目 次
オペラのあらゆる要素、可能性を内包
引き続きモンテヴェルディを取り上げる。今回はオペラだ。
モンテヴェルディがルネサンスからバロックへという音楽史上未曽有の大変革期を、自らの力で切り開くとともに頂点にまで導いた空前の天才だということは、前回書いたとおりだが、モンテヴェルディの作品に接すれば接するほど、その途方もない大きさと天才ぶりにほとほと感心させられ、しまいには空恐ろしくなってくる。
大バッハことヨハン・セバスティアン・バッハが生まれる150年近くも前に、そのバッハをも上回るような、こんな大天才がいたことに驚かされるばかりだ。
モンテヴェルディの偉大な業績の中でもとりわけ重要なものは、オペラいわゆる歌劇の創造である。
オペラこそ、バロック音楽ならではの創作であり、その目指すところに最も適った音楽であった。モンテヴェルディが「マドリガーレ」と呼ばれる宗教とは一切無縁の世俗の詩につけた多声音楽を生涯に渡って作曲し続けるに当たって、その詩の内容に即した劇的な表現を追求しようとすればするほど、最後にはオペラという様式の創造に到達せざるを得なかったのである。
スポンサーリンク
記念すべき「オルフェオ」の誕生
こうして、記念すべきモンテヴェルディのオペラ第1作「オルフェオ」が生まれた。時に1607年。日本では徳川家康による江戸幕府開府直後のことだ。
前回紹介した至高の名曲「聖母マリアの夕べの祈り」(ヴェスプロ)が作曲されたのは1610年だった。「オルフェオ」は「ヴェスプロ」に3年先立って作曲されたわけである。
実はモンテヴェルディの「オルフェオ」の前にもオペラはあることはあったのだが、このモンテヴェルディの「オルフェオ」とは内容的にまるで比較にならない。
好楽家の実験的な所産に過ぎなかったものを、芸術的にも技術的にも、「オルフェオ」が一挙に引き上げた。もしもモンテヴェルディが「オルフェオ」を作曲していなければ、オペラというジャンルは今日の隆盛を迎えていなかったことだろう。
そして真に驚くべきことは、この音楽史上最初のオペラの傑作が単なる歴史的な価値だけに留まらず、今日に至るありとあらゆるオペラの要素を内包し、その発展の全ての可能性をも提示していることだ。後世、ワーグナーが行うことになるあの革新的手法まで、この中にはある。
モンテヴェルディはそんな恐るべき天才だったのだ。本当にこの人の天才振りは常識を超えている。
ある形式(ジャンル)を一番最初に考案し、創造されたものが、その後の歴史を通じて最高のものとなり、誰もが凌駕できなくなる。ちょっと極端な言い方のようだが、これは僕がモンテヴェルディのオペラを聴いた上での偽らざる実感である。
モンテヴェルディは本当に桁外れの恐るべき天才だと痛感させられる。
モンテヴェルディが作曲したオペラ
モンテヴェルディは、第1作のオペラ「オルフェオ」を作曲した後、オペラの作曲に情熱を傾けて、多数のオペラを作曲したが、本当に残念なことに、その多くが紛失してしまい、現在残っている作品は、オルフェオを含めて3作品しかない。
これは音楽史上の最大の損失の一つだと残念でてたまらない。痛恨の極みだ。
「ポッペアの戴冠」という史上最高のオペラ
それでも、まだ晩年の2作品が残されたの救いだ。しかもそれが飛びっきりの名作なのである。「ウリッセの帰還」と「ポッペアの戴冠」の二つ。いずれも最晩年の70代に作曲されたものだ。
「ウリッセの帰還」も大変な傑作だが、最後の最後、死の前年、75歳の時に作曲された「ポッペアの戴冠」が空恐ろしいばかりの超弩級の名作。4時間を優に超える大作で、僕は現代に至るまでに作曲されたありとあらゆるオペラの中の最高傑作であると信じて疑わない。
この「ポッペアの戴冠」に匹敵できるオペラ作品を敢えて上げるとすれば、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」かベルクの「ヴォツェック」くらいしか思い浮かばない。
バッハが活躍する150年近くも前に、初めてオペラというジャンルを開拓した人物が、史上最高の究極のオペラを作ってしまったという現実に、モンテヴェルディの想像を絶する空恐ろしさを感じる。
話しを「オルフェオ」に戻す。今回の紹介はあくまでも1607年に作曲された最初のオペラ「オルフェオ」である。
スポンサーリンク
「オルフェオ」の基本情報
