一度離れたベートーヴェンと交響曲だったが

さあ、いよいよベートーヴェンの交響曲について一曲ずつ書いていくことにする。前回詳しく書かせてもらったように、ベートーヴェンの交響曲はご存知のとおり9曲しかないわけだが、これが「不滅の9曲」として、音楽史に深く刻まれるだけではなく、その後の作曲家たちに絶大な影響を与え、交響曲はどんな作曲家も20世紀のショスタコーヴィチを除いて、誰一人として9曲以上作曲することができなかった。

それだけベートーヴェンの9曲の交響曲は偉大であり、後の交響曲の作曲家たちを呪縛し続けたわけだ。

僕のクラシック音楽の遍歴は小学4、5年生当時の「運命」から始まり、ずっとベートーヴェンを中心に聴いてきたものの、その後ベートーヴェンからも交響曲からもかなり離れてしまったが、最近、このブログのためにベートーヴェンを熱心に聴き直し、その素晴らしさに感動を新たにしている。

ベートーヴェンの作品の中でも、ピアノソナタや弦楽四重奏曲は不断に聴き続けてきたが、本当に交響曲からはすっかり離れてしまっていた。

今回、改めて聴き直すと、やっぱり素晴らしい。聴き込む程にその魅力に深くはまって、離れるに離れられなくなってしまう。「不滅の9曲」とは良くいったものだ。本当にこの9曲の交響曲はどれをとっても音楽史に深く刻まれる名作中の名作だと痛感させられている。

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BRA1枚にベートーヴェンの交響曲が全て収まってしまう

ベートーヴェンの9曲の交響曲を徹底的に聴こうとしたときに、最大の武器になるものは、このブログの中でも何度も触れてきたブルーレイオーディオ(BRA)である。このブログの中で、ケンプのベートーヴェンのピアノソナタ全集、クーベリック指揮のマーラーの交響曲全集、更にアマデウス弦楽四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集と何回も取り上げてきた。

今回はベートーヴェンの交響曲の全曲を1枚のブルーレイオーディオで味わい尽くす。演奏も大変な名演との評価が定着しているレナード・バーンスタイン指揮のウィーン・フィルによるものだ。

たった1枚のBRAにベートーヴェンの交響曲の全てがスッポリと収まってしまう。実は、これはそんなに驚くべきことではない。同じベートーヴェンでもピアノソナタと弦楽四重奏曲の全集の方がはるかに曲数が多く、演奏時間もずっと長い。

ベートーヴェンの交響曲は9曲しかなく、中には時間的には30分もかからない短い曲が何曲もあるので、9曲全体でもそれ程、長い時間がかからない。

実際にこのバーンスタイン指揮のウィーン・フィルの演奏は、全体で6時間8分である。

ベートーヴェンの交響曲は9つの全てを聴いても6時間しかかからなのだ!これはマーラーの交響曲全9曲の演奏時間の約半分強しかない。時間の長短が芸術の価値の優劣を決まるものではないことは当然だが、少し意外な気がする。

いずれにしても、この9曲、時間にして6時間の音楽が、その後の作曲家たちと音楽史に絶大な影響を与えたのだ。偉大な6時間と呼ぶべきだろう。

驚くほど廉価なのに、びっくりする程の立派な凝った装丁で、音楽ファンなら是非とも手元に置いてほしい。

これ以上、便利な代物はないと言いたくなるBRA

ブルーレイオーディオを紹介する度に繰り返し書いてきたことであるが、たった1枚のディスクの中にベートーヴェンの交響曲の全曲が素晴らしい音質ですっぽりと収まり、リモコン一つで、自由自在に好きな曲、好きな楽章を聴くことができるのは、単に便利であるとか、効率性が高いという以上に、とにかく快感としか言いようがない。これは使った者しか分からない最高の贅沢といっていいだろう。

交響曲だけに、頻繁にあっちを聴いたり、こっちを聴いたりといったことはないのが通例だろうが、全9曲の交響曲のそれぞれの楽章の冒頭の音楽を確認しようとするときなど、それは大変な効力を発揮する。

こうしてベートーヴェンの全交響曲の全楽章のメロディなどをいとも容易に確認し、その違いなどを味わい尽くすことが可能となる。これはブルーレイオーディオだけに許された最大の特権である。

