こんなに感動した映画も久しぶり

素晴らしい映画を観た。我が愛するギンレイホールでだ。これを映画館の大スクリーンで観ることができたのは本当に嬉しかった。ケネス・ブラナー監督の「ベルファスト」である。

この映画の予告編はギンレイホールで見ていた。チラシも読んだ。

昨年のアカデミー賞脚本賞を獲得した名作として広く知られていた。作品賞を押す声も多かったようなので、名作であることは間違いないのだろうが、モノクロ(白黒)映画であり、僕は正直に言って、あまり食指を動かされなかったのだ。

白黒映画はもちろん大好きだが、現代において撮影する映画を敢えてカラーを使わずに白黒で撮ることは、好まない。その必然性が理解できないのである。

その意味で、今ひとつ観たいとは思わなかったのだが、偏見と先入観というものは本当に恐ろしい。

偏見と先入観で珠玉の名品を見逃すところだった

こんなに素晴らしい珠玉の宝物を見逃すところであった。

これは本当に素晴らしい映画。これを見逃すなんて、人生の貴重な楽しみと感動を手放すことに他ならない。

この作品は著名な監督にして俳優でもあるイギリスのケネス・ブラナー自身の幼少時代の思い出を映画化したものである。ケネス・ブラナー自身が脚本を書き、監督も務めている。

白黒映画と言ったが、実は完全な白黒映画ではなく、一部カラーという扱いだ。チラシやギンレイホールの通信にもそう書いてあった。

予告編は確か全面的に白黒だったよな、と思いながら観始めると、何とカラーじゃないか。美しいカラー映像が目の前に広がる。このカラー映像は現在のベルファストの光景だった。

つまり現在のベルファストを先ずはカラーで描き、主人公が幼少時代の記憶を振り返るという設定の中で、白黒画面に切り替わるという設定だ。悪くない。

一気に引き込まれる。白黒とは言っても、息を呑むような実に美しいモノクロ映像。これはワクワクドキドキが止まらなくなる。

観るものの心を最初から鷲掴みにする素晴らしいオープニングに、期待に胸が震えた。

紹介した映画のジャケット写真

これがジャケット写真。主人公バディと5人の家族。

紹介した映画の裏ジャケット写真

これが裏ジャケット写真。じいちゃんとばあちゃんのアップと踊るマとパ。みんなで映画を楽しむシーンのスチールが嬉しい。

映画の基本情報:「ベルファスト」

アイルランド・イギリス合作映画 98分(1時間38分)

2022年3月25日 日本公開

監督・脚本・製作:ケネス・ブラナー(アカデミー脚本賞)

出演:ジュード・ヒル、カトリーナ・バルス、ジェイミー・ドーナン、ジュディ・デンチ、キアラン・ハインズ 他  

音楽・主題歌:ヴァン・モリソン

撮影:ハリス・サンバーラウコス

キネマ旬報ベストテン:来年度の対象作品扱い

ケネス・ブラナー監督自身の幼少期を投影して描いた自伝的作品

紹介した映画のディスク本体の写真

これがブルーレイのディスク本体。

紹介した映画のジャケット写真とディスク本体を並べて撮った写真

ジャケット写真とディスク本体。

どんなストーリーなのか

タイトルになっているベルファストは、北アイルランドの首都である。その愛すべき古き都で周囲の人々とも賑やかに仲良く暮らすあるアイルランド人一家の日常を、バディという9歳の男の子(ブラナー監督がモデル)の目を通じて描いていく。

主人公のバディは9歳。サッカー選手になることを夢見ながら、しっかりものの母(マ)と無口で冷静な兄と暮らしている。父(パ)はイギリスのロンドンに出稼ぎに行っており、月に1~2回しか帰ってこれない。すぐ近くに大好きなじいちゃんとばあちゃんがいて、そこに入り浸っている。近所の人々とも仲良く暮らしていたが、1969年8月に突然、街に大暴動が起きる。バディの目の前で激しい暴動が起きたが、勇敢なマが助けに来てくれて難を逃れた。プロテスタントがカトリックを追い出そうと激しい暴力を行使していた。バディ家はプロテスタントなのだが、カトリック追放に協力しないと圧力が日増しに強くなる。

マはベルファストを心から愛していた。ロンドンで働いていて、ベルファストの治安が悪化する様子に、ベルファストからロンドンに移住することを計画するが、マが受け入れようとしない。そんな恐怖と裏隣り合わせの不安定な状況にあっても、バディの日々の生活は優しいじいちゃんとばちゃんに見守られ、笑いが絶えなかった。成績優秀なかわいい女の子キャサリンを好きになって、彼女との結婚を夢見る毎日だ。

