【前編】からの続き
目 次
マキアヴェッリの強い怒りと絶望に共感
僕にはマキアヴェッリの気持ちが理解できるような気がしている。その深い怒りと絶望に大いに共感してしまう。
人生何が起きるか分からない。フィレンツェ共和国のために誠心誠意奮闘していた男の突然の失職と追放処分。
何一つ落ち度がなかったはずの官僚マキアヴェッリの怒りはどこにぶつけたら良かったのだろうか。憤懣やるかたなし。憤怒の怒り。
その強い怒りと深い絶望が「君主論」へのエネルギーに向けられた。こう考えるしかない。
著者が「わが友」と呼ぶ理由も分かる
先ほど引用した(前編)一節を読めば、塩野七生がマキアヴェッリのことを「わが友」と呼んだ気持ちも分かろうというもの。
本書を読むと、マキアヴェッリという人物が、マキアヴェッリズムという恐ろしい権謀術数とは全く無縁だった愛すべきキャラクターだったことが良く分かる。
ユーモアのセンスにも事欠かない職場の人気者だった。
マキアヴェッリというと、「君主論」ばかりがやたらと有名だが、彼はこの怒りの隠遁生活の中で、「マンドラーゴラ」というかなり艶笑な喜劇を書いて、何度も上演され大人気を博す側面も持ち合わせていた。
正に愛すべきキャラクターで、「わが友」と呼ぶにふさわしい人物だった。
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マキアヴェッリの最後が衝撃的だった
今回、本書を読んでマキアヴェッリの劇的な生涯を詳しく知った中で、最も衝撃を受けたのは、44歳の働き盛りに突如失職してしまったこと、その失意の中で「君主論」や優れた書物をものにして後世に大きな影響を与え、後世に名を残したこと、実は、そうではない。
ほとんど話題にされていないが、マキアヴェッリの人生最後の一か八かの大挑戦とその結果に大変な衝撃を受けた。
マキアヴェッリの失職・追放後の生涯を一口でまとめるとこうなる。
44歳の働き盛りに突如、全ての職を解かれて失職し、その後は復職は実現せず、やむなく生き方を変え、失意の中で「君主論」を始めとする歴史に残る作品を書き続けた。
完全に方向転換したわけではなかった
実際にはそんな簡単なことではなかった。
マキアヴェッリは全ての公職を解かれ、年収10年分の罰金まで支払わされる地獄のような体験をした後でも、仕官を志し、親しい友人や有力者に就職の世話や斡旋をお願いし続けていた。
失職した段階でスパッと生き様を改めて、執筆活動に専念したわけではなかったのだ。少し未練がましいところがある。
こんな生活が死ぬまで14年間も続き、希望は叶わなかったのだが、やがて正式なフルタイムの公職に返り咲くわけではないものの、フィレンツェ政府から個別の案件を依頼されたり、少しは仕事も回ってきていた。
失職から13年後には、フィレンツェの市壁補強委員会が発足し、委員長にマキアヴェッリが任命されるなど復職に手が届く目前までこぎつける。但し、それは実質的には機能せず、マキアヴェッリが満足できるものではなかった。

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遂に訪れた公職復帰のチャンス
そんな中、遂に一大転機が訪れる。
1527年、フィレンツェ共和国は遂に再びメディチ家を追放し、共和制を復帰させる。マキアヴェッリを拒んでいたメディチ家が居なくなることで、失職・追放から14年目にして正式に国家の中枢に戻る条件が整ったのである。
最後の挑戦とその衝撃結果
マキアヴェッリが待ちに待った瞬間だった。念願の公職復職のチャンスが漸く訪れたのである。
マキアヴェッリは、かつてのポストである書記官に立候補する。これで戻れるものと信じていた。
国会での投票の結果、賛成12票、反対555票という何とも衝撃的な惨めな結果となった。マキアヴェッリの、もう一度祖国のために働きたいという願いは、祖国から拒絶されてしまったのである。
