大友克洋の大傑作「童夢」が最高の形で復刻!

「童夢」は知る人ぞ知る日本漫画史上の大傑作だ。漫画の表現方法を根底から覆した問題作にして、もはや名作と呼ぶべき極めて高い評価が確定した日本漫画史上の「古典」でもある。

作者は言わずと知れた大友克洋だ。大友克洋と言えば、手塚治虫亡き後、手塚の牙城をも崩しかかっていた数多の劇画作家も自らの殻を破れずに低迷していた時代にあって、行き詰まった漫画界に彗星の如く出現した天才漫画家である。

大友克洋が日本の漫画界を救済してくれる新たな星だと誰もが期待に胸を膨らませたものだ。

その期待があまりにも高かった大友克洋も、結果的には、少し力を出し切れなかった、もっと圧倒的な存在感と膨大な作品を残してくれるはずだったのに、というのが僕の本音ではあるが、この「童夢」が異次元のというか、異様なまでの傑作であることは間違いない。

この未曾有の傑作が長らく入手不可能だった

そんな未曾有の大傑作が、長らく絶版となって入手不可能だったのだ。多くの漫画ファンを嘆かせ、失望させていた。文字どおり「何たるスキャンダル!」というわけだ。

それがこの度、見事に復刻。こんな嬉しいことはない。昨年(2022年)のことだった。

「童夢」が復刻しただけではなく、大友克洋の作品群が大プロジェクトとして、一斉に世に出ることとなった。「大友克洋全集」の発刊である。

紹介した「童夢」の復刻本の表紙の写真。
これが復刻本の表紙。
復刻した「童夢」の裏表紙の写真。
こちらが裏表紙。

 

この講談社から現在も定期的に刊行され続けている「大友克洋全集」のことは、いずれ詳しく紹介することにしたいが、今回は「童夢」にターゲットを絞りたい。

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「童夢」の基本情報

大友克洋による漫画作品。連載は1980年から1981年にかけて4回に分けて発表された。1980年から1981年というのは邦暦でいうと昭和55年から56年になる。昭和がまだ10年近く残っていた時代である。

作者の大友克洋は1954年生まれなので、36歳から37歳にかけての作品ということになる。大友克洋の初の単行本となる「ショートピース」を敢行したのは1979年のことであり、「童夢」はかなり初期の作品と言ってもいいだろう。むしろ35歳で最初の単行本というのは、かなり遅咲きの漫画家と呼んでもいいのかもしれない。

「童夢」は当時から絶賛され、1983年に第4回日本SF大賞を受賞。1984年には第15回星雲賞コミック部門を受賞している。

手塚治虫の活動時期と対比させてみる

「童夢」が発表された1980年から81年というのが漫画界にとってどういう時代だったのかは、手塚治虫の活動との対比でイメージしてもらうと分かりやすいかもしれない。

少なくともこの「熱々たけちゃんブログ」で「手塚治虫を語り尽くす」シリーズをお読みの方にとってはイメージしやすいと思われる。

1980年から81年というのは手塚治虫52歳から53歳である。ちなみに手塚治虫と大友克洋とでは約26年の年齢差がある。

この頃の手塚治虫は復活の狼煙をあげた「ブラック・ジャック」の連載がほぼ終わりつつある時代で、毎週の連載は終了し、不定期に掲載されるという時期だった。「ブラック・ジャック」が連載されていた少年チャンピオンでは「七色インコ」が毎週連載され、大長編の「ブッダ」と、青年・大人向けの作品ではこれまた大長編の「陽だまりの樹」がスタートしたころである。

畢生の大作「アドルフに告ぐ」の週刊文春への連載が始まるのは、1983年からである。

「童夢」発表の詳細とその後の経緯

「童夢」は4回に分けて発表されている。大友克洋が若い頃から縁が深かった双葉社から出ていた漫画雑誌「アクションデラックス特別増刊」第3号から第5号まで3回連続して掲載された後、少し間をおいて第4話(最終話)は、「漫画アクション増刊スーパーフィクション」第7号に掲載され完結された。

