「最後の決闘裁判」と同時に作り上げたリドリー・スコットの剛腕

リドリー・スコット監督の作品はこのブログでも何本も紹介してきた。僕が最も気に入っている映画監督の一人だ。今までに数多の名作と傑作を量産してきたハリウッドの巨匠は、80代になった最近もその力が衰えるどころか、その圧倒的な表現力と有無を言わせぬビジュアルの見事さは、ここにきて更に大きく開花しているように思える程だ。

先日(2022年6月末)、リドリー・スコット監督の最新作として「最後の決闘裁判」に紹介したばかりだが、その記事の中でも、今回の「ハウス・オブ・グッチ」のことにちょっと触れている。

というのは「最後の決闘裁判」と「ハウス・オブ・グッチ」は立て続けに作られたほぼ同時期の作品だからだ。

「最後の決闘裁判」と「ハウス・オブ・グッチ」に驚嘆

そこで驚嘆するのは二つのことだ。

先ずは、この連続して作られた2本の作品が、時代もテーマも全く異なるものだということ。

一方は今から700年以上も前の英仏百年戦争当時、14世紀フランスの時代劇。
もう一方は、イタリアの有名なファッションブランド創業家を描く現代劇。

この全く違う時代とテーマを、いずれも見事に映像化した。しかもどちらも2時間半を超える長い映画なのだ。かなり大規模な大作なのである。

もう一つの驚嘆事項は、改めて言うまでもなく、この全く内容の異なる2本の大作を作り上げた監督の年齢が、何と80代という超高齢であったことだ。「最後の決闘裁判」は83歳の時の作品。「ハウス・オブ・グッチ」は84歳だった。

到底信じられない。この濃厚な2本の大作を、80代半ばのおじいちゃんが作ったなんて。

「ハウス・オブ・グッチ」にはかなり詳細で長い貴重なメイキング映像が収められているのだが、それを見て何よりも驚かされるのは、演出をするリドリー・スコット監督の全く年齢を感じさせない若々しさだ。

見た目にも到底その年齢には見えないし、熱く精力的に映画作りに没頭している。新型コロナの感染防止で何とマスクを着用しての演出だが、その姿の若々しく力強いこと。本当に目を疑ってしまう程だ。

紹介した映画のジャケット写真
これがジャケット写真。実に豪華な俳優陣。グッチ一族が勢揃い。
紹介した映画の裏ジャケット写真
これが裏ジャケット写真。このキャッチコピーは単刀直入で、ズバリ言い当てている。

 

ここにきてリドリー・スコットが(数度目の)最盛期を迎えていることを実感させてくれる驚きの映画が、この「ハウス・オブ・グッチ」である。最高の感動作、傑作とまでは呼ぶことはできないが、相当な出来栄えであり、僕は大いに楽しめた。

リドリー・スコットのスタイリッシュな映像とカメラワークなど、映像美に大いに酔わされる。

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映画の基本情報:「ハウス・オブ・グッチ」

アメリカ映画 157分(2時間37分) 

2022年1月14日  日本公開

監督:リドリー・スコット

脚本:ベッキー・ジョンストン、ロベルト・ベンティヴェーニャ

原作:サラ・ゲイ・フォーデン『ザ・ハウス・オブ・グッチ』

出演:レディ・ガガ、アダム・ドライバー、アル・パチーノ、ジェレミー・アイアンズ、ジャレット・レト、サルマ・ハエック 他 

キネマ旬報ベストテンについては、来年2月の発表対象作品

紹介した映画のブルーレイのディスク本体
ブルーレイのディスク本体。この5人のグッチ一族が織りなす人間模様!

 

ストーリーは?:超名門ファッションブランド創業家を巡る殺人事件

イタリアはミラノ。父が経営するしがないトラック運送会社で働くパトリツィア(レディ・ガガ)はあるパーティでたまたまグッチ家の3代目に当たる弁護士志望のマウリツィオ(アダム・ドライバー)と出会う。名門グッチ家の御曹司と知ったパトリツィアは積極的にマウリツィオにアプローチをかけてその気にさせる。グッチ家は当時、創業者の二人の息子が経営権を握っていたが、マウリツィオの父ロドルフォ(ジェレミー・アイアンズ)は事業の拡大には興味を示さない慎重派。一目でパトリツィアの野心を見抜いたロドルフォは、財産目当てだから絶対に結婚するなと忠告するも、パトリツィアの魅力にメロメロのマウリツィオは忠告を無視して結婚し、勘当される。