こうやって改めて集中的に聴き込んだ「不滅の9曲」について、一曲ずつ評価をしながら、紹介していきたい。

ちなみに今回のベートーヴェンの全交響曲の鑑賞は、このBRAの演奏が収められたバーンスタイン指揮のウィーン・フィルの演奏と、今まで大絶賛してきたワルター指揮のコロンビア交響楽団の演奏の2種類を聴いた上での評価、紹介になることを最初に伝えておきたい。他にも色々な指揮者による演奏を過去には随分と聴いてきたのだが。

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ベートーヴェンの全ての交響曲の全容(復習)

前回の総論編で取り上げた全容をもう一度、以下に張り付ける。しっかりと確認してほしい。

これがベートーヴェンの全ての交響曲の全容。
交響曲の作曲番号と調、作品番号(Op.)と愛称に加えて、作曲された西暦とベートーヴェンの作曲時の年齢、そして標準的な演奏時間も掲げてみた。以下のとおりだ。

念のため、ベートーヴェンの誕生日は1770年の12月17日。1770年生まれと切りがいいため、作曲年代と年齢は一見、分かりやすいのだが、誕生日が遅いため、年齢ときれいに揃わないことが多いので注意が必要だ。12月の半ば以降の完成でないと、年齢は一つ差し引かなければならない関係となる。

第1番ハ長調Op.21 1800年(29歳) 約28分

第2番ニ長調Op.36 1802年(31歳) 約30分 ※作曲が完成時の年齢ははっきり分からない。初演は1803年4月。その時には32歳。

第3番変ホ長調「英雄」Op.55 1804年(33歳) 約52分

第4番変ロ長調Op.60 1806年(35歳) 約34分

第5番ハ短調「運命」Op.67 1808年(37歳) 約30分

第6番ヘ長調「田園」Op.68 1808年(37歳) 約42分

第7番イ長調Op.92 1812年(41歳) 約38分

第8番ヘ長調Op.93 1812年(41歳) 約26分

第9番ニ短調「合唱」Op.125 1824年(53歳) 約72分

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全容から浮かび上がる3つの特徴(振り返り)

前回は、この全容から浮かび上がる3つの特徴を詳しく書いたが、今回はそれを要約しておく。

注目すべき1800年=29~30歳の実り

記念すべき最初の交響曲が作曲されたのはベートーヴェンが30歳目前の1800年。既に紹介済みの初期の弦楽四重奏曲作品18の全6曲が完成した年で、その後、初めての交響曲も続けて作曲されたわけだ。

ベートーヴェンはヨーロッパのクラシック音楽において、その中核部分を形成する最も重要な弦楽四重奏曲と交響曲という2つのジャンルの最初の作品を、立て続けに作曲。それがちょうどアラサーという節目の年だった点に注目したい。

作曲年代の特徴

第1番が1800年に作曲されてから、第5番の「運命」まで、見事に2年毎に交響曲が作曲される点に注目。

更に驚くべきことは、5番「運命」を作曲した同じ年に第6番「田園」が立て続けに作曲されていること。作曲番号も連続している。

この有名な2曲の曲想が動と静、男性的な激しさと女性的な優しさとを特徴とする非常に対照的な曲なだけに打驚嘆させられる。

第6番「田園」の後、第7番までに4年かけているが、第7番と第8番の2曲が、これまた同じ年の1812年にセットのように連続して作曲されている点にも注目だ。

第5番「運命」と第6番「田園」が連続、次の第7番と第8番も連続して作曲された事実に要注目だ。

12年後に作曲された第九は、異端児的な存在となる。

奇数番号と偶数番号という有名な分類

1番・3番・5番・7番・9番という奇数番号の5曲の交響曲と、2番・4番・6番・8番という偶数番号の4曲の交響曲という分類。奇数番号の交響曲は、曲想が男性的で力動的、豪放雄大偶数番号の交響曲は、女性的で柔和で優しく、軽快優美と言われている。

この分類は非常に的を得た興味深いものだが、僕はあまり強調したくない。その理由はじっくりとベートーヴェンの交響曲の全曲を聴き込むと、そう単純な話しではないと分かってくるからだ。

2番や4番もかなり力動的な男性っぽい曲であり雄大、1番や5番にも非常に柔和な女性的な優しさに満ち溢れた部分があり、軽快優美であyる。

ベートーヴェンの交響曲には、9つのそれぞれに男性的な部分と女性的な部分が共に包含されており、変な先入観は捨てて、素直に曲と向かうことが大切だということ。

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僕が今回、特に強くお薦めしたい曲は

ベートーヴェンの交響曲は一般的に非常に良く知られている。クラシック音楽のファンなら、これらを聴かない人は先ず考えられないし、特別クラシック音楽に関心のない人でも、「運命」や「第九」のことは誰だってある程度知っている。「田園」は中学の音楽の鑑賞の定番だった。「英雄」のナポレオンとのエピソードは、多くの人が知っていることだろう。

