60年代後半の「人間ども集まれ!」は如何に時代を先取りしていたか!

前回紹介の「人間ども集まれ!」に興味を持っていただけただろうか?手塚治虫が好きな人、少しでも興味を持っている方は、どうかこのあまり知られていないとはいうものの、手塚治虫の世界観と思想が最も端的に表れているとも言える大問題作の「人間ども集まれ!」を是非とも読んでほしい。

その内容があまりにも過激すぎて、ブラックユーモア満載のギャグとして描くしかなかった「人間ども集まれ!」の世界。

男でも女でもない第三の性としての無性人間を量産させ、兵士として育て上げ、世界各国に輸出してあらゆる地域での戦争を請け負わせ、一方で戦争ショーと称して、大スタジアムに世界中の要人を集めて無性人間同士による戦争をやらせ、その殺戮の様子を全世界に放送し、巨万の富を得ようと画策する科学者とプロモーター。

友人から「クローン」を思い浮かべたとの的確な感想

いつも僕のブログを熱心に読んでくれる親しい友人が、この無性人間の話しを聞いて、クローンを思い浮かべたと直ぐに返事をくれた。

そうなのだ。無性人間を量産させて互いに戦争をさせ、それを見物させて金儲けをするという発想は、手塚治虫にとっては憤懣やるかたない拘り続けたテーマであり、実は、後日もう一度作品にしている。そのことを引き続き書こうと思っていや矢先、友人からご指摘をいただき、ビックリしてしまった。

正に手塚治虫は後日、よく似たような発想で再度このテーマを世に問いただした。そこでは量産される新たな生命体としてクローンを全面的に打ち出している。それがあの手塚治虫のライフワークである「火の鳥」シリーズの中の1篇、「生命編」である。

「火の鳥」の「生命編」がマンガ少年に連載されたのは、1980年の8月~12月にかけてである。手塚治虫52歳のとき。「人間ども集まれ!」の連載は1967~68年にかけてだったので、約12年後に再び取り上げられたことになる。そして量産される生命体は、12年後には無性人間からクローンに変わった。

手塚治虫漫画全集の火の鳥の第13巻。「異形編」と2編が収められている。現在入手不可能。

これが非常に多く出回った朝日ソノラマから出版された大判サイズ。火の鳥はハードカバー、文庫、オリジナル版の豪華本など様々な媒体で出版されているが、この朝日ソノラマ版で読むのがベスト。絶対にそうしてほしい。

無性人間はクローンの特徴を全て兼ね備えていた!

体細胞を用いた最初の哺乳類のクローンとして、ヒツジのドリーが誕生したニュースが世界中を驚嘆させたのは1996年のことである。

その意味では、手塚治虫が1980の8月の段階で人間のクローンを量産させるという発想は、それ自体が相当に時代の先端どころか、ずっと先を走っていたことになるが、手塚治虫の無性人間の量産はそれよりも12年も前の60年代後半と言うのだから、本当に恐れ入ってしまう。しかもそれはクローンのような複製の問題だけではなく、ジェンダーを克服する、つまりトランスジェンダーの問題を先取りしていたわけだ。

「人間ども集まれ!」の中で描かれた無性人間の特性は、後に話題になるクローンとほとんど変わらない。その特徴をものの見事に全て兼ね備えていた。その先見性には、つくづく驚嘆するしかない。

朝日ソノラマ版の「生命編」の表紙画。

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「火の鳥」の全体像について

「人間ども集まれ!」から約12年後に発表された「火の鳥」の「生命編」を紹介する前に、先ず「火の鳥」の全体像について簡単に触れておこう。

あらためて申し上げるまでもなく、「火の鳥」は手塚治虫のライフワークで、彼の全作品を通じて間違いなく最高傑作に位置付けられるものだ。ご存知のとおり、この「火の鳥」はそれぞれ独立した物語の12編から構成され、その物語は太古の地球から地球が核戦争で崩壊し、人類が壊滅する35世紀。更に新しい生命体の誕生から再び人類が登場するまでの気の遠くなるような未来の果てまでを描く壮大なSFにして、人間ドラマである。これだけの気の遠くなるほどの悠久の時の流れの中で、物語は「火の鳥」という永遠の生命体を通じて相互に繋がっているという途方もないスケールで展開される一大モニュメント。これ以上の作品は古今東西のどんな文学の中にも存在しない空前絶後の作品である。

