僕が特別に信頼しているポール・ハギス

2021年のGWで観た映画を紹介する企画の第3弾はポール・ハギス監督の「スリーデイズ」。

ほとんど知られていない映画だと思う。ポイントは監督・脚本のポール・ハギスである。

シネ・フィル=映画狂の僕は好きな映画監督は山のようにいる。お気に入りの監督を指折り数えると、アッという間に両手を使っても足りなくなってしまう。

熱愛している監督はザッと20人は下らないだろう。そんな中にあって、大好きだ!という感じとは少し違って、特別に信頼しリスペクトしている監督がポール・ハギスなのである。

描く内容の間違いのなさと、必ずや深い人間模様を描いてくれるという絶対的な安心感。揺るがない人間観察眼で、常に注目し、リスペクトしている映画監督、それがポール・ハギスだ。

元々、傑出した脚本家であり、自身が監督を務めた作品はごく僅かなのだが、当然その脚本は本人が書いていて、監督・脚本となる。いずれも珠玉の作品ばかりだ。

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「クラッシュ」と「ミリオンダラー・ベイビー」の2本で大ブレイク

監督としてのハギスが一躍、注目されたのは「クラッシュ」という作品。これはもしかしたら、今となってはあまり知られていない知る人ぞ知る映画になっているのかもしれないが、大変に感動的な映画。

何と2005年のアカデミー賞の作品賞と脚本賞に輝いた名作中の名作。この年の話題を総なめにした映画と言ってもいい。

僕はこの「クラッシュ」に特別な感銘と衝撃を受けて以来、最も大切にしている映画の一本と言ってもいい。本当に大切にしている心の支えのような映画となり、脚本と監督のポール・ハギスを特に信頼する特別にリスペクトする監督となり今日に及んでいる。

とは言うものの、やっぱり地味なんだろう。今では「クラッシュ」と聞いて、ピンとくる映画ファンがどれだけいることか。

ハギスが更に知られるようになったのは、監督というよりは脚本家としてである。

「クラッシュ」の翌年(2006年)にアカデミー作品賞に輝いたのは、あのクリント・イーストウッドが監督した、非常に良く知られている「ミリオンダラー・ベイビー」である。こっちの方は今や世界最高の監督に上り詰めたイーストウッドだけに、映画も大ヒットし、良く知られているのだが、あの脚本を書いたのがポール・ハギスなのである。

アカデミー作品賞を獲得した映画が、2年連続で同じ脚本家による映画というのは史上初の快挙で、長いアカデミー賞の歴史の中でも未だに破られていない記録だという。

その後も錚々たる映画の脚本を書き続ける

この2年間のハギスの実績は凄すぎるの一言に尽きるが、その後もイーストウッド監督の硫黄島二部作のうちのアメリカ側の視点で描かれた名作「父親たちの星条旗」の脚本を書いた。ちなみにもう一本の日本側からの視点で描いた「硫黄島からの手紙」の方も、ハギスが原案とされており、製作総指揮を務めている。つまりあの大傑作のイーストウッドの硫黄島二部作は、ポール・ハギスがいなければ生まれなかった作品と言ってもいい。

更にダニエル・クレイヴ演じる007の新シリーズの脚本を書いて、実に奥の深い最高の007映画を作ったのもハギスだ。「カジノ・ロワイヤル」と「慰めの報酬」の2本。

審美眼のある映画ファンなら、これらの映画に共通する類い稀な奥深い映画世界と人間観察眼の確かさを理解してもらえるはずだ。

僕がポール・ハギスを心からリスペクトし、特別に信頼している理由(わけ)を分かってもらえるのではないだろうか。

そんな名作群の中にあって、残念ながらあまり話題にならず、それほど評価もされなかった何本かの脚本・監督作がある。
「告発のとき」と「スリーデイズ」、そして「サード・パーソン」の3本。いずれもポール・ハギスらしい深い人間ドラマと観察眼に満ちた傑作だが、今回紹介するのは、今年(2021年)のGWで観た「スリーデイズ」である。

このジャケット写真は本文中にも書いたが、ちょっとどうかと思う。これを見て傑作・名作の可能性を感じるだろうか。これでは唯のB級アクションだ。残念!
裏ジャケットはまだいくらかマシだ。特典映像が充実していて嬉しい。 スリーデイズというタイトルも気に入らない。

映画の基本情報:「スリーデイズ」

アメリカ映画 134分(2時間14分)  

2011年9月23日 日本公開

監督:ポール・ハギス

脚本:ポール・ハギス

出演:ラッセル・クロウ、エリザベス・バンクス、ブライアン・デネヒー、リーアム・ニーソン他

脚本はポール・ハギスとなっているが、実はこの映画はあるフランス映画のリメイクであることは最初に伝えておく必要がある。

2008に公開されたフレッド・カヴァイエ監督、ヴァンサン・ランドン主演のフランス映画「すべて彼女のために」をポール・ハギスがリメイクしたものだ。

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無実の妻を刑務所から脱獄させる考えられない逃走劇

ストーリーはいたって単純明快だ。主人公のジョンはピッツバーグの短大の文学の教授。良き妻と一人息子に恵まれ幸せな家庭を築いていたが、ある日突然、妻が殺人の容疑で逮捕されてしまう。状況証拠では妻が殺したとしか思えない展開で、裁判で有罪が確定するのも時間の問題と追い詰められる。どうしても妻の殺人を信じられないジョンは、ある大胆な方法でしか妻を救い出せないと考え、綿密な脱獄計画を練り上げる。チャンスは限定され、遂に決行される。無事に逃げ切ることはできるのだろうか。

