ちょうど2年振りに出口先生を訪ねた

出口治明先生にずっと私淑し、これまで多くの著作を読んで、それをこのブログでも取り上げてきた。

2年前に出口先生から遊びに来ないかとお誘いを受けて、東京駅に隣接しているアピアタワーにある立命館アジア太平洋大学の東京キャンパスを始めて訪れたのがちょうど2年前、2024年の2月のことだった。

先生のご快諾を得て、その時の様子を写真を交えてこのブログで詳細に報告もさせてもらった。前編後編の2部作となっている。

あれから奇しくもちょうど2年が経過。今回、どうしても出口先生に直接お会いしたくなって、面会をお願いしたところ、秘書の方を通じてご快諾いただき、面会が実現。その日程がたまたま前回からちょうど丸2年後だったのだ。

2年振りの再会は、前回にも増して非常に感動的なものとなった。その様子を簡単にレポートさせてもらう。

ちょうど丸2年振りに出口先生と感動の再会を果たす。
ちょうど丸2年振りに出口先生と感動の再会を果たす。

強い雨の中、東京キャンパスに向かう

訪ねた日は、一昨日の2月25日(水)だった。この日は、東京では朝から強い雨が終日降り続いた

関東の冬、特に首都圏では冬は雨が少ないというのは日本の気候の常識だが、それにしても今年の冬の雨の少なさは異常なレベル。今月7~8日に大雪が降った前後、ずっと晴れが続いていて、雨はほとんど降っていない。

なのに2年振りに出口先生を訪ねるという特別な大切な日に、強烈な雨となった。もっともこれは恵みの雨には違いなかったのだが。

出口先生は、2018年に立命館アジア太平洋大学の学長に就任、2021年に脳卒中(脳出血)で倒れ、右半身麻痺と言語障害という重い後遺症と闘いながら、見事に学長に復帰され、2023年12月に任期を全うして退任された。

その後も大学に残り、現在は同大学の名誉教授・学長特命補佐としてご活躍を続けている。

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東京キャンパスは東京駅隣接の高層ビル

APU(立命館アジア太平洋大学)が大分県の別府にあることは誰でもご存知だろう。

出口先生は現在、東京キャンパスに勤務している。そこは東京駅の日本橋口にあるサピアタワーの8階にある。ここは同志社や関西学院など関西の著名私立大学の東京キャンパスが集合している高層ビルだ。他にも東大の先端研の知的財産・社会技術研究室もあって、興味深い高層ビルとなっている。

強い雨が降っていたが、東京駅から全く雨に濡れることなくビルまで行けるのがありがたい。

東京駅を下車してからサピアタワーまで全く濡れることはなかった。
東京駅を下車してからサピアタワーまで全く濡れることはなかった。

 

出口先生の秘書を務めていらっしゃるKさん(2年前もそうだった)のご案内にしたがって、2年前と同様、Kさんが予め登録してくれていた3階の総合受付で名乗り、入館証をもらって、いざ8階のAPU東京キャンパスにエレベーターで上がる。

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感動的に迎えてもらった

お約束いただいた時間は14時半だった。僕はかなり早めにサピアビルに到着しており、1階のラウンジのようなスペースで時間調整し、約束時間の5分前、14:25にAPUの東京キャンパスの総合受付に向かった。

エレベーターを降りると8階の案内図がある。

この案合図の先を右手に曲がると、真っ直ぐAPU東京キャンパスの総合受付となる。

いざ、という決心と共に右手に回ると、その真っ直ぐ先に秘書のKさんがお辞儀をしながら待っていてくれた。何という歓待!何という丁寧なご対応!

その姿を見ただけで、胸が一杯になってしまった。

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出口先生はどこまでも温かかった

Kさんと「お久しぶりです。2年振りにお邪魔します。お世話になります」と心温まる挨拶を交わすと、直ぐに先生のお部屋に招き入れてくれた。

そこで出口先生と感動的な再会を果たした。先生は思っていた以上にお元気だった。僕のことをしっかり覚えていてくれたようで、満面の笑みを浮かべて迎え入れてくれた。

出口先生のご様子

先生は電動車椅子に乗っているが、その扱いも2年前よりも更にスムーズに乗りこなしていらっしゃった。

言葉は中々円滑に話すというわけにはいかない。それはやむを得ないことだ。右半身の麻痺が残っているので、右手は使えないが、その分、左手がもの凄く上達されていて、正直ビックリしてしまった。

元々先生は右利きだったので、右に麻痺があることで、元々は利き手ではなかった字を書けない左手の訓練を徹底的にされたに違いない。左手でしっかりと字が書ける

ひらがなではなく、難しい漢字も普通に書いてしまう。先生の手元には小型のホワイトボード状のものを何枚もルーズリーフのように綴られている筆談用の優れものが置いてあって、ホワイトボードのマーカーを使って、左手で実にきれいな字を書かれるのである。

僕が今回もまた、面会のアポをいただいた後の2週間程の間に新刊を中心に3冊の先生の著作を読んで、それをブログでも取り上げ、紹介したと改めてお伝えすると、早速マーカーを使ってホワイトボードに字を書き始めた。

それが「お礼を申し上げます」だった。

出口先生が左手で書いてくれた言葉。
出口先生が左手で書いてくれた言葉。

 