クラウディオ・モンテヴェルディが作曲した全5幕からなるオペラ(歌劇)。1607年に初演された。モンテヴェルディがマントヴァの公爵に仕えていたときの作品で、上述したとおり、厳密に言うと、「オルフェオ」が音楽史上最初のオペラというわけではない。正確に数えると史上6番目の作品らしい。だが、これ以前のものはアマチュアによる実験のようなものばかりで、今日の鑑賞に耐え得るものではない。モンテヴェルディが一挙に2時間にも及ぶ本格的なオペラを誕生させたのである。
この実質的な史上最初のオペラには後のオペラの要素が全て内包されていることも書いたとおりだ。ここにはワーグナーのライトモチーフさえも使われている。
どんなストーリーなのか
有名なギリシャ神話のオルフェウスを題材としていることはもちろんだ。台本はマントヴァの宮廷書記のアレッサンドロ・ストリッジョが書いた。
良く知られた物語であるが、ザッと紹介するとこんなストーリーになる。
歌と竪琴の名手であるオルフェオは相思相愛のエウリディーチェと晴れて結婚し、幸福の絶頂にあるが、ある日、最愛のエウリディーチェが花を摘んでいて毒蛇に噛まれ、死んでしまう。嘆き悲しむオルフェオは意を決して冥府に下り、自身の歌で冥府の神々を必死に訴え、エウリディーチェを取り戻すことに成功する。
但し、一つの条件が付けられていた。地上に戻るまで、絶対に振り返ってはならないと。後ろにエウリディーチェを連れて意気揚々と地上を目指すオルフェオ。一瞬、彼の心に不安がよぎる。エウリディーチェは、愛する妻はちゃんと付いて来てくれているのかと?
そして、思わずオルフェオは・・・・!
この後はもう触れないでおこう。良く知られている悲しい物語だ。僕はここでどうしても胸が詰まり、涙を抑えることができなくなる。
聴きどころが満載だ
約2時間の大作である。聴きところが満載だ。この曲を愛してやまない僕は、冒頭から最後のエンディングまでどこを聴いても素晴らしい音楽の連続で、心がときめく。オルフェオとエウリディーチェの仲間である羊飼いやニンフが多数登場し、それらが見事な合唱を聴かせてくれるのが嬉しい。喜びの合唱、悲しみの合唱、そして怒りの合唱など、色彩感に富む、多彩な音色に満ち溢れた合唱曲の数々が一つの大きな聴きどころである。
劇的表現の卓越さ
音楽の素晴らしさ以上に、モンテヴェルディの天才が躍如するのは、その構成感の見事さというか、表現方法にある。まさにこの作品は劇的表現の宝庫なのである。
この音楽を耳で聴くなり、舞台の上演を観るなりして、誰でも驚嘆させられるのは、喜びに浸っているオルフェオのところに突然やってくる使者の扱いだ。エウリディーチェの死を伝えにやって来る使者である。
ここがこのオペラの最大の聴かせどころの一つ。
この使者の歌が素晴らしい。歌というよりもこれは「語りの音楽」なのだが。これがモンテヴェルディの真骨頂。
そして、そのエウリディーチェの死を知った直後のオルフェオの表現がすごいの一言。壮絶だ。何も語らない。石のように固まってしまう。
しばらく声を発することができない。「あぁ・・」とだけ。こんな表現主義的な表現を大胆にも取り入れているのだ。「沈黙の効果」というべきだろうか。
悲しみや怒りを大声で絶叫するよりも、よっぽど効果がある。人は本当に衝撃を受けたときには言葉を失ってしまう。大胆にもそれを音楽で表現したモンテヴェルディ。
スポンサーリンク
超絶技巧を駆使したオルフェオの歌
その演奏は人や獣どころか、木や草、岩までも魅了したと伝わるオルフェオの歌と竪琴。それを駆使して愛する妻を連れ戻しに冥界に挑むオルフェオ。このオペラの中でもその歌を披露しなければならないことは当然だ。そのオルフェオの歌が本当に素晴らしい。惚れ惚れさせられる。
冥界に降りて、地獄の神々の前で、妻を取り戻すために必死で歌う歌。ここで初めてオルフェオの類い稀な歌が披露されるのだが、これが本当に耳を疑うような見事な歌なのである。
モンテヴェルディがその作曲技法の全てを惜しみなく注ぎ込んでオルフェオのために用意した歌は、驚異的な歌となって、我々の前に立ち現れる。
極めて技巧的な、それでいて感動的な魂の歌。オルフェオの歌の素晴らしさはもちろんなのだが、それに絡む楽器の妙技がこれまた見事。声と楽器の絶妙な絡み合いがもう絶品で、言葉を失ってしまう程だ。
