立花隆の新書「知の旅は終わらない」を漸く読み終えた。メチャクチャおもしろくて、ページをめくる度に大いに感動させられた。

新書一冊読み終えるのに3カ月もかかった訳は?

全406ページ。新書としてはかなり厚い方ではあるが、しょせん新書で、わずかに400ページ強の小さな本である。集中的に読めば2〜3日もあれば楽々読了できてしまうし、他のいくつかの本と併読していても、2週間もあればじっくりと読めることは間違いない。

それが今回僕は、丸々3カ月もかけて漸く読み終えることができた。こんなに時間がかかってしまったのに、訳がある。

①最近あるトラブルに巻き込まれて、その対応に追われ、中々読書に集中できなかったことが先ず第一。

②そんな時に限って、読みたい本が山のように出てきて、現在6冊くらいを同時に読み進めていたこと。

③大変なトラブルが起きて、その対応に追われる中で、映画だけは狂ったように観続けていたこと。ギンレイホールに足繁く通うだけではなく、U-NEXTに加入して、丸々1カ月間、短期集中的にインターネットで映画を観まくった。これについては別稿にて報告予定。

④そして、こんなに時間がかかってしまったのは、実はこの本自体に原因があったのだ。読むほどにおもしろく、その都度深く感動してしまうため、本当に大切に慈しむようにゆっくりと味わいながら、噛み締めるようにして少しずつ読んできたことが大きい。

僕がどれだけ立花隆に夢中で、彼の著作を数十年間に渡って、むさぼるようにして端から読み続けて来たかについては、既にブログに書いてきた。
「立花隆をトコトン極める」https://www.atsutake.com/2020-02-12-221352/
「立花隆の全ての本を、写真で大公開!!」https://www.atsutake.com/2020-02-17-195315/ ‎

彼の作品はほとんど読み尽くし、まだ読んでいないものはほんの5、6冊になっている。全部読み切ってしまった後の立花隆ロスが怖い。そう思うと、どうしてもゆっくりと慈しむように読みたくなるものなのだ。

ましてや、今回のこの一冊は特別な本なのであった。

タイトルは「知の旅は終わらない」だが、その内容はサブタイトルが言い尽くしている。こうだ。
「僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと」。

これが表紙。この写真付きの大きな帯が嬉しい。

これは「立花隆自伝」に他ならない

このサブタイトルのとおり、立花隆が自らの半生を思い起こし、過去の生き様を省みながら、主な著作の解説をするという体裁となっていて、分かりやすく言うと、これは『立花隆自伝』に他ならないのである。

しかも読み始めると直ぐに分かるが、これは全体を通じて語り言葉で書かれていて、非常に読みやすく、とっつきやすい。

元々立花隆の文章は本当に分かりやすく、かつ正確ということが最大の利点で、曖昧な部分がほとんどない読みやすい文章なのだが、ここでは語り言葉で書いてあるだけに、その分かりやすさ、読みやすさは格別である。

