、全くそのとおり。正にこれに尽きる。

迷わずコミックと原作のアレクシエーヴィチの文庫本を一緒に買い込んできて、積んでおいたという次第。

このアレクシエーヴィチの「戦争は女の顔をしていない」の原原作の文庫本に巻かれていた帯のコミック版の紹介で、最初から併せて購入した。

だから、僕の場合は恥ずかしくも、コミック版に先に惹かれ、でも原作も読まなきゃとなったというのが真相だ。

それくらいこの漫画にインパクトを受けたのである。

漫画の作者を女性と間違える

作者は「小梅けいと」という名前の漫画家だ。僕はあいにく全く知らなかった。

そして実は、勝手に小梅けいとは女の漫画家だと信じていた。
その先入観がどこから来たのか?思い込みというのは恐ろしい。

小梅けいとという名前から勝手に女性を連想していたとしか言いようがない。

その連想はドンドン膨らんで、元々の原作が独ソ戦における女性兵士の証言集であり、書いた作家は女性のジャーナリスト。

それを漫画にしたのは、やっぱり女性で、この漫画は「女性の女性による女性のための漫画」だと信じ込んでしまった。

人類史上でも稀有の「従軍女性」に対して新進気鋭の女性ジャーナリストが徹底的なインタビューを敢行した上でまとめ上げ、それを読んで感動した日本人の女性漫画家がコミカライズしたと。

ところがそうではなかった!

小梅けいとは、男の漫画家だった。これにはビックリした。

というのは、僕が漫画家を女性だと思い込んだのは、名前がいかにも女性の名前だったことと、この作品が女性づくしなので、コミカライズも女性と思い込んだわけだが、それだけではなく、書かれている絵、漫画の絵そのものがいかにも少女漫画っぽく見えたのである。

優しい線使いで、これは女性が描いた漫画だなと、そう思わせる絵柄なのである。

女性っぽいというよりも、男っぽくないと言った方がより適切だろうか。

この漫画で描かれる舞台は双方の死者が4,000万人も出た人類史上、最も残虐にして過酷な戦争だった独ソ戦。当然ながら戦闘シーンが続出し、派手なアクションシーンが縦横無尽に描き尽くされるはずなのだが、その戦闘シーンもそれほど激しくは描かれていない。非常に女性ならではの視線を感じるのである。

それでマンマと勘違い。この漫画は男性によって描かれたものだったのだ。

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漫画家・小梅けいとについて

漫画家・小梅けいとは男性で、京都大学を卒業した漫画家である。

僕が熱愛してやまないあの手塚治虫は、誰でも知っているように大阪大学の医学部を卒業した医師だったわけだが、京都大学卒というのも大変な高学歴である。最終学歴は京都大学の大学院工学研究科中退。

1993年に京都大学入学し、在学中は漫画研究部に在籍していたという。

2000年に「猫遊戯」でデビュー。代表作は「狼と香辛料』」16巻)。

「戦争は女の顔をしていない」の連載は、2019年から『ComicWalker』においてスタートし、現在までに単行本が3冊刊行されている。

今後は本作が小梅けいとの一番の代表作になるのは間違いないだろう。

原作を忠実に再現しているのが嬉しい

アレクシエーヴィチの「戦争は女の顔をしていない」の内容をここで繰り返すつもりはない。数日前に前編後編の二部作で、2つの記事を合わせて1万3千字以上も縷々書かせてもらった。

今回は日本人が実現してくれたこの衝撃のドキュメンタリーのコミック版に絞り込んで書かせてもらう。

小梅けいとのコミック版の最大の特徴は、アレクシエーヴィチの原作にどこまでも忠実であることだ。といっても、原作をその冒頭から忠実に再現しているというわけではない。紹介されたエピソードなどの順番は完全にデフォルメされ、自由自在に組み立て直されている。

例えば、原作では冒頭に数十ページを使って、アレクシエーヴィチがこのドキュメンタリーを取り上げるに当たっての経緯や様々な苦労話などが回想的に書かれているのだが、漫画の方では第1巻はいきなり生々しい戦争のエピソードから入る。

原作冒頭のアレクシエーヴィチの回想などは、実は第2巻の頭に置かれている。これがいかにも斬新で画期的な構成だと感心させられた。

この2巻が一番のお薦めである。アレクシエーヴィチの原作では冒頭に載っている作者の本書を発表した際のエピソードはこちらに掲載されている。

そのような構成上の組立て変更などを除けば、この漫画は原作に極めて忠実に再現される。 

漫画のト書きというか、出てくる会話は原作とほとんど同じ言葉が使われているし、それぞれのエピソードのシチュエーションなども原作どおり。それが非常に嬉しい。こういう貴重な証言集を、漫画家が勝手に手を加えることはあってはならないことで、その姿勢が貫かれている。