かなり長いアリア。歌っているうちにドンドン技巧を増していって、最後に如何にも格調の高い究極の至難の歌が現れる。その歌を支える伴奏楽器がこれまた絶妙。歌と交互に楽器が心を奪われる精妙極まりない音楽を奏でるのだが、その楽器もヴァイオリンから始まってハープ、更にフルオーケストラと音色と響きを次々と変えていく。まるで万華鏡のようで、その音色と響きの多彩さが聴く者を異次元の別世界に誘い込んでしまう。
感動で涙が止まらなくなる
あまりにも辛く切ないオルフェオの物語。これに付けられたモンテヴェルディの音楽がこれまたあまりにも美しく、感動的なもので、僕は聴くたびにいつも決まって、涙が止まらなくなってしまう。
本当にこれ以上に胸を打つ感動的なオペラが他にあるだろうか。そう思わずにいられない。
「オルフェオ」と「ヴェスプロ」は兄弟作品
1607年に作曲された音楽史上初のオペラ「オルフェオ」と、その3年後1610年に作曲された宗教曲の大作「聖母マリアの夕べの祈り」。略して「ヴェスプロ」。
この17世紀の初頭に作られたモンテヴェルディによる2曲は、一方は究極の世俗音楽としてのオペラ、方や聖母マリアを讃えるカトリックの宗教曲と、ジャンルは全く異なれど、いずれも約2時間を要する記念碑的な大作で、まさに兄弟のような一対の作品と言ってもいい。
そして、正に17世紀の幕開けと同時に高らかに宣言された全く新しい様式の革新的な音楽で、バロック音楽の誕生を高らかに宣言するものであった。
時にモンテヴェルディは40代に突入したばかりの向かう所敵なしの油の乗り切った時期。ここから前人未到の更なる飛躍を遂げていくのだが。
これぞ正に17世紀の幕開けに起きたヨーロッパの長い音楽史を通じての最大の革命がなされた瞬間と言っていい。
それがしかもオペラと宗教曲。世俗と宗教。この全く異なるジャンルでありながら、モンテヴェルディが目指した音楽はどちらも同じような斬新な革命的な音楽。
大切なことは斬新で革命的なことだけではなく、とにかくどちらも実に美しく、感動的な点だ。
全く新しい器でこれだけ感動的な音楽を作ったモンテヴェルディという存在を、僕はやっぱり音楽史上の最大の奇跡だと思わずにいられない。
スポンサーリンク
オーケストラを誕生させたのもモンテヴェルディ
どちらの曲にも様々な楽器による伴奏が付いている。これがすなわちオーケストラの誕生でもある。
特に「オルフェオ」に付けられたオーケストラが半端ではない。音色の違いがトコトン突き詰められ、もう既に後の大規模なオーケストラとほとんど遜色のないものが作られている。一つ一つの楽器編成にまでモンテヴェルディの具体的な意向が反映され、正にモンテヴェルディ自身が自分の判断で作り上げたフルオーケストラだ。この音色の多彩なこと、後のモーツァルトや、もっと時代を繰り下がってベルリオーズも顔負けである。
全くモンテヴェルディには恐れ入る。途方もない化け物のような存在だと、つくづくそう思う。
こうして新しいバロック音楽が世に誕生し、その後の音楽を塗り替えていった。
オルフェオとヴェスプロの冒頭曲が同じという大胆さ
ちなみにこの2曲、驚くなかれ、冒頭が全く同じ音楽なのである。「オルフェオ」の冒頭のトッカータと呼ばれるファンファーレが、何とそのまま、「ヴェスプロ」こと「聖母マリアの夕べの祈り」の冒頭でも再び現れる。これには本当にビックリだ。
しかもこれは紛うことなきファンファーレそのもので、いかにも新しい世紀、全く新しい音楽の誕生を世に高らかに宣言し、祝福する音楽として、これ以上ふさわしいものは、他には考えられない。
それを全くジャンルの異なる2曲で臆面もなく実行したモンテヴェルディの大胆不敵な剛毅、胆力というか、並外れた信念と実行力にただただ驚嘆させられてしまうのである。
スポンサーリンク
かつて夢のような見事な上演があったのだが
このモンテヴェルディの3つのオペラには、かつてこの世のものとも思われない素晴らしい演奏、上演記録があった。
惜しまれつつも6年前(2016年)に亡くなった鬼才アーノンクールが、オペラの最高の演出家ポネルと組んで、全世界で絶賛されたチューリヒ歌劇場での記録であった。
これはもう言葉を失う素晴らしいもので、強烈に視覚に訴えかける尋常ならざる映像美だった。その零れ落ちんばかりの美しさには、溜息をつくしかないという類い稀な逸品だった。