治安の悪化に歯止めがかからなくなってくる中、ベルファストに残るかロンドンに移住するか、決断を迫られる。この愛すべき一家はどんな決断をくだすのだろうか。じいちゃんとばあちゃん、大好きなキャサリンとはどうなってしまうのか。

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ベルファストと北アイルランド問題

北アイルランド問題を簡単に説明することは極めて困難だ。ここではごく簡単にポイントだけに留めさせてもらう。

元々イギリスとアイルランド問題は数百年間に渡って繰り広げられてきたが、20世紀の初頭に、アイルランドはイギリスから独立した南側のアイルランド、ここは現在はダブリンを首都とするアイルランドという独立国となって、大きく前進した。

問題はイギリスと連合を組んだ北アイルランドだ。現在のイギリスという国家は連合王国であり、正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」となっている。

イギリスの地図。ベルファストとロンドンに印が付けてある。

イギリスの地図。ベルファストとロンドンにピンクの付箋を貼ってある。かなり離れている。札幌と東京間くらいあるだろうか。

 

この北アイルランドの首都(メイン都市)が本作の舞台であるベルファストなのだが、ちょうど映画に描かれた1969年から激しい攻防がスタートし、やがて泥沼化の様相を帯びるに至る。IRAという武装集団のことを今の50代以降の人なら誰だって知っているだろうが、ほんの数年前のタリバンやイスラム国のように世界の紛争の元となっている政治情勢の中心的な話題を占めていたものだ。

この映画に描かれているように、直接的な発端は1969年8月のプロテスタント側からのカトリック教徒への追放運動だった。イギリスは16世紀のヘンリー8世による宗教改革で「イギリス国教会」という特殊なプロテスタントになっており、カトリックは極めて少数派。

そんな宗教的な対立から始まった動乱が次第にエスカレートし、イギリスからの独立を目指す過激な活動へと変容していく。それがIRAであり、IRA暫定派となる。最終的に決着をみる90年代まで抗争は続き、通算では数千人の死者を出すまでの激しい民族対立となってしまった。

この映画の中で、バディ一家が愛着のあるベルファストに残るか、それともロンドンに移住するかで苦渋の決断を強いられるのだが、本当にパが心配していたように、この後、ベルファストの治安は最悪となり、戦場と化した

政治に翻弄される無辜の住民たちの悲しい物語である。

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ケネス・ブラナーについて

自らの幼少時代の体験を元に「ベルファスト」の脚本を書き、監督も務めたケネス・ブラナーは、イギリスが誇る非常に有名な映画監督にして俳優である。元々はシェイクスピア俳優であり、映画は「ヘンリー五世」で監督・主演をこなして注目され、特に4時間を超える力作である「ハムレット」でも監督・主演を務めて一躍有名になった。それで「第二のローレンス・オリヴィエ」と呼ばれるようになった。

「ハムレット」のブルーレイのジャケット写真とディスク本体の写真

「ハムレット」のブルーレイのジャケット写真とディスク本体。ディスク本体のハムレットがケネス・ブラナー本人だ。精悍な顔付き。

 

最近ではシェイクスピア以外にも幅を広げ、様々なジャンルの映画に出演し俳優としての存在感を示し、監督としても「マイティ・ソー」などの傑作をものにしている。最新作は「ナイル殺人事件」。ここでも監督・主演・製作を務めている。

そんな映画界の重鎮であるケネス・ブラナーの初めての自伝的な作品が本作だ。脚本の素晴らしさはアカデミー脚本賞の受賞で証明済みだが、その演出というか監督としての力量も大したものである。

パンフレットから引用のケネス・ブラナーの演出風景の写真

監督ケネス・ブラナーの演出風景の写真(パンフレットから引用)。

カメラワークと映像美が絶品

この「ベルファスト」を観れば、その傑出した力量は直ぐに伝わってくる。先ずは雄弁なカメラワークが絶品だ。かなり意識してカメラを効果的に回している。特に印象に残るのはやっぱり長回し。その長回しはこれ見よがしに派手に展開されるものではなく、かなり頻繁に、だが、さり気なく登場する。時間的には決して長いものではないが、カメラが縦横無尽に生き生きと動くので、思わず観入ってしまう。

大胆な思い切ったカメラワークにも息を飲まされる。冒頭、バディがの目の前で目撃する突然の爆発と暴動騒ぎ。ただならぬ気配と危険を察したテディは凍り付くのだが、その様子をカメラは二回ほどバディの周りを回転させて、緊張を高める。その直後に起きる爆発。

