宮崎駿と繰り広げられた貴重な対談

また半藤一利さんの対談本に戻ってみたい。第4弾は、今までのものとはちょっと毛色が違う。対談相手が何とジブリのあの宮崎駿。知らない人のいないアニメ界のあのカリスマ映画監督だ。全世界から多大な尊敬を集める宮崎駿監督との貴重な対談なのである。

題して「半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義」。これは誰だって関心を持たずにはいられないだろう。

その期待に見事に応えてくれる夢のような対談本が本書である。

紹介した文庫本の表紙絵。宮崎駿監督の絵が素晴らしい。
宮崎駿監督による表紙画が圧巻。これを眺めているだけでも嬉しい。
紹介した文庫本の裏表紙。簡単な解説が掲載。
裏表紙。本書の内容を実にコンパクトに紹介してある。

「風立ちぬ」公開後に夢の対談が実現

宮崎駿は世界中で記録的な大ヒットを飛ばした2001年の「千と千尋の神隠し」の後、「もう長編アニメ映画は無理ですね」と引退宣言をしたが、その後も「ハウルの動く城」、更に「崖の上のポニョ」を発表したが、往年の輝きは薄れ低迷期に入ったことは否めない。

そんな中で2013年、満を持して初めて大人を主人公とした「風立ちぬ」を公開した。この半藤一利との対談は、その「風立ちぬ」の公開後に実現したものだ。

宮崎監督が、かねてからお目にかかりたいと望んで実現した企画だった。半藤さんの方は、宮崎駿の映画は「となりのトトロ」と「紅の豚」しか観ておらず、「宮崎駿の監督作品については語る資格のない人間なんです」と冒頭から断っている。

そこで、公開なった最新作の「風立ちぬ」を観る前に一回、そして観てからもう一回と、二回にわたって長時間の対談を行うことにしたという。対談時間は7時間余に及んだとのことだ。

この「風立ちぬ」を観る前と観た後の二回にわたっての対談というのが、いかにもユニークでおもしろい。普通なら、先ずは半藤さんに最新作を観てもらった後で、じっくりと対談に入るということになると思うが、それをそうしないで対談に踏み切ったことが、この対談を実に有意義かつおもしろい展開を引き出すことに成功した、そう思えてくる。

本書の半藤さんによる「おわりに」によると、半藤さんは宮崎駿監督とは、かつて一面識もなく、本当に初対面だったとのこと。この対談でも、前もって何の打ち合せもなく自由気儘に話し合い、些事を削り落としてまとめたのが本書だという。

なるほど、それがこののんびりと語り合っているようにみえながらも、少し緊張感の漂うアドリブ感に溢れた独特の雰囲気になったのかと頷けるものがある。

日本が世界に誇る天才アニメーション映画監督と、稀代の歴史探偵との最初にして最後の貴重な対談が実現したことを喜ばずにはいられない。

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本書(対談)の構成

上述のとおり半藤さんが宮崎駿の新作アニメ「風立ちぬ」を観る前に行われた一回目の対談と、観終わってからの二回目の対談との二部構成となっている。

第一部 悪ガキたちの昭和史
第二部 映画『風立ちぬ』と日本の明日

と、正にこんな構成になっているわけだ。

第一部と第二部の長さはほぼ一緒の半々。タイトルを見ただけで思わずワクワクしてしまうが、実際に読んでみて、その期待を裏切らない実に味わい深い、読み応え十分の一冊となった。

これは文庫本である。文春文庫の特別シリーズ「文春ジブリ文庫」の一冊だ。269ページと決して薄い本ではないのだが、1ページ当たりの行数が少なく行間が広いのと、上下も広めにスペースを取っているので、字数はかなり少なく、直ぐに読めてしまう。

