目 次
「冬の旅」を紹介してこなかった訳
冬になるとどうしても聴いておきたい音楽がある。シューベルトの歌曲集「冬の旅」だ。
間違ってほしくないのは、あくまでも「聴いておきたい」であって、「聴きたい」ではない。
最初にハッキリお断りしておくと、シューベルトの「冬の旅」は僕の好きな音楽の系列には入ってこない。
いや、どちらかというと嫌いな部類の音楽に属する。好んで聴くことは決してない。
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シューベルトをあんなに紹介したのに
僕はシューベルトが好きで、このブログでもシューベルトの作品紹介はかなり熱心に展開してきた。調べると記事数で13本。前編・後編の2部作が2作品あるので、紹介した作品の数は11本もある。熱愛しているバッハやモンテヴェルディよりも遥かに多い。
それなのに、シューベルトの名前と抜き差しならぬ関係で結びついている代表作「冬の旅」を取り上げなかったのは、偏にこの曲があまり好きじゃないということに尽きる。
とにかくあまりにも暗過ぎる。暗過ぎて、全く救いがない。このことが耐え難い。
救いのない絶望的な歌が24曲もあって、それが延々と70分以上、約75分近くに渡って展開される。暗くて救いのない音楽や映画が大好きな僕も、この「冬の旅」だけはご勘弁願いたい、という程の圧倒的な暗さと絶望感に全体が覆われている。
だが、そうは言っても僕は「冬の旅」のCDを山のように持っている。膨大な量がある。好きじゃないから、ほとんど聴いたことがないということでは決してないのである。

「冬の旅」を一言で言うと
一口で言えば、失恋した青年が、町を出て凍てつく冬の中を彷徨い続ける話しだ。最後までほとんど救いは訪れない。
同じシューベルトが先に作曲した3大歌曲集の第1作「美しき水車小屋の娘」では、同じように失恋した青年が自殺してしまう話しだが、こちらは前半は明るく、最後は絶望のあまり自死を選ぶのだが、そういうこと自体はままある話で、悲しくても受け入れられる。
「冬の旅」の青年は自殺すらできない。死の誘惑に何度も駆られるが、死ぬことさえできずに一人もがき苦しみながら旅を続けるのである。
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こんな絶望的な作品はその後もない
シューベルトの後に作曲された歌曲集でも、ここまで絶望一色のストーリーはない。
代表的なところでは、僕が熱愛しているシューマンの「詩人の恋」と、マーラーの「さすらう若人の歌」という非常に愛されている有名な歌曲集でも、最後はどちらも救われている。
それなのに、「冬の旅」は75分間、孤独と絶望の淵から立ち直れず、最後まで彷徨い続ける。
これはさすがにキツい。僕には耐え難い。


かの吉田秀和が、古今のクラシック音楽の中の最高傑作はバッハの「マタイ受難曲」に尽きると断言しながらも、死ぬまでにそう何回も聴きたくなる音楽ではないと言っているが、僕もシューベルトの「冬の旅」は偉大な作品であると認めながらも、何度も聴きたくなる作品ではないのである。
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一冬に1回は聴いておきたい
そうは言いながらも、「冬の旅」がシューベルト畢生の大作であることは間違いなく、シューベルトの愛好者はもちろん、クラシック音楽ファン、特に歌の好きな人は是非とも聴いておきたい傑作だ。
シューベルトの心からの絶唱を堪能できる。
この曲は文字通り凍てつく真冬の厳寒の中を、たった一人で彷徨い続ける青年の話しである。
年に1回、真冬の季節の定番として聴いていただき、この寒い冬を乗り越えてもらう決意をしてもらうのがいい、と考えている。
但し、あまりもフィットし過ぎて落ち込んでしまうことにはくれぐれも注意が必要だ。

