新作の「素晴らしき世界」にいたく感動

先日、ギンレイホールで西川美和監督の「素晴らしき世界」を観た。これが思っていた以上のとんでもない感動作で、僕は一挙に西川美和の熱烈なファンとなってしまった。

以前にもギンレイホールで西川美和の作品を観たことがある。本木雅弘主演の「永い言い訳」。これも中々いい作品だったのだが、それほど熱烈に気に入ったというわけではなかった。

今回の「素晴らしき世界」は、ほとんど非の打ち所がない完璧な作品で、その完成度の高さと人間を見つめる目の確かさと愛情の深さに感銘を受けてしまったのだ。

シネフィルの僕にとって、西川美和は大きな存在だが、彼女が作った2大名作の「ゆれる」と「ディア・ドクター」は、お恥ずかしながら、まだ観ていなかった。

「素晴らしき世界」ですっかり西川美和に夢中になってしまった僕は、いつもの如くに、彼女が作った過去の作品全てを観たい、いや観なきゃダメだと痛感させられ、早速ブルーレイを全て購入して、西川美和の最高傑作と言われる「ゆれる」を観たのだ。

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遅ればせながら「ゆれる」を観た

「ゆれる」は、もうかれこれ15年も前の作品。当時、大傑作として映画ファンの間では話題沸騰だったが、何故か、今日まで観る機会を逸していた。シネフィルとしてはあるまじき行為。深く恥じたい。

今回、固唾を飲むようにしてブルーレイでおずおずと観始めた。

観始めるなり、たちまち惹きつけられた。観ていて何度も鳥肌が立つ。これは大変な作品、そして大変な問題作だと痛感させられた。

観終わった以来、ずっとこの映画をことを考えている。寝ても起きてもこの「ゆれる」のことを考えていると言っても過言ではない。

気になって気になってたまらない映画なのである。

ブルーレイのジャケット写真。ちなみにこのジャケ写シーンは、映画の中には出てこないいわゆるスチール写真だ。
もうちょっと印象的な裏ジャケットが作れないものか。 ブルーレイとしてはメイキングなどもっと特典映像がほしかった。西川美和とオダギリジョーの対談は非常に貴重なもの。

「ゆれる」の基本情報

2006年 日本映画 119分

原案・脚本・監督:西川美和

出演:オダギリジョー香川照之・真木よう子

伊武雅刀・新井浩文・蟹江敬三・田中トモロオ・ピエール瀧 他

評価:キネマ旬報ベストテン 日本映画第2位・読者選出ベストテン第2位
   キネマ旬報助演男優賞 香川照之 キネマ旬報脚本賞 西川美和

このディスクのタイトルのみというのは寂しい限り。いくら何でも手抜きではないか。

どんなストーリーなのか

東京でカメラマンとして活躍中の猛〔たける〕(オダギリジョー)は、母の一周忌で山梨県の田舎に帰る。そこでは、兄の稔(香川照之)が厳格な父とガソリンスタンドを経営し、二人の幼馴染の智恵子(真木よう子)も一緒に働いていた。

いい感じで一緒に働いている稔と智恵子の様子を見て、弟の猛は嫉妬し、智恵子を車で家まで送った際に、二人は簡単に肉体関係を持ってしまう。帰りの遅くなった弟を家事をしながら迎え入れる兄。翌日は3人で、稔や猛が子供時代に何度も家族で遊びに行った渓谷に遊びに行く約束になっていた。

その美しい渓流で子供のようにはしゃぐ兄の稔から少し離れた所で、智恵子は自分も東京に行きたいと毅に訴えるが、猛は適当にはぐらかしている。

この川には古い吊り橋が掛かっていて、猛は先に渡って、周囲の花々を撮影していた。

その直後に、悲劇が起きる。

智恵子もあの吊り橋を渡りたいと言う。稔は僕は高い所は苦手でとても渡れないと話す。直後に映像は切り替わって、身体を寄せ合って恐る恐るゆれる吊り橋を渡ろうとする二人が映し出される。

高所恐怖症の稔は智恵子の後ろにピッタリと身を寄せて、恐る恐る吊り橋を渡って行く。そこで諍いが起きて、智恵子は吊り橋に放り出される。

その様子を遠くからじっと見ている猛。

画面はまた切り替わって、吊り橋の中程で一人うずくまってワナワナと震えている香川照之。そこにはもう智恵子の姿はない。そこに猛が駆け付ける。智恵子は吊り橋から落ちてしまったのだ。

取り乱す稔の前で警察や消防による捜索が大々的に行われ、遂に智恵子の遺体が発見される。

事故との報道が流れる中、憔悴の稔は警察を訪れ、自分が智恵子を突き落とし、殺したと自首するのだった。

裁判が始まる。果たして真相は。事故なのか?稔が殺したのか?二人の間に何が起きて、どうしてあの悲劇は起きたのか?

