「きりひと讃歌」は渾身の傑作だ

手塚治虫の「きりひと讃歌」は、一般的にはあまり知られていない作品だが、とんでもない名作である。とにかく一人でも多くの方にこの手塚治虫屈指の渾身作を読んでいただきたいというのが、僕の切なる願いである。

「アドルフに告ぐ」が手塚治虫の最高傑作というのは間違いないとして、それに次ぐ傑作は何だろうか?
これは究極の難題だ。ベスト5の選択さえ至難の業となる。
「アドルフに告ぐ」、「未来編」(火の鳥)、「鳳凰編」(火の鳥)、「ブラック・ジャック」までは議論の余地のないところだが、5番目に何が来るのか?

とにかく素晴らしい名作・傑作を量産した天才なので、5番目を特定することは、本当に不可能に近い。そもそもそんなことをしてみても、全く意味がないのである。

少なくとも、この「きりひと讃歌」はベスト10に入ることだけは、絶対に間違いないだろう。

本当に心の底から感動させられる作品なので、まだ読んだことがないという方は、この機会に是非ともお読みいただきたい。声を大にしてお願いしたい。

手塚治虫を語り尽くすシリーズの第一回目の総論編で、手塚治虫の青年・大人向けの作品群を紹介させてもらった。それらはいずれもあまり知られてはいないとはいうものの、どれをとっても甲乙つけがたい傑作・名作揃いで、この一連の作品群があったことで、手塚治虫の名声は永遠不滅のものになったと、僕は信じて疑わない。

特に重要な作品群は例のビッグコミック(小学館)に連載された一連の作品。その全てが屈指の傑作、名作揃いなのだが、中でもこの「きりひと讃歌」は、その中でも頂点に位置するであろう稀有な名作なのである。

大都社から出た単行本の表紙。これはインパクトが強く気に入っている。現在は入手不可能。

これが小学館から出ていたハードカバーの正式な単行本。もちろん現在は入手不可能。

「きりひと讃歌」の基本情報

1970年の1月からビッグコミックでの連載がスタートし、71年の12月までの丸2年間掲載された。

ビッグコミックでの手塚治虫の青年・大人向け作品の第3弾であり、遂に本命が登場した感がある。

当時、手塚治虫は42歳から43歳という最も油が乗っていた年代であった。とはいうものの、実際にはそうではなかったということが非常に重大だ。

前にも書いたとおり、この時代には、世の中の漫画は白土三平(「カムイ伝」)やさいとうたかを(「ゴルゴ13」)、小島剛夕(「子連れ狼」)などの劇画が隆盛を誇っており、手塚治虫は過去の漫画家とかつての人気に陰りが見え始めていた時期でもあった。

その中で何とか自らのアイデンティティを確立し、かつての栄光と人気を獲得しようともがきにもがいていた時期だったのである。手塚治虫自身がこの時期を「長い長い冬の時代」と形容していたことを忘れてはならない。
「ブラック・ジャック」の大ヒットで再び手塚治虫の大ブームが起きるのはまだ2年以上先のことである。

そんな手塚治虫の声なき声と絶望感が、この「きりひと讃歌」の中に如実に反映していることは一読すれば明白だ。

手塚治虫自身が全ての表紙絵を描いた手塚治虫漫画全集から。全4巻。表紙絵に圧倒される。これが現在、入手できないのは残念の極みだ。

3種類の版を横から写すとこんな感じ。これがいずれも入手できないのはとは何たるスキャンダル!

当然、文庫本もなった。これも今では入手できない。現在、普通に入手できるのは手塚治虫文庫全集の前後2巻のみ。

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当時隆盛を極めていた「劇画」の影響も著しい

というのは、この「きりひと讃歌」は手塚治虫の作品の中で、最も劇画に近づいた作品ということができる。本来の手塚治虫の絵のイメージからは程遠い劇画からモロに影響を受けたとしか思えない極めて劇画的な絵があっちこっちに散見される。

手塚治虫なりに、人気の劇画的手法を自ら取り入れたわけで、そういう目で見てみると、実に感慨深いものがある。

実際には、こんなカットがところどころに出て来る。

こんな手塚治虫の絵は滅多にみることができない。正に劇画調。

これが一番分かりやすいだろう。上のカットは劇画的表現。いつもの手塚治虫の絵はその下の部分。

こんな手塚治虫とは思えない絵も。正に劇画の影響だ。以上3カット、いずれももう一人の病める主人公の占部。占部の苦悩にしか劇画的表現を取り入れなった手塚の真意や、如何に?

