ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の後編:各論編のスタート

前回、ベートーヴェンの創作の3本柱の中でも、弦楽四重奏曲がとりわけ重要な作品であったこと、そして弦楽四重奏曲という演奏形態が、音楽史の中でどのような位置付けを占めており、その魅力はどこにあるのかを縷々書かせてもらった。

今回はその記事の予告通りに、ベートーヴェンの全ての弦楽四重奏曲16(17)曲について、個別に紹介し、その魅力を伝えていきたい。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は全部で17曲もある。その17曲の個別の紹介を1本の記事で済ますことが非常に困難であることが判明し、この各論編も更に2つに分けて(上下)、紹介したい中編と後編と3部構成になるわけだ。

1枚のブルーレイで全曲を聴けることの幸福感

これも前回書いたことだが、例のブルーレイオーディオという信じられないディスクによって、このベートーヴェンの17曲にも及ぶ全ての弦楽四重奏曲が、何と1枚のディスクだけで聴くことができるのだ。

このブルーレイオーディオに収まっているアマデウス弦楽四重奏奏団による演奏では、時間的には全部を通算すると8時間3分。CD7枚分である。

それでベートーヴェン30歳の時に作曲された第1番の弦楽四重奏曲作品18から、54歳という死の直前に作られた第16番の作品135までの全17曲を、リモコン一つで自由自在に聴くことができる。しかもそれぞれの曲を構成する楽章毎にインデックスが付いているので、このたった1枚のブルーレイオーディオで、全ての弦楽四重奏曲をそれぞれの楽章毎にリモコン一つで自由自在に好きなように聴くことができるのである。

この快感と感動は、どれほど強調しても足りないくらい。本当に便利な時代になったもんだと驚嘆するばかりである。

クラシック音楽ファンにとってこんなに幸福感を感じることはない。

こうして、僕はその時の気分に応じて、好き勝手に頭の第1番から順番に聴いたり、後期の第12番から聴いたり、最も有名ないかにもベートーヴェンらしい力作である第7〜9番のラズモフスキー四重奏曲を聴いたりと、それこそやりたい放題に好き勝手に楽しんでいる

これを至福と言わず何といおう。

紹介したブルーレイオーディオのBOXの写真
このブルーレイオーディオが収められた弦楽四重奏曲全集のBOXにはCDが7枚入っているが、その中の今回紹介する初期の作品18のCDジャケット写真。

 

今回、集中的にベートーヴェンの弦楽四重奏曲を聴いたので、全曲の紹介を試みる。

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おさらい:ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全体像

前回の前編で、ベートーヴェンの17曲の弦楽四重奏曲の全体像を書いておいた。

おさらいとして確認してもらうと共に、更に作曲された年とその時のベートーヴェンの年齢、及びおおよその演奏時間を示しておく。

パソコンでは見やすく表示したつもりだが、スマホで見ると、ギュウギュウ詰めで非常に見にくくなっている。ご容赦いただきたい。

【初期】 6曲 
第1番~第6番 作品18 
ベートーヴェン最初の弦楽四重奏曲は作品18で、これが何と6曲のセットとして作曲された。

第1番ヘ長調 Op.18-1  作曲:1798~1800年 年齢:28~30歳 約26分
第2番ト長調 Op.18-2  作曲:1798~1800年 年齢:28~30歳 約21分
第3番ニ長調 Op.18-3  作曲:1798~1800年 年齢:28~30歳 約20分
第4番ハ短調 Op.18-4  作曲:1798~1800年 年齢:28~30歳 約21分
第5番イ長調 Op.18-5  作曲:1798~1800年 年齢:28~30歳 約23分
第6番変ロ長調 Op.18-6 作曲:1798~1800年 年齢:28~30歳 約22分

ベートーヴェンの若き日の肖像画
若き日のベートーヴェンの肖像画。

 

【中期】 5曲 
第7番~第9番 作品59「ラズモフスキー」第1番~第3番、第10番 作品74「ハープ」、第11番 作品95「セリオーソ」

「ラズモフスキー四重奏曲」という愛称が付いた3曲が最も脂の乗り切っ時期に作曲された弦楽四重奏曲の頂点とされている。
この中期、最も充実していた頃に作曲された5曲は、かなり連続的に続けて作曲されていることが分かる。

