ブルックナーの宗教曲の全貌

ブルックナーの全貌に迫る【序章】に続くブルックナーチクルスは、いよいよ各論に入っていくが、本命の交響曲はまだ先になる。

交響曲に入る前に、ブルックナーの交響曲と並ぶもう一つの拘りのジャンルである宗教曲を今回は取り上げる。

これには交響曲に勝るとも劣らない素晴らしい作品群があるのだ。

ブルックナーの宗教曲は全部で50曲以上もあるのだが、それらの全てが録音されているわけではない。

というよりもレコーディングされているものはその中のごく一部であって、ほとんどの作品が録音もされていなければ、実際に演奏されることもない埋もれた存在だ。

序章でも書いたとおり、現在、レコーディングされている作品はCDの枚数としては4〜5枚分程度である。

その宗教曲は大きく二つに大別できる。オーケストラや器楽伴奏を伴う規模の大きな作品と、無伴奏合唱曲、いわゆるア・カペラの人の声だけによる小振りな作品である。 

詳細に示しておきたい。

我が家にあるブルックナーの無伴奏合唱曲のCDの写真
我が家にあるブルックナーの無伴奏合唱曲を中心に声楽曲のCDの写真。9種類あるが、現在は全て入手不可能のようだ。

オーケストラ・器楽伴奏の大曲

こちらはオーケストラ伴奏つきの大規模なミサ曲が中心となる。ブルックナーのミサ曲は3曲あるが、規模こそ大きいが、いずれもブルックナーの若かりし頃の作品で、後年のブルックナーならではの充実した作品群とは明らかな落差がある。

他にも「ミサ・ソレムニス」「レクイエム」など宗教曲、合唱曲ファン垂涎の的となるようなビッグネームもあるが、いずれもミサ曲同様に、ブルックナーがブルックナーとなる前の、いわば習作に近い。

ブルックナーの最初の交響曲が作曲されたのは42歳のときだということはチクルス1の「序章」でも書いたが、作曲されたのは1865〜66年のこと。3曲のミサ曲、「ミサ・ソレムニス」「レクイエム」のいずれもそれ以前の作曲となる。

ちなみに正確に作曲年を記しておく。作曲順に並べてみる。

レクイエム 1849年 25歳 36分
ミサ・ソレムニス 1854年 30歳 30分
ミサ曲第1番ニ短調 1864年 40歳 51分
ミサ曲第2番ホ短調 1866年(第1稿)42歳 43分 交響曲第1番と同じ年に作曲
ミサ曲第3番ヘ短調 1868年(第1稿)44歳 58分

つまりブルックナーの作曲家としての本格的な活動のスタート前なのである。

したがって、それほど重要な曲はないし、正直に言って特別の名曲でも、傑作でもなく、滅多に聴こうという気にはならない。

そんな中にあって、注目すべき作品はミサ曲第2番。

この曲は少々変った編成で、オーケストラではなく、管楽器だけの伴奏となる。つまり人の声である混声合唱と管楽器アンサンブルによるミサ曲である。演奏されることも比較的多く、既にブルックナーのはっきりとした萌芽がある。

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傑作とされる「テ・デウム」

このジャンルでの最高傑作にして、ブルックナーの作品全体の中でも注目すべき作品は、「テ・デウム」である。

この作品が作曲されたのは1881年。交響曲で言えば第6番が完成され、更にあの名作第7番の作曲にとりかかった年であり、ブルックナーの黄金期といっていい時代である。

さすがの力作であり、名作の名に恥じない。

無伴奏混声合唱によるモテット

ブルックナーの宗教曲の中心は、むしろオーケストラを伴わないこじんまりとした無伴奏混声合唱によるモテットの方にある。

規模こそ小さいが、作品の完成度と芸術の深さ、高さは断然こちらの方が中心となる。

10曲近くあるのだが、これらは名作、傑作の森であり、ブルックナーの後期の大交響曲と並ぶ、ブルックナー芸術の錚々たる高み、最高傑作群である。

その中でも特に4〜5曲は、本当に恐ろしいばかりの名作であり、ブルックナーが作り出した最高の音楽がここに凝縮されているといっても、決して過言ではない。

後ほど、もっと具体的に詳しく紹介する。

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若き日に「テ・デウム」を歌って合唱コンクールで日本一に輝く