紹介した文庫本を立てて、横から写した写真。
「文春ジブリ文庫」シリーズとしては薄いが、それなりに厚みもある。

ちなみにこの対談は2013年に行われた。二人は年齢的には11歳差で、時に半藤一利さん83歳、宮崎駿さんは72歳という高齢者対談ではある。

なぜ「腰ぬけ愛国談義」なのか

なぜこの本のタイトルが「腰ぬけ愛国談義」などというユニークなものになっているのかについて、触れないわけにはいかない。

ここは大切な部分なので、本文から忠実に引用しておきたい。

半藤さん「日本が、この先、世界史の主役に立つことはないんですよ。そんな気を起こしちゃならんのです。日本は脇役でいいんです。小国主義でいいんです」

それを受けて宮崎監督「ぼくは情けないほうが、勇ましくないほうがいいと思いますよ」

更に半藤さん「腰ぬけの愛国論というもんものだってあるのだッ」と声だけはちょっと大きくして言い返すのですがね(笑)。へっぴり腰で」

最後に宮崎監督「ええ、ほんとにそう思います。いいですね、腰ぬけ愛国論か・・・・。」

といった次第。このくだりは僕も非常に共感を覚え、気に入っている。

さて、この二人によってどんなことが語り合われたのか。興味は尽きない。

漱石好きという共通点でたちまち意気投合

かねてから半藤さんにお目にかかりたいと切望していた宮崎監督は、半藤さんの本を随分読んでいるというところから対談は始まり、その中でも一番のお気に入りは「漱石先生ぞな、もし」ということになり、対談スタート早々、夏目漱石のことでいきなり意気投合。大いに盛り上がる。

半藤さんが夏目漱石の親族だということは良く知られている。半藤さんの奥さんが漱石の孫娘という関係だ。夏目漱石の長女筆子の娘が半藤さんの奥さんなのである。

宮崎監督は漱石の「草枕」を熱愛しており、この草枕の舞台となった熊本県の小天温泉にジブリの社員旅行で行ったというところから草枕と漱石談議に話しの花が咲く。二人揃って名作との誉れ高い「それから」以降が苦手という話しで意気投合。則天去私と言わないと漱石を論じたことにならなくなってしまったことを嘆く。そんなつまらない話しはないと半藤さん。

僕も漱石は大好きで、「草枕」に代表される初期も、「それから」以降の名作群もどちらも好きなので、この両巨匠が「それから」以降の名作群を貶す理由がおもしろくてたまらない。

「なぜ『こころ』が面白いのか分からない。あんな長い遺書はおかしい。こんな長い遺書を書けるくらいならふつう死なないんじゃねえかと(笑)」。ともう半藤さんも言いたい放題。初対面の巨匠二人がここまで本音をさらけ出して意気投合するのを読むのは、実に楽しい。

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飛行機オタクと昭和史の語り部との熱いトーク

隅田川を巡る青春など両者の子供の頃の思い出話は、東京の原風景を偲ばせて、興味深くおもしろいの一語に尽きる。

そんな中、やはりこの二人の対談で力が入るのは、太平洋戦争の話しだ。日本は「守れない国」だと半藤さん。「なにしろ海岸線が長い。敵からの攻撃にそなえて人間を守るためにはものすごい数の軍隊が必要となる。要するに防御はできない。ならばこそ、この国を守るためには攻撃だ、ということになった」。この国では、「攻撃こそ最大の防御」で外へ外へと出て行ったと、明治維新以降の近代日本の歩んできた歴史を総括していく。

宮崎監督の飛行機オタクぶりが凄すぎる。とにかくあまりにも詳しくて驚かされる。宮崎監督は飛行機を中心に空を飛ぶことを一貫して描き続けてきた監督だけに、零戦はじめ戦闘機を含め飛行機についての知識の豊富さに圧倒されるが、それに歴史的な裏付けをしていく半藤さんとのトークには引き込まれてしまう。

一方の半藤さんは軍艦好きで、この強烈な反戦主義者でありながら、ある意味で軍事オタクとも言える二人の対談は、時にオタクとしか言いようのない妙に細かいメカの話しに面食らいながらも、非常にユーモアにも溢れ、熱い語りが嬉しい限り。