第7番ヘ長調 Op.59-1「ラズモフスキー第1番」作曲:1806年 年齢:36歳 約37分
第8番ホ短調 Op.59-2「ラズモフスキー第2番」作曲:1806年 年齢:36歳 約31分
第9番ハ長調 Op.59-3「ラズモフスキー第3番」作曲:1806年 年齢:36歳 約28分 
第10番変ホ長調 Op.74「ハープ」作曲:1809年 年齢:39歳 約28分
第11番ヘ短調 Op.95「セリオーソ」作曲:1810年 年齢:40歳 約21分

壮年期の有名なベートーヴェンの肖像画。
壮年期の非常に有名なベートーヴェンの肖像画。

 

【後期】 7曲
第12番 作品127、第13番 作品130、第14番 作品131、第15番 作品132、第16番 作品135、弦楽四重奏のための「大フーガ」 作品133

晩年のベートーヴェンの肖像画。
晩年のベートーヴェンの肖像画。

 

第12番変ホ長調 Op.127 作曲:1824年 年齢:54歳 約42分 
第13番変ロ長調 Op.130 作曲:1825~26年 年齢:55~56歳 約35分
第14番嬰ハ短調 Op.131 作曲:1826年 年齢:56歳 約38分
第15番イ短調 Op.135 作曲:1825年 年齢:55歳 約43分
第16番ヘ長調 Op.135 作曲:1826年 年齢:56歳 約24分
弦楽四重奏のための「大フーガ」変ロ長調 Op.133 作曲:1825年 年齢:55歳 約17分

全体を大掴みで把握してほしい

大掴みで全体を把握すると、初期の6曲は、セットで作曲された作品18だけなのである。

その後、かなり年数が空いて、再び作曲したのが「ラズモフスキー」と呼ばれている3曲。

これが作品59であり、愛称が付いていることからも分かるように、これが最も最盛期に作曲されたベートーヴェンの全ての弦楽四重奏曲の最高傑作とされている名作中の名作

ここで頂点を極めた感のある弦楽四重奏曲は、前回の前編で書いたようにベートーヴェンの生涯を通じて最大規模の大作であった「ミサ・ソレムニス」と「第九交響曲」を作曲した後、死ぬまでの3年間、ひたすら弦楽四重奏曲の作曲に打ち込むのだが、弦楽四重奏曲の最高傑作と言われる力作のラズモフスキーの3曲を作曲してから、後期の作品群を作るまでに橋渡し的な作品を2曲作曲している。

それが「ハープ」と「セリオーソ」という愛称の付いている2曲である。

このあまり目立たない2曲の後、「ミサ・ソレムニス」と「第九」を作って、いよい自分自身とトコトン向き合う後期の名作群の誕生となる。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全17曲の全体像は、こんな流れである。

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初期に属する作品18の6曲について

弦楽四重奏曲が全体に17曲もあって、後期の7曲は第九交響曲作曲後から死ぬまでに集中的に作られた稀有な作品群で、中期のラズモフスキー四重奏曲の3曲はベートーヴェンの最盛期の全作品を通じても屈指の名作と言われてしまうと、この作品18の魅力は最初からあまりなさそうで、聴いてみたいという気にはならないかもしれない。

それはとんでもないこと!みすみす宝の山を見過ごしてしまうことになる。

作品18の6つの弦楽四重奏曲は素晴らしい傑作群

実はこの6曲からなる作品18の初期の弦楽四重奏曲は、いずれも素晴らしい曲ばかりで、僕も大好きな曲が多い

実際に実に魅力的な曲が揃っているので、初期の作品18は聴かなくてもいい、などとは夢にも思わないでほしい。

この6曲の弦楽四重奏曲は足掛け3年間かかって作曲された。ベートーヴェンが30歳になる直前の3年間というのが、野心のある前向きな青年作曲家にとってどれだけ大切な時期だったかはあらためて言うまでもないだろう。