僕のブルックナーとの出会いはかなりすごい場面でだった。

忘れもしない、我が生涯の最高の輝きの一つである18歳で体験した神戸で開催された全日本合唱コンクールの全国大会。

京都にある有名な「合唱団京都エコー」が初めて金賞日本一に輝いた記念すべきコンクール本番に僕は京都エコーの団員の中の最も若いメンバーとして出場し、最年少ということで、団の名前の入ったプラカードを掲げてステージ上で先頭で歩いたあの忘れ難い1975年のコンクール。

合唱団京都エコーのこと

合唱団京都エコーは、今ではもうすっかりコンクールから卒業してしまったが、全日本合唱コンクールで20年連続して金賞受賞という全く前例のない奇跡をやってのけ、コンクールでは金賞が複数団体あるのだが、その中でも最高賞である金賞日本一に輝くこと約10回という日本の最高レベルのアマチュア合唱団である。

京都エコーが全日本合唱コンクールで日本一になったのは団の創設から13年目の1975年(昭和50年)であり、その後はコンクールに出場しても日本一に届かないという状態が続き、方向転換を迫られる中、1980年(昭和55年)のコンクールで再び金賞日本一を獲得、これが20年連続金賞の始まりとなった。

その前人未踏の不滅の業績もあって2006年から2014年まで全日本合唱連盟の理事長を務め、現在は名誉会長を務めている浅井敬壹が指揮者として牽引し続けたスーパー合唱団である。

1975年の全国大会で日本一の快挙

京都エコーがその華々しいコンクール歴にあって、最初の金賞にしていきなり日本一の栄冠に輝いた団の歴史におけるエポックメイキングとなった1975年のコンクールにおいて、僕は合唱団の最年少メンバーとして、ブルックナーの「テ・デウム」の終曲を歌った。

全日本合唱コンクールでは、出場合唱団は2曲歌う必要がある。合唱連盟が選んだ複数の曲の中から選んだ課題曲と、時間制限がある以外は何を歌ってもいい自由曲と。

この京都エコー初の金賞日本一の大会で我々が歌ったのは、課題曲は感動的な名曲フォーレの「ジャン・ラシーヌ頌」(ラシーヌ讃歌)だった。

この曲の美しさと感動は、言葉で表現し得ない。僕が最も愛する合唱曲にして、ありとあらゆるクラシック音楽のベストテン入り確実の珠玉の名作だ。

コンクールの課題曲であんな素晴らしい曲に巡り会うことができたのは、我が合唱人生の最大の幸運だったと今でも忘れることができず、感謝するしかない。

指揮者の浅井敬壹が選んできた自由曲が、ブルックナーの「テ・デウム」の終曲だった。この曲を歌いこなすのは苦労した記憶がある。いずれにしても親元を離れ、憧れの京都での大学生活を始めた年のことだ。

これが僕のブルックナーとの出会いとなった。

実は、正直に言うと、あのコンクールの全国大会で金賞日本一という栄冠に輝きながら、僕はこのブルックナーには何の魅力も感じなかったと告白するしかない。

もう一方の、課題曲のフォーレの「ジャン・ラシーヌ頌」があまりにも美しく、いい曲過ぎて、フランス語で歌うという初めての体験は非常に難しくもあったが、フォーレの素晴らしさに身も心もメロメロになってしまい、ブルックナーの入り込む余地はなかったのかもしれない。

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無伴奏混声合唱のモテットを熱愛することに

そんなことで18歳にして全日本合唱コンクールで日本一に輝く夢のような体験でブルックナーの音楽に接した僕だったが、正直いって「テ・デウム」の良さはサッパリ分からず、ブルックナーとの出会いとしてはむしろ不幸だったかもしれない。

栄光のステージで歌うという感動体験をしながらも、ブルックナーの良さを理解できなかった僕が、この後、これまた全日本合唱コンクールを通してブルックナーの素晴らしさに目覚めることになったのだから不思議なものである。