映画を観始めて直ぐに引き込まれてしまうところだ。

重要な場面で用いられる人物の顔のクローズアップがとても印象に残る。超クローズアップで、しかも動かない。これはブラナーならではの特別な手法だ。

もう一つの特徴は、主人公であるバディの視線で撮影されることが多い点だ。バディはまだ9歳で背が低いので、視線の位置が低くなり、下から仰ぎ見る映像が頻繁に出てくる。

このモノクロ映画、かなり細部にまで凝っているのである。

モノクロ映画なのだが、その映像は極めて美しい陰影に富んだモノクロ映像は実に魅力的で、驚く程に雄弁なのである。

ブラナーの映画愛の原点を知る

一家が愛して止まないベルファストには、映画館が身近にあって、文化として根付いていた様子が伝わってくる。何かというと家族全員で映画館で映画を楽しむ様が実に微笑ましい。ラクエル・ウェルチの「恐竜100万年」や「チキチキバンバン」などを、無心になって楽しむ一家の様子に思わず郷愁が込み上げてくる。じいちゃんとばあちゃんがいつも一緒なのが嬉しい。

その映画館での映画だけがカラーで映し出されるのも粋だ。

パンフレットから引用した映画のワンシーン。家族で映画を楽しむシーン。

家族揃って映画館で映画を楽しむワンシーン(パンフレットから引用)。

 

一方で、家では古い白黒テレビで、「真昼の決闘」などの西部劇をのぞき観ている様子もブラナーの幼少の姿だったのだろう。こうして映画少年が誕生し、後に映画の世界に進んでその道を極めることになる。正にブラナーの映画愛の原点が描かれた。

パから映画に行くと言われたときの、満面の笑みが忘れられない。

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笑いと涙が止まらない

映画の基調にあるのは笑いとユーモア。これはコメディと呼んでもいい映画。

住んでいる街では身近なところにかなり過激な暴動が頻繁に起こり、治安が悪くなる一方なのに、そこに暮らす子供たちにはそんな危険はどこ吹く風とばかりに天真爛漫、直接的には関係なかった。

どんなときにも笑いが溢れていた。もちろん涙も隣り合わせだった。この少年期特有の喜怒哀楽の激しさというか、笑って、泣いて、マやパ、じいちゃんとばあちゃんと心を通わせて行く姿が実にいい。両親と祖父母から様々なことを学び、身に付けていく。その一方で、子供心に家族のこれからのことを心配する姿もいじらしい。

こうして繊細な感情豊かな少年は、少しずつ大人に近づいていく

パンフレットから引用した映画のワンシーン

ブルーレイの裏ジャケット写真にも使われていた映画のワンシーン(パンフレットから引用)。

 

この世界に最も近いのはさくらももこの「ちびまる子ちゃん」だろうか。確かに共通する世界感かもしれない、そんな気がする。

全ての登場人物がたまらなく愛おしい

バディの家族全員と、彼を支える全ての登場人物がたまらなく愛おしい。マもパも、じいちゃんもばあちゃんも、本当に魅力的だ。

アイルランド人で固めた俳優陣が絶品

ケネス・ブラナーは本作を作るに当たって、登場人物たちをアイルランド系の俳優陣で固めた。今回の出演が映画デビューとなるバディ役のジュード・ヒル少年始め、両親も祖父母も全員アイルランド系である。

パンフレットから引用した映画のワンシーン

父さん、母さんと兄ちゃんと僕(パンフレットから引用)。

 

パのジェーミン・ドーナンの凛としたたたずまいのが最高だ。実にカッコいい。

そしておばあちゃん役はあの「007」シリーズの元締めの「M」役でも有名なイギリスが誇る大女優ジュディ・デンチ。さすがにいい味を出している。一寸見ではそれと分からないのが、素晴らしい。

登場人物の中でも特に忘れ難い印象を残すは、おじいちゃん。正にベルファスト出身のキアラン・ハインズである。「ミュンヘン」や「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」など、多くの傑作・名作に出演している名優だ。

この映画では実にいい役をもらったとしか言いようがない。このおじいちゃんは何と魅力的か。いつもふざけたことばっかり言っていて、どこまでジョークなのか分からないほどだが、とにかく「深い人」。こういう人が身近にいてくれたことはバディにとってもかけがえのない程、貴重だったと思われる。

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特に母さん役のカトリーナ・バルスにぞっこん

僕はこの映画を観て、マ役のカトリーナ・バルスに一目惚れしてしまった。もうぞっこんだ。

映画の中で描かれたマの姿が感動的だったことはもちろんだ。何という魅力的なお母さん。子供を守るために身を挺することを躊躇わず、間違ったことに対しては決して妥協しない凛々しいしっかり者の母親。それでいて夫が離れていることを嘆き、悲しみに打ちひしがれる。愛する故郷を離れるかどうかを最後まで逡巡するのもマだった。そんな迷える姿にも共感してしまう。