どんなストーリーなのか?

これは医師と医療をテーマとした漫画である。

とある一流大学病院の入院患者に「モンモウ病」という謎の病気にかかった患者が入院していた。天下の奇病で、簡単に言うと人間が犬のような姿に変わってしまい、生肉を食べたり、正に獣に変身していまう病気だ。特に顕著なのは顔。ほとんど犬のような顔になってしまう。そして発症するとドンドン病状は進み、ホンの数週間で死んでしまう恐ろしい病気だ。

原因は不明で、この大学の大物教授の竜ヶ浦(たつがうら)教授は、感染症と捉えていた(ビールス説)が、反対意見も有力だった。

その竜ヶ浦教授は名誉欲と野心の塊のような人間で、モンモウ病の患者の診療は自分以外の誰にもさせず、優秀な2人の部下が考えるこの病気の原因についても、一切耳を貸さず、教授の権力で反対意見を厳しく封印していた。

更に竜ヶ浦の最大の目論みは選挙の迫った日本医師会の会長の座に収まること。このことに執念を燃やし、自らのモンモウ病に関する研究成果を医師会長に就任するための最大の成果、この研究成果を発表することで名声を得て、医師会長のポストを獲得しようと企んでいたのである。

優秀な部下の筆頭はこの物語の悲劇の主人公である小山内桐人(きりひと)。小山内は竜ヶ浦教授の伝染病説には疑問を抱いていたが、教授は頑として受け入れないばかりか、モンモウ病の発症地と言われている徳島県の山中に研究目的で1カ月間の現地での研究を命ずるのであった。

実は、これは全て竜ヶ浦の罠だったのだ。竜ヶ浦は自分の教え子というものの、自分と異なる説を主張する小山内が邪魔なだけでなく、小山内を使って、モンモウ病の生体実験を行おうとしていたのである。

そんなこととはつゆ知らない小山内は、徳島県の犬神沢村(手塚治虫の創作、そんな名の村は実際には存在しない)に入り、研究を進めようとするのだが、その村は想像を絶する排他的かつ未開の地であった。

そして、案の定、小山内はモンモウ病にかかってしまう。ここから、小山内の想像を絶するような地獄のような日々が始まる。

果たして、小山内の運命や如何に。この権力欲にまみれた医学界のドンである竜ヶ浦に復讐することはできるのか?執念の「倍返し」は実現できるのか?

そしてそもそもモンモウ病の正体とは?果たしてその原因を突き止めることはできるのか?

目を覆いたくなる悲惨な日々と、そこからの脱出と救済。息もつかせぬ怒涛の展開に、時の経つのも忘れて、一気読みを強いられることになる。
とにかくそのストーリー展開が、手塚治虫特有の天才的な巧みさで、想像を絶する展開が、様々な伏線を張り巡らせながら、最後にはそれらが見事に繋がり合って、アッと驚く衝撃のラストを迎えることになる。

正に記念碑的な傑作の誕生だ。

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占部というもう一人の病める主人公

竜ヶ浦のもう一人の優秀な部下で、小山内とも信頼関係の厚い占部(うらべ)がもう一人の主人公だ。この優柔不断でいながら、気に入った女をいつも力ずくで強姦してしまうような身勝手でどうしようない病める医師の存在。この救い難い医師が一方で心から小山内とモンモウ患者を救おうと尽力するあたり、物語に限りない厚みと深みを与えることになる。

地獄のような苦難の中で小山内が巡り会う様々な個性的な人間たち。小山内を筆頭に苛酷な運命に翻弄される様々な登場人物たちに涙が止まらなくなってしまう。

これを読んでいて涙が込み上げ、読めなくなってしまうことがしばしばで、これは本当に手塚治虫の隠れた名作の筆頭かもしれないと確信してきた。

「変身」は手塚治虫にとって憧れにして無敵。不可欠の要素だったが

手塚治虫の作品には、主人公が変身する。姿を変えて物の生命体になるという作品が山のようにある。考えてみればあの「鉄腕アトム」や「リボンの騎士」もその典型だし、「0マン」、「ビッグX」、「マグマ大使」などの人気SFもの、更に「三つ目がとおる」の写楽保介に至るまでみんな変身するヒーローだ。