それが無伴奏混声合唱曲のモテットだった。

その後も聴く側として全日本合唱コンクールの全国大会に関わる中で、協会が指定した課題曲にブルックナーの無伴奏のモテットが選ばれることが何度かあり、それを聴いて僕はブルックナーの無伴奏の合唱曲、モテットにすっかり心を奪われてしまう。

これぞ「人類が作った最高の合唱作品」だと確信するに至った。

それが「Christus fsctus est 」と「Virga Jesse」の2曲だった。本当にこの2曲を知ったときの衝撃はなかった。聴く度に圧倒されてしまった。

ほとんど言葉を失うくらいの戦慄と感動を覚え、熱愛するに至る。

松下耕が率いる混声合唱団「ガイア」でも「Christus fsctus est 」を実際に歌う機会に恵まれた。

急な転勤によりあいにく本番のステージにオンステすることはできなかったのだが、途中まで練習には参加し、松下耕の指揮で歌うこともできた。

自分で実際に指揮をしたいと熱望

そうなると、合唱指揮者でもあった僕は、今度は歌う側ではなく、どうしても自分で指揮してみたい曲作りをして自分で振ってみたいという願望を抑えられなくなる。

といって、この2曲を歌いこなすのは並大抵のことでは叶わない。

僕が創設した合唱団にはこの2曲を歌いこなすだけの実力はまだなかったが、少しずつ力を付け、遂に定期演奏会のステージで取り上げることができるまでになった。

そして、遂に念願かなって演奏会で僕が熱愛する「Christus fsctus est 」と「Virga Jesse」の2曲を指揮することができたのである。

新型コロナの影も形もない感染がまだ始まる前の2018年の秋のことだった。
幸せだった時代である。

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モテットの名作3曲を浜離宮朝日ホールで指揮

僕は合唱指揮者の端くれである。一方で本業は大病院の事務局長(事務長)であり、この3年間に及んだコロナ禍は、僕にとって最悪のシチュエーションであった。

元々合唱そのものが飛沫合戦のような活動であり、制限が必要だったのだが、病院職員、しかも経営の責任者である事務局長の僕は、病院の全職員に行動制限をお願いする立場にあり、他の指揮者や一人の歌い手ならともかく、合唱活動を続けることはできなかった。

結局、僕は合唱活動、指揮活動を断念するしかなかった。プロとしての病院経営を優先し、合唱と指揮活動を諦めた。断腸の思いだったが、僕はそういう選択をした。

これは今日、現在の話しである。

そんな辛い経緯があったが、コロナ以前は精力的に合唱及び指揮活動を展開しており、自ら設立した合唱団で本格的な演奏会を定期的に開催してきた。

2018年には世界的にも屈指の名ホールとして知られている浜離宮朝日ホールで5回目の定期演奏会を開催し、そこで長年の夢だったブルックナーのモテットを取り上げた。

これは僕自身にとってもエポックメーキングな音楽体験となった。

そこで取り上げたモテットは3曲。名曲ばかり。

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演奏会のプログラムの曲紹介からの引用

その演奏会のプログラムに掲載された演奏曲の紹介のページから実際の記事を引用させていただく。

指揮者の僕が書いた文章である。「です・ます」調で書いているが、そっくりそのまま引用する。これが曲の紹介としても一番分かりやすいと思われる。

ブルックナーの無伴奏の合唱曲について

『ブルックナーが交響曲の創作と並んで力を入れていたのが声楽曲でした。オーケストラ付きの大作がいくつもありますが、完成度が高く特別な高みに到達している作品群は、無伴奏の合唱曲、一連のモテットに尽きます。6曲ほどしか残されていませんが、その完成度は稀有のものです。
 敬虔なカトリック教徒に相応しく宗教曲ばかりですが、その多くはグラドゥアーレ(昇階曲)と呼ばれるモテットです。』

ドイツで出版されているブルックナーのモテットの表紙の写真
ドイツの音楽出版の老舗ドブリンガーから出版されているブルックナーのモテットの楽譜の表紙。「無伴奏混声合唱曲のための」と書かれている。

