テレマンの第3弾。テレマンが87年の生涯で作曲した数は4,000曲以上と言われ、その数は古今東西のありとあらゆる作曲家の中で最多ということで、ギネスの世界記録にも正式に認定されていることは前に書いたとおりだ。元々テレマンがこのように脚光を浴びるようになったのはまだせいぜい最近30年間程のことであり、したがって、その膨大な量の作品群の全体像はまだまだまるで掴めていないというのが現状だ。

毎月のようにヨーロッパ各所で続々と新たなCDが発売され、少しずつ未知のテレマンが明らかにされつつあるが、全容の解明には程遠い。これまた膨大な作品数があると言われている声楽曲とオペラの領域は、特に発掘が遅れており、この先の宝の山の発掘が本当に楽しみだ。

オーボエによる6つのパルティータという名品

器楽曲の発掘ぶりは実に目覚ましい。毎月世に出る輸入盤の新譜のCDは、その都度、初めて聴くものばかりということが多いのだが、そんな中、最近新しく出たCDの中でとりわけ素晴らしく、一聴するなり即座に惹きつけられてしまった作品を紹介させてもらう。

それが「小室内楽曲集」と名付けられたオーボエのための「6つのパルティータ」である。これが本当にびっくりするほどの薫り高い名品で、何とも素晴らしい曲なのであった。しかもバロック・オーボエ(古い時代のオーボエ)の名手トーマス・インデアミューレの演奏がまた実に美しく、オーボエの魅力にすっかり魂を奪われてしまう。これは必聴の名盤の登場となった。

これがCDのジャケット写真。国内盤で日本語の解説が読めるのが嬉しい。

「パルティータ」とは何か

タイトルの「パルティータ」はバッハを始めバロック音楽に親しんでいる方なら、良く聞いたことのある馴染みのタイトルである。何と言っても有名な曲は、バッハの最高傑作の一つにも数えられる「無伴奏ヴァイオリンのための3曲のパルティータ」がある。その第2番の終曲が非常に有名なあの「シャコンヌ」である。更にクラヴィーア(チェンバロあるいはピアノでも)のための6曲のパルティータが非常に有名なところ。僕は「無伴奏フルートのためのパルティータ」も大好きだ。

元々はこの時代の舞曲を集めてきたものだったが、18世紀のドイツでは舞曲には限定されず統一性を持って構成された組曲を指すようになったらしい。

テレマンにもパルティータと名付けられた作品は非常に多いのだが、この「オーボエのための6つのパルティータ」は、それぞれの曲が全て7曲から構成され、1曲目は序曲に当たるかなりゆったりめの曲が置かれ、その後にはいずれもアリアと名付けられた6曲が並べられている格好だ。6つのパルティータは全て違う調で書かれており、それぞれに独自の色合い、色彩感が与えられていることが特徴。全体では42曲になるわけだが、どの曲を聴いても変化に富んでいて、多彩な音色と優美な音楽を楽しめる。

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オーボエという楽器について

これがオーボエのために書かれた曲だということがユニークだ。実はテレマン自身がオーボエには限定しておらず、楽譜の第2版の扉に「オーボエ、もしくはヴァイオリン、もしくはフラウト・トラヴェルソ(フルートの前身の楽器)と通奏低音、もしくはクラブサン(チェンバロのフランスでの呼称)」と書かれているそうだ。

つまり、この曲のメイン楽器はオーボエでもヴァイオリンでもフルートでもいいということだ。実際にヴァイオリンやフルートで演奏されたCDも出ている。更にリコーダーで演奏されることも非常に多く、リコーダーの重要なレパートリーとなっている。今回、ようやく本命のオーボエによる素晴らしい録音が出たことを喜びたい。

オーボエは最も演奏困難な楽器

で、そのオーボエだが、この楽器は非常に有名なので誰でも良く知っているだろうが、実はありとあらゆる楽器の中で最も演奏が困難な楽器だと言われていることをご存知だろうか?確認はしていないが、例のギネスの世界記録の中で、最も演奏困難な楽器として認定されていると聞いたことがある。

オーボエの響き・音色は極めて美しく、一聴するなり極めて強烈な印象に残る楽器なのだが、ダブルリードを用いるその演奏は非常に難しいということを頭の片隅に留めておいてほしい。