話題は驚くほど広範に渡り、関東大震災や東日本大震災など災害についても大いに語られる。

映画「風立ちぬ」の貴重な種明かしが満載

後半の第二部は、半藤さんが新作の「風立ちぬ」を観ての感想から始まる。

開口一番「今までの宮崎監督作品と全然違う。大人を相手にした作品をお作りになった。かなり成熟した人たちを対象にしてお作りになった。いわゆる子どもさん向きのファンタジーの世界からポンと抜け出して昭和を描いたという印象を私は抱きました。この先、宮崎さんたいへんだぞ、と」(一部筆者改変)。

ここから先は「風立ちぬ」の制作秘話というか制作の経緯と意図などが語られていく。と言っても、映画そのものの内容に関わるズバリの話しではなく、もっと広範に宮崎監督の両親の話しやら、映画のモデルとなった飛行機設計技師の堀越二郎と作家の堀辰雄のことなど映画の背景が様々な角度から変幻自在に語られていく。

筆者の「風立ちぬ」の感想は

ここでは映画「風立ちぬ」の評価の話しは敢えて避けておきたい。僕はもちろん観ていて、涙が止まらなくなるなど感動もさせられたが、過去の宮崎作品に比べて特別に好きかと言われるとそれほどでもないとだけ言っておきたい。もちろん、決して嫌いではない。

監督が直接語る「風立ちぬ」の話は興味尽きない

例えばこんなことがあからさまに語られる。

「映画で菜穂子が退院して船越のもとに向かったときは、もう死を覚悟して出てきている。たぶん二郎もわかって覚悟を決めている。と、ぼくもそれはわかっているのですが、「でもやっぱり二郎さん、病院に連れ帰ったほうがいいんじゃないかなあ」などと思い迷ったりしてしまいました(笑)。こういうふうにグラグラしているのは男のほうで、ほんと情けない。病院に戻すように話を持っていきかけては、スタッフから、とくに女性たちに怒られそうだから、やっぱりそれはなしにしよう、と諦めました(笑)」云々。

宮崎監督が自分の映画で涙ぐんだという噂の真相

「ほんとに情けないですが、ほんとうです」と宮崎監督はあっさりと認めている。ところがそれはラブロマンスの方ではなく、「べつに特定の場面を見て泣いたわけではないんです、ほんとうにバカげていますが、なんだか涙が出てくるんです(後略)」。と思わぬ事実が告白される。

真相は読んでもらってからのお楽しみだ。

堀越二郎役の声優にあの庵野秀明を起用した真意

主人公の堀越二郎の声優の声が時にあまりにも変で、僕なんかはどうしてこんなおかしな声優を起用するんだと訝(いぶか)って確認したら、何とあの「エヴァンゲリオン」や「シン・ゴジラ」で有名な超カリスマ監督の庵野秀明だった。思わずびっくり仰天してしまったのだが、その起用の真意がここで明らかにされる。やっぱり尋常じゃなかったんだと。

あの近づき難いカリスマ監督の庵野秀明は良く知られているように、23歳のときに大阪から出て来て、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」の作画スタッフとしてスタジオに住み込んでしまったというエピソードの持ち主だ。宮崎駿は最初に見たときに、宇宙人が来たと思ったという。

その庵野を主役の声優に起用した真意は?あの超絶的な孤高の天才がよくぞ引き受けたものだなと、僕は今でも信じられない思いだ。成功したのかどうかは観た人それぞれの評価に任せたいが、宮崎監督は「庵野は重いものを背負ってヨロヨロと歩いている人間なので、それが声に出ていた」と評価している。

他にも様々な貴重な種明かしが縦横無尽に語られるので、「風立ちぬ」のファンはどうしても読んでおきたいところだ。

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最後は「持たざる国」の将来のことについて

83歳と72歳の世界に誇るべき日本を支え続けてきた鬼才・天才は、これからの日本を心から憂いている。それは是非とも本書を実際に読んでいただきたい。

半藤さんが「おわりに」で書いている、「風立ちぬ」の主題でもあるという最後の言葉がいかにも感動的だ。

「お先真っ暗であっても、いや、真っ暗であることによって、人間はより生きる意志の強さや美しさや悲しさを知ることができる。若い人々よ、希望というもの、理想というものを捨てることなかれ」

こう呼びかける83歳の半藤さんの言葉をかみしめてもらえればと切に願う。

必読の対談本。

 

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