【前編】より
目 次
「無能の人」に最高の愛着を感じる
僕は、60年代後半から70年代にかけてのつげ義春の絶頂期に描かれた数多の名作、傑作よりも、後年の漫画を描けなくなったダメ漫画家を主人公とした一連のストーリー漫画の方により一層の愛着を感じている。
特に全6話からなる連作作品集の「無能の人」に、最高の愛着を感じている。



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漫画「無能の人」の基本情報
季刊誌こ『COMICばく』に連載された。描かれたのは1985年6月号から1986年12月号まで、1年半の連載となった。つげ義春、48歳から50歳頃の作品だ。
つげ義春の漫画は、ほとんどが読切の短編ばかりなのだが、このような連作は非常に珍しい。全体は、全6話から成り立っている。各話は大体34~36ページ程で、全6話を通じた全体では215ページとなる。それなりの長さ、つげ義春の作品としては、最も長い作品となっている。
第一話 「石を売る」 『COMICばく5』(1985年6月号)
第二話 「無能の人」 『COMICばく6』(1985年9月号)
第三話 「鳥師」 『COMICばく7』(1985年12月号)
第四話 「採石行」 『COMICばく8』(1986年3月号)
第五話 「カメラを売る」 『COMICばく9』(1986年6月号)
第六話 「蒸発」 『COMICばく11』(1986年12月号)




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どんなストーリーなのか
ストーリーはいたって簡単。極めて単純なものだ。
かつて売れっ子漫画家として活躍していた主人公の「おれ」は、漫画家として行き詰って漫画が描けなくなり、色々な仕事に手を出してみたが、いずれもうまくいかず、妻子がいるにも拘わらず、バカげた空想に耽りながら極貧生活を送っていた。
遂に近所の河原(多摩川)で拾ってきたどこにでも転がっているパッとしない石を並べて売るという元手ゼロの石屋商売を思いつき、河原で石を売り始めたのだが・・・。
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つげ義春自身による解説では
つげ義春は本業の漫画の方は非常に寡作なのだが、同時に随筆家でもあり、独特のペーソスに溢れた旅行記や日記なども人気が高い。


そんなこともあって、自分の漫画作品についても、かなり饒舌に書いている。
「無能の人」に関しては、6話それぞれにも非常に興味深い詳しい制作秘話を書いている。これはちくま文庫に収録されているので、興味のある人はそちらを読んでほしい。
ここでは、各話別の個別の作品解説ではなく、「無能の人」全体に対する「単行本のためのあとがき」があるので、転載させてもらう。かなり興味深い内容だ。
つげ本人の「単行本のためのあとがき」
『ここに収めた六編の連作は、季刊誌「COMICばく」に昭和60年6月から61年12月まで連載されたもので、連載は継続される予定であったが、雑誌が休刊になり、現在は中断したままである。いずれ続きを発表する機会があれば描いてみたい気はあるが、発表の場がなければ、これきりでもいいと思っている。
この連作は、もともと連作にする構想もなく、ただの貧乏話として2、3作稼げればいいと思っていた。それが三作めあたりから、何かしら描けそうな気がしてきて、そこで初めてテーマを持たせた構想を考えだした。しかし意あって力足らず、貧乏話に終始した方がらくなように思え、その迷いで第五話のようなつまらぬものも描いてしまった。五話から六話の間に連載を一回休んだりして迷いに迷った挙句、やけくそになって描いたのが六話の「蒸発」だった。もうあとに引けなくなり窮地に追いこまれたような気持になった。逃げることもならず、いっそ雑誌が休刊になってくれたらなどと念じていたら、幸いなことに休刊となりホッとした。
(中略)
現在私は失業状態で毎日ぶらぶらしている。すっかり無能の人になってしまいとてもらくだ。
(後略) 昭和63年3月 調布の無能庵にて つげ義春 』
実に正直に驚くほどありのまま包み隠さず書いている。饒舌だ。僕はこんなつげ義春がまた大好きなのである。
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絵の素晴らしさはここでも健在
つげ義春の絵の素晴らしさについては書かせてもらったが、この「無能の人」でもそんな画風は健在で、随所にハッとさせられるような極めて印象的な絵が頻出する。
この絵を眺めているだけでもほとほと感心させられ、幸福な気分になってくる。








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竹中直人監督・主演の傑出した映画があった
この「無能の人」は、かつて映画化され、その映画も傑出した名作として、公開当時、非常に高く評価された。




あの竹中直人の監督・主演作だった。竹中直人の初監督作で、いきなりキネマ旬報ベストテンで第4位に輝いた。

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映画「無能の人」の基本情報
1991年作品。監督:竹中直人
出演:竹中直人、風吹ジュン、三東康太郎、神代辰巳、大杉漣、原田義雄、三浦友和ほか。
友情出演として、作者のつげ義春を筆頭に、鈴木清順、周防正行、井上陽水、新井晴彦、泉谷しげる、本木雅弘など錚々たる顔ぶれが出演している。


僕は、この映画をリアルタイムで観て、非常に感動したことを良く覚えている。あの曲者役者の竹中直人が監督まで立派にこなした、といたく感銘を受け、これからの監督としての活躍を楽しみにしたものだ。
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あの名作が観られないことに怒り心頭
今回、改めて観なおしてみようとしたところ、ソフトが全く出ていないことが判明。
怒りが収まらない。
調べてみると、僕が当時観た、VHSのビデオテープしか出ておらず、その後はブルーレイは言わずもがな、DVDにすらなっていないことが分かった。

何たるスキャンダル。こんなことがあっていいものだろうか。
早急に、せめてDVD、あるいは配信サービスで観ることができるようにしてほしい。
映画はつげ義春の原作にかなり忠実に作られており、中々の出来栄えだった。是非とももう一度、じっくりと観てみたい。
【後編】に続く
☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入ください。
現在は2種類の文庫分で読むことができる。新潮文庫は多少割高であるが、「無能の人」の他にも、6編が収録されている。
一方のちくま文庫の方は、「無能の人」の他に4編が収録されている。ちなみにこの4編は新潮文庫の6編と完全に重複されているので、新潮文庫の方がお得感があるのでは(笑)。
但し、本文中でも書いたように、ちくま文庫の方には、つげ義春自身による各話ごとの解説が載っているので、それを読みたい人は、ちくま文庫を購入してもらうことになる。
なお、かつて2種類あった大判(ハードカバー)は現在は廃刊となっており、入手できない。
①935円(税込)。送料無料。新潮文庫版。
「無能の人(全6話)」の他に6編収録された400ページ。
無能の人・日の戯れ (新潮文庫 新潮文庫) [ つげ 義春 ]
②836円(税込)。送料無料。ちくま文庫版。
「無能の人(全6話)」の他に4編収録された345ページ。つげ義春自身の解説付き。