ずっと裁判の傍聴を続けてきた猛は、自身が証人として呼ばれるのだが、そこで猛が語り始めた証言に衝撃が走る・・・。

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真相がはっきりしないミステリー

法廷で真相を探っていくミステリーなのだが、アッと驚く展開が待ち構えていて、驚嘆させられる。

それでも最後にはなるほどなと思い、このあまりにも対照的な兄と弟の確執と葛藤に一旦は納得させられる。終盤、兄弟の強い絆と家族のありがたさに胸を打たれ、涙が止まらなくなる。

ああ、本当にいい映画を観させてもらった、これは至高の名作だなと感動させられることになる。多分一般的には。

だが、僕にはどうしてもモヤモヤとした何か納得できないものが残ったのだ。

確かにそうだ。素晴らしい、感動的な映画。

だが、それではまだこの映画の本質、一番深いところを見落としている、西川美和の仕掛けためちゃくちゃ深く、屈折した兄弟の心の綾、人間の本質をまるっきり理解していない、極めて薄っぺらい表面しか観ていないのではないか。

事件の裏に潜む本当の真相(変な表現だが)と西川美和がそれを通じて描きたかったことは、もっと全く違うものではないのか?

そんな気がしてならないのである。

西川美和が本当に描きたかったことは隠されている!?

脚本を書き、演出をした西川美和に騙されていて、この映画の真相は極々一部の人間にしか分からないように作られているのではないだろうか?

諍いを起こし、一旦は決裂したが、最後には深く理解し合えた兄弟と見えなくもない。一見、いかにも感動的な兄弟の諍いと和解、再生の物語のように見せながら、実はそれは全く違っていて、映画の登場人物たちも我々観客も、みんな騙されている。何も分かっていないのでないか?考え過ぎだろうか?

だって良く考えてほしい。ネタバレになってしまうので、ここではこれ以上は書けないが、ちょっとだけ触れると、この兄弟の在り方、普通なら逆じゃないのか?僕はそのことが気になって仕方がなかった。

どうしても展開がおかしい。裏切られて傷つき、報われない人生を送っているのは、兄・稔、香川照之の方。軽はずみな行動を取って、批難されなければならないのは弟・猛、オダギリジョーの方だ。それがいつの間にか、気が付けば逆転している。

どうも一筋縄ではいかない。西川美和は何を描きたかったのか?何か重大な点が隠されていて、僕が気が付いていないだけではないのか?

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謎は深まるばかりだが

謎はいくつもある。ラストシーンはその最たるものだろう。

そんなわけで、観終わってから、寝ても覚めてもズッとこの「ゆれる」のことを考えているというという羽目に陥っているのである。

兄弟二人の間で交わされるなんでもない会話、やり取りの恐ろしいこと。静かで落ち着いた二人の会話には、常に嘘が混じっていて、互いに相手を試す、探りを入れるもの。映画の中でもそれが実にさりげなく描かれるのだが、そのシーンで、嘘をついていることが相手には完全にバレている。でももちろん知らん顔。そんなすれ違いというか、この兄弟の真の関係が伝わってくる。

だが、それだってどんな兄弟にも普通にあることのようにも思えてしまう。親子の間でも、夫婦間でも、こんなことは普通に有り得るのではないだろうか。

死んでしまった智恵子の思いが一番分かりやすい。兄・稔の真意はどこにあるのか。弟・猛の真意はどこにあるのか。

そして何よりも作者である西川美和の真意はどこにあるのだろうか?

