目 次
味わい深い名エッセイに心を奪われる
前に紹介した「戦争が遺したもの」を読んで、鶴見俊輔の魅力にすっかり開眼させられた僕が読んだ、鶴見俊輔による晩年のエッセイ集である。
岩波新書から出ている「思い出袋」。これがめちゃくちゃおもしろく、興味深く、一気呵成に読み切ってしまった。
これは鶴見俊輔が八十歳を超えてからの月に一回の連載をまとめたものだ。八十歳になってからの7年間に及ぶ長期連載の集大成なのである。
これは良かった。ますます鶴見俊輔の魅力にハマってしまう名随筆。「いいものを読ませてもらったな」と、しみじみと幸福感に浸っている。
あらためて鶴見俊輔のこと
「戦争が遺したもの」の記事で、鶴見俊輔のこと、その波瀾万丈の93年に及ぶ人生と生き様については、詳しく書かせていただいたとおりである。
詳しくはそちらをお読みいただくこととして、ここでは、本書「思い出袋」の著者紹介に載っているプロフィールをそのまま転記されてもらう。
と言って、本書岩波新書の巻末の著者紹介を確認すると、
1922‐2015年。ハーヴァード大学哲学科卒とだけ書いてあって、後は、著書に・・・として鶴見の代表的な著作が10冊程、列挙されているだけである。
いくら何でもこれは不親切すぎる。
これでは話にならんということで、「戦争が遺したもの」に掲げられている著者紹介を引用させていただくことにする。前回の記事でも引用させてもらって重複するが、やむを得ない。
「1922年、東京生まれ。哲学者。15歳で渡米、ハーヴァ―ド大学でプラグマティズムを学ぶ。アナーキスト容疑で逮捕されたが、留置場で論文を書き上げ、卒業。交換船で帰国し、海軍ジャカルタ在勤武官府に軍属として勤務。戦後、丸山眞男などと『思想の科学』を創刊。アメリカ哲学の紹介や大衆文化研究などのサークル活動を行なう。京都大学、東京工業大学、同志社大学で教鞭をとる。60年、安保改定に反対し、市民グループ「声なき声の会」に参加。65年、べ平連に参加し、アメリカの脱走兵を支援する運動に加わる。70年、警官隊導入に反対して同志社大学を辞任。2015年7月逝去」
本当に信じられない程の波乱万丈の93年に及ぶ生涯であった。
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「思い出袋」の基本情報
「思い出袋」は岩波書店が出している月1回発行の新刊案内にして書物や雑誌をめぐるエッセイ集である「図書」に連載された「一月一話」というタイトルの短い随筆を集成したものだ。
連載の期間は2003年1月号から2009年12月号までのちょうど丸7年間。84カ月間である。鶴見俊輔がちょうど80歳になったときから開始された。
1回あたりの字数は39字×30行=1,170字。約1,200字である。
毎月1回の発行だったので、年に12本。それが7年間継続したということで、12回×7年=84本となる。
それを1冊の岩波新書に集大成したもので、晩年の鶴見俊輔の味わい深い名随筆をまとめて読むことができる実に贅沢な一冊である。
ページ数は、最後のわずか6行のあとがきを含めて229ページである。薄い新書である。
ちなみに鶴見俊輔は、この連載終了から約5年後に、93歳で亡くなっている。
1,200字にまとめ上げるのは至難の技だ
どんなブログ記事を書いても、非常に長くなってしまう僕にとって1,200字弱のエッセイというのは、いかにも短くて大変だなと思ってしまう。僕のブログの平均文字数は多分6,000字を超えていて、一本で軽く1万字を超える記事も決して珍しくない。
ブログを書いていると、書きたいことが次から次へと浮かんで来て、どうしても長くなってしまう。そんな僕からすると、1,200字以内でという字数制限は大変な脅威だ。
実は、こんな僕でもかつては複数の雑誌に900字程のクラシック音楽と映画紹介を数年間に渡って連載していたことがある。限られた字数で自分の思いをまとめることも非常にやり甲斐のあるものだったが、やはりかなり苦手ではある。
そういう経験を踏まえて、晩年の鶴見俊輔が書いた1,200字の名随筆を読ませてもらうと、とにかくその内容の素晴らしさと簡潔さに感嘆させられる。
