目 次
気楽に読み始めたらドンドン深みに
2022年を迎えた年末年始の6連休。何か気軽に読める本をと、酒浸りの日々で読んだ本が3冊。新書2冊と文庫1冊。3冊を一気に読み終えた。
いずれも気軽に読み始めたのだが、こちらの思惑はかなり外れて、それぞれ大いに夢中にさせられ、非常に勉強になった。やはり本から得られる情報は貴重で、自分の知識と教養の不足ぶりに愕然とさせられつつも、ワクワクドキドキが止まらない貴重な読者体験となった。
酔っ払いながらでも、簡単に読みこなせるだろうと鷹を括っていたのだが、ドンドン深みにはまって、いずれもめちゃくちゃおもしろく夢中になってしまった。
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池上彰の「世界を変えた10冊の本」を舐めてはならない
先ずは池上彰の「世界を変えた10冊の本」。この本のことは前から良く知っていた。
ザッと立ち読みすると、いずれも極めて有名な本がズラッと並んでいて、今更こんなの読んでもなあ、と思っていたものだ。
だが、正に年末年始の酒浸りの中で読むには一番手頃だなと思って、適当に読み始めたのだが、それは本当にいけなかった。やはり池上彰は大したものである。
決して舐めてはならない。
10冊の本はそのほとんどが極めて有名な誰でも知っている本ばかりで、何を今更と僕も鷹を括っていた。
と言っても実際に精読したものは一冊もない。知った気になっていただけである。ちゃんと読んでもいないのに、読んだ気になって、内容は良く理解しているつもりになっていた。
それは勘違いも甚だしい、奢った態度であった。忸怩たる思い。恥ずかしい限りだ。
「10冊の本」のラインナップ
本当に誰でも知っている、つまり名前は聞いたことのある極めて有名なものばかり。
だが、中には全く聞いたことのない本も入っている。そのバランスがいかにも池上彰である。古典中の古典作品をズラッと取り揃えながらも、中には知る人ぞ知ると言った、特別な本も含めてある。
それらの本も含めて、世界を変えた本!と括るあたりがすごい。やられた!という感じである。全280ページ。直ぐに読めてしまう薄い本である。
ちなみにその10冊の全容はこうだ。一部特定できないものを除いて、著者と発行年を掲げておく。
①アンネの日記 アンネ・フランク 初版1947年 オランダ
②聖書
③コーラン
④プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 マックス・ウェーバー 1904、1905発表 ドイツ
⑤資本論 カール・マルクス 初版1867年 イギリス(ドイツ語)
⑥イスラム原理主義の「道しるべ」 サイイド・クトゥブ 初版1964年 エジプト
⑦沈黙の春 レイチェル・カーソン 初版1962年 アメリカ
⑧種の起源 チャールズ・ダーウィン 初版1859年 イギリス
⑨雇用、利子および貨幣の一般理論 ジョン・M・ケインズ 初版1936年 イギリス
⑩資本主義と自由 ミルトン・フリードマン 初版1962年 アメリカ
3冊以外は誰でもタイトルとおよその内容はご存知だろう
僕は、取り上げられた10冊の中で、7冊については名前もそのおおよその内容も理解はしていた。だが、3冊については、お恥ずかしながら本書を手にするまで、著書も作者も全く知らなかった。想像するに多分、日本人の多くの方が同じ結果になっているのでないだろうか。
それはある基準によっている。すなわち、世界史や政治経済など高校の教科書や授業などで取り上げられているかいないか、という1点にかかっている。
先ずは、その一般にはあまり知られていない3冊をハッキリさせておこう。
それは、⑥⑦⑩の3冊の筈だ。
サイイド・クトゥブによる『イスラム原理主義の「道しるべ」』と、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」、更にミルトン・フリードマンの「資本主義と自由」の3冊だ。僕は、正確に言うと、レイチェル・カーソンとミルトン・フリードマンの二人については、名前は聞いたことがあったが、著書のタイトルは知らなかったし(正確に言うと「沈黙の春」は良く知られたタイトルではある)、本の内容はほとんど知らなかった。
