テレマン?一体誰のこと?

集中的にバッハを取り上げた際、再三書かせてもらったように僕はバッハを熱愛しているのだが、実はそのバッハに勝るとも劣らないほど大好きな同時代の作曲家がいる。それがテレマンだ。ゲオルク・フィリップ・テレマン。

それって誰?まだまだ知らない方が多いだろう。クラシック音楽の愛好家でもバロック音楽に興味のない方だと、テレマンと聞いても全くピンと来ない可能性がある。学校の音楽の授業でも全く触れられることはないから。もっとも最近はどうなっているのか不明だが。

もちろんドイツ人で大バッハの4歳年上。バッハは65歳で亡くなっており、大作曲家としてはかなり長命の方だが、何と驚くなかれ。テレマンはバッハよりも4年早く生を受けながら、バッハの没後20年近く(17年)も生き続け、その間、精力的に作曲活動を続けた。享年は86歳という当時としては考えられない長寿を全うした。そしてバッハとも非常に親しい関係にあり、次男のあの有名なカール・フィリップ・エマヌエル・バッハの名付け親となったほどの親密さであった。

そのテレマンの音楽が何とも魅力的なのだ。バッハとはまるで異なる音楽だが、正直に言ってバッハに勝るとも劣らない素晴らしい魅力に満ち溢れている。最近30年間程でそのテレマンの音楽はかなり知られるようになってきたが、まだまだ多くの音楽ファンにとっても未知の存在ではなかろうか。一人でも多くの音楽ファン、クラシック音楽愛好家にテレマンの魅力を知っていただきたく、しばらくシリーズでテレマンを取り上げることとしたい。

これが良く知られたテレマンの肖像画。
Georg Philipp Telemann ( 1681-1767 ) これも非常に有名な肖像画だ。
反対向きの肖像画も有名だ。これは珍しい声楽曲の8枚組のCDBOXのジャケット写真。

完全に忘れ去られた幻の大作曲家

バロック音楽の空前の大ブームの中、さすがに今日では非常に良く知られるようになったテレマンであるが、本当にそれはここ30年ほどの事象であり、それまでは完全に忘れられた存在であった。広く知られるようになったのはここ30年程、1990年代からなのである。それまでは名前のみ伝わる未知の作曲家で、僕の学生時代のクラシック音楽の様々な解説書や紹介書を見ても、名前の記述があるのみで、作品や演奏(LP)の紹介などは皆無。全く知られていなかった。ホンの30年前まで!つい最近の話し。

ということはテレマンはバロック音楽のブームの中で、何と21世紀に世界が発見した大作曲家と呼ぶべき存在なのだ。

今となってはこの実に魅力的な音楽を量産したテレマンがどうして300年以上に渡って忘却の彼方に追いやられていたのか見当もつかないことだが、こんな信じられないことが世の中にはたまに起きるものなのだろう。

こんな50枚組のCDBOXまで発売される時代となった。有名な肖像画で覆われているのが嬉しい。

バッハも一旦は忘れられた存在だったが

同時期のあの大バッハも死後は完全に忘れ去られ、というよりもバッハは晩年にはもう実質的には忘れられた存在になりつつあったのだが、あの20歳のメンデスゾーンによる「マタイ受難曲」の再演(1829年)により復活したことはあまりにも有名な話し。これはバッハの没後、約80年後のことだった。もちろん20世紀に入ってから無伴奏チェロ組曲の発見(再演)があったり、その後も少しずつ復活してきた経緯はあるが、300年近くに渡って完全に忘れ去られていたテレマンとは全く次元が違う。

当時はバッハをはるかに凌ぐ大人気を誇った

不思議な点は本当にいくつもある。

先ず、当時はテレマンが大人気作曲家だったということだ。テレマンの人気の前ではバッハはいかにも影の薄い存在だったようで、その名声はヨーロッパ中に鳴り響いていた。それそれなのに死後、完全に忘れ去られてしまったのだ。歴史は時にひどい悪戯をするようだ。

実は、不思議な点はもっとある。驚きの事実が。

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テレマンの作曲数はギネス認定の世界一。何と4,000曲!!

