超多忙な中で、4冊の本を読み切った9月

今月(2022年9月)、僕は公私共に非常に多忙な日々を送っていたのだが、そんな中で寸暇を惜しんで4冊の本を読み切った。何とか今月中にこれら4冊のことをブログ記事にまとめ、紹介したいと思っている。読み切った順番通りに紹介していきたい。

先ずは、先日「社会を変えるには」を紹介したばかりの小熊英二である。「社会を変えるには」を読んで、一気に小熊英二に開眼した僕は、今後は小熊英二作品を集中的に読んでいこうと決意。

その第1作目が今回紹介の「生きて帰ってきた男」である。

サブタイトルが付いている。「ある日本兵の戦争と戦後」というのがそれだ。

終戦間際に19歳で徴兵され、直ぐに終戦を迎えたというのに、そのままシベリヤに抑留され、3年後に生きて帰ってきた男の戦中と戦後の生き様を描いている。

一切の脚色なしの完全ノンフィクションだ。

紹介した本を正面から撮影した写真
これが表紙。帯はない。

小熊英二が実父から聞き取ったシベリア抑留者の戦中と戦後

本書の特徴は主人公の日本兵が実際に体験した戦争とシベリヤ抑留を描いただけではなく、先ずは戦争に召集されるまでの戦前と徴兵されての戦中、戦争は直ぐに終わったにも拘らずそのままシベリアに送られて抑留を受け、そして何とかシベリヤ抑留から生還した後の、長い長い戦後の生活史をずっと描いていることだ。

正しく、サブタイトル通りの「ある日本兵の戦争と戦後」なのである。一人の日本兵の全人生を、最初から現在までを同じトーンで描き切ったことで、浮かび上がってくるその人物のかけがえのない唯一無二の人生と、彼が生き抜いた「時代」が鮮明かつ如実に浮かび上がってくる。

静かな感動が日増しに強まってくる

これが大きな感動を呼ぶ。読後にじわじわと静かな感動が込み上げてきて、更に不思議なことに、読後の時間の経過と共に、益々心に深く刻まれて来る。主人公がいつも自分と一緒にそこに居るような妙な臨場感から逃れることができない。この特異な一体感にいつまでも包まれているばかりか、日増しにその感覚が強まってくるのである。

これは不思議な体験だ。こんな読後感を感じる本は他にあまり経験したことがない。主人公の体験をそのままリアル体験しているような感触が日増しに強まり、静かながらも深い感動にいつまでも包まれている

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実父の体験を息子が描いた本だが、忖度は皆無

ここで描かれた主人公「生きて帰ってきた男」は、著者小熊英二の実父である小熊謙二である。

つまり本書は作家・歴史家の小熊英二が、太平洋戦争末期に徴兵され、シベリアに抑留された実の父親の生涯を忠実に聞き取った本なのである。NHKが放映している「ファミリーヒストリー」のようなイメージであるが、ここに描かれるのは実父一人だけで、ファミリーヒストリーのようにその家族のルーツを探るなどということが目的では決してない。あくまでも主題は戦争に巻き込まれた一日本兵が命からがら終戦を迎えたにも拘らず、そのままシベリアに抑留され辛酸を舐めた日本兵の戦中と、何とかシベリアから生きて帰ってきた後の、数十年間に及ぶ長い戦後をリアルに再現していくことにある。

小熊英二の目的は、父親の体験を探ることというよりも、あくまでも一日本兵の戦中と戦後を忠実に辿り歴史に残したいということであり、その日本兵が偶然にも実の父親だったと言う方が正確だ。

したがって、この本の中には親子の心情などの描写は皆無であり、著者の小熊英二も父親に対する特別な思い込みや思い入れなどは極力排除し、プロのノンフィクション作家の立場を貫いている。

ここには自身の父親に対する忖度も都合の良い脚色も一切ない。これはできそうで、中々できることではない。

小熊英二のプロとしての作家精神と剛腕ぶりに脱帽させられる。

「生きて帰ってきた男」の基本情報

「生きて帰ってきた男―ある日本兵の戦争と戦後」は岩波新書の一冊だ。あとがきや最後の聞き取りデータなどを含めて全390ページ。新書としてはかなり厚い方だ。特に岩波新書でここまで厚い本は稀ではないだろうか。

2015年6月19日が第1刷の発行日なので、まだ出版されて7年程しか経っていない比較的新しい本である。ちなみに僕が読んだものは2021年7月15日発行の第14刷なので、かなり良く読まれていることが分かる。

本書は戦後70年を記念した東北アジアでの同時出版企画として、韓国語訳が2015年8月に韓国で、中国語訳が2015年9月に台湾で出版された。更に2018年5月には英語版が出版されている。