終盤、夫と一緒に披露するダンスの何と見事なこと!思わず見惚れてしまった。

この魅力的な母親役を演ずるのが、アイルランド出身のカトリーナ・バルスである。実に魅力的な女優。背の高さが際立つが、女性ならでは哀しみの表情と、一方で陽気な表情を併せ持ち、僕は本当にすっかり好きになってしまった。涼しげなルックスが最高だ。

最近では、話題の傑作映画にも随分出演するようになった現在、世界中で注目されている女優だが、元々は話題のテレビドラマ「アウトランダー」の主役で知られるようになった。

今回の「ベルファスト」は彼女のキャリアに大きな弾みを付けることになったのは間違いない。

ベルファストが生んだ大スター:ヴァン・モリソンの音楽と歌

この映画の全体を通じて流れる歌と音楽は、全てヴァン・モリソンの曲だ。ポピュラー音楽界の巨匠ヴァン・モリソンは、何とベルファストの出身だったのだ。これは知らなかった。この映画の中ではモリソンの歌が8曲使用されているが、1曲はモリソンがこの映画のために新たに書き下ろしたものだという。

このシンガーソングライターにしてロック歌手、ジャズ歌手でもある稀代のスーパースター、モリソンの歌と音楽を聴いているだけでも幸せな気分になれる。ベルファスト出身だけに、この映画に見事にフィットして止まない。

ケネス・ブラナーといい、ヴァン・モリソンといい、そして多くの俳優陣といい、ベルファストという北アイルランドの街は、実に多くの人材を生み出した街なんだと感慨が深い。

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映画史に残る珠玉の名作の誕生

これは本当に素晴らしい映画。久々に心温まり、素直に感動することができた貴重な映画だ。

僕は涙が止まらなくなった。観る度に号泣してしまう。

「ベルファスト」のチラシ。裏面。

これがチラシの裏面。バディの満面の笑みが最高だ。解説は良くまとまっている。

 

映画史に残る珠玉の名作と言っていいだろう。フェリーニのあの「アマルコルド」に匹敵する作品として、これからも長く語り継がれるのでないだろうか。

パンフレットの表紙の写真

パンフレットの表紙。ベルファストで楽しく遊ぶバディ。

時代に翻弄されながらも、家族愛を貫く一家にエール

この後も大きな政治問題に発展していく北アイルランド。その発端とも言うべきベルファストで起きた宗教対立。それがどんどんエスカレートして行き、遂には愛する街を捨てなければならない程に追い詰められてしまうのだが、そんな中にあっても家族愛を貫く一家が熱く、感動的だ。この一家に大きなエールを送りたくなる。

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特典映像が宝の山で必見

ディスクに収められた特典映像が素晴らしい。未公開映像やメイキングやもちろん大変に興味深いものだが、「もう一つのエンディング」、これはどうしても観てもらいたい最高の逸品。5分足らずのものだが、映画とは別のこれだけで独立した特別の映像だ。

思わず引き込まれ、感動させられる。

誰の心の中にもある郷愁を見事に映像化

古き良き街、ベルファスト。そこで過ごした忘れ難い夢のような日々。好きだったじいちゃんとばあちゃんがすぐそこにいた街。将来結婚したいと願った初恋のキャサリンがいた。周りの住人がみんな家族のようだった温かい人情に溢れていた街。そんな街はとっくになくなってしまったけれど、郷愁はいつまでもかつてそこに住んでいた人々の心の中に生き続けている。

これはブラナーに限った話ではない。世界中の多くの人が故郷を捨てて、都会に出て大人になっていった。その過程で捨ててきた大切なものがあったはずだ。それが大人になるということかもしれない。

そんな誰の心の中にも秘められている幼き日の思い出、家族と一緒に過ごしたかけがえのない時間。そして生まれ育った故郷の街とそこに暮らす人々。そんな言葉にできない郷愁の念を、ブラナーはこの1本の映画の中に見事に映像化してくれた。

この映画を観る僕たちは、誰一人としてベルファストなんて街を知らないが、その郷愁の念は、全ての大人たちに共通しているものだ。それを映像化し、永遠に消えることのない画像として封じ込めてくれたブラナーに拍手喝采を送りたい。

今は離れた故郷と幼き日の郷愁を胸に、現在、この人情とも無縁の大都会という砂漠と戦場で生き抜いていく僕たちに、エネルギーを与えてくれるようだ。明日のエネルギーになりうる貴重な映画。映画って本当に素晴らしい。

本当にいい映画だった。是非ともご覧になっていただきたい。

 

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