この3冊のことを知ることができただけでも、本書を読んだ価値があったと嬉しく思っている。
それでは、この知られざる3冊の紹介に入る前に、良く知られている7冊について、簡単に触れておきたい。
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誰でも知っている7冊の名著について
残りの7冊は、本当に少なくともタイトルだけは誰でも知っている、極めて有名な歴史的な名著ばかりである。
聖書とコーランのこと
聖書とコーランのことはもちろんいいだろう。聖書が旧約聖書と新約聖書に分かれていて、新約がイエス・キリストの話しで、旧約はユダヤ教の聖典であることはキリスト教徒でなくても、誰でも知っている衆知の事実である。
コーランもイスラム教の経典であることを知らない人はいないだろう。だが、タイトル名とおよその内容を知っていることと、実際にオリジナルの本そのものを読んだことがあるのかどうかは、全く別問題であることは言うを待たない。
キリスト教徒でもなんでもない僕も、新約聖書は何度か読んだことはあったが、あの分厚い旧約聖書は一部分を除いて、実際には読んだことはなかったし、更に特にコーランに至っては、もちろん実際に読んだことはない。
今回の池上解説を通じて、やはりオリジナルの作品(本)そのものを実際に読んでみないといけないな、と痛感させられた次第。
「アンネの日記」のこと
それは他の本でも全く一緒のことだ。第1番に紹介されているアンネ・フランクの「アンネの日記」を知らない人は本当にいないだろう。この極めて理知的な感性抜群の素晴らしいユダヤ人少女が、ナチスドイツによるユダヤ人虐殺によってアウシュヴィッツで殺されてしまったこともみんな知っている。
だが、オリジナルの「アンネの日記」を実際に読んだことがある人はどれだけいるのだろうか、ということだ。
「アンネの日記」はその後、オリジナル版の増補新訂版が出版されているの。それで読まないといけないのは言うまでもないのだが、僕は最初にオリジナル版が日本で出版された時に、直ぐに購入したのだが、あいにく積読状態になってしまっていた。その後更に増補が行われ、現在の増補新訂版に至っているのだが、今回の池上解説を読んで、どうしても読みたくなり、また新しく増補新訂版を購入し、今、読み始めているところである。やっぱりオリジナルの原本を読むことの重要性を感じないわけにはいかない。
「資本論」と「プロ倫」、「一般理論」のこと
経済論に関する3冊についても全く同様だ。マルクスの「資本論」は色々な意味で最近再び注目が集まっていることに要注目なのだが、東西冷戦が緊張を孕み、日本国内でも学生運動など左翼の活動が華々しかった1960年代には本当に盛んに読まれていたものだ。当時の大学の経済学部では近代経済学(近経)とマルクス経済学(マル経)が対等に並立しており、それぞれの大学毎に、あの大学は近経、あの大学はマル経とハッキリと色分けされていたものである。
そのマル経では、ずばりマルクスの資本論を学ぶことが中心となっていたわけである。
1989年の東欧革命によって社会主義陣営が崩壊し、本家本元のソ連がなくなってしまう中で、共産主義と社会主義が一方的に敗北し、マルクスの権威もすっかり地に堕ちてしまい、「資本論」など誰も見向かなくなってしまったのだが、そんな中、最近再びジワジワと「資本論」に注目が集まりつつあることは非常に興味深い。
「資本論」は膨大な量の著作である。これを今更読み込むことは辛い作業だが、その点、この池上解説はツボを押さえており、非常にありがたい。
マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」、いわゆる「プロ倫」は、これまた非常に著名な本で、僕のような世界史オタクにとっては、タイトル名だけではなく、その内容についてもかなり詳しく理解しているつもりであった。実際、それはそのとおりなのだが、やはりオリジナルの原本を読んでいないことは何とも後ろめたい。
今回の池上解説は、この「プロ倫」については特に詳細に説明されており、非常に有益だと痛感させられた。本来はオリジナルを読んでいただきたいところだが、この池上解説だけでもじっくり読んでいただいたらどうだろう。