考えれば考えるほど、分からなくなってしまう。

「ゆれる」という映画のタイトルが実に絶妙だ。揺れる吊り橋だけではなく、兄の心も弟の心も揺れに揺れまくる。智恵子の心もゆれた。そして他の誰よりも我々映画を観る観客の心が、一番ゆれる。

観かたによって全く世界観を変えてしまう厄介な映画

ここで深く考察できないことが残念でならない。いずれにしても、この映画は観かたによって、その世界観を完全に変えてしまう実に厄介な映画と言わなければならない。いや、言い方が逆だろうか。観る人の世界観、人間観によって、事件の真相と兄弟の心の奥底に潜む思いが全てが変わってしまう映画と言うべきかもしれない。観ている我々が西川美和によって試されているのかもしれない。

 見たものをそのまま信じると裏切られる。 極めて難解な、謎の多い作品

僕もズッと考え続け、何度も映画を観返して、今は、答えを確信している。ようやく答えが出た。多分間違いないと思う。

それをここで書けないことが何とももどかしく、はがゆいがやむを得ない。

本当に謎に満ちていて、観る人の世界観、人間観など全ての価値感を問われることになるが、一方で、深読みし過ぎると、とんでもない方向に行ってしまう正にゆれにゆれる危険極まりない映画。 

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深田晃司の「淵に立つ」とよく似た恐ろしさが

この恐ろしさというか、何か得体の知れない恐怖感は、あの僕が大絶賛して止まない深田晃司の例の「淵に立つ」に非常に近いものを感じる。「淵に立つ」は2016年の作品であり、「ゆれる」のちょうど10年後の作品だ。

むしろ深田晃司が「ゆれる」の影響を受けているのではないかと思われるが、これは全く僕の勝手な推測であり、真相は定かではない。どちらも川、渓流が重要な舞台となっているあたりも共通で、肌合いが非常に似通っている。

香川照之とオダギリジョーの演技は圧巻の一言

 主演の二人の男優は、見事としか言いようがない。特に兄を演じた香川照之には驚かされる。まだ若い香川照之。出演当時はちょうど40歳になるかどうかというタイミング。話題を独占したテレビドラマの「半沢直樹」の大和田役のような仰々しい大袈裟な演技ではなく、極々さりげないどこにでもいる平凡な市井の人物を静かに演じ切る。その静かな演技が圧巻。ちょっとした表情や視線、後ろ姿が空恐ろしく内面を描き出す。本当に怖くなる。オダギリジョーも中々のものだと感心した。

出演シーンは多くはないが、悲惨な形で死んでしまう真木よう子が、これまた強烈な印象を残す。23歳の若さで、いかにも美しい。

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西川美和という傑出した映画作家

全ては西川美和だ。西川美和は現在47歳。「素晴らしき世界」は本当に円熟味を感じさせる正に素晴らしい作品であった。この「ゆれる」は監督としての第2作目の作品。公開当時32歳という若さ。この若さにしてよくぞここまでの深い作品を作ったものだと感心せずにはいられない。

早稲田大学の第一文学部を卒業後映画界に入り、あの「万引き家族」の是枝裕和に見いだされ、是枝監督の下で修業を積んだ。先ずはオリジナルの脚本を作ることに相当な時間をかけることで有名だ。「ゆれる」は自身が見た「友人の殺人現場を目撃する」夢が題材になっているという。

自身の書いた脚本を小説化することも熱心に行っており、「ゆれる」もノベライズされている。「永い言い訳」は元々自身の小説を映画にしたもので、小説は山本周五郎賞を受賞し、直木賞の候補にもなった。実に多彩な才能の持ち主。

「ゆれる」を観て非常に印象に残るのは、その音楽の使い方。中々いいセンスをしているなと感心してしまう。

まだ40代半ばということで、これから先の活躍が非常に楽しみだ。

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「ゆれる」は大傑作。色々と感じ、考えてほしい

とにかくこれは大変に観応えのある傑作だ。事件の謎を探るミステリーでありながら、兄弟の確執を描く人間ドラマでもあり、興味は尽きない。事件の真相は謎に包まれていて、事件に関わる登場人物たちの言動も最後の最後まで謎に満ちたものだ。

単純な感動ストーリーとして観るも良し。トコトン真相に拘って、謎を解き明かすも良し。観かたは人それぞれ、色々とありそうだ。

こういう色々な楽しみ方ができるということは、映画の醍醐味の一つでもある。とにかく一度ご覧になってほしい。そして自分はどう感じたか、それを確認するだけでも楽しい。

実に素晴らしい衝撃的な大問題作。是非とも観てほしい。

 

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