目 次
ヤナーチェクを熱愛している
前回スメタナとドヴォルザークの弦楽四重奏曲を取り上げた。「わが生涯より」と「アメリカ」だ。
そうなると、次に取り上げるのはヤナーチェクの2曲の弦楽四重奏曲となるのは当然のことだ。
レオシュ・ヤナーチェク。スメタナ・ドヴォルザークに続くチェコの大作曲家の3人目は、当然このヤナーチェクだ。

僕はこのヤナーチェクを熱愛している。古今東西のありとあらゆる作曲家の中で最も好きな作曲家の一人である。
モンテヴェルディ・バッハ・ドビュッシー・ヤナーチェクというのが、僕の愛する4大作曲家である。
フランス古典音楽のシャルパンティエ、ラモー。バッハと同時代のバロック音楽の大巨匠テレマン。後はモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、フォーレ、ムソルグスキー、三善晃、間宮芳生など他にも愛してやまない作曲家は大勢いるが、僕の中ではこの4人は別格だ。
ヤナーチェクは今日ではすっかりメジャーの大作曲家として広く知られるようになったが、一般的にはまだその実態が知れ渡っているとは言い難い。
今回、ヤナーチェクがどれほど変わった音楽を作り、その生涯もどれほど風変わりだったか知っていただこうと、書き始めている。
ヤナーチェクの作品は本当に変わっているのだが、強烈な魅力に満ち溢れていて、一人でも多くの音楽ファンに知っていただいたいと願っている。
70代半ばまで生きた長命な人だが、その生涯も非常に変わっていて、こんな作曲家がいたのかと知ってほしい。
こんな興味深い作曲家は他にいない。遺された作品もその生涯も想像を絶する異端にして強烈な個性と独自性に唖然とさせられる。
今回はヤナーチェクと彼の代表作である2曲の弦楽四重奏曲を紹介したい。
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ヤナーチェクはどんな作曲家?
スメタナ、ドヴォルザークに続くチェコが生んだ3番目の大作曲家。
但し、スメタナとドヴォルザークがプラハを中心とするボヘミアであったの対して、ヤナーチェクはモラヴィアというチェコの東部地域の出身である。
ボヘミアに比べるとかなりの田舎で、中心都市はブルノという。プラハは有名な大都市で、誰もが憧れる大観光地としても有名だが、ブルノという都市の名前を聞いたことがある人がどれだけいるだろうか。
ボヘミアとモラヴィアとの位置関係は以下の地図で確認してもらおう。


ヤナーチェクの異例なプロフィール
ヤナーチェクを語るに当たって一番重要な点は、大作曲家として異例の長命を全うしたが、極端な大器晩成型で、ヤナーチェクの名作・傑作のほとんどが60代後半から70代にかけて作曲されたものだという点だ。
こんな作曲家は古今東西、他に誰もいない。


かなり似ているのは、バロック音楽(フランス古典音楽)の大家ラモーだろう。
ラモーも非常に遅咲きで、50代から作曲家として頭角を現して、70代半ばで亡くなるまで精力的に作曲した。だが、それでも50代からは名作を量産している。
ところが、わがヤナーチェクは60代の後半からだから恐れ入る。しかも、その理由、そのおじいちゃんがそこまで頑張った原動力が、これまた驚嘆してしまう特別な事情だったのだ。
その秘密は後で詳しく紹介する。
いずれにしても、本当に変わった作曲家。作られた音楽が変わっているばかりか、とんでもない異例の経歴を持ったおじいちゃん作曲家なのである。
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ヤナーチェクの基本情報
ヤナーチェクはモラヴィアで1854年に生まれ、1928年に亡くなった。享年74歳。
作曲家として活躍したのは、亡くなるまでの最後の10年間程しかない。すなわち1919年頃から亡くなる1928年まで。1919年はオペラの大傑作「カーチャ・カバノヴァ―」の作曲が始められた年だ。
その前にもいくつかのオペラや室内楽、ピアノ曲、数多くの合唱曲の小品は作られていたが、今日、ヤナーチェクの名作・傑作はこの最後の10年間に集中して作曲された。
1919~1928年。年齢にして65~74歳。