ケインズの「雇用、利子および貨幣の一般理論」についても同様。これは大恐慌の際のルーズベルト大統領によるニューディール政策の裏付けとなった貴重な本であり、これで資本主義経済が生き残ることができたという歴史的な名著でもある。だが、これを実際に読んだ人がいるのかといったら、大学の経済学部で近経を極めた人以外にはいないだろうという本でもある。岩波文庫で上下2冊になるかなり厚い本なのだ。
池上解説は特にこれら経済学の本について、非常に分かりやすく書かれていると常々感じている。
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ダーウィンの「種の起源」のこと
ダーウィンの「種の起源」こそはオリジナルの本そのものを是非とも読んでみたい、あるいは読むべき本の筆頭だろう。実際にタイトルは良く知られていても、ほとんど読まれていない本の筆頭でもある。
こちらも文庫本で上下2冊のかなり厚い本である。ダーウィンの「ビーグル号」によるガラパゴス諸島への探検は、何と5年間に及ぶ世界一周の旅で、当時のダーウィンは何と22歳。ビーグル号の艦長は26歳のアマチュア地質学者だった。この若い二人が5年間に及ぶ世界一周を成し遂げ、その途上でガラパゴス諸島に立ち寄り、そこで例の世紀の大発見をしたということ自体が、もう滅多にはない感動冒険譚である。本当に何事にも代えられない最高の人生を送った人というしかない。
このダーウィンの冒険がどうして映画に描かれないのか、熱烈なシネフィルとしては、かねがね不思議でならないのである。
サイイド・クトゥブによる『イスラム原理主義の「道しるべ」』の衝撃
この本のことは全く知らなかった。だが、これは非常に重大な本である。一口でいうと、あのオサマ・ビンラディンの教本となったと言われてる本なのだ。ということは、オサマ・ビンラディンだけではなく世界中に蔓延っている過激なイスラム原理主義の教本ということになる。この1冊の本が過激なイスラム原理主義を世に誕生させ、それがひいてはイスラム過激派のテロを台頭させたとも言える極めて問題の書。
本書から池上彰自身の解説を引用させてもらおう。
「オサマ・ビンラディンや、その仲間たちの行動を支える原動力は、イスラム教への信仰ということになっていますが、実は、イスラム教を極端に解釈した理論書が存在しています。それがサイイド・クトゥブが著した『道標』です。クトゥブの思想は、世界を「テロの時代」に変えてしまいました。ビンラディンも、この書を読み、さらにはクトゥブの弟と出会ったことで、この思想を吹き込まれたとみられています」
クトゥブのすさまじい人生を本書から振り返ってみると、先ずエジプトの「ムスリム同胞団」が1954年に当時のエジプト大統領のナセルを暗殺未遂を起こし、3,000人のムスリム同胞団が逮捕された。
「そのとき一緒に逮捕されたメンバーのひとりが、サイイド・クトゥブでした。彼は懲役15年の判決を受け、獄中で拷問を受けながら執筆を続けたのが、『道標』でした。彼は刑期途中で釈放されますが、『道標』は直ちに発禁処分にされ、著者のクトゥブは国家反逆罪の容疑で再び逮捕。1966年、クトゥブは、『道標』を書いたことで処刑されました」
何と、クトゥブは、『道標』を書いたことで死刑になっていた!これが20世紀後半に起きたことだとは到底思えない衝撃。
死刑にされた本の内容、その思想とはどのようなものであったのか、そこからオサマ・ビンラディン始めイスラム過激派のテロリストたちがどのように影響を受けたのかは、実際に本書を読んで確かめていただきたい。
僕も大変な衝撃を受けて、そのクトゥブの『道標』そのものを正式に読んでみたいと考えたが、あいにく現在、日本では絶版となっており入手不可能である。
そのエッセンスは本書の池上解説で知ることができるので、是非ともお読みいただきたい。
池上彰の本書に関する最後の解説の、以下の文章が突き刺さってくる。
「クトゥブの思想に触発されたオサマ・ビンラディンは米軍の力で抹殺できても、思想の力は、軍事力で抑えることはできないのです。
かつてマルクスが書いた『資本論』や『共産党宣言』によって、世界で共産主義運動の旋風が起きたように、『道標』によって、イスラム原理主義の嵐が巻き起こる。
書籍の持つ力というべきか、恐ろしさというべきか。この書も、明らかに世界を変えた本のひとつなのです」