これ、本来は書けなかった左手で書いてくれたものだ。実にお上手。

先生は写真を撮ることは全て許してくれる。

先生は僕が話すことにしっかりと相づちを打ってくれて、時にハッキリと言葉にしてくれることも少なくなかった。大事なことは例のホワイトボードに書いてくれるのである。

こうして、しっかりとコミュニケーションを取ることができたのは嬉しい限りだった。

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「無減代」の報告と更なる拡大策のご相談

今回の先生との面会の主な目的は、先生にまた直接お目にかかりたいという思いが強かったのはもちろんだが、お忙しい先生にそれだけの目的で会っていただくことは心苦しく、憚られる。

具体的な案件を持って面会に臨んだ。このブログでも何回か紹介してきた「無減代」推進の件を直接先生に報告することが主な目的だった。

出口先生の「無減代」とは何か(復習)

「無減代」という働き方改革の大本命とも呼ぶべき取組みは、出口先生がある著書(「いま君に伝えたい知的生産の考え方」)の中でその考え方を紹介し、会社等での実践を呼び掛けていたものである。

効率性と生産性を高めるために、ただ無意味に時間だけをかけて働くのではなく、やらなくてもいいものは「無」くし、どうしてもやらなければならないのなら、その量を「減」らし、新しい発想で他の方法に「代」えてみるという、従来までの働き方、時間の使い方を抜本的に改め、新たなイノベーションを引き起こそうとする考え方だ。

職場で実際に取り入れ更なる拡大を模索

この出口先生が提唱した「無減代」に深く感銘を受けた僕が、自分が事務長職を務める病院で実際に導入したことは単発記事でも、また「自治体病院の病巣を斬る!」シリーズの⑮番でも報告していたが、その取り組みの実際を、提唱者である出口先生に直接報告し、更なる拡大策とそれに向けての支援をお願いした。

先生からは思わぬご提案もいただき、他の案件も一挙に解決、非常に貴重な時間を過ごすことができた。

元々出口先生は脳卒中で倒れる前から、人との面談は長くて30分ということを明言されていた。現に2年前はきっちり30分間だった。

僕も30分以上に及ぶことは極力避けようと注意はしていたのだが、結果的には50分以上もお付き合いさせてしまった。

様々な貴重なアドバイスをいただきながら、50分にも及ぶ面会を嫌な顔一つされることなく、最後まで笑顔で真摯にご対応いただいたことに、心からの感謝しかない。

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3冊の新刊を読み込んでお会いした

今回もまた、2年前と同様に先生との面会が決まった直後から先生の新刊書を中心にできるだけの本を読んで、面会させていただくつもりだった。

2週間程の限られた時間の中で、何とか3冊を読了し、このブログでも取り上げさせてもらった。最近集中的に紹介させてもらった「捨てる」思考法、「誰も行ったことのない・・・」、「日本史の極意」の3冊である。

もう1冊、以前から出口先生の書かれた全ての本の中でも屈指の名著だと確信している本については、半分近くまで読めたのだが、当日までに読了に至らなかった。

※この「自分の頭で考える日本の論点」という本は、かねてより先生が書かれた全ての本の中でも最高の1冊と確信しているのだが、敢えて大切にして読み渋っている。少し読むだけでもその素晴らしさは実感できる。今回の面会の前に読み切ってお目にかかりかったのだが、果たせなかった。

面談のアポが決まってから2週間の間に読んだ出口先生の本。手前の「自分の頭で考える日本の論点」だけは読了できなかった。これは大変な名著で、大切に少しずつ読んでいる。
面談のアポが決まってから2週間の間に読んだ出口先生の本。手前の「自分の頭で考える日本の論点」だけは読了できなかった。これは大変な名著で、大切に少しずつ読んでいる。
ちゃんと読了し、ブログにも取り上げた3冊。新しい本ばかり。
ちゃんと読了し、ブログにも取り上げた3冊。新しい本ばかり。

そんな僕に感謝してくれた先生の手書きの言葉が、冒頭で示した「お礼を申し上げます」だった。

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最後にまた記念写真に応じてくれた

かなり時間オーバーになっていたにも拘わらず、先生は2年前と同様に今回も快く写真撮影に応じてくれた。秘書のKさんがパシャパシャ撮ってくれた。

その記念撮影の際、先生はいつも自由に動かせる左手を出して難く握手しながら写真に応じてくれるのである。

先生を心から私淑する熱心な読者にとって、これ以上感動的なことはなく、僕はいつも両手で先生の左手を強く握ってしまう

左手で固い握手をしてくれる。僕は両手で握りしめる。
左手で固い握手をしてくれる。僕は両手で握りしめる。
最後に先生のお部屋で。ここでもしっかりと握手を交わす。
最後に先生のお部屋で。ここでもしっかりと握手を交わす。

 

これまた2年前と同様に、固辞する僕を払いのけるようにして、またエレベーターまで電動車椅子で一緒に来てくれて、最後にエレベーターの扉が閉まるまで、一生懸命に左手で手を振ってくれた

思わず涙が込み上げた。こうして2年振りの訪問は感動裏に終了となった。

出口先生と、何かにつけお心遣いをいただいた秘書のKさんに、心より御礼を申し上げたい。

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先生への謝意

おかげさまで夢のような貴重な時間を過ごすことができました。心から感謝申し上げます。

先生のアドバイスとご尽力を無駄にすることのないように、今後も頑張って行こうと決意も新たにいたしました。

先生の新刊書がまた来月出版されると聞きました。直ぐに読ませていただきます。先生の更なるご活躍を心から祈っております。

読者の皆さんにも、ここまでお読みいただいたことに心から感謝いたします。

 

 

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