だから僕は、今更、これらの名前付きの人口に膾炙した曲のことをあまりグダグダと紹介したくはないし、その必要も感じていない。

今回の記事で僕が特に強く紹介したい曲は、「不滅の9曲」の中でも、あまり知られていない、どうしても有名曲の影に隠れてしまいがちないくつかの曲である。

具体的には僕が大好きな第1番と第2番という初期の2曲。これらが実に素晴らしいのである。

そして大変な名曲である第4番。更に一番知られていない曲とも言って間違いない第8番

これらの曲にもっと光を当てたいのである。あまり聴かれることはないが、実は何とも素晴らしい曲たちなのである。

第1番ハ長調Op.21

ある程度ベートーヴェンの交響曲に慣れ親しんだクラシック音楽ファンに、声を大にしてお薦めしたいのはこのベートーヴェン最初の交響曲である。第1番ハ長調作品21。1800年、ベートーヴェン29歳時に作曲されたことは繰り返し触れてきた。

ベートーヴェンの交響曲はわずか9曲しかないにも拘らず、その9つの中に有名な人気曲が何曲もあるので、どうしても最初の交響曲のことが忘れがちになる。それは本当にやむを得ないことだが、どうかこの第1番に注目してほしい。

本当に素晴らしい名曲で、繰り返し書いてきたが、僕はこの曲が大好きである。

時にベートーヴェン29歳。アラサー。大作曲家の30歳と言えば、天才によってはもう死んでしまっている年齢だということに思いを馳せてほしい。モーツァルトは35歳で亡くなり、30歳のときにはもう代表作はほとんど作曲され尽くしているし、何とあのシューベルトは30歳で死んでしまった。

ベートーヴェンについては、後世の我々はこの後、この「成長する作曲家」が更にどんどんと成長し、進化していったことを良く知っているので、作品21の最初の交響曲のことなど注目する余地がなくなってしまいがちなのだが、この野心に満ち溢れた注目の新進若手天才作曲家が満を持して作曲した最初の交響曲がすごい作品でないわけがない

この直前に作曲された作品18の6曲の最初の弦楽四重奏曲が素晴らしい作品群だったように、このベートーヴェン29歳の最初の交響曲は本当に素晴らしい名曲なのである。

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冒頭のからくりに野心と向上心を聴く

冒頭の12小節から導入部に先ずは注目だ。この曲はハ長調である。最も基本的な調にして、いかにも分かりやすく明快であることが特徴だが、この曲の冒頭を聴いても、にわかにハ長調だとは理解できないのではなかろうか。かなり手が込んでいるというか、考え抜かれたほとんど「からくり」に近いものがある。

細かくなり過ぎるが、以下のような非常に手の込んだ凝った作りとなっている。

開始の第1音に注目。主調はハ長調であるが、その下属和音のヘ長調の、そのまた属七の和音で始まる。それがヘ長調にはいり、第二小節は、ハ長調の属七の和音から並行短調のイ短調にはいる。第三小節はハ長調の属和音のそのまた属七の和音となり、第四小節になってハ長調の属和音であるト長調の和音が出て、ようやくハ長調の圏内に入るという凝りに凝った作りとなっている。

こんな分析を聞いてもおもしろくも何ともないが、こうすることでどういう効果が出るかというと、曖昧模糊とした判然としない雰囲気の中から霧が晴れるかのような明るい世界にバトンタッチされるような感覚が表現できるといったら良いだろうか。

ズバリ暗から明への転換と言ってもいいだろう。

ベートーヴェンの交響曲の出だしというと、有名な5番「運命」の「ダ・ダ・ダ・ダーン」のように、いきなり明確なメロディが響き渡るというイメージを持つかもしれないが、実はそういう力強く明快なものはごく例外であり、ほとんどの曲は静かに、ゆったりと少し曖昧に音を探りながら入ってきて、途中からメロディが姿を現してくる。それがむしろ通例。