その後、加筆修正と書き下ろしページが加えられ、1983年に双葉社の「アクションコミックス」より単行本が刊行。特に第4話(最終話)はほぼ全面改訂に近いほどの大幅の修正が施された。

1984年12月には双葉社から「童夢 豪華版」が発行され、その後20年以上に渡り60刷以上の増刷を重ねながらも絶版。今日では入手困難な状態が続いていたが、2022年になって今回の待望の復刻に至ったという経緯である。

今回の復刻本の特徴

大友克洋の全集の一環として復刻された。「OTOMO COMPLETE  WORKS  第8巻  童夢」である。 

2022年1月19日第1刷発行。講談社からの発行だ。
「大友克洋全集」の第1期・第1回配本のタイトルとして、この「童夢」が選ばれている。

漫画本編は245ページ。その後に豊富な写真と共に、大友克洋自身による解説が4ページ掲載されている。

原画から新たに起こした版により画質も向上し、厳選された資質によって印刷のクオリティも素晴らしい仕上がりである。

更に、以前の単行本では未収録となっていた幻の連載時の扉や、2色カラー原画(16ページ)も復刻し再現。大友克洋が単行本カバー用として構想していたイラストをカラーにて完全再現し収録されている。

判型(本の大きさ)は以前の単行本よりもひと回り大きいB5変形サイズとなっている。

中々高級感の漂う豪華な作りとなっているのが嬉しい。

復刻した「童夢」を立てて写した写真。
立てて写すとこうなる。それなりの厚みがある。
編集後記というか全集の発刊についてのコメント。
大友克洋の全集について「読者の皆様へ」と称してのコメント。これは読みごたえがある。

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どんなストーリーなのか

首都圏郊外のとあるマンモス団地では飛び降り自殺などの不審死が続出し、警察が捜査を進めているが原因と謎は一向に解けないばかりか、その後も不審死は収束しない。最初の被害者が出てから3年ちょっとの間に自殺者と思われるもの5名、事故扱い7名、事件扱い3名、変死9名と、尋常じゃない状態が続いていた。

これは果たして霊や祟りの仕業なのか、事故や事件なのか、それさえもはっきりしない中で、更なる悲劇の幕が切って落とされる。

遂に捜査中の警察官からも被害者が出て、拳銃が奪われる事件が起きる。

巨大な団地の中には怪しげな人物が何人かいたが、犯人と特定できる人物はいない。そんな中、この団地にえっちゃんこと悦子という超能力を秘めた少女が越してくる。悦子は超能力によってあることに気がつき、団地の住民も警察も全く気付かないところで、壮絶な戦いの火蓋が切って下ろされる・・・。

果たして不審死の真相は?壮絶な戦いに巻き込まれた悦子は勝つことができるのか?

とてつもない衝撃を受けるサイコスリラー

これは読む人全てが度肝を抜かれ、とてつもない衝撃を受けるに違いない大変な漫画である。

サイコスリラーと呼ぶべきだろうが、大友克洋はこの作品のヒントをこの頃大ヒットした「エクソシスト」(日本公開は1974年)から得たというから、ホラー、あるいはオカルトものと呼ぶべきかもしれない。

本書の巻末に掲載されている大友克洋自身の解説を一部引用させてもらう。

「『童夢』を作るにあたり、発想の元になったものがいくつかあります。
先ずは『エクソシスト』。この映画にショックを受けて、アシスタントたちと一緒に「次はホラーだ!」と話していました。
同じ時期に観た映画のひとつに大林宣彦作品の『HOUSE』という幽霊屋敷ものもあって。これは西洋館を舞台に日本の怪談を描いているんです。これを観て、「日本の幽霊屋敷ってどこなの?」という話になったんです。ちょうどその頃、ある団地で飛び降り自殺が続出し話題となっていました。それで「団地だ!」となったんです」