落選の結果は直ちにマキアヴェッリに知らされた。
本書から、引用する。
「落選の知らせは、政庁からは5分の距離の自宅に待機していたマキアヴェッリにただちに知らされた。それからの10日間、この家でマキアヴェッリが、どのように過ごしたかは知られていない。だが、10日目の6月20日、病いに倒れた。同時代人の歴史家ヴァルキによれば、落選が病因であったという。
(中略)
この2日後、マキアヴェッリは死んだ。58歳と1カ月だった」

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マキアヴェッリ最後の挑戦に胸が痛む
僕にはこのマキアヴェッリの最後の姿が、衝撃だった。
「君主論」他の政治論を語った歴史家、評判の良かった喜劇作家など執筆者としてそれなりの成功を収めたマキアヴェッリは、それで良しとせず、最後まで公職への返り咲きに拘っていたのである。
マキアヴェッリの生涯の最後は、執筆者としてではなかった。

マキアヴェッリは健気にも、最後の最後まで自分が官僚としてフィレンツェ共和国に復職することを願い続けていた。14年後に念願かなって、返り咲ける一世一代のチャンスが漸く訪れたのに、フィレンツェ共和国の国会、つまり祖国から決定的な拒絶を受けて、ショックのあまり病に倒れ、そのまま死んでしまったのだ。
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二度も手痛い挫折を体験、最後は・・・
悲しい。悲し過ぎる。もう国政への復帰など望まなければ良かったのに、マキアヴェッリはどうしても自分の力で、存亡の危機に陥っていたフィレンツェ共和国を救いたかったのだろう。
結局、マキアヴェッリは二度に渡って、手痛い挫折を体験したことになる。14年間も待たされ、漸くつかめたはずの公職復帰が叶わず、そのままショックのあまり死んでしまったマキアヴェッリの無念さを思うと、やりきれない。
もう官僚に戻るなどという夢は捨てて、ライターとして迷うことなく自信を持って生きて行ってほしかった。
だが、これが真相だ。マキアヴェッリの生涯はきれいに3つに区分されると書いたが、実は厳密にいうと4つになると考えるべきではなかろうか。
歴史家、喜劇作家として当時からそれなりに認められながらも、最後の最後に再度復職の夢を追い、無残に破れた最晩年と。
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塩野七生の文章は時に分かりにくい
本書を興味深く読み、ほとんど知らなかったマキアヴェッリの生涯もある程度理解することができて、塩野七生には感謝するしかない。
但し、僕は以前から感じていたのが、塩野七生の文章には少し不満を持っている。読みやすいのに分かりにくいのだ。
平易な日本語で書かれているのに、時に分かりにくいことがある。
特に閉口させられるのは、接続詞の用い方。読んでいて、文脈や文章の流れからいくと妙に引っかかるところが出てくる。普通の流れではこの接続詞だよな、というところで違う接続詞が使われていて、面食らうことが少なくない。
自分の読み方が間違っていたのかと再度読み直すのだが、謎が解けず、納得できない。
その点だけは残念だ。これが塩野七生の文章だと割り切ればいいのだろうが。
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本書のもう一つの不満
本書にはもう一つ不満がある。
ここまで詳細にマキアヴェッリの生涯を追い続け、ありとあらゆるエピソードを網羅しているように思えるのだが、僕にとって非常に興味のあった、どうしてマキアヴェッリは、「君主論」で、目的のために手段を選ばないとする権謀術数を主張することになったのか?