尊敬すべき偉大な先輩であるハイドンとモーツァルトの作品を参考にしていることは明らかで、参考にしたどころか、ハイドンとモーツァルトの影響があまりにも顕著である。

だが、その中に後の大飛躍を遂げるベートーヴェンの個性が明らかに聴き取れるのである。

ベートーヴェン的なるものの萌芽がハッキリと刻印されている。

まさに若き日の初々しいベートーヴェンの響きである。これがどれだけ魅力的か、これは実際にしっかりと聴いていただかないと感じ取れない繊細にして微妙なものである。

若き日のベートーヴェンの肖像画
若き日のベートーヴェンの肖像画。いかにも凛々しい。

 

この6曲は、アラサーを前に、ベートーヴェンが今までの持てる力の全てを出し切った総決算的なモニュメントを打ち立てたと言っても決して過言ではない。

記念すべき交響曲第1番の直前に作曲

ベートーヴェンにとって最初の交響曲である第1番は作品21。その記念すべき最初の交響曲の直前に作曲された6曲の弦楽四重奏曲ということになる。

つまり、ベートーヴェンは作品18で最初の弦楽四重奏曲を作曲し、その直後に今度は遂に最初の交響曲作品21を作曲したというわけだ。ちょうど30歳だった。

若き日のベートーヴェンの肖像画
若き日のベートーヴェンの肖像画。柔和な表情の中にも強い信念が見て取れる。

 

弦楽四重奏曲と交響曲というヨーロッパのクラシック音楽の中で最も大切な作曲ジャンルにして、ベートーヴェンにとっても3本柱の2つが、この時期に相次いで世に誕生したのである。

若き天才作曲家ベートーヴェンの誕生を世に高らかに知らしめることになった画期的なエポックメイキングと言っていい。

僕は何を隠そう、9つの交響曲の中でもこの第1番は、最も好きな交響曲の一つなのである。

その第1交響曲という名曲の直前に作曲された作品18の6曲の弦楽四重奏曲は、その後の弦楽四重奏曲がラズモフスキーの3作品始め、後期の未曾有の傑作群など、目が眩むばかりの名作揃いなので、どうしてもベートーヴェンの弦楽四重奏曲を語るときに、作品18は影が薄くなってしまう。

だが、くれぐれも強調しておきたいが、これらの6曲は大変な傑作揃いで、簡単にスルーしてしまうことは決して許されない。

どうかしっかりと聴いてほしい。

ちなみにこの6曲はセットであり、6曲全てが同じように4つの楽章から成り立っている。

そういうところはまだまだベートーヴェンは古典派のルールをキッチリと守り抜く今、売出し中の慎重な青年作曲家なのである。

そこがまた可愛らしく、何ともいじらしい。

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第1番ヘ長調 Op.18-1

第1番となっているが、作曲の順番としては最初ではなく、実際には2番目に作られた曲。

この作品18-1、知る人ぞ知る大変な名曲であり、僕は大好きな曲である。

1楽章はとてもチャーミングで、愛らしい曲。歌に溢れていて冒頭から心惹かれてしまう。

最高の聴きものは第2楽章である。これは本当に素晴らしい音楽で、僕はこの楽章を愛してやまない。

最初は少し憂いを秘めた優雅な美しいメロディが朗々と歌われるが、突然曲想が変わり、悲壮感が全面に出てくる。ちょっと驚いてしまう程の急激な曲想の変化であり、これはやがて非常にインパクトの強い感情的な音楽に様変わりしていく。

どう聴いてもこれは怒りであり、叫びだ。若きベートーヴェンの抑えようのない青春の嘆きと怒り。それが音となって表出したとしか思えない。

ヴァイオリンが奏でる高貴なメロディに、チェロが激しいリズムで怒りの雄叫びをぶつけてくる。まさに渦巻く激しい怒り。青春の暗い情念が沸っているかのような悲痛さを感じさせる音楽だ。

一説によると、ベートーヴェンが、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の中の墓場の場面を思い描いて作曲した伝わっているが、分からなくはない。