良くぞ八十代の高齢者がこんな含蓄に満ちた素晴らしい文章を、1,200字という非常に短い文章の中に書くことができるものだと、驚嘆が収まらない。本当に素晴らしいことだと感嘆させられ、嬉しくなる。
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おもしろくてページを捲る手が止まらない
80代の超高齢者が書いた本と決して侮ってはならない。
とにかく読んでいておもしろく、興味が尽きない。
しかも一本の記事が1,200字もない短いものなので、直ぐに読めてしまう。
鶴見俊輔は元々難しい表現や難解な言い回しはほとんどしない人なので、本当にスラスラと読める。
そうは言っても哲学者にして反戦を訴え続けた行動する闘士でもある。決して平易なものばかりではない。
だが、少し理解しにくくて、えっ?何だろう?何を言おうとしているのか?と分かりにくいものでも、繰り返し2、3回読んでも、とにかく時間はほとんどかからない。
元々が随筆であり、決して内容的に難ししくはないので、2、3回読めば、鶴見俊輔が言わんとしていることは、凡そ理解できる。
こうして含蓄に満ちた人生の年輪を感じさせる第一級の名随筆を、気軽にしかも時間をかけずに味わえるのだ。
全体で84編+「書き足りなかったこと」と称する数ページを足しても、直ぐに読めてしまう。
僕は例によって7〜8冊の本を同時並行させて読んでいる関係で、この「思い出袋」を読み始めた頃は毎日ホンの少しずつ読んでいたのだが、やがておもしろくなって集中して読み出したら、先週の日曜日(2023.2.12)の夜にホンの数時間で読み切ることができた。
岩波新書も最近のものは、フォントもかなり大きくなって本当に読みやすい。
直ぐに読め、それでいて心が存分に満たされる絶妙な名随筆集と言っていい。
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「戦争が遺したもの」で語られる破天荒の人生を振り返る
丸々7年間。毎月一本というペースを守り抜いて完成した84編+αの短いエッセイの中で、鶴見俊輔の連載当時80年超の生涯の破天荒とも言える波瀾万丈の人生が大いに語られ、自ら書く文章によって明らかになる。
あまりにも立派過ぎる親に反抗して不良となって中学を中退するに至る驚きの少年期。アメリカという知らない土地でやり直し、ハーヴァード大学に進むアメリカ時代。
そして、日米が戦争状態になってからの、日本に戻っての軍属時代。そして戦後。
ベ平連としての活動など、端々に現れる鶴見俊輔の驚きの人生を彩った様々なエピソードが短い言葉で簡潔に語られる。
「戦争が遺したもの」を読んで、質問に答えるという形で本人の生の言葉によって鶴見の人生をある程度知っている僕は、思わずほくそ笑んでしまうものばかり。語り言葉ではなく、エッセイとして書かれた文章は、また格別の味わいがある。
少年期のエピソードが嬉しい
戦中や戦後の話題も多いが、意外なほど良く出てくるのは、小学校時代のエピソードである。
折檻を繰り返す常軌を逸した母親に反抗して不良になるのに、ここに書かれた小学校時代のエピソードは、微笑ましくなるような心温まるものが多い。
アメリカに移ってから、アメリカの家庭でのエピソードもふんだんで、日本で実の親には恵まれなかった鶴見俊輔がアメリカの養親に温かく迎えられ、ハーヴァードで頑張る姿が感動的だ。
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深い感銘に包まれる素晴らしい名随筆の森
そんな鶴見俊輔の人生を彩った様々なエピソードから哲学的な思索に入って行く展開が絶妙だ。
一編あたりは短いので、深く思索が展開されるということにはならない。
哲学者として深い思索、あるいは人生の真実の探求にそれほどは踏み込まず、サラッと触れられるだけなのに、読んだ者に思考を促すような余韻を残す展開。
そのバランスが実に絶妙だ。
これは第一級の哲学者にして人生の達人でもあった稀有な知識人、反戦運動家による味わい深い見事な随筆集。
是非ともじっくりと味わっていただきたいものである。
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