こうしてグッチ家の御曹司との結婚に成功したパトリツィアは、本領を発揮して、グッチ家の経営に口を挟み始める。2代目社長として実質的にグッチの経営を仕切っていたやり手のマウリツィオの伯父アルド(アル・パチーノ)には、一人息子パオロ(ジャレット・レト)がいたが、出来の悪い変わり者だったので、アルドはマウリツィオに期待をかけていたのだ。アルドは甥っ子の新妻パトリツィアを気に入って新婚の二人をニューヨークに呼び出したのが渡りに船となった。

こうしてグッチ家の中枢に入りこめたパトリツィアは、気弱で優柔不断のマウリツィオを焚きつけて、グッチの経営に参画し、様々な画策を企てていくのだが、やがて・・・。そして遂に衝撃的な事件が起きてしまう。

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映画化が実現するまでに約20年も

これは実話だという。あの有名なグッチにこんな親族同士の確執があり、最後には若き3代目社長が暗殺されてしまう悲劇が起きていたとは、僕は全く知らなかった。その暗殺事件は1995年3月に起きており、当時は世界中のトップニュースとなったようだ。

暗殺事件からまだ30年も経っていない比較的新しい事件である。それだけに、この一大スキャンダルの映画化はかなり難航したらしい。早くから映画化の話しがありながら、主役と監督も決定できず、具体化できなかった

映画化権を持っていたのは、他ならぬリドリー・スコットだったことに驚きを隠せない。

リドリー・スコットは映画の製作(プロデューサー)も行っており、2000年代初頭に原作のフォーデンから映画化権を取得していたという。結局は自身が監督を務めることになり、天下の毒婦役にレディ・ガガを起用し、アル・パチーノ、アダム・ドライバーなど錚々たる俳優陣を終結させた。

そしてこんな豪華な俳優陣を誇る華麗な映画に仕上がったことは幸運だった。

シェイクスピアの悲劇を見ているような味わい

名門企業の経営権と財産を巡っての一族同士の確執と権力闘争というと、どこにでもありそうな話しではある。

まして気の弱い夫をけしかけて裏から夫をそそのかす権力欲に取りつかれた悪妻という設定は、シェイクスピアの「マクベス」そのものだ。その妻は一般的に「マクベス夫人」と呼ばれ、これを元にした黒澤明の「蜘蛛の巣城」など、多くの映画にも繰り返し描かれてきた。

古今東西の実際の歴史にも、何人も登場する。
今、NHKで放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも、夫の北条時政をそそのかす後妻の「りく」こと牧の方(宮沢りえ)がその典型だと言えば分かってもらえるだろう。

その意味では「ハウス・オブ・グッチ」は、華麗なる現代イタリアのファッションブランドの名門一家を描きながら、シェイクスピアの悲劇を見ているような味わいがある。パトリツィアは「マクベス夫人」マウリツィオは優柔不断な「ハムレット」というわけだ。

そうは言っても、この映画ではあまり悲劇性を重んじていないように思われる。それほど深刻にならずに、様々な人間模様を俯瞰的に少し距離を取って、あくまでも客観的に冷めて描いているように感じる。

あまり悲劇性を強調することなく、比較的カラッとしているのが特徴だ。そこを捉えて人物の描き方が少し薄っぺらいとも言われがちだが、そのいい意味での軽み、財産と権力に取りつかれてこんな殺人事件を平気で引き起こしてしまう浅はかな人間の姿を、敢えて突き放して描きたかったのではないかと思える。

「何やってんだ、この一族は」こんな感じだ。

悪女に振り回される情けない男ども

何故そのように感じるかというと、実は毒婦に振り回されるグッチ家の男どもが全体的にどいつもこいつも少し情けない男どもばかりのせいかもしれない。

威厳と恐怖を感じさせるような人物がほとんどいないのである。

アル・パチーノ演じるアルドにもう少し近寄り難いカリスマが欲しかったところだが、この人物も腰抜け感が強い。

グッチ一族の男共は実際にこうだったのだろうか。少し情けない感じがする。

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豪華俳優陣が見応え十分

それにしても、俳優陣は見事としか言いようがない。この布陣は全く素晴らしい。

主役を張ったレディ・ガガのことは後回しにして男優陣からいくが、主役級が4人もいる。マウリツィオは今、飛ぶ鳥を落とす勢いのアダム・ドライバー。この人は、リドリー・スコットが本作の直前に撮った「最後の決闘裁判」における主役の一人だった。ある意味で主演のマット・デイモンを喰ってしまったような存在感のある快演で、印象的だった。