紹介した本を立てて撮影した写真。
立てて撮影するとこんな感じ。岩波新書としてはかなり厚い。

本書は非常に高く評価され、第14回小林英雄賞を受賞している。また2016年には新書大賞の第2位にランクインされた。

名著の名に恥じない小熊英二ならではの意欲作である。

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「生きて帰ってきた男」の全体の構成

全体は9章から成り立っている。

第1章 入営まで
第2章 収容所へ
第3章 シベリア
第4章 民主運動
第5章 流転生活
第6章 結核療養所
第7章 高度成長
第8章 戦争の記憶
第9章 戦後補償裁判

サブタイトルは「ある日本兵の戦争と戦後」となっているが、「戦争」に該当する部分は第1章から第4章まで。第5章からは帰国後の「戦後」編となる。戦争とシベリア抑留から戻ってからの戦後編の方が長い点に注目してもらう必要がある。

紹介した本の裏扉の写真。
新書を広げると、ここに簡単な紹介がある。簡潔ながらも非常に分かりやすい。

本書を貫く全体のトーン:小熊英二の叙述方法

本書を貫く小熊英二の叙述方法について、最初に触れておきたい。本書の紹介としては、それに触れないわけにはいかない。

本書のもとになった聞き取りは、2013年5月から12月にかけて行われた。執筆に当たっては、著者のいわば教え子である新進の現代史家である林英一氏と2人で共同作業を進めた。小熊英二が直接、父親である小熊謙二にインタビューし、それを林英一氏がパソコンでメモ書きした。そして林氏が作ったメモを、インタビュー当日のうちに小熊が加筆してまとめなおし、後日に録音と照合しながら原稿化。そしてその原稿を、謙二に目を通してもらい、事実関係の訂正などを行ったとのことだ。

インタビューは基本的に1回あたり3時間。11回のインタビューが実施されたが、追加的ヒアリングが更に5回行われた。詳細な日程は巻末に掲載されている。

とにかく驚くべきことは、その細部の詳細さとそれを可能とした謙二の驚嘆すべき記憶力。これには息子の小熊英二も驚愕。このような記録を本にするに当たって、これ以上の適任者はいなかっただろうと認めている。

そんな優れた資質を秘めていた謙二なのに、謙二自身は、自分の経験についてほとんど何も書き残していなかった。このような、文章を書き残さない人、しかし後世に伝えるべき経験をした人の記憶を、書き残しておくのは歴史研究者の役割だと著者の小熊英二は考えたという。

謙二の記憶を辿りながら、当時のことを実に詳細に再現していくのだが、それと並行して、小熊英二によるその当時の社会情勢や歴史的背景などの簡略ながらもポイントを押さえた適切な解説が織り込まれる。小熊謙二は「あとがき」の中で、「社会科学的な視点の導入」と明言している。すなわち、同時代の経済、政策、法制などに留意しながら、当時の階層移動・学歴取得・職業選択・産業構造などの状況を、一人の人物を通して描いたと書いている。

謙二の記憶を英二の客観的な歴史的事実で補いながら進行していくのだが、それによってまるで映像を観ているかのように鮮明に「あの時代」が蘇ってくる

感情と主観を極力排除した乾いた文章が最適だ

読んでいて感じるのは、その客観的かつ乾いた記述だ。ここには感情に訴えるようなお涙頂戴的な要素は、全くない。親族が結核などの病気によってバタバタと死んでいくのだが、「○○が死んだ」と単にそれだけだ。客観的な事実だけを述べ、それを感情的に彩ることは一切ない。実に淡々としている。

ある意味で素っ気ないほどの淡々とした文章が続いていくのだが、それがいいのだ。事実だけがありのままに書かれていく。その客観性と潔さが魅力なのである。

僕には到底真似のできない冷静かつ落ち着いた記述方法に、一部にはあまりにも淡々とし過ぎているとの感想もあるようだが、これが本書を名著とし、時代を超えて後世まで長く読み継がれるであろう最大の要因だと思われてならない。

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戦争とその後のシベリア抑留について

「戦争編」はじっくりと読んでいただこう。満19歳になったばかりの謙二は満州に赴いたのだが、実はほとんど戦闘行為そのものとは無縁であった。ある意味で肩すかしをくう程、あっけなく9カ月ほどの軍隊生活だけで終戦を迎えることになる。

本書からの引用写真。戦争中の主人公の小熊謙二。

大変だったのは、それからだ。ソ連によるシベリア抑留だ。ここはさすがに読み応えがある。一番、ハラハラさせられるのは、読者の我々はシベリア抑留という歴史的事実を知っているからいいものの、当時の謙二たち当事者にとっては、戦争が終わって日本に帰れるはずなのに、どうも日本とは別の方向に向かっているのではないか?という不安が日々増長していく点だった。