その点、本当に好感が持てる。実に誠実な仕事である。

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柔和な優しい絵と控えめながらも誠実な表現

ここに描かれている漫画は、柔和な優しい絵である。僕が一見して少女漫画かなと思ったほど。

丸みのある柔らかい絵。戦争を描き、激しい戦闘シーンも随所に出てくるのに、ケバケバしさやドギツさはほとんどない。

一時、日本で大ブームを巻き起こした劇画的な要素もほとんどない。陰影に満ちた印象的な深い絵は豊富なのだが、劇画とは異なる。どこまでも優しい絵柄が印象に残る。

これが第3巻目。第50回日本漫画家協会賞を受賞したとの帯。快挙である。

とはいうものの、やっぱりここで描かれるのは4,000万人という未曾有の死者数を出した人類史上の最悪の過酷な戦争。

常に死が隣り合わせにある究極のサバイバルが繰り広げられる。それを漫画で描くと、ともすればやたらと戦闘シーンばかりに力が入ったアクション重視の漫画になってしまいそうだが、ここではそんなことにはならない。

それでいて、戦争の悲惨さと残酷さ、戦場で戦うことの苦しさや怒り、悲しみ、どうしようもない絶望感はひしひしと伝わってくる。

原作を読まなくても、このコミックだけで少女たちの苦しみと悲しみが心に突き刺さってくる。

そこが素晴らしい。

原作と同様に、衝撃と感動に胸が詰まり、涙が込み上げて止まらなくなる。

素晴らしい出来栄えに感嘆させられる

アレクシエーヴィチの原作をちゃんと読んだ者としては、このコミックは本当によく描けている、かなり素晴らしい出来栄えだと賞賛したい。

日本人、しかも多分40代前半の小梅けいとはもちろん戦争を知らない世代だし、独ソ戦のことは遠い異国の昔の話し。ソ連にいたことも無さそうで、今のロシアを知っている形跡もない。

監修として速水螺旋人(はやみらせんじん)というソ連とロシアに詳しい漫画家のクレジットがあるが、ロシア通の速水のアドバイスなどがあっても、想像であの独ソ戦を漫画として、つまり絵として描けるというのは、大変な能力だと感心してしまう。

漫画は、ストーリーと会話、あるいは主人公の顔や姿を描くだけなら描けなくもないが、背景が難しい。これが難題だ。

あの1941年〜45年のソ連の風景と人々の暮らしぶり、独ソ戦の光景を思い浮かべて絵にすることは本当に困難だったと思う。

僕は自分がアレクシエーヴィチの原作を読んで、それぞれの証言に基づくエピソードに憤慨したり、涙を流したりしても、そのシーンを自分の中で具体的に思い浮かべることは中々できない。相当な想像力と当時のソ連における生活実態などに通暁していないと簡単にできることではない。

僕のようなシネフィル(映画マニア)は、過去の様々な戦争映画やソ連を描いた映画などを思い浮かべるわけだが、そう簡単に絵には描けない。

それを小梅けいとは見事にやってのけた。漫画を読んでいて、全く違和感はない。うまく描けていると感嘆してしまう。

直ぐに読めてしまうのだが、ゆっくりと繰り返し読むことをお勧めしたい。不思議な程に、読むほどに感動が深まってくる。味わいが濃く、深く、心の中にしっかりと響いてくる。

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原作は読みにくいという方は、このコミックで先ずは読んで

全3巻でもまだ完結はしていない。後、1〜2巻は刊行されるだろう。その意味ではこの3冊を読んでもアレクシエーヴィチの原作の全体像を掴めるわけではないが、強烈に印象に残る長めのエピソードはほとんど全て載っている。

紹介したコミック3巻を立てて正面から撮影した写真
3冊のコミックを立てて正面から撮影するとこんな感じである。中々壮観だ。
紹介したコミック3巻を立てて側面から撮影した写真
3巻のコミックを立てて側面から撮影するとこんな感じである。重みを感じさせる。

僕としては、何としてもアレクシエーヴィチの原作そのものを読んでいただきたいと切望しているが、あれを完読することはハードルが高く、時間も非常にかかる。

手っ取り早く、アレクシエーヴィチの世界と独ソ戦、その過酷な戦場の前線で戦った少女たちの苦しみと悲しみ、嘆きを知るに、このコミックが果たす役割は非常に大きなものがあるだろう。

先ずはこの日本人が描きあげたコミック版の「戦争は女の顔をしていない」を読んでもらったらどうだろうか。

自信を持ってお薦めしたい。

この漫画を読んで感動した人は、どうかアレクシエーヴィチの原作にも挑戦してほしい。そう願ってやまない。

しつこいようだが、今のロシアのウクライナ侵略戦争の悲惨さを知るためにも不可欠だと信じている。

 

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各巻1,100円(税込)。送料無料。 電子書籍もあります。こちらも各巻1,100円(税込)。

但し、第2巻は紙の単行本は品切れ中。電子書籍でしか入手できません。残念です!⇒その後、入荷されました!(2022.5.1確認済)
現在は、全巻共に紙の単行本の入手が可能です。


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