その団地というのは高島平団地(東京都板橋区)のことで、この巨大な団地で起きる相次ぐ不審死が社会問題化していたのである。

その高島平団地をモデルにして、超能力者が繰り広げる壮絶なバトルが凄い。

しかもそのバトルは、超能力を持つ者にしか真相が分からないようにできていて、凄まじい破壊と壮絶なアクションが繰り広げられる一方で、一番重要なバトルは超能力を駆使して戦うもので、一般人には見ることができないにも拘わらず、それでいて相手の命を奪うような凄まじいものである。

正にサイコスリラーであり、オカルトであり、ホラーなのである。

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壮絶なバトル描写に圧倒されてしまう

その壮絶なバトル描写の凄さに言葉を失い、圧倒されてしまう。大友克洋が描き出す想像を絶する悲劇的な戦いの描写が、全く凄いの一言に尽きる。

団地のビルが激しく破壊され、悪しき超能力に操作されて、理性を失って殺し合うことになる無垢な人々の悲劇の描写も、目を覆いたくなる程の激烈さだ。

だが、一番の見どころというか読みどころは、実は派手なアクションを伴わない念力、テレパシーによる攻撃力の方にある。この念力の破壊力を漫画で表現することは至難な業だと思われるが、大友克洋は実に冷静にその威力の凄まじさを表現し尽くした

少年向きのいかにも漫画チックな荒唐無稽ではなく、あくまでもリアルに徹して、細部まで非常に緻密に描き出すのが大友克洋の真骨頂。斬新な表現が読むものを圧倒する。

漫画の中の1シーンからの写真。
本書からの転載。激烈なアクションシーン。

 

正に一つの時代を開拓し、漫画表現に革命をもたらした大友克洋ならではの大人の鑑賞に堪えうるリアリズム漫画の粋ががここにあると言っていいだろう。

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「童夢」のどこがすごいのか

壮絶なバトル描写にだけ注目していては、この作品の新しさと価値は半分も理解したことにならないと思われる。どうしても派手なアクションや過激な表現に目を奪われがちだが、大友克洋の漫画の革新と斬新さの中で、そこはホンの一部でしかない。

「童夢」は漫画表現の革命だったと言われている。80年代初頭に「童夢」が発表されて以降、全ての漫画家に多大な影響を与えたと言われているこの「童夢」のすごさはどこにあるのだろうか?

漫画界には「大友克洋以前」と「大友克洋以後」という指標があるほどだ。そんな分水嶺にも例えられる大友克洋の凄さの秘密に迫りたいのだが・・・。

本書からの転載。
漫画からの転載。

僕には実はうまく説明できない

これだけ言っておきながら、実は僕自身、大友克洋の斬新さとものすごさを、うまく言い表せす術がない。誰にでも良く理解できるように説明できない、というのが正直なところ。

この童夢が発表された1980年代初頭、30代後半の大友克洋が漫画界に突き付けた挑戦状というか、問題提起はどこにあったのだろうか。

記述のとおり大御所の手塚治虫はあの「ブラック・ジャック」のほとんどを発表し終えていて、「ブッダ」と「陽だまりの樹」という大長編を連載している真っ最中。「アドルフに告ぐ」こそまだ世に出ていないが、手塚治虫は大復活を遂げて、人気が再燃し、一方でかつて手塚治虫を散々苦しめた劇画はそのブームに陰りが出始めていた。

そんな時期に彗星のごとく突然現れたのが大友克洋だったわけだが、確かに大友克洋の画は手塚治虫のような少年漫画とも、一世を風靡した劇画とも異なっている。

本書からの転載。
漫画からの転載。

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緻密に描き込まれた映画的手法

その特徴を的確に表現することは僕の力量では困難で、到底身に余るが、僕は大友克洋の絵・画の特徴はその徹底したリアリズムにあるのではないかと思っている。「リアリズム漫画」と呼ぶべきではないか。

