「白鳥の歌」は僕が偏愛する特別な作品 

遂にシューベルトの歌曲集「白鳥の歌」を紹介するときが来た。

「白鳥の歌」は僕にとって特別な作品。およそ古今東西のありとあらゆる音楽作品の中で、僕にとって特別の意味を持つ、異常なまでに偏愛している作品だ。

シューベルトよりも好きな作曲家はバッハ、モンテヴェルディ、ドビュッシーを筆頭に他にも大勢いるし、個別の作品としても好きでたまらない曲が、この3人が作曲した数多くの作品やそれ以外の作曲家の作品でも口をついて次々に出て来る。

例えば、「ロ短調ミサ曲」、「平均律クラヴィーア曲集」、「無伴奏チェロ組曲」、「聖母マリアの夕べの祈り」、「ポッペアの戴冠」。そして全てのドビュッシー作品。「詩人の恋」「こうもり」だってある。テレマンの「ターフェル・ムジーク」etc.

だが、それらのどの作品にも増して、シューベルトの「白鳥の歌」は特別な存在で、ちょっと異常な愛着を持っている。

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「打ちのめされるような凄い音楽」の筆頭格

この特別な思い入れを偏愛と表現したが、偏愛は「変愛」と呼ぶべきなのかもしれない。

好きな音楽と簡単に言えるものでもない。好きと言うにはあまりにも暗く、底知れない闇を抱えている。心の一番深いところにグサリと突き刺さってくるあまりにも辛過ぎる音楽だ。そんなものを愛するなんて変だと思うのだが、どうしてもそれを求めてしまう。

僕は60年かけて古今東西のクラシック音楽をほとんど聴いてきたつもりだが、その中で「打ちのめされるような凄い音楽」と表現するしかない強烈な音楽と出会ってきた。

「美しい音楽」とか「癒される音楽」とか、聴いていて幸福感に満たされる美しくて心が洗われ、聴く者を優しく癒したり、イキイキとした躍動感で、思わず心が晴れやかになるような、聴く人を幸せにしてくれる音楽ではなく、人間の心の内面に迫り、人間というどうしようもなく恐ろしい存在の本質を抉り出すような音楽。

聴いていて圧倒されて、打ちのめされるような暗く、激しく、感情を逆なでし、心の奥に突き刺さってくるような音楽である。

「癒しの音楽」の真逆の音楽。心を癒さるどころか救いも何もない、闇と暗黒の世界、いま流に言えばダークサイトを何の妥協もなく、音として表現する音楽。

あの手塚治虫作品の中の「黒手塚の世界」を音で表現したもの、と言えば分かりやすいだろうか。

そんな音楽が実はかなりたくさんある。実際の人間がこんなに問題を抱えてた存在なので、作曲家も美しく、優しく、爽やかなものを作曲していればいい、というわけにはいかない。

あのヒューマニズムに溢れた明るい未来を描き続けた手塚治虫が、あれだけの黒手塚(手塚ノワール)を描かなければならなかったように、作曲家も音で、人間の心の闇や残酷性、心のダークサイトを表現する必要があったというわけだ。

黒手塚作品を偏愛しているように、僕はこの手の音楽に強烈に魅力を感じてしまう。

「白鳥の歌」には打ちのめされる

そんな「打ちのめされるような凄い音楽」の筆頭に上げたいのが、今回紹介するシューベルトの「白鳥の歌」なのである。

「白鳥の歌」は、聴く人を打ちのめす凄い音楽で、ある意味でこれ以上怖くて、恐ろしい音楽は他にはない。

バッハ、モンテヴェルディ、ドビュッシーの名作群よりもある意味で心を鷲づかみにされてしまう作品と言っていい。

こんなに暗くて、打ちのめされるような凄い音楽を作曲したのが、何とあのシューベルトなのだった。

シューベルトは地獄を覗き見てきた男なのだ。その絶望と嘆き、悲嘆は他の作曲家の遠く及ぶところではない。

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シューベルト 歌曲集「白鳥の歌」の概要

シューベルトには言わずと知れた3大歌曲集というものがある。作曲された順に「美しき水車小屋の娘」「冬の旅」、そして「白鳥の歌」である。いずれも人気の高いものであり、特に「冬の旅」はシューベルトの最も有名な作品と言ってもいいだろう。

「美しき水車小屋の娘」も「冬の旅」も、シューベルト自身によって、歌曲集としてまとめられ出版もされたものだが、「白鳥の歌」はそうではない。

死後に出版商によってまとめられた遺作

シューベルトは1828年11月19日にわずか31歳で急逝した。

「白鳥の歌」は、実はシューベルトの死後、遺された楽譜を買い取った楽譜出版商のトビアス・ハスリンガーによってまとめられたものである。

「白鳥の歌」というタイトルも、シューベルト自身の意図でも命名でもなく、「白鳥は死ぬときに一回だけ美しい声で啼く」という言い伝えからハスリンガーが命名したもので、1829年5月に出版された。

シューベルトの死後、ちょうど半年後に世に出たわけだ。こんな経緯ではあったが、これが素晴らしい歌曲集となった。ハスリンガーには心から感謝したい。

3つの作品群から構成される

したがって、この「白鳥の歌」は「美しき水車小屋の娘」や「冬の旅」のような1つのストーリーを持った「連作歌曲集」ではない。

全体は14曲の歌から構成され、大きく3つのグループに分けられる。歌詞を書いた詩人によって分類されている。最初の7曲はルートヴィヒ・レルシュタープの詩、続く6曲がハインリヒ・ハイネの詩最後の1曲がガブリエル・ザイドルの詩に作曲されている。