バロック・オーボエの最高の名手、トーマス・インデアミューレ

オーボエと言うとハインツ・ホリガーというこの楽器のために生まれてきたのではないかと思われるほどの名手が有名なのだが、このCDで演奏しているのはそのホリガ―の弟子のトーマス・インデアミューレ。天才の師に勝るとも劣らない大変な名手で、特にバロック・オーボエというか、古楽器のオーボエ奏者としては世界最高の人と言っていい。教育者としても非常に有名な人で、師のホリガ―同様にスイス生まれ。

そのインデアミューレのオーボエが全く素晴らしい。

これは別のCDのジャケット写真だが、オーボエを吹くインデアミューレの姿。ちなみにこのCDはテレマンの「無伴奏オーボエのための12の幻想曲」で、これまた素晴らしい名盤だ。

小室内楽曲集と言いながらオーボエとクラヴィオルガンとの二重奏。これが絶品!

タイトルは「小室内楽曲集」というものの、実際にはこのCDで演奏しているのは2人だけだ。オーボエのインデアミューレと、もう一人はインデアミューレのかねてからの盟友であるクラウディオ・ブリツィ。ブリツィがここで演奏している楽器は「クラヴィオルガン」という聞きなれない楽器である。クラヴィコードとオルガンを組み合わせたような名前だが、実体も正しくそういう楽器なのだ。小型のオルガンに、チェンバロ、クラヴィコードなどを組み込んだ楽器だ。オルガンとチェンバロを同時に鳴り響かせることが可能となり、いわば一人で2役を担っているわけだ。

こうして小室内楽曲集という看板に偽りはなくなるのだが、このブリツィのクラヴィオルガンがまたインデアミューレのオーボエに勝るとも劣らない素晴らしさなのである。

ある時はチェンバロに、またある時はオルガンとなり、更にまたある時はチェンバロとオルガンを同時に奏で、極めて変化に富む。その色彩の多様性は特筆ものだ。

これがブリツィが弾いているクラヴィオルガンの一つ。クラウディオ・ブリツィの別のCDのジャケット写真から。

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演奏は決して難しくない。そこがテレマンの真骨頂!!

実は、このテレマンの曲は演奏するに当たってそれほど難しくないようだ。少しリコーダーやオーボエを吹ける人なら誰でも演奏できるレベルらしく、中学生あたりがリコーダーで吹くことも十分に可能だという。そう、それがそもそもテレマンの特徴とも言えることなのである。

実は、僕はある時期、リコーダーの指導を専門家から受けていたことがある。その方はすっかり有名になられて、その後CDを何枚も出されるほどビッグな存在になられた。その小池耕平さんから指導を受けた際に直接聞いた言葉が今でも忘れられない。「テレマンの曲を演奏するのはそんなに難しくない。技術的には簡単だ。それでいてその音楽は深い。そしてとにかく吹いていてこんなに楽しい作曲家は他にいない」と。つまり簡単に演奏できるのに内容は深く、演奏する側がとことん楽しめる音楽なんだという。これぞテレマンの真骨頂。何よりも演奏者を喜ばせる音楽だというのが嬉しい。

そして聴いている側がもっと喜べることは、もちろん言うまでもない。これって、正に理想的な姿ではないだろうか。テレマン、侮るべからず。


テレマン: 小室内楽曲集(6つのパルティータ)[CD] / トーマス・インデアミューレ、クラウディオ・ブリツィ

心が癒される音楽と演奏。うつ症状への音楽による最高の処方箋

聴いていてゆったりとしたオーボエの音色に癒される。心の琴線に直接語りかけ、響いてくるとろけるような美しい音色。そのあまりの美しさに心地よく酔わされてしまう。油断すると魂を完全に抜かれてしまうほどだ。聴いていてとにかくため息をつくしかない。これは本当に天国に鳴り響いている音楽かもしれない。そんな気さえしてくる。

オーボエの音色はどこまでものびやかにして大らか。心を解き放ち、開放してくれる響きのように僕には思われてならない。聴いていて心が解放されていく。嫌なことや辛いことを忘れさせてくれる響き。いつの間にか心が軽くなってくる。

だとすると、前回の管楽器のための協奏曲集の紹介の最後にも触れたように、うつの症状があったり、メンタルに課題を抱えている方々にこれ以上はない格好の処方箋になりうるのではないか。本当にそう思えてくる。

夢のような70分間。これはもう聴いてもらうしかない。宝物になる1枚だ。

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