この点をもう少し深く分析してほしかった。
当時のフィレンツェ共和国が、内にも外にもあまりにも課題が山積し過ぎていて、国家そのものが破綻寸前だったこと。それを狙ってイタリア内部の周辺の共和国はもちろん、フランスやスペインなどの列強から国を守るために必要な考え方だったこと。
外交官だったマキアヴェッリが間近で見つめ続けた若き権力者のチェーザレ・ボルジアがそういう考え方の持ち主で、チェーザレから決定的な影響を受けたことなど、本書の中にヒントはいくらもあるだろう。
だが、もっと直接、マキアヴェッリの思想とその源泉、ルーツを塩野七生流に分析し、解説してほしかった。
マキアヴェッリが唱えるいわゆる「マキアヴェッリズム」の目指したものは、今日考えられているような単純な権謀術数とはレベルが違う、マキアヴェッリの真意と狙いは誤解を受けている、そんな論評を展開してもらいたかった。
本書にはそれが少し不足しているように感じてしまう。
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各巻巻末の佐藤優の解説について
最後に、3分冊のいずれにも巻末に掲載されている佐藤優の長く、充実した解説に触れないわけにはいかない。
新潮文庫の各巻には、ちょっと信じ難い程の充実した解説がある。あの「外務省のラスプーチン」と呼ばれた佐藤優が書いたものだ。
実は、外観から見ると、マキアヴェッリと佐藤優は、驚くほど非常に良く似た境遇に陥っている。もちろん時代と国は異なっているが、第一線で大活躍していた外交官(官僚)が、ある日突然、失職し、職を追われ逮捕されてしまう。
完全に職を失ってしまう中で、執筆者として活躍の場を見出し、作家・著述家として名を成す。
佐藤優は、このマキアヴェッリの生涯を描いた3冊の文庫分のそれぞれに、自らの逮捕などの経験をオーバーラップさせて、当時のマキアヴェッリの真相に迫っていく。これがかなり読み応えのある力作となっている。3冊それぞれに20ページ以上書いているので、合わせると60ページを優に超える大変な解説だ。
いくら何でもあの大思想家、大政治学者のマキアヴェッリと自分を重ね合わせて解説を展開する姿勢に、尊大もいいところ、無神経じゃないかと、最初は辟易させられながら読み始めたのだが(僕は古くから佐藤優の熱心な読者だったが、ある本を読んで大いに失望させられ、以来避けている)、読んでみると悪くない。さすがに文章はうまく、貴重な解説として素直に心の中に入ってきた。
これはじっくりと読んでいただきたい充実の解説だ。
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お薦めしたい貴重な評伝
色々と批判もしてきたが、これはマキアヴェッリの波乱万丈の生涯を活写した重要な評伝である。塩野七生文学の最高傑作との評価もある。
紛うことなき力作であるし、塩野七生の、時代に翻弄された哀れな男に寄せる思いも十分に伝わってきて、マキアヴェッリを知ろうとした場合の最高の文献に値することは間違いないだろう。
愛すべきマキアヴェッリの劇的な人生はもっと知られていい。そして独り歩きしてしまいがちなマキアヴェッリズムの真相も、その生涯と時代を踏まえて、適切に評価してほしいものだ。
マキアヴェッリズムの神髄は、政治と倫理を切り離したことにある。
マキアヴェッリズムも必ずしも目的のためには手段を選ばないという冷酷、残酷なものではなく、目的の重要性を重んじる考えであれば、稲盛和夫にも通じる極めて真っ当な考え方である。
あまりにも不幸な政治の実態がある。それを踏まえれば目的そのものに正義と大義名分があるのであれば、手段において多少問題があっても許容されうるということは、少しもおかしなことだとは思えない。
しかもあれだけ理不尽なことばかりが続いていたあの時代のイタリアにあって、冷徹に政治の在り方と人々の幸福、安定した平和の実現を考え続けたマキアヴェッリに親近感を感じ、塩野七生ならずとも「わが友」と呼んでしまいたい気持ちになる。
歴史と政治、更にイタリアに興味のある人には必読の評伝。是非とも読んでほしい。
そして理不尽な挫折を強いられて失意の底に沈んでいる人にも。
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本文中にも書いたようにこの新潮文庫の各巻には佐藤優による非常に長い充実した解説があって、これは是非とも読んでいただきたいところです。電子書籍版には付いていません。その意味では電子書籍よりも新潮文庫版をお薦めします。
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