立花隆が自分の目の前にいて、自分のために語ってくれているかのように思えるほど、親しみやすく分かりやすい本なのだ。

裏表紙。帯の裏に全体の構成が表示されている。これでおおよその内容が伺える。

ファンにはたまらない宝石のような一冊

僕のような熱心な立花隆の愛読者でも、この本を読むまで知らなかった情報が山のようにあって、先ずはそれが衝撃であり、非常に嬉しかった。

一時、流行した「トリビア」のオンパレード。正に立花隆のトリビアの宝庫で、僕のように熱心なファンはもう嬉しくてたまらなくなる。

立花隆のことは何でも知っているつもりだったのだが、実は知らないことだらけだったことに衝撃を受け、確かにショックではあるけれど、これはやっぱり嬉しい。

この空前の知の巨人がどうやって誕生し、ここまでの成長を遂げたのか?正にメイキング・オブ・立花隆なのである。

それを本人自身の口から直接聞ける喜びは他に例えようのないものである。

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内容は2本の柱から成り立っている

この「立花隆自伝」は、内容的には2本の柱から成り立っている。

①一つは立花隆の人生の歩み。この本が出版された2020時点で80歳を迎えた立花隆の波乱万丈の人生の歩みを辿っていく。

②もう一本の柱は、約100冊ある立花隆が書いてきた本に関する解説だ。その本が書かれた経緯とそれにまつわる様々なエピソード、そしてその本の要約。何を訴え、何を伝えたかったのか、その核心部分を要領良く伝えてくれる。簡潔ではありながらもその1番重要な部分、中核に迫る作者自身による解説は実に貴重なものだ。僕はそれを読むだけで何度も何度も鳥肌が立って、しきりに頷いでしまった。そして黄色のラインマーカーを塗って悦に入ることがしばしばだった。

立花隆の人生の歩み

僕のような凡人には想像もつかないことだが、その波乱万丈の人生模様は実におもしろい。

やっぱりこういう不世出の天才というのはどんなジャンルにも出現するもんなんだと感嘆しきり。

その中でも特徴的なことは、人生の節目節目で決まって旅が出てくることだ。この立花隆の旅は、本当に興味が尽きない。そしてこの数度に渡る大旅行が稀代の作家・評論家・ジャーナリストの立花隆を形成したと確信を抱かせる。
いや、これは正確ではない。人生の節目に大旅行が出てくるのではなく、この大旅行がその都度契機となって、その後の立花隆の人格とものを見る目を養って、立花隆が進化を遂げて行ったというのが正しいのではないか。そう思えてならない。

若き日の大旅行が立花隆を形成した

中でも興味をそそられるのは、東大在学中の20歳の時のヨーロッパへの大旅行。これが先ずは最初のエポックメーキング。

このロンドンで開催された国際青年核軍縮会議出席のための大学時代のヨーロッパ大旅行は立花隆の非常に有名なエピソードであり、もちろん僕も良く知っているつもりだったが、この本の中では今まで明らかにされていなかった様々なエピソードが盛り込まれ、本当に夢中になって読んでしまう。

僕も学生時代にこんな体験ができればその後の人生も大きく変わっただろうと何とも羨ましく、感嘆させられると共に、何と恵まれた人だと思わずにはいられない。この旅が「立花隆」を作り上げたことは間違いなく、「かわいい子には、旅をさせろ」とのことわざを引用するまでもなく、旅というものは確かに大きく人を育てるのだと痛感させられる。

そう言われれば、立花隆に次ぐ「知の巨人」「知の怪物」と言われているこれまた僕が愛読しているあの佐藤優も、何と高校合格後の15歳の時に当時まだ共産圏だったソ連と東欧への大旅行を敢行したことは有名な話しで、2018年の春に「15の夏」という上下2巻に及ぶ長い本が出されたことが思い起こされる。

この未曾有の新旧二人の知の巨人がいずれも若き日に考えられない大旅行を敢行したことは偶然の一致とは思えないのである。

更に文芸春秋社を退社し、東大の文学部哲学科に学士として再入学した後の32歳で敢行したイスラエル、ヨーロッパ、中近東の何と9カ月に及ぶ大旅行と、34歳のときの中近東からインドにかけての3カ月に及ぶ大旅行。この若き日の二つの大旅行に関してかなりのスペースを割いて言及されているが、この旅行の中身が正に圧巻だ。

その後の様々な旅行もそれぞれ興味深いものだ。これらの立花隆の旅行に関して興味のある人は、更に立花隆の「思索紀行」と「エーゲ 永遠回帰の海」の2冊を是非とも読んでほしい。最近、文庫本となって再出版されたので是非手に取ってほしい。

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著作の解説はこの自伝の白眉

立花隆自身の話し言葉によって語られる名著の解説はやっぱりこの本の白眉である。

文章の長短はあってもここでは彼のほとんど全ての作品の解説がなされている。僕のようにホンの数冊を除いて全て読んでいる者からすると、もうその全てが愛おしくなるほどの珠玉の解説の数々に、本当に感動を禁じ得ない。