Cristus factus est 

『ブルックナーの合唱曲の頂点に位置する名作。ブルックナーの交響曲の最高傑作との評価の高い第7番とほぼ同時期に作曲されたもので、ブルックナーが作曲家としてピークを極めていたことが如実に伝わってきます。その音の充実感と深淵さはちょっと尋常ではないほどで、曲のクライマックスは「地球が壊れる時の音」と言いたくなるほどの迫力と悲痛さに満ちています。実は、そのシーンはイエスが十字架で磔になるシーンであり、ブルックナーの沈痛な想いとその一方での救済を描き尽くしました。わずか5分程ですが、あの感動的な交響曲に匹敵する音楽がここにあります。』

Christus fsctus est の楽譜の冒頭部分(1ページ目)の写真。筆者が実際に使っていた楽譜。 
僕が指揮する際に実際に使っていた楽譜。Christus fsctus est の冒頭部分(1ページ目)。実に感動的な導入部。
Christus fsctus est のクライマックス部分の楽譜の写真。
Christus fsctus est のクライマックス部分。3段目の37小節から始まるF部分が、僕が「地球が壊れる時の音」と呼ぶfff(フォルティシモ)。ものすごい音楽だ。

 

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Virga Jesse

『Christus fsctus est に勝るとも劣らないブルックナーの無伴奏合唱曲の双璧とも言える作品。
Christus fsctus est の1年後、交響曲第8番の創作と並行して作曲された正に絶頂期の創作で、わずか4~5分の中に、様々な音楽的な要素が盛り込まれた驚くべき音楽。後半、転調を繰り返しながら耳を疑うような激烈な高みに有無を言わさず強引に引きずり上げるかのような音楽に圧倒されます。一転、天国のような美しい音楽が流れ、最後はハレルヤと力強く神の栄光を称えます。』

Virga Jesse のクライマックス部分の楽譜の写真。
 
Virga Jesse のクライマックス部分の楽譜。目まぐるしく繰り返される転調と高揚感が楽譜から伝わってくる。
Virga Jesse のクライマックスの続きの部分の楽譜の写真
Virga Jesse のクライマックスの続き部分。頂点を極めた後のアレルヤ。ここがまた聴くもの、歌うものに激しく迫ってくる。けだし稀有の名曲。

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最高の交響曲に匹敵する驚くべき宗教曲に感動

ブルックナーの無伴奏の混声合唱曲は10曲弱あり、CDではちょうど1枚分の収まる分量だ。CDは相当な数が出ていて、僕は端から集めていたが、現在は輸入盤を含めても、ホンの数種類しか生きていないようだ。

何たるスキャンダル。こんな嘆かわしいことはない。

ブルックナーのカラーの肖像画
ブルックナーの晩年のカラーの肖像画。

 

「Christus fsctus est 」と「Virga Jesse」の2曲が突出する素晴らしさだが、他にも名曲、傑作が目白押し。本当にどこまでも美しく、深遠な曲ばかりである。

驚くべき名曲というよりも、こんな名曲の存在に驚かされるというべきか。

ここにある音楽はブルックナーの交響曲の最高の部分に匹敵するブルックナーの芸術の精髄である。あの長大な交響曲を何回も聴くなら、そのうちの1回を是非ともこの無伴奏の合唱曲を聴く時間に充ててほしい。

ブルックナーの最高傑作の交響曲である第7番、第8番と同時期に作曲された人の声だけによるホンの4~6分の短い音楽。

だが、その短い音世界は長大な交響曲に匹敵するまさに勝るとも劣らないものである。ホンの4~6分程の短い音楽の中にブルックナーの最良の部分が凝縮されている。

「人類が作り得た最高の合唱作品の一つ」というのは、決して過言ではない。

騙されたと思って耳を傾けていただきたいものである。

 

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僕の手元にあるCDのほとんどが入手不可能となった今、こちらが一番のお勧めかと思います。
実は僕も聴いたことがないのですが、ラトヴィアは世界でも屈指の合唱王国なので、演奏は間違いないと判断しています。
僕ももちろんこの後、購入します。

残念ながら送料がかかりますが、色々と調べたところ、こちらが一番の廉価となります。

2,250円(税込)。送料290円。 合計2,540円


ブルックナー: ラテン語によるモテット集

 

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3,300円(税込)。送料無料。日本語解説、日本語訳付き。


ブルックナー: ラテン語によるモテット集 (日本語解説付)

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