この忘れ去られたテレマンが、何と古今東西の長い音楽史を通じて作曲した作品数が世界一多い作曲家とされている。その数何と4,000曲以上と言われている。これはギネスが正式に認定している世界記録だ。86歳という当時考えられない長寿を誇り、その死の直前まで作曲し続けたと言われているだけあってその数4,000曲以上。それにしてもその数は途方もない。

4,000曲と言われても皆さん、誰もピンと来ないだろう。親しい友人でかつ好敵手でもあった大バッハは約1,100曲。バッハと同年生まれのヘンデルの作品数は正確に把握できないが、バッハと同じくらいあったようだ。だとするとテレマンはたった一人で、あのバッハとヘンデルが作曲した両方を合わせたよりも多く、いや両者を合わせた数の2倍近くも作曲したことになる。あのモーツァルトが断片を含めて約900曲という数字を見ても、4,000曲という数字が如何に途方もない驚異的な数字だということが良く分かっていただけるだろう。

問題はその作曲した数のことではない。こんなに膨大な量を作曲したにも拘らず、没後は完全に忘却の彼方に忘れ去られてしまったことだ。本当に不思議でならない。生前はヨーロッパ中に名声が響き渡り、遺した作品数は膨大。それなのに完全に忘れられてしまったという事実。歴史の悪戯というにはあまりにも残酷過ぎる。文学や美術など他の芸術ジャンルでもこんなことってあるのだろうか?僕は皆目聞いたことがない。

それが約30年前に突如として大復活を遂げた!!

それが奇跡の大復活!本当に極々最近のことなのだ。1990年代って理解できるだろうか?あの東ヨーロッパの共産主義諸国が崩壊した1989年よりも後、ソ連が消滅した後だ。中国の天安門事件よりも後のこと。日本でいえば長期政権を担った中曾根時代の後、海部俊樹や宮澤喜一、あの政権交代となった細川護熙内閣の頃に漸く蘇ってきたということになる。

全く驚きべきこと。こうして空前のバロック音楽ブームの最後の集大成の如く蘇ったテレマンは、その後、30年の間にあれよあれよという間に超メジャーな存在となり、今日では毎月新譜が途切れることなく出続ける大作曲家の仲間入りを果たし、あの大バッハと肩を並べる存在となっている。

僕の手元には500枚を下らないCDがある。いや、1,000枚を超えているだろうか。最近ではバッハよりもテレマンの方を買い込むことの方が多い。

我が家のCDラックのテレマンの部分。コレクションの一部に過ぎない。

我が家のテレマンのコレクションを真横から撮影するとこんな感じだが、1枚物は全てプラスチックケースから外してあるので、これだけを見ても全体像は把握してもらえないだろう。そしてテレマンは最近でも最も精力的に購入している作曲家なので、このラックに入り切らず、段ボール詰めになっている。やっぱり1,000枚以上はありそうだ。

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膨大な作品の中での代表曲は「ターフェル・ムジーク」

4,000曲以上を作曲したテレマンの全作品からその代表曲をチョイスすることは至難の技のように思われるかのしれないが、幸いそんなことはなく、その最大にして最高傑作は決まっている。「ターフェル・ムジーク」がそれ。人呼んで「食卓の音楽」。

これは人を食った話しかもしれない。ターフェル・ムジークはドイツ語で、英語で言えばテーブル・ミュージック。日本語で言えば食卓の音楽ということなのだが、何と食事の際のバックミュージック。そうBGMなのである。

これは本当にそのとおりで、王族や貴族たちの宮廷で食事をする際、つまり宴席のバックミュージックとして演奏される目的で作曲された曲集なのである。ところが、この宴席のバックミュージックが、あまりにもすごい音楽なのだ。これはテレマン特有の超一流のジョークだったのではないかと思いたくなる。BGMと呼ぶにはあまりにも素晴らしい超一流の音楽なのである。

ターフェル・ムジークの構成は

「ターフェル・ムジーク」は全体で3つの曲集(3巻=3集)から成り立っていて、どの集もバロック音楽の全ての音楽形式を集大成した形式で作曲されている。いずれの巻も以下の構成と順番から成り立っている。