これ以上の絶望はないから救われる
僕は、この絶望的な青年の彷徨を自らのことと共感して聴けば、目の前のたまらなく寒い冬など、どうってことはないと勇気づけられるのではないかと考えている。
世の中にはここまで孤独と絶望に苛まれている若者がいたと思えば、逆に勇気が湧いてくる、そう思って年に1回、冬に聴くようにしている。
皆さんにもそれをお薦めしたい。聴くならこの寒い冬、今だ。
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シューベルト「冬の旅」の基本情報
シューベルトほど若くして夭逝した作曲家はそう多くない。何度も書いてきたが、シューベルトはあれだけ膨大な作品を作曲しながら、何と30歳の若さで夭折。あのモーツァルトだって35歳だった。
歌曲集「冬の旅」は、シューベルトが亡くなる1年前の1827年に作曲された。
世に言われるシューベルトの3大歌曲集の第2作目となる。上述した「美しき水車小屋の娘」と、僕が熱愛して止まない「白鳥の歌」に挟まれた歌曲集である。
詩は「美しき水車小屋の娘」と同じ、ドイツの薄幸詩人ヴィルヘルム・ミュラーによる。
全体は24曲からなり、前半12曲の第1部と、後半12曲の第2部からなる。全体を通して演奏すると70~75分に及ぶ大作であることは上述のとおり。

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詩人のミュラーについて
シューベルトの3大歌曲集のうちの2つまで詩を用いられたミュラーだが、この詩人の評価は決して高いものではない。
ゲーテやハイネとは比べるべくもなく、二流詩人だと言われているが、シューベルトの心を捉えたことは間違いなく、それで十分ではないか。僕はシューベルトという稀代の歌曲作曲家に上手くフィットした貴重な詩人だと思っている。
シューベルトとミュラーとの間には交流はなく、この二人は一度も逢ったことがなかった。但し、思わぬ点に共通点がある。
何とミュラーも夭折しているのだ。

シューベルトの生没年:1797~1828年。享年30歳。
ミュラーの生没年: 1794~1827年。享年32歳。
完全な同時代であった。
これには唖然茫然となる。ミュラーはシューベルトより3年早く生まれたが、シューベルトが30歳で夭逝したときには、既に1年前に亡くなっていた。
シューベルトは1824年にミュラーが書いた連作詩「冬の旅」をたまたま読んで、深い感銘を受け、同名の歌曲集を作曲したのだ。
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「冬の旅」作曲の経緯
シューベルトがミュラーの詩集「冬の旅」と出会ったのは、1827年の2月だった。ミュラーの連作詩集も24編からなっていたが、ミュラーは全体をまとめて発表したわけではなく、最初にできた12編を「ウラーニア」という年鑑に掲載し、これを読んだシューベルトが先ずはこの12曲を1827年の2月に作曲したわけだ。

しばらくして、シューベルトは全24編が収められた詩集を知り、まだ作曲していなかった後半12曲を同年10月に作曲して第2部とした。出版も第1部は1828年1月に、第2部はシューベルトの死後、1828年12月に刊行された。
ちなみにシューベルトが亡くなったのは1928年の11月19日。シューベルトが死んだ直後に第2部が出版。シューベルトは死の床でこの第2部の校正に関わっていたと言われている。
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どんなストーリーが展開されるのか?
一番のポイントは、この青年は第1曲が始まった時点で既に失恋しており、失意のどん底から始まる点だ。青年の名前はもちろん、どんな生活をしていて、どんな状況で失恋に至ったのか、そのあたりの説明などは一切ない。
この物語性の極めて希薄な点が、この曲を聴く者には自分の姿を投影しやすくなるという普遍性を獲得することになり、「冬の旅」が後世、非常に愛され続けることになった大きな要因だったと思われる。

失恋が普遍化して共感しやすくなった
この失恋は抽象化され、個別の事案はともかく、失恋して深く傷つき、孤独に打ちひしがれる若者の共通の思いとして普遍化し、誰の心にも響くことになった。
音楽が始まるなり、いきなり失恋していて、絶望した青年は彼女の住んでいた町を離れ、厳寒の中を彷徨い続けることになる。途中で、自殺の誘惑にかられるが、死ぬこともできず、延々と彷徨い続ける。
そんな中、やがて精神の均衡も崩壊し始めるが、最後の最後、ライヤー回し(辻音楽師)の老人と出会い、一緒に行ってもいいかと尋ねるところで終わる。
この老ライヤー回しと青年が、その後どうなったのかは知る由もない。
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【中編】に続く
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