主人公ジョンを演じるのは名優のラッセル・クロウ。「グラディエーター」や「ビューティフル・マインド」などで有名な実力者。さすがにいい味を出しているが、1シーンだけ現れるリーアム・ニーソンを除いては、それほど有名な俳優は出ていない。それがいかにもいつ自分の身に降りかかってもおかしくないようなリアルさを感じさせ、現実感が漂う。

とても2時間で描ける題材ではなく、構成に無理もあるが

とても2時間で描ける題材ではない。テレビドラマか何かで数回に分けて放送しないととても描き切れない。先ずは、妻が真犯人なのかどうか?これは冤罪のようだが、それを晴らす証拠がどこからも出てこない。救う方策は他にも何かあるはずだが、大都会でたった一人の力によって脱獄させ、しかも大都会の中を逃げ切ることなど、どう考えてもできそうにない。しかも幼い男の子まで抱えているのだ。

それを強引にも2時間強で描き切ってしまうという荒業。少し破綻を来しそうな部分はあるのだが、何とかギリギリ収めてしまうのは、むしろ神技と言うべきかもしれない。

厳密にみるとこの逃走劇が成功する可能性は、最初からほとんどあり得ないし、この現代のアメリカの大都会で、こんな非常識な話しは元々無理だと言われてしまっても全くそのとおりで、ハッキリ言って荒唐無稽以外の何物でもないということになってしまう。

だが、そんな心配を吹き飛ばしてしまうような見事な展開に、観ているものは画面に釘付けとなり、ハラハラドキドキ。手に汗握る展開に時間の過ぎるのを忘れて、無我夢中になってしまう。

これは誠に神技と言うべきか。

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ポール・ハギスのマジックに身を委ねるのが最善

細かいことを言い出せば、切りがないかもしれない。少し無理があることは承知の上だ。構成にも無理があって、あまりにも詰め込み過ぎ。結局真犯人は誰なのか?等々、この映画の悪口を言おうとしたら、いくらでも指摘することができるだろう。

だが、ここはポール・ハギスの見事なマジック演出に身を委ねることをお勧めする。2時間10分強(134分)は、妻が突然逮捕され、無実を晴らす道が閉ざされ、絶望の中で脱獄計画を練る前半と、僅かのチャンスを狙って、妻を取り戻し、必死に逃亡する後半との2部構成になっている。後半の50分ほどがひたすら逃亡するシーンなのだが、これが驚くほど良くできていて秀逸。

ハラハラドキドキの連続。ものすごい緊張感と緊迫感を余儀なくされる。手に汗握るシーンの続出はもちろんなのだが、あまりにも危険極まりなく、ああ遂に捕まってしまう!殺されてしまう!とこのシネ・フィルの僕が、次の展開が恐ろしくて画面を正視できなくなってしまうほど。思わず目を閉じてしまいたくなるようなシーンが次から次へと出て来る。

「長回し」ではなく、細かいショットの連続で緊迫感を盛り上げる

「1917 命をかけた伝令」や「トゥモロー・ワールド」で、「長回し」撮影、いわゆるワンカットのことを詳しく書いてきたが、この映画では全く逆で、長回しは一切使わず細かいショットの連続で、この危機感が全編に漲る逃亡劇をこれでもか見せる。

長回しと違った意味で、これまた画面に釘付けとなり、このあたりの演出と編集は本当に神がかりだと痛感させられる。

こんな逃亡劇は追いかける側が間抜けだと、どうしても荒唐無稽になりがち。しかもあまりにも無理なシチュエーションだと、白けてしまうものだが、この映画ではそんなことは微塵もない。追いかける警官側も実に賢く、鋭く、ああやっぱり見破られていて、万事休すか!?というシーンが何度も出て来るのだが、ラッセル・クロウは更にその上を行く。

逃げる側と追いかける側の頭脳合戦は実に観応えがある。これは超一級のタイムクライムアクション。観ていて本当に久々に興奮させられてしまった。

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逃走劇で描かれる人間模様の奥深さは、ポール・ハギス作品ならでは

一見、B級の犯罪アクションもののように思われがちだ。ブルーレイのジャケット写真ももう少し何とかならなかったのかと思う。これではいくら何でも名作・傑作だとは誰も思わないだろう。単なる犯罪もの、アクションもの。あの天下のラッセル・クロウも遂にこんな映画に出ているのかと思われてしまいそうだ。

決してそうではない。ポール・ハギスがフランス映画のリメイクとはいうものの、自身で脚本を書き、監督を務めた。ブルーレイに収められた特典映像が中々観応えがあって、ポール・ハギスが非常に楽しそうに、精力的に様々な指示を出している姿が嬉しい。

少し描き足りなかった感は否めないものの、これはあくまでも追い詰められた人間の葛藤と苦悩を描いた作品であり、そういう観点から観てもらう必要がある。どうしてもラッセル・クロウに目を奪われがちだが、冤罪をかけられた妻役のエリザベス・バンクスという女優にも非常に魅力を感じた。

どうか騙されたと思って、この映画を観てほしい。忘れ難い貴重な一本となるはずだ。

特典映像に収められた削除シーンというのが15分間ほどあり、どうしてこんないいシーンを削除してしまったんだろうと思わせるものがある。映画作りは大変だ。こんないいシーンを削らなきゃならないのかと胸が痛んだ。是非ともご覧いただきたい。

この映画を観て、ポール・ハギスに興味を持たれた方は、どうか「クラッシュ」をご覧になっていただきたい。すごい映画である。

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