読んでいる我々もこれには本当にたまらない気持ちになってくる。遂にソ連によってシベリアに抑留されたと判明したときの絶望感に言葉を失う。

そのシベリアでどのような扱いを受け、どのように生を繋いでいったのか、これは実際に読んでいただくしかない。

本書からの引用写真。シベリアでの抑留生活。

僕がこれは本当にたまらないな、と思ったのは、第4章の民主運動だ。ソ連は日本兵に対して共産主義の思想を吹き込み、民主運動という共産主義ならではのイデオロギーの洗脳が日々行われるようになった。

それに迎合する日本兵の存在が実に嫌な感じで、謙二が帰国後も共産主義や社会主義に馴染めなかったというのは痛いほど良く理解できる。

それでいて、謙二は帰国後、選挙では常に革新政党に投票し、自民党を嫌っていたという錯綜した政治信条が何とも興味深い。

帰国後の辛酸を極める耐乏生活に胸が詰まる

本書を読んで、何よりも一番たまらなく胸が詰まったのは、3年間に及んだシベリア抑留から無事に帰国してからの、戦後の謙二の辛酸を極めた耐乏生活だ。第5章の流転生活の部分。これは戦争中やシベリア抑留時代よりも辛かったのではないかと思われる辛酸ぶりである。

それをどこまでも淡々と事実だけをありのままに追いかけていくのだが、謙二本人よりも読んでいるこちらの方が辛くなる。

逆に謙二は少しも嘆いたり、絶望することはない。その逆境への強さには読んでいて呆気に取られる程だ。

それにしても凄まじい。職も得られなければ、住むところもなくて、いつもあっちこっちに居候。

時には実の妹と3畳一間に住んで、一つの布団で寝起きすることを強いられていた。現代からは到底想像することすらできない極貧生活だ。

無謀な戦争に引っ張り出され、命からがら終戦を迎えたら、今度はソ連によって理不尽極まりないシベリア抑留。そんな悲惨な思いをしながら漸く帰国したら、こんな日常が待ち構えていたのである。

これが謙二だけの特異の状況ではなかったことは間違いないだろう。戦後、復興を遂げる前は、日本はどこでもこんな現状だったということが、謙二を通じて痛いほど伝わってくる

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高度成長期にうまく乗っかり、遂に浮上

何をやっても上手くいかない日々が続く中で、更なる追い討ちが謙二を襲う。結核の発症だ。

これからという時に結核に罹ってしまう。当時、結核は死の病。謙二の親族も何人も結核で亡くなっていた。

遂に自分の番かと、さすがにこの時だけは謙二も嘆いた。

結核療養所にはシベリア抑留よりも2年も長い丸々5年間も収容されるが、何とか死を免れることはできたものの、現代では考えられない原始的な手術を受けて、片肺を失ってしまった。

退所後は、またゼロからのスタートを余儀なくされる。今度は肉体的なハンディを背負っているので、今まで以上に就職先は見つからない。

だが、そんな中で、漸く少しずつ運が向いてくる。結婚も実現し、働き口が見つかり、謙二は持ち前の粘り強さと経理能力を発揮して、遂に上昇気流に乗ることができそうになる。時あたかも日本の高度成長期と重なり、謙二は幸運にもその高度成長期の恩恵に預かることができたのだったが・・・。

戦争とその後の理不尽さに対峙する晩年の姿に感動

最後は小さなスポーツ用品店の社長にまで上り詰めた謙二。だが、そうやって漸くささやかな成功を収めた後で、謙二は若き日の戦争とシベリア抑留の理不尽さをしみじみと噛み締めるようになる。

そして、本人にはその気がなかったにも拘らず、そちらの運動に深く関わっていくことになる。

この最後の下りが非常に感動的だ。シベリア抑留者に国からの補償はなされなかったが、少し見舞い金が支給されることになる。ところが、それはあくまで今の日本国籍を持っている者に限定され、シベリアで一緒に苦楽を共にした当時は日本人だった中国人や韓国人には見舞い金は支給されなかったのだ。

その理不尽さに、謙二は黙っていられなかった。ここからの謙二の活躍ぶりは心躍る。思わず拍手喝采を送りたくなる。

謙二がどんな取組みをして、どんな結果になったのかはどうか本書を直接読んでいただきたい。

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ありとあらゆる日本人必読の名著

著者の小熊英二の本書執筆の狙いと役割は見事に達成したと言うしかない。これは地味ながらも実に感動的な一冊である。

感動的とは言っても、決して仰々しいものではない。静かな感動を呼ぶのである。静かながらもズシリと響く重い深い感動だ。

本当に貴重なノンフィクション。戦中やシベリア抑留以上に衝撃を受けるのは戦後の辛酸を舐めた極貧生活。そこから日本人はどうやって這い上がってきたのか。

それを一人の日本兵を通じてリアルに伝えてくれる。他にはない稀有な一冊

ありとあらゆる全ての日本人の必読書と自信を持ってお勧めしたい。

何としても一人でも多くの日本人に読んでほしいと願うばかりである。

 

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