全体的に若々しく明るい曲想が多い作品18にあって、この暗さと激しさ、深刻さは異例だが、僕にはやはり若きベートーヴェンの怒りと嘆きのように思われてならない。

いずれにしても、この楽章は、ベートーヴェンの後期を含む全ての弦楽四重奏曲の中でも、僕が最も気に入っている楽章の一つである。

是非とも聴いてほしい。

第2番ト長調 Op.18-2

第1楽章は躍動感に満ちたリズミカルな名曲で、これまた驚くほどいい曲。聴いていてこっちも心がウキウキとしてくる。 

第2楽章のアダージョは、冒頭のチェロが歌う伸びやかな歌が素晴らしい。そのアダージョが一転してアレグロとなり、最後にまたアダージョに戻ってくるあたりの構成も見事の一言。

3楽章の愛くるしいスケルツォも魅力的だ。

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第3番ニ長調 Op.18-3

第3番となっているが、実は最初に作曲されたベートーヴェン初の弦楽四重奏曲がこれだ。

この最初の弦楽四重奏曲が何ともいい曲なのである。僕はとっても気に入っている。

第1楽章は対位法を全面に打ち出しながらも、伸びやかに良く歌う快活な歌が印象に残る。実に素敵な曲だ。

非常に明るく希望に満ちた曲想が特徴。溌溂とした気分に満たされていて、聴いているとこちらも前向きな気分になってくる。これが若きベートーヴェンの魅力に他ならない。

悲痛な怒りを表現した第1番の第2楽章とは好対照だが、そのいずれも素晴らしいと絶賛したい。

第2楽章も魅力的だ。広大な広がりを感じさせるスケールの大きい曲想。

第4楽章は、快活でよく歌う。

第4番ハ短調 Op.18-4

第4番は、作品18の6曲の中で最後に完成された曲だけに、非常に完成度も高く、最も良く知られ、一般的に6曲中の最高傑作と言われている名作だ。

悲壮感が漂う堂々たる曲で、さすがに素晴らしい。

この曲はハ短調。ベートーヴェンのハ短調というと、何と言ってもあの交響曲第5番の「運命」で用いられた調としてつとに知られているが、まさにベートーヴェンにとっては運命的な調なのである。

他にも素晴らしい名曲のピアノ協奏曲第3番、ピアノソナタでは、非常に人気の高い第8番「悲愴」、最後のピアノソナタである名曲中の名曲の第32番など、名作、傑作がズラリと並ぶ。この作品18-4もその系譜に連なるハ短調の傑作だ。

突き抜けるヴァイオリンが印象的だが、良く歌うヴィオラの魅力も捨て難い。これはやっぱり名曲だ。

第3楽章の軽快なメヌエットが心地良い。

第4楽章の前へ前へと進む躍動感が爽快な気分にしてくれる。

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第5番イ長調 Op.18-5

第5番は、第1楽章でヴァイオリンが愛くるしいと言いたくなるような愛嬌を振り撒き、これまた何とも魅力的な曲だ。

第2楽章はいかにも優美なメヌエット。それぞれの楽器が細かなリズムで優美な歌を競い合う。

第3楽章がかなりの力作だ。アンダンテで始まり、変奏部分が続き、最後にアダージョになるなど、曲想が目まぐるしく変化していく長い曲。聴き応え十分だ。

第4楽章は軽妙な快活さと伸びやかさが上手く混在した、これまた魅力的な曲。

第6番変ロ長調 Op.18-6

第6番の第1楽章は、リズム感に溢れた快活な歌。ヴァイオリンとチェロの対話が楽しく、心が弾む。

第2楽章はゆったりとした分かりやすいメロディがどこまでも優しい。息の長い素敵なメロディだ。

第3楽章はいかにも若々しいスケルツォ。

4楽章は、今までの作品18とは少々作風が異なっている。
細かいリズムは鳴りを潜めて、息の長いトーンが続く。大好きな第1番の第2楽章ほどではないが、悲痛さも伝わってくる。

翳りのある何とも怪しい響きが続くが、しばらくするといつもの機嫌の良い明るさと快活さが戻ってくる。エンディングに向けて、明と暗が目まぐるしく変化しながら、最後は力強く結ばれる。

以上、ここでは、普段あまり熱心に語られることのない影の薄い初期の弦楽四重奏曲作品18の6曲について、音楽的な分析ではなく、あくまでも僕の主観的な印象を中心に紹介した。

「ラズモフスキー四重奏曲」を中心とする中期の紹介は、各論編の2《中期》に請うご期待。

 

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