とにかく細部まで緻密なのである。基本的に背景も手を抜くことはない一方で、思い切って背景や周囲の状況を省略するような相矛盾する手法を大胆にも取り入れる。

この点は注目すべき大友の特徴ではある。緻密で細部まで丹念に書き込む一方で、大胆に背景などを省略して、全体的に余白が多く、何も書かれていない白い大きな余白に人物が小さく入り込んでいるというような構図がしばしば出て来る。

劇画のように感情的な表現は極力押し殺され、文学でいう「ハードボイルド」というか、余計な感情や思い込みは徹底的に排除され、登場人物の行動(アクション)で物語を語る傾向が強い。非常にドライというか乾いた作風なのである。

それでいてその圧倒的な迫力たるや、大変なインパクトと衝撃で読者に迫ってくる。これは大友克洋だけがなし得た絵と画の持つ力であろう。

もう一つ、僕が驚かさせるのは、アングルが自由自在というか、視点が頻繁に入れ替わり、まるで超一流の映画を観ているようだ。いや映画でもここまで自然に自由自在に視線(視点)が入れ替わることはそうそうできない。オーソン・ウェルズの「市民ケーン」が試みたような作画。

水平に描かれていた絵が、次のコマでは直ぐに視線が上がり、俯瞰的に描かれる。その視線の入れ替わりは本当に驚かされる。

本書からの転載。
アングルの転換が著しいシーン。視点がコマごとに切り替わる。これぞ大友克洋の技。

 

大友克洋は大変な映画マニアであり、映画への傾倒ぶりは半端ではなく、一時は漫画を捨てて映画監督を真剣に目指したというが、彼の絵・画を見ていると実に映画的な手法が濃密だ。

大友克洋は漫画の表現方法を刷新したと言われるが、実は名作・傑作と言われる漫画作品はあまり多くはなく、むしろアニメーションの監督業が主流になりつつあるが、元々は映画を目指していたのだから、それは当然の結果だったのかもしれない。

いずれにしても、大友克洋の漫画は、極めて魅力に富んだ大人の鑑賞に堪えうるものという一言に集約されそうだ。

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デヴィッド・リンチによる実写映画化は幻に

「童夢」がこれほどの傑作にして、映画的な手法に満ち溢れていることもあって、これをアニメーションにする、あるいは実写映画にするという話しは何度もあったらしい。

何と言っても有名な話しは、あのデヴィッド・リンチによる実写映画化である。

デヴィッド・リンチは「エレファント・マン」や「ブルーベルベット」、「ワイルド・アット・ハート」、更に「マルホランド・ドライブ」などの熱狂的なファンを持つカルトムービーで知られる大監督。テレビドラマの「ツインピークス」でも一世を風靡した鬼才中の鬼才として名高い。

そんなリンチ監督による「童夢」の映画化はかなり具体的に話しが進んだようだが、最終的には実現できなかった。返す返すも残念である。

全米で大ヒットの「イノセンツ」は童夢へのオマージュ

この夏(2023年)、アメリカで大ヒットしている注目の映画が、何と「童夢」がモデルになっていると聞いて、ビックリしてしまった。

昨年公開された「私は最悪。」という注目作を作ったノルウェーの鬼才エスキル・フォクト監督によるサイキック・スリラー「イノセンツ」のことだ。

現在アメリカで大ヒットし、批評家からも絶賛されているらしいが、フォクト監督自身が「童夢」からインスピレーションを受けて本作を創ったと語っている。

「童夢」に捧げたオマージュだという。これは何とも嬉しい話し。「イノセンツ」も楽しみでならない。

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とにかく「童夢」を読んでほしい

とにかく騙されたと思って「童夢」を読んでほしい。必ずや大きな衝撃を受け、その世界に没頭してしまうはずである。正しく日本の漫画史に燦然と輝く金字塔。これを読まずに漫画のことを語るなと言ってしまいたくなる世界に誇る日本の文化遺産と呼んでもいい傑作だ。

迷わず購入して、読んでほしい。

 

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童夢 (OTOMO THE COMPLETE WORKS) [ 大友 克洋 ]

 

 

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