その最たるものが第4番であり、有名な第九もそうなのだが、第1番という生涯最初の交響曲の冒頭が、その典型例となっているのは象徴的である。

第4楽章が聴きもの

第2楽章も第3楽章も悪くないが、第4楽章は天衣無縫の感じがまるでモーツァルトそのもの。やっぱりこの天才からの影響は大きかったんだと痛感させられるが、モーツァルトを彷彿とさせながらも、そこはやっぱりベートーヴェン。モーツァルトにない男性的な力強さと躍動感が際立つ。正に新進気鋭の天才若手作曲家の登場といった雰囲気が唯一無二で、聴いていて心が浮き立ってしまう。

1803年とされる肖像画。第2交響曲を作曲した直後の頃の肖像画となる。

第2番ニ長調Op.36

この第2番がまた素晴らしい名曲である。初演の際、「奇を衒い過ぎる」などかなり批判されながらも、ライプツィヒの批評家ロホリッツからは「この交響曲こそは熱血漢の作品であり、凡百の当今世にはびこっている流行作品が、やがてこの世から姿を消す時代になっても、おそらく残るものであろう」と非常に高くされた。

この曲を聴く当たっては、どうしてもベートーヴェンの伝記の中でもひと際有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」のことに触れないわけにはいかない。

ベートーヴェンが、耳が悪くて音が聞こえなかったという話しを知らない人はいないと思われる。

20代の後半頃から、持病の難聴が徐々に悪化して、28歳の頃には最高度難聴者となってしまう。作曲家・音楽家としては聴力を失うことは致命的で、死にも等しい残酷な事態だった。そのあまりにも深刻な絶望感から、ベートーヴェンは1802年に有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」をしたため、自殺を考えた

だが、その絶望感から立ち直り、自殺を回避したのである。その直後に作曲したのがこの第2番の交響曲だと言われている。これはもっと知られていい事実だ。

だが、この曲には絶望感とか、自殺といった深刻なものとは無縁である。そのことが逆に憶測を呼んで、「ハイリゲンシュタットの遺書」は本気ではなく、弟のカールとケンカ別れをした後にしたためられた弟との確執によるデモンストレーションだったのではないかと今日では考えられている。

第1楽章の冒頭はかなり強烈で、印象的だ。この第1楽章は序奏付きのソナタ形式で書かれているが、冒頭から聴く者を惹きつける大胆にして大規模なものだ。

ソナタ形式については、こちらの記事をお読みください。

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第2楽章はベートーヴェンの最も美しいメロディの一つ

ソナタ形式で書かれた第2楽章の美しさは特筆もの。ここにはベートーヴェンの書いた最も美しい歌(メロディ)の一つ第がある。この美しさは本当に魂を吸い取られてしまう程のもので、美しいメロディの創作に事欠かなかったベートーヴェンの中でもベスト3の一角を占めると言っても過言ではない。

時間的にもこの第2楽章だけで15分程の長さがある非常に長いものである。ベートーヴェンの9つの全交響曲を通じても、単一楽章が15分及ぶものは滅多にない。第九だけは、いい意味でも悪い意味でも別枠としたいが。

ワルターで聴くと、とてつもない名曲に聴こえる1番・2番

この第1番と第2番は、何としてもブルーノ・ワルター指揮のコロンビア交響楽団の演奏で聴いてほしいと声を大にして要望しておきたい。

ワルターのベートーヴェンはどれを聴いても素晴らしい名演ばかりだが、とりわけ第1番と第2番という初期の2曲が素晴らしい。この2曲の演奏の見事さは傑出していると思う。この初期の2曲が気宇壮大なとてつもない名曲のように聴こえる。実際に素晴らしい曲には違いないのだが、この響きは老ワルターにしか出せない特別の至芸だと思われてならない。当時80歳をとうに超えた老ワルターが、30歳になるかならないかの若き新進作曲家の若い作品をどうしてここまで魅力的に演奏できるのか、本当に音楽というものは不思議なものである。

ワルター指揮のベートーヴェンの第1番・第2番のCDのジャケット写真
ワルター指揮の第1番・第2番のCDのジャケット写真。これは韓国製の輸入盤。

 

いすれにしても、どうかまだ聴いたことのない方は、騙されたと思って、ワルター指揮のコロンビア交響楽団の演奏で、ベートーヴェンの第1番と第2番を聴いてみてほしい。これは特別な音楽体験となるはずだ。

ベートーヴェンのあまり聴かれることのない初期の2つの交響曲の魅力に取りつかれると共に、ワルターの素晴らしさにも開眼させられるはずだ。

 

(つづく)【第3番・第4番は次回:各論編2へ】

 

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