そのDVDが今は入手できない。廃盤となったままだ。何たるスキャンダル!本当に嘆かわしい。一刻も早く、ブルーレイにして再発売してほしい。
モンテヴェルディのオペラの素晴らしさを知ってもらうには、このポネル演出、アーノンクール指揮のものがベストなのだが、つい先日、あの最高のモンテヴェルディ指揮者であるガーディナーの上演記録がブルーレイになって販売されたばかりなので、今回はこれを紹介させてもらう。
ガーディナーの最新録音がこれまた感動的な名演
これはモンテヴェルディ生誕450年を祝して2017年にガーディナーが取り組んだモンテヴェルディのオペラの連続公演企画「Monteverdi450」の中の一作。
2017年4月から10月にかけて世界16都市を巡る演奏ツアーを行った。特にヴェネツィア、ベルリン、パリ、シカゴ、ニューヨークなど9都市ではモンテヴェルディの3つのオペラのツィクルスを上演するという快挙を成し遂げた。
このブルーレイに収められた映像は、そのツアーの一環としてモンテヴェルディのゆかりの地であるヴェネツィアのフェリーチェ歌劇場で上演された際の記録である。
ガーディナーも74歳の高齢に達していたが、全く年齢を感じさせない実に若々しい素晴らしい演奏を繰り広げている。
世界最高のモンテヴェルディ指揮者であるガーディナーは、もちろんモンテヴェルディのオペラの録音は以前に残しているが、上演記録としてのライヴ映像は初めてのことだ。
このオペラ上演の模様が、実に素晴らしい。このブルーレイは輸入盤なのだが、日本語字幕がしっかり付いており、この点が何とも嬉しい。
大変な人気を誇る「オルフェオ」だけに、現在軽く10種類を超える映像の中でも、さすがにこのガーディナーの演奏は突出している。
手作り感と親近感に心が弾む
ヨーロッパでも屈指の歴史を誇るフェリーチェ歌劇場だが、今回の演奏で驚かされるのは、舞台の上に歌手陣とオーケストラ、もちろん指揮者も一緒に立つというある意味で斬新な演出が、こんな大きな有名なホールながらも手作り感と親近感があって、これは非常に好感が持てる。頻繁に出てくる手拍子なども如何にも自然体で、本当に心が弾む演奏だ。
かつてのポネルの演出を思い出してしまうと、やっぱりあれには敵わないかなと思わなくもないが、あれは元々奇跡的な上演。
決してひいき目ではなく、そのアーノンクール・ポネルに勝るとも劣らない感動的な上演と言っていいものだ。
演奏そのものはピカイチである。合唱団と器楽陣の素晴らしさは言わずもがな、歌手陣が総じて素晴らしい。
曲の冒頭。例のファンファーレで、アッと驚く思わぬ演出があって、これにはいきなり鳥肌が立つこと必定。その後、その感動が最後まで途切れることがない稀有の演奏と高く評価したい。74歳のガーディナーの若々しいこと!。
特に主役のオルフェオを歌うテノールのクリスティアン・アダムは、惚れ惚れとさせられる柔らかい美声と超絶技巧で聴くものを虜にしてしまう。イケメンだし、演技も秀逸だ。
そしてやっぱり強烈な印象を残すのは、使者の歌。これは心が震えてしまうほど聴く者の胸に突き刺さってくる辛い語り、歌。
そして普段お目にかかれない珍しい古楽器が次々と出てくるのも嬉しい限り。
最新の録画だけに、画質の美しさはこれはもう最高である。
ありとあらゆる点から現時点で最高と評価できる最新のガーディナーによる演奏で、モンテヴェルディの類い稀な感動の大傑作をトコトン味わってほしい。
☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入ください。
3,511円(税込)。送料495円。今回は送料がかかりますが、送料を含んでも4,006円。非常に安いものです。
どうかこちらからご購入ください。
【注目!!】
何とこの絶品、とっくに廃盤となり入手が不可能なのですが、以下の購入ボタンから申し込むこの店だけに在庫があることが判明しました。これは輸入盤で残念ながら日本語の字幕がありませんが、英語の字幕はありますし、存分に堪能することができると思います。しかも格安。今しか、ここでしか入手できない貴重なものです。
早い者勝ち!
2,164円(税込)。送料495円。こちらも送料がかかりますが、送料を含めても2,659円。格安の超レアものです。
中古でも1万円近くで売られているものです。これは新品!迷わずご購入を!