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レイチェル・カーソンの「沈黙の春」は、環境問題への警鐘の書
これは世界が環境問題に取り組むきっかけとなった貴重な本である。レイチェル・カーソンが本書で訴えたのは、DDTの危険性だった。農薬が自然環境さらには人体に悪影響を及ぼすことを分かりやすい書物にして世論に訴えようとしたのである。彼女の本が当時のアメリカ大統領だったケネディを動かし、それに対して、農薬関係業界は一斉に猛反発し、様々な反カーソンキャンペーンを繰り広げるが、やがて全米の世論はカーソン支持に動き出していく。
この1冊の本がきっかけになって、放射性物質の問題など、今日の世界が抱える環境問題がクローズアップされることになった。その意味でも時代を先取りした世界を変えた貴重な1冊である。
「沈黙の春」というとても印象に残るタイトルは良く知られていると思うが、その内容がどこまで知られているかと思うと心細い。どうか実際に読んでいただければと願わずにいられない。
「新自由主義」を打ち立てたフリードマンの「資本主義と自由」
最後は本書の中でも10冊目として紹介されているミルトン・フリードマンの「資本主義と自由」である。
フリードマンの思想は「リバタリアニズム(自由至上主義)」とも呼ばれ、この思想を持った自由至上主義者はリバタリアンであり、その理念を一言で言うと、「人に迷惑をかけない限り、大人が好きなことができる社会」を目指すものだという。他人に危害を及ぼさない限り、何をやってもいい社会が望ましいと考える。
そして、「政府の仕事は、個人の自由を国外の敵や同国民による侵害から守ることに限るべきだ」と徹底して小さな政府を目指すことになる。池上彰いわく「政府を信じず、民間企業の活力に絶大な信頼を置く経済学者。それがフリードマンです」と。
1962年に発表された当時、学界では極端な主張として無視されたが、1976年にはノーベル経済学賞を受賞し、その思想は世界にドンドン広がり、今日では世界を席巻している「新自由主義」の拠りどころとなっている。
簡単に言えばケインズの経済学理論の正反対をいくわけで、ケインズvsフリードマンの対立はそのまま民主党と共和党の保守派、特にネオコンとの対立に敷衍されていく。
池上彰も、「私は、「強者の論理」であるとの印象を拭い切れません。(中略)いわゆる「弱者」には、なかなか厳しい理論でもあります。それが結局は、「経済格差を拡大させた」という批判にもつながるのでしょう」と総括しているが、本書の中で紹介されるフリードマンの徹底した自由と小さな政府の主張は、本当に全く妥協がなくて、ある意味で非常に筋が通っていて、小気味がいいくらい。思わず拍手喝采をしてしまいたくなるような部分も大きいのである。
例えば、当時アメリカの政府が行っていた事業のうち、「政府がやる必要はない」と考えた「こんなものいらない14項目」というのを読むと、呆れ果ててしまうほどに徹底的に政府の事業を制限して民営化を訴えている。
どんな内容なのかは本書を実際に読んで確認していただくとして、笑ってしまうほどに革新的であり、確信的だ。
池上彰も上述の総括の直前に、フリードマンの理論は、「最初は驚きますが、その理論の筋立てを追っていくと、なるほどと頷くことも多々あります」と述べている。
是非とも実際に読んでみることをお勧めしたい貴重な1冊
以上、世界を変えた10冊の本は誰でもタイトルは知っている本から、全く聞いたことのない本まで、非常にバラエティーに富んでおり、知らなかった本で目を覚ませられたことはもちろんだが、知っているはずの本を実際に読んだことはないという後ろめたさも刺激されることになって、またまた読まなければならない本が増えてしまうことになってしまった。
だが、これは極めて貴重な読書体験となった。「実際に読んでみる。今年はこれを貫いてみよう」と新年早々決意も新たにすることとなった。
このブログの読者の皆さんもいかがでしょうか。
先ずは本書「世界を変えた10冊の本」を実際に読んでみることからお勧めしたい。知っているつもりの人も是非ともこの池上解説を、先ずはあらためて熟読してほしい。
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