① 組曲(管弦楽曲)
② 四重奏曲
③ 協奏曲(管弦楽曲)
④ 三重奏曲
⑤ 独奏曲
⑥ 終曲(管弦楽曲)

これが3巻(集)、つまり3セットあるということなのだ。それぞれの曲集は6曲合計で約90分、1時間半程度。かつてLP時代は各曲集が2枚組でターフェル・ムジーク全体としてはLP6枚組という堂々たる作品だった。現在はCDで4枚組というのが通例となっている。いずれにしても全3巻全体で4~5時間かかる大曲である。

各曲集は同じ構成、順番で作曲されているのだが、同じ曲想のものは一つもなく、それぞれ独自の特徴がある。第1集は全体に堂々とした力強さと威厳が特徴だ。第2集はトランペットの活躍が著しいギャラント様式による華麗な華やかさが特徴だ。そして第3集はオーボエとホルンの活躍が印象的な優美にして優雅な曲想が特徴となる。

いずれにしてもどの曲集のどの曲を聴いても、ほれぼれとする音楽的な密度の濃さとワクワクさせられる愉悦感に満ち溢れていることには驚かされるばかり。テレマンとバッハとはその違いがともすれば強調されがちであるが、バッハもテレマンもどちらも大好きでたまらない僕としては、この両者の音楽にはむしろ共通する点の方が多いと感じている。それは言ってみればこの世に存在する最高の音楽としてであり、バロック音楽をまとめ上げた究極の音楽として聴こえてくる。だが、もちろん大きな違いもある。

バッハの音楽はとにかくその格調の高さと崇高さが最大の特徴となる。テレマンの音楽ももちろん格調の高さには事欠かないが、もっと人間臭いというか親しみやすいもので、思わず襟を正さなければならなくなるようなバッハと比べて、もっと気楽に聴けて楽しめるのが特徴と言えるだろう。バッハが少し時代がかった古風な響きがするのに対して、テレマンの方はもっとはるかに今風、現代的な非常にモダンな響きと洗練されたものを感じるのは確かである。

テレマンの音楽史上の位置づけは

テレマンは音楽史的にはバロックから古典派を繋ぐというか、その間に位置付けられる音楽と言われている。その意味ではバロック音楽がバッハを頂点としてこれだけ栄え、一方でその後にくる古典派の音楽がハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンという空前の巨人たちが続く中で、いかにも中途半端なものとなり、それが原因となって忘却の彼方に忘れ去られてしまったのかもしれない。

だが、今日聴くに、その音楽は何とも魅力的だ。人間的な愉悦感に満ち溢れ、宮廷の宴席を彩った音楽などというと、いかにもその場限りで消えていく軽い音楽のように受け止められるかもしれないが、そんなことは決してない。

バッハ以上の悲痛にして苦渋に満ちた音楽もたくさん出てくる。とにかくこれはもう全ての偏見と先入観を捨てて、この魅力的な音楽に身を委ね、自身の耳で確認していただくしかない。

バロック音楽の管弦楽曲(オーケストラ曲)というと、バッハの管弦楽組曲とブランデンブルク協奏曲が圧倒的に有名で、その代表のように取られがちだ。演奏時間的にもこの2曲でちょうどCD4枚となるので、ターフェル・ムジークとほぼ同じ分量となるが、僕はバッハの「管弦楽組曲」と「ブランデンブルク協奏曲」よりもこの「ターフェル・ムジーク」の方がずっと好きだと正直に告白してしまう。

それほどいい音楽だということを言いたいのである。あの熱愛しているバッハの代表作よりも素晴らしいと。

中でも特に好きな曲は

第3集の第3曲「協奏曲」の第3楽章だ。これはホルンが大活躍するホルン協奏曲なのだが、そのゆったりとしたのどかな音楽の中で、2台のホルンが切々と奏でる痛切な悲しみと叫び。これは聴く者の胸を締め付けずにおかない。バッハですら作曲できなかった霊感のほとばしりがここにはある。