この年代に注目してほしい。1919年は特にヨーロッパにとっては極めて重要な年、あの悲惨を極めた第一次世界大戦が終結した年である。
時代はとっくに20世紀に突入。あのドビュッシーも死んでおり、音楽史の位置づけとしてはもう現代音楽と呼ばれる時代だ。
したがって、ヤナーチェクはチェコが生んだスメタナ・ドヴォルザークに続く第3の作曲家といったが、先の2人がいわゆる「国民楽派」を代表する作曲家であるのに対して、ヤナーチェクは現代音楽の作曲家という扱いとなる。
ドヴォルザークとヤナーチェクの年齢差は13年しかないのだが、音楽史上の区分としては全く別もの。
それは偏に、ヤナーチェクが極端な大器晩成型で、第一次世界大戦後に活躍した作曲家だったからである。
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ヤナーチェクの恐るべき晩年
ヤナーチェクの他に全く例のない大器晩成の実態、65歳から74歳で死ぬまでの驚嘆すべき最後の10年間について、もう少し詳しく見ていく。
傑作の全てが65歳からの10年間に集中
10年間という短期間に集中して傑作が量産されたという事実が、先ずは衝撃的だ。
更にその10年間が、65歳から74歳で亡くなるまでの最晩年の10年間だったということ。
ヤナーチェクは様々なジャンルで傑作を残したが、その創作の中心はオペラ、歌劇である。今日ヤナーチェクのオペラはすっかり市民権を得て、世界中のオペラハウスで盛んに上演されている。
台詞がチェコ語というハードルの高さがあるにも拘わらず、実際の上演も、レコーディングも非常に増えてきている。特に5つのオペラが有名だが、それらは1曲を除いて全てこの最晩年の10年間に作曲されたものばかりだ。
他にも有名な管弦楽曲、室内楽、今回紹介する2つの弦楽四重奏曲も例外なくこの10年間に書かれたものである。
元々ヤナーチェクは学校の音楽教師であり、細々と作曲を続けていたが、傑作の類はほとんどない。ピアノ独奏曲に多少力作が残っているくらいだ。
それがある理由があって、爆発的な創作力に火が点いた。この歳になって創作の大爆発が起きた。
それが、何と38歳も年下の人妻との恋だった、と言って信じてもらえるだろうか?
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38歳年下の人妻との老いらくの恋
それが何の誇張もない事実なのだから、驚嘆するしかない。
ヤナーチェクは65歳の折に、38歳も年下のある人妻と知り合い、すっかり心を奪われてしまう。
男の子を抱えた人妻で、カミラ・シュテスロヴァーという。骨董屋の旦那がいた。一方でヤナーチェクももちろん結婚していて、2人の息子にも恵まれたが、2人とも若くして死んでしまう。
古いしきたりで結婚したもので、幸せな家庭ではなかったようだ。息子を失ってからは更に妻との関係は悪化していったらしい。
つまり双方に配偶者がいたわけで、今流に言えばダブル不倫である。
ヤナーチェクのカミラへの思いは強く、熱心に手紙を送り続け、その数は600通以上に上るという。

カミラには幼い男の子がいて、ヤナーチェクはカミラの夫とも一緒に会っていたようだ。
ちなみに二人の間には肉体関係はなかったと言われているが、真実は二人のみ知るということだろう。
このカミラへの思いが、ヤナーチェクの創作力に火を点けたのである。
嘘のようなホントの話し。
全く凄い話しだと感嘆するばかり。ヤナーチェクの音楽をこよなく愛する者としては、カミラに感謝するしかない。

そして恋愛感情の途方もない力を思い知らされるのである。
とんでもないおじいちゃんだったわけだ。何と幸せなことだろうと、少し羨ましく思ってみたりする。
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ヤナーチェクの音楽の特徴は
他に例のないあまりにも破天荒な生涯もさることながら、その10年間で爆発的に作曲された音楽そのものが、作曲者の人生に勝るとも劣らない強烈な個性に彩られたものである。
他のどんな作曲家とも似ても似つかないヤナーチェク独自の超個性的な、恐ろしいまでに独創的な作品ばかりが作曲された。
現代音楽に分類されるヤナーチェクの音楽だが、チェコの出身、しかもスメタナやドヴォルザークとは違って、もっと田舎のモラヴィアの出身。音楽教師として作曲もそれなりにやっていたヤナーチェクは、国民楽派の最後の大作曲家と言えなくもない。
モラヴィアの伝統音楽、民謡などの独特の節回しが、その音楽の根底に脈々と流れている。20世紀を代表する大作曲家であるバルトークが、ハンガリーの民謡を収集したのとほぼ同じことを、ヤナーチェクはモラヴィアで実践した。
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「ソナタ形式」が存在しない
その音楽はとにかく驚くほど独創的で、ヨーロッパの長い伝統である作曲技法とは似ても似つかぬものである。
とにかくメロディは、かつて聴いたことのない奇天烈なもので、そもそもメロディというものはないのかもしれない。
そして一番驚かされるのは、ヨーロッパ200年の音楽史を通じて途切れることなく用いられてきた「ソナタ形式」が、ここにはない。
メロディなり動機があって、それを次々に展開するに当たって、細かな違いや差異はあっても、どんな作曲家でも、ソナタ形式に束縛され、厳密なソナタ形式でないまでも、一つの動機やメロディが、何らかのルールに基づいて展開されていく。
これがヨーロッパ音楽の鉄則で、どんな作曲家でもそこから自由になれたことはなかった。
それをヤナーチェクは軽々と飛び超えてしまった。
一度生まれた動機やメロディはそれ自体が勝手に、自由気ままに増殖したり、何のルールもなしにドンドン姿を変えていく。変幻自在の極致とも呼ぶべき何とも不思議な音楽だ。
すこぶる刺激的かつ挑発的な音楽
とにかく刺激的かつ挑発的な音楽のオンパレード。
耳障りな同じ音型を延々と繰り返したり、全く別の類の音楽が同時に鳴り響く。
調和を取る発想は全くなく、それぞれがやりたい放題に好きな音楽を奏でて、最後にはそれが大きなうねりの中で一体となっていく。中には別の音楽のまま、放り出されてしまうことも多々ある。
一度その音楽を耳にすると、強烈な刺激から逃れられなくなる危険な音楽でもある。
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難解ではなく分かりやすい
それでいて、典型的な現代音楽のような訳の分からない難解な音楽ではないことが肝要だ。
刺激的かつ挑発的な変わった音楽なのだが、取っつきにくさや難解さ、冷たさはまるでない。
非常に親しみやすく、意外や意外、ストレートに心の琴線に響く何とも共感を覚える音楽なのだ。
僕は初めて聴いたときに、その類まれな独創性に時に笑ってしまいたくなる程で、これはおもしろい!と直ぐに夢中になってしまった。
ヤナーチェクの最高傑作として名高いオペラ「利口な女狐の物語」だったが、今回の弦楽四重奏曲にもそっくりあてはまる。
2曲の弦楽四重奏曲の具体的な紹介は、次回に続く。
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