各曲は2分強から長いものでも5~6分程度の短い曲が多く、全曲で演奏時間は50分程である。

この中で何と言っても有名な曲はレルシュタールの詩に付けられた第4曲目の「セレナーデ」である。このメロディを聴けば、誰だって良く知っているもので、シューベルトの全作品を通じても最も良く知られている歌かもしれない。

いかにもシューベルトらしい美しく、優しくも切ない曲である。

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ハイネ歌曲集に圧倒される

ハイネの詩に作曲した6曲が大変な曲ばかりで、圧倒される。6曲はいずれもハイネの有名な詩集「歌の本」から選ばれている。

僕が冒頭で言っている「打ちのめされるような凄い音楽」というのは、この6曲のハイネの詩に作曲された曲のことだ。

 

ハイネとシューベルトの肖像画を並列的に並べた写真
ハイネとシューベルトのそれぞれ有名な肖像画を並べてみた。ハイネの詩との出会いが、シューベルトの音楽を飛躍的に成長させたとも言える。

 

最初のレルシュタープの7曲とは、曲調もガラリと変わり、典型的ないかにもシューベルト的な歌は姿を消して、いよいよ始まりますよ。この凄絶なまでの深淵の世界にようこそ!と新しい幕が切って落とされるような、今までと世界が一変し、新しい宇宙が始まる。

 

「白鳥の歌」のハイネ歌曲集

8.★★「アトラス」 約2分
9.★★★★★「彼女の絵姿」 約3分
10.★★★「漁師の娘」 約2分
11.★★★★★「都会」 約3分
12.★★★★★「海辺にて」 約4分半
13.★★★★★「影法師(ドッペルゲンガー)」約5分

この6曲の中でも、★を5つ付けた4曲が凄い歌なのである。ハイネの詩が凄すぎるということもあるのだが、このハイネの詩に本の2~5分というごく限られた時間で、これだけの音宇宙を描けたシューベルトという作曲家はもう空前の天才と呼ぶしかないものである。

ここで詩人ハイネのことを簡単に紹介しておく。

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ハイネのこと

ドイツロマン派を代表するハインリヒ・ハイネの名前は多くの人が知っているだろうが、実はその詩人としての功績や後世に与えた影響などについては、日本人にはあまり知られていないのではなかろうか。

僕も実はハイネのこと、その生涯についてはあまり詳しくない。あれだけ素敵な抒情詩を書いた詩人は、実は革命家でもあり、革命詩人と呼ぶべき存在であったことくらいは知っているつもりだが、詳細は知らない。

僕はもっぱらこのシューベルトの「白鳥の歌」の中の6編の詩と、僕がこれまた愛して止まないシューマンの歌曲集「詩人の恋」の歌詞と他にもシューマンが作曲した何曲かの、心が溶けてしまいそうになる素敵な歌曲の歌詞を書いた詩人として知っているだけだ。

でも、もうそれだけで十分。僕にとって、「白鳥の歌のハイネ歌曲集」と「詩人の恋」他シューマンが作ったいくつかの歌の詩だけで、もうこの人は世界最高の詩人だと信じて疑わない。本当に好きでたまらないのである。

僕のハイネ好きは、我が長女の名前に少し援用させてもらっている程だ。

ハイネの有名な肖像画
ハイネの有名な肖像画である。中々スッキリとしたイケメンだ。
ハイネの若き日の肖像画
ハイネの若き日の肖像画。イケメン丸出し。ショパンを彷彿とさせる。
ハイネの肖像画
ハイネの肖像画。顔がふっくらとしてる。

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詩人ハイネの基礎情報

1797~1856年。詩人、ジャーナリスト、評論家。

デュッセルドルフのユダヤ人の商人の子として生まれる。有名な銀行家で慈善家だった富裕な叔父ザロモン・ハイネの元で修業を積み、叔父の資金援助でボン大学に入学し、ベルリン大学を経てゲッチンゲン大学を卒業した。

この間、叔父の娘(ハイネの従姉妹)に恋をし、この時の失恋体験が後の詩作の原体験となった。ボン大学では決闘事件を起こすなど非常に多感な青春を過ごす。ユダヤ教からキリスト教(プロテスタント)に改宗した。

 

ハイネの肖像画。
若き日のハイネの肖像画。いかにもロマン派の感受性の高い詩人といった趣きだ。

 

イギリス、オランダ、イタリアなどに旅行し、旅行記を著す。ウィーン体制下の祖国の封建主義に反対する急進的自由主義を唱え、フランス七月革命に刺激されてパリに亡命。ここで数多くの有名な芸術家や思想家と交流を深めた。

その交流を深めた芸術家には作曲家も非常に多く、ベルリオーズ、ショパン、リスト、ロッシーニ、メンデルスゾーン、ワーグナーなど音楽史を彩る錚々たる顔ぶれだ。

更にカール・マルクスら社会主義者とも交流を深めた。

ハイネの肖像画。
これもハイネの肖像画。

 

50代になって麻痺にかかって(多発性硬化症とも言われる)悲惨な晩年を送り、パリに客死した。享年58歳。

ドイツロマン主義の完成者とされ、作品としては抒情詩人としての名声を世界的に高めた「歌の本」(1827年出版)が非常に有名である。

ハイネの詩には様々な大作曲家によって曲がつけられており、それらの曲も詩も、現代でも多くの人に愛され、親しまれている。あの有名な「ローレライ」もハイネの「歌の本」から曲が付けられた。

ちなみに、今回のシューベルトの「白鳥の歌」のハイネ歌曲集の詩も、全て「歌の本」から取られている

実際の曲(歌)の解説については、後編で語り尽くしたい。

(続く)

 

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シューベルト:歌曲集≪白鳥の歌≫ 9つの歌曲 [ ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ ]

 

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