第3集の締めくくりの終曲も快感を覚えずにいられない素晴らしい音楽。それは僅かに2分しかない極めて短い音楽だが、テレマンの美質が凝縮された名曲。聴く度に感嘆を禁じ得ない。各巻の終曲はいずれも大変な名曲ばかり。第1集の終曲も聴いていて鳥肌が立ってくるくらいに快い推進力に満ち溢れた傑作。いずれも本当に喝采を叫びたくなるような感動的な音楽だ。

第1集の協奏曲も血が騒ぐくらいにワクワクさせられる音楽だ。第2集の冒頭の組曲もトランペットが朗々と響き渡り、心がどこまでも解き放たれるような大らかな気分にさせられる。他にもいくらでもある。このターフェル・ムジークは本当に名曲の宝庫。全体がビックリするほどの素晴らしい音楽で彩られている。

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我が家にあるターフェル・ムジークのCDの全容は

我が家のターフェル・ムジークのCDの写真。7種類の全集と2枚の抜粋版。ブリュッヘン版は手前の左側の2種類。従来からの分とリマスタリング版。中段右端のベルダー盤は廉価の上に素晴らしい演奏でお勧め。2003年の録音だ。

全部で7種類の全集が揃っているが、他に抜粋版が2種類がある。音楽が素晴らしい以上、どの演奏を聴いても満足できる。だが、先ず第一に聴くべき演奏は若きフランス・ブリュッヘンが指揮をした古楽演奏のオールスターたちが勢ぞろいしたCDが圧巻だ。まだブリュッヘンがリコーダーを吹いていた時代の録音(1964~65録音)で、実は古楽器(ピロオド楽器)も用いられていないとういわば中途半端なものだが、その演奏たるや、空恐ろしいばかりの快演。まだ世にテレマンブームが巻き起こるよりもずっと前の録音。テレマンが忘れられていた中で、このブリュッヘンのターフェル・ムジークの演奏がテレマンの素晴らしさを細々と伝えていたという貴重な録音だ。近年リマスタリングが施され、素晴らしい音質で蘇ったことで益々価値が高まっている。


テレマン:ターフェルムジーク(全曲) [ フランス・ブリュッヘン コンチェルト・アムステルダム グスタフ・レオンハルト ]

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これが僕が本文中で大絶賛しているブリュッヘン指揮のCD。4枚組で3,000円強はとにかく安い。演奏は最高!初めてターフェル・ムジークを聴く方には、やはりこれが一番のお勧め。
60年代の演奏ながらも、音も素晴らしい音に蘇っている!

 

もちろん、テレマンが復活を遂げた1990年代以降も優れた演奏が競い合うように続々と出てきている。どれを聴いても失望させられることはない。


【輸入盤】『ターフェルムジーク』全曲、協奏曲&ソナタ集 ピーター=ヤン・ベルダー&ムジカ・アンフィオン、イル・ロッシニョーロ(5CD) [ テレマン(1681-1767) ]

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このCDは上の写真の説明で紹介したベルダーの輸入盤。ジャケット写真は変わったが同一のもの。何と5枚組で1,900円強。2,000円でおつりがくる格安ぶり。これも絶対に購入してほしいところだ。素晴らしい演奏。音も最高だ。

テレマンのターフェル・ムジークは、バロック音楽の「百科全書」

一日中聴いていても聴き飽きるということがない。そしてその音楽はどこまでも優雅で、何故か心を晴れやかにしてくれる。非常に爽やかな気分を満喫できる全く稀有な音楽だ。

膨大なバロック音楽の中で、このテレマンのターフェル・ムジークは、正しくバロック音楽を代表する器楽曲集である。18世紀、フランス革命前に啓蒙思想家のディドロとダランベールらが20年以上の年月をかけて、それまでの人類が到達しえた知の全てを「百科全書」という百科事典にまとめ上げたが、このターフェル・ムジークはこの時代のありとあらゆる作曲技法と演奏技法を全て盛り込んだ音楽の「百科全書」と呼ぶべきものだ。

これを聴いてバロック音楽の到達点とテレマンの素晴らしさを実感してほしい。

何しろ食卓の音楽だ。襟を正してじっくりと聴いてもらう必要はない。食事はもちろん、何かしながらのBGMとして聴いてもらえれば十分だ。それでもなお、この音楽の類まれな美しさと素晴らしさを存分に味わうことができるに違いない。

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