本作ではどちらかというと妻の言いなりになる優柔不断な男を自然に演じている。この落差がすごい。

アル・パチーノとジェレミー・アイアンズの二人については、さすがとしか言いようがない。

この映画の中で一番驚かされてしまうのは、無能なダメ息子パウロ役。見事に禿げ上がった風采の上がらない、それでいて実にいい味を出している役者は一体誰だろうと思っていたが、メイキング映像を見て、本当に驚いた。実にハンサムなイケメンなのである。

知る人ぞ知る演技派男優ジャレット・レトだったのだ。ジャレット・レトと言えば、ハリウッドの話題作に引っ張りだこの実力派俳優にしてミュージシャンとしても知られる逸材で、2013年の「ダラス・バイヤーズクラブ」でアカデミー助演男優賞を獲得した注目の演技派である。メイキング映像を見ても、どうしても本人には見えず驚嘆する他はない。メイクアップに毎日6時間もかかったという。

紹介した映画のディスク本体とブルーレイに同封のポストカード
ブルーレイのディスク本体とブルーレイに同封された主役5人のポストカード

主役のレディ・ガガのこと

やっぱりこの映画の主役は毒婦パトリツィアを演じたレディ・ガガであることは、もちろんだ。確かに圧倒的な存在感と確実な演技力で女優としても抜きん出た実力の持ち主だと認めざるを得ない。但し、僕は前作、ガガが初めて主役を演じた「アリー/スター誕生」の方が好きだったと正直に告白しておく。

本作ももちろん素晴らしい役作りだと思うが、残念なことにこのパトリツィアという悪妻、財産と権力を満たすために計算づくでグッチの御曹司に妻に収まった毒婦に、どうしても共感することができなかったのだ。
悪役が嫌いなわけでは決してないのだが、パトリツィアは嫌いである。

そして一番嫌な点は、グッチの素晴らしい衣装に身を包んでいるものの、胸元が大きく開いた衣装が多く、その巨乳の「谷間」がやたらと目について、映画に集中できなくなる。演技力よりも巨乳ぶりをアピールしているようで、僕にはめちゃくちゃ抵抗があった。
残念でならない。

紹介した映画のパンフレットからの写真
映画のパンフレットから。この胸の谷間がたまらなく嫌なのだ。これを売り物にして、女優として開眼できるだろうか?
紹介した映画のパンフレットから
映画のパンフレットから。ガガの巨乳ぶりは相当なもの。強調するのはやめてほしい。

 

それよりもまたメイキング映像の話題になってしまうが、ガガと初めて対面したジェレミー・アイアンズが、ガガに、バイデン大統領の就任式の際のアメリカ国家の歌唱が素晴らしかったと絶賛していたシーンが忘れられない。
実は、僕もこの時のガガの歌唱に圧倒され、聴く度に涙が込み上げて止まらなくなる体験をしていたので、思わず嬉しくなってしまった。

ガガはやっぱり歌手の方が数段優れているなあと思ってしまうのだが、女優としてのガガを決して否定するものではない、念のため。

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グッチを全面に出した垂涎のファッション

グッチを描いた映画なのだから、グッチ商品が全面に出てくるのは当然のことで、それが大きな見どころとなる。世界トップブランドの全面的な協力を得て、グッチならではのラグジュアリーなファッションをありったけ楽しむことができる。

これを見るだけでもこの映画を観る価値がありそうだ。

パンフレットから。
パンフレットから。ゴージャスな映画ではある。

リドリー・スコットの映像美はさすがの一言

最後はリドリー・スコットの映画作りについてだ。本当にこんなファッション業界を描いた現代劇まで、そつなく撮ってしまうリドリー・スコットの剛腕ぶりに驚かされる。

ところどころさり気なく、長回し映像が出てくるのだが、今までリドリー・スコットの長回しはあまり記憶がなく、少し驚いている。リドリー・スコットは何度も書いたが、その圧倒的なビジュアルが傑出した監督なのだが、あまり長回しには拘っていなかったのではにだろうか。それが84歳にもなって、敢えて長回しを取り入れたチャレンジ精神に脱帽だ。

本当に美しい映像が続く圧巻の演出は、この高齢に至っても全く衰えることがないばかりか、いよいよ輝きを増してきた感さえある。

これだけ贅沢な映像美に溢れた映画はそう観れるものではない。さすがと言うしかない。

どうか楽しんで観てほしい。

そして今を盛りとまでに栄光を享受しているグッチには、現在、創業家一族は一人もいないという悲しい名門ブランドの悲劇を知っていただき、家族と組織、経営の在り方について考えてみるのもいいだろう。
いずれにしても必見の映画である。

 

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