ヒーローではなくても、「バンパイヤ」や「どろろ」の主人公百鬼丸など、変身する主人公は引きを切らない。手塚治虫にとって「変身」は究極の憧れであり、無敵ヒーローの象徴だったはずなのだが、この「きりひと讃歌」での、病気となって顔が犬のようになってしまうという変身は、さすがに耐え難いことであった。主人公は何度も何度もその「顔」を呪うのである。

こうやって並べるとかなり壮観だ。読む度に新しい感動がある。

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これはもう一つの「ブラック・ジャック」に他ならない

これは医学界と、その閉鎖された世界の中で抹殺される医師たちを描いた医療界を糾弾する作品だ。医療界と医師の世界の闇をこれでもかと描き尽くす。手塚治虫が大阪大学の医学部を卒業した医師であることを知らない人はいまい。

これは、当時大ベストセラーとなっていた山崎豊子の「白い巨塔」を思わせる部分が多い。手塚治虫自身も熱心なファンであったという「白い巨塔」。実際にこの「きりひと讃歌」は連載中から「白い巨塔」との類似点をかなり指摘され、イルミネーション扱いも受けたと手塚治虫自身が「あとがき」に書いている。

だが、そのことよりももっと重要なことは、これはあの「ブラック・ジャック」が誕生する前に、手塚治虫が真正面から医学と医療界に真っ向勝負を挑んだ作品だったことだ。

正しく「きりひと讃歌」はもう一つの「ブラック・ジャック」に他ならない。読者は「きりひと讃歌」の中で、ブラック・ジャックの誕生の瞬間に立ち会うことになる。

「きりひと」はやがて「ブラック・ジャック」へ。そう考えると、思わず喝采を叫びたくなる。

「半沢直樹」ばりの「やられたらやり返す」に言葉を失う

自らをこの地獄のような試練に陥れた竜ヶ浦へのリベンジは成功するのか。「半沢直樹」ばりの「やられたらやり返す」が最後の見どころとなる。だが手塚治虫の描いた「倍返し」「100倍返し」はあの人気ドラマほど単純かつノー天気ではない。もっとも僕は半沢直樹の熱烈なファンで、あの倍返しに喝采を叫んでしまう程などなのだが、念のため。

手に汗を握る最後の師弟対決は本当にすごい。これは天才にか描けない究極の「倍返し」。その決着に言葉を失ってしまう。

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ここまで感動的な手塚作品は他にはないかもしれない

これは本当に感動的な物語である。手塚治虫の全作品の中でもここまでの深い感動は他には得られないもののように思われる。火の鳥の中でも最高のドラマである「鳳凰編」に勝るとも劣らない感動と言ったら、分かる人は分かってくれるかもしれない。

正に人間の生き様をとことん見つめ抜いた作品。主人公にここまでの地獄を体験させることによってしか得られなかった真の救済と人の生きるべき道。医師として進むべき道。

「きりひと」は「キリスト」であることはもちろんだ。手塚治虫自身が描いている全集の表紙絵を見れば一目瞭然で、それを思わせるシーンは物語の中に何カ所も出て来る。

主人公の「小山内桐人」は「幼いキリスト」に他ならない。この未曽有のヒューマン・ドラマ、魂の救済のドラマをじっくりと堪能してほしい。

手塚治虫が好きな人はもちろん、「ブラック・ジャック」のファンであれば絶対に読んでもらわなければならない。
そして全ての医師と医療業界に身を置くありとあらゆる人にも必読の書としてお勧めしたい。

ここまで感動的な手塚治虫作品は、他にはないと思わず言ってしまいたくなる。

 

今はこの講談社の手塚治虫文庫全集でしか入手できない。是非とも購入して読んでみてください。電子版もあります。

      


きりひと讃歌(1) (手塚治虫文庫全集) [ 手塚 治虫 ]


きりひと讃歌(2) (手塚治虫文庫全集) [ 手塚 治虫 ]


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