本来の手塚治虫らしい心温まる良心作

手塚治虫の紹介シリーズ「手塚治虫を語り尽くす」では、大人や青年を対象としたいわゆる黒手塚=手塚ノワール作品が中心となっており、このところも「ボンバ!」「アラバスター」そして前回の「ガラスの城の記録」と全く救いようのない暗く、残酷な暴力に満ち溢れた作品を集中的に取り上げてきた。これぞ黒手塚という正しく人間の本質に絶望してしまうやり切れないストーリーばかり。

手塚治虫を紹介するに当たって、僕はそのような一般的にはあまり知られておらず、注目もされていない黒手塚作品を意識的に取り上げてきたのだが、これだけ黒手塚作品ばかりが続くと、さすがに気分が滅入ってくる手塚治虫のイメージも狂ってしまいかねない。

僕のブログのある熱心な読者からも「現実に悲しいことがたくさん起きているので、もうこれ以上『時計じかけのオレンジ』(これはキューブリックの映画だが、僕は『ガラスの城の記録』との類似性を強調していた)のようなものは観たくない、読みたくない・・・というのが本音です」との感想が寄せられた。

なるほど、そうか。さもありなん。

それは良く理解できるというわけで、黒手塚を離れて、いかにもヒューマニスト手塚治虫らしい心温まる作品を紹介することにした。

このままでは手塚治虫はひたすら人間の負の部分だけを見つめたネクラな人格破綻者と思われかねないと、急いで一服の格好の清涼剤を用意することにした次第。

そのような手塚治虫の名作は山のようにあるのだが、僕の基本的な方針としては「誰でも良く知っている有名な作品は取り上げたくない」と考えており、あくまでも隠れた作品に拘り続けたい。

というわけで今回は非常に短い極上の良心作でありながら、それほど知られていない作品を取り上けることにした。

「タイガーブックス」と名付けられた一連の短編作品集の中の一編「るんは風の中」である。

紹介した「るんは風の中」が収録されている手塚治虫漫画全集の表紙の写真
現在は入手不可能の手塚治虫漫画全集の表紙の写真。「るんは風の中」は右側の4巻に収録されているが、現在の文庫全集では集約されて左側の3巻の表紙絵の第2巻に収録されている。
「るんは風の中」のタイトルロゴ
タイトルロゴである。

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「るんは風の中」の基本情報

短編作品集「タイガーブックス」は講談社の手塚治虫漫画全集では全7巻のシリーズ。それが現在の「手塚治虫文庫全集」(講談社)では全4巻に集約されているが、元々「タイガーブックス」というのはオリジナルの作品集ではなく、「ライオンブックス」という素晴らしい手塚治虫のオリジナルの短編集にあやかって命名された、手塚治虫が様々な雑誌に単品として発表した短編作品の寄せ集めシリーズであった。

名作、傑作がひしめているが、シリーズとして一貫性があるわけではない。

その中の一編「るんは風の中」は「タイガーブックス」シリーズの、元々の全集では第4巻、現在出版されている文庫全集では第2巻に収録されている。

漫画全集「タイガーブックス」第4巻の目次。表紙の恐ろしいクモの絵は、この「新・聊斎志異」を描いている。

 

「るんは風の中」は1979年4月に月刊少年ジャンプに発表された短編漫画。1979年という年代に注目だ。時に手塚治虫51歳。最後のピークどころか、あの「ブラック・ジャック」の連載はほとんど終了、つまり既に200編以上の「ブラック・ジャック」が発表されており、手塚治虫は「行くとして可ならざるはなし」の絶頂期を迎えていた。あの究極の名作「アドルフに告ぐ」の連載が始まるのは4年後のことである。

そんな脂の乗り切った手塚治虫が少年誌に読み切りで掲載した本作は、心技体と3拍子揃った手塚治虫が余裕を持って書き上げた珠玉の名品。素晴らしく感動的な作品となった。

扉を含めてわずか35ページ。10分か15分もあれば読めてしまう短い作品である。

「ブラック・ジャック」でも既に紹介済みの「空気の底」でも、基本的には1話あたり20ページ、これも既に紹介した「ザ・クレーター」では、基本的に29〜30ページなので、それよりは少し長い、手塚の短編としては少し長い部類に入る。

 

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どんなストーリーなのか

父子家庭に育つ高校生のアキラは学校でもいじめられ、鬱々とした高校生活を送っていたが、たまたま路上で見かけたポスターの少女に心を奪われ、恋に落ちる。そのポスターを剥がして自宅に持ち帰り、日々ポスターの少女と語り合う日々が続き、すっかり明るくなって、元気を取り戻す。

だが、ポスターを巡って父親から厳しく叱責を受けたアキラは、学校でも追い込まれ、生きる気力を失ってしまう。その土壇場で、ポスターの少女が・・・。

アキラはポスター写真のモデルになった女の子を探し出そうとするのだが、果たして見つけ出せるのだろうか。

「るんは風の中」の1シーン
これがポスターの美少女「るん」。出会いのシーンだ。

孤独な高校生の異形の恋の顛末は

これは中々素晴らしい。嫌なことばかりあるこの世界の鬱陶しさを吹き飛ばしてくれる格好の清涼剤となりそうだ。

暗い孤独な高校生を明るく変えて、夢と希望を与えてくれたポスターの少女との異形の恋が何とも素敵で、心を温めてくれる。

この漫画の中には、アキラの学校の先生や同級生など、多少嫌な人物が出てくるが、必要以上に強調されるわけでもない。どんな年代、どんな組織にあっても主人公に試練を与える人間は必ずいるはずで、そうでなければ人間の成長もない。

そういう意味では、この作品の中には嫌な人物や悪い人間は一人も登場しない手塚治虫作品としては非常に珍しいものだが、善意に満ちた温かい人物たちに囲まれて、苦悩しつつも少しずつ成長を遂げていくアキラの姿に思わず声援を送りたくなる。

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自らの青春時代を重ねるも良し

巨匠手塚治虫がブラック・ジャックを大成功させた後で、余裕を持って描いた短編の名品だ。

僕は初めて読んだ時から非常に気に入って、大切にしてきた大好きな作品。何度読んでも感動してしまう。

ここに描かれるのは悩み多き高校時代であり、孤独な青年が恋に落ちる姿は何とも初々しく、爽やかだ。

読む方の自らの青春時代を重ねるのも良し、ゆっくりと丁寧に読んでほしい。

特に僕の紹介により、暗くて救い難い、残酷な黒手塚作品ばかりを読まれた方、あるいはまだ実際には読んでいないまでも、僕の紹介記事によって手塚治虫のダークな世界ばかりを知らされることになって少し辟易している方も、どうかこの爽やかな青春ストーリーを読んでいただき、手塚治虫の本来のヒューマニストの真骨頂を満喫してほしい

実は、この短編は知る人ぞ知る、有名な人気作で、アニメにもなっている。今はYouTubeでも簡単に観ることができるので、興味を持たれた方はご覧になってほしい。

ちなみに、一緒に収録されている「タイガーブックス」の短編は、いずれも心温まる傑作・名作が多く、他の作品を読まれても手塚治虫ならではの感動を味わうことができる。短編の名手であった手塚治虫のヒューマンな世界をトコトン味わってほしい。

 

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