繰り返しになるが、その本が生まれた経緯と埋もれたエピソード。そして訴えたかったことの要点。その核心に迫る解説は眼から鱗の連続で改めて大いに勉強になる。
一度読んでいるはずなのに、この自伝を読んで、あれっ?そうだったのかと認識を新たにしたり、少し忘れてしまっているものも少なからずあった。

そうなると、またオリジナルの立花隆の作品をもう一度読み直したくなる。これは困ってしまう。実は既に読み始めているものが数冊あるのだが、他にも読まなければならない本が山のようにある身としては少し辛い。

それにしても、田中角栄の金脈追求から始まって、日本共産党の研究、中核vs革マル、そして田中角栄のロッキード裁判の膨大な傍聴記と政治批判の膨大な著作。宇宙からの帰還、脳死、臨死体験、サル学、香月泰男、天皇と東大。そして様々な第一線の科学者たちへの徹底したインタビューで生まれた科学ものの数々。そして最後の大作となった武満徹まで、この信じい難いほどのバラエティさと個々の作品の完成度の高さに、改めて驚嘆せざるを得ない。

そして立花隆というと、ペンの力で田中角栄という戦後最大の権力を誇った時の総理大臣を辞任に追い込んだ稀代のジャーナリストというイメージが強いのだが、実は、意外と思われるかもしれないが、立花隆自身が様々なところで語り、この自伝の中でも繰り返し書いているように、立花隆にとっては田中角栄の追及は驚くほど小さかったということが良く分かる。もっと大きなテーマがあったのだ。

立花隆の傑作の数々を作者自身がどう語り、どう評価しているのか。これは熱心なファンならずとも興味が尽きないもののように思える。

新書としては比較的厚めだ。これがまごうことなき「立花隆自伝」である。

数冊、立花隆の作品を読んでもらってから本書を読めば申し分ない

だが、やはり先ずは先に立花隆の著作を2、3冊読んで、その上での本書の閲読をお勧めしたい。

本書の最後はがんについて語られる。自身がかなり進行した膀胱がんを宣告された経験を持ち、がんについてのNHKの特集番組を組み、感動的な「がん 生と死の謎に挑む」という本も書いている。そこから展開される死に感する考察はさすがに感銘を受ける。
「まあ、死ぬときは死ぬさ」という諦観が心に響く。

残された限りのある時間の中で、これからどうしても書きたいと願っている2冊の本について語ってこの本はおしまいとなる。

「立原道造」と「形而上学」。これはいかにもおもしろそうだ。何とか書き終えてほしいと願わずにいられない。

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唯一残念な点は、批判への言及がないこと

ここ10年ほど立花隆への批判が巻き起こり、バッシングもかなり受けたことはブログでも紹介したとおり。

いずれも立花隆本人からすれば、相手にする価値もないということなんだろうが、熱心なファンとしては、このことに沈黙を守り続けている立花隆が、内心ではどう受け止めているのか、本音を聞いてスッキリとしたいというのは紛れもない事実。

これらの立花隆への批判に対して、一言でもどう考えてもいるのか、聞かせてもらいたかった。

批判を受ける、誹謗中傷を受けるということに対して、立花隆がどう考え、どう立ち向かったのか、その核心部分を一言だけでと聞くことができれば、それはそれで大いに参考になるのではないかと思われ、残念でならない。

羨ましい。こんなふうに生きられたら

読み終えてしみじみと思うことは、本当に何という素晴らしい人生を過ごしてきたのかという一言に尽きる。

こんな人生を送り、こんな名著を続々と残した知の巨人は、やはり眩し過ぎる存在なのであった。

とても彼のようには生きられない。真似はできない。

だが、彼の生き様と彼の残した膨大な著作物の中から、多くの人々がたとえ一つでも二つでも、学びとり取ることができればと願わずにはいられない。本書はそのための非常に有効な羅針盤となることだろう。

 

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