この作品のもう一つの特徴は、手塚治虫が生涯を通じてずっと描き続けてきたということだ。初期のエジプト・ギリシャ・ローマ編を除いて、最初に描かれた「黎明編」が1967年(39歳)。最後の太陽編の完結は1988年2月(59歳)。ちょうど20年間に渡って描かれ続けたわけだ。この20年間の中には手塚治虫の事業失敗と大スランプの時期も含まれており、いくらライフワークにして最高の傑作群とは言っても、独立した12編の物語の中には、作品によって出来栄えにムラがあることは残念ながら認めざるを得ない。

これが大判サイズの朝日ソノラマ版の「火の鳥」の全体像。幸いなことにこれは現在も生きている。どうかこれで読んでほしい。

僕が非常に気に入っているコンビニコミックスでは、「火の鳥」はこんな体裁で出版された。それぞれが驚くほど厚い。読み応えのある解説も豊富でこれは僕の宝物となっている。もちろん現在は入手不可能。

「火の鳥」各篇への一言コメント

ここでは「火の鳥」を真正面から取り上げるわけではないので、簡単に済ませたいが、僕の感想としては、2作目の「未来編」と4作目の「鳳凰編」が究極の2大傑作で、これは手塚治虫のファンであれば誰でも同じ評価で、異論がないところだと考える。手塚治虫の全作品を通じてこの2編が全作品のベスト5のうちの2つを独占するということも何度も言及させてもらった。

「黎明編」は火の鳥の幕開けとしては、これで十分だったと思う。「宇宙篇」と「ヤマト編」はそれぞれ独特の魅力はあるのだが、「未来編」と「鳳凰編」というとてつもない傑作の間に挟まれて、いかにも分が悪い。

「未来編」の中に忘れ難い人間っぽいロボットとして登場するロビタが主役の「復活編」はかなり好きなのだが、その後の「望郷編」と「乱世編」という非常に長い2つの長編力作が、手塚治虫のスランプを象徴するような出来栄えになってしまったことが本当に残念で、悔やまれる。「望郷編」は久々に火の鳥の連載が復活されるということで、僕はリアルタイムで夢中になって読んだものだが、ダラダラと長いばかりで少しもおもしろくなく、失望させられる結果に終わった。手塚治虫がこの作品にどうしても納得がいかなかったのか、繰り返し何度も書き直しをしていることでも有名な失敗作。

それに続く源平の争乱をテーマにした「乱世編」は、平清盛を主人公に据えて権力者の孤独と苦悩をたっぷりと描き、清盛を人間味のある大人物にしてくれたことは、清盛と平家一門を愛してやまない筆者としては嬉しい限りだった。また義経を残酷極まりない単なる殺戮魔として描いた点も我が意を得たりと、その基本的なトーンには共鳴しつつも、物語としては概してインパクトが不足で、魅力に欠けた点はどうしても否めない。

このままで行くと「火の鳥」全体の価値が貶められかねないと不安になったが、そんな心配を蹴散らせてくれたのが、「生命編」と「異形編」という2つの中編だった。「望郷編」「乱世編」と比べるといかにも短い作品だったが、コンパクトにまとまり、どちらも非常に忘れ難い作品で、ここに「火の鳥」が見事に復活してくれたことは嬉しかった。

最後を飾る「太陽編」は古代と未来を同時に描くという離れ業を見事にこなし、読み応えのある重厚なドラマになったことは嬉しい。手塚治虫は最後に「大地編」という集大成作品を計画していたようだが、果たせずに亡くなってしまった。

朝日ソノラマ版の「火の鳥」全体を横から見るとこんな感じだ。

コンビニコミックスの「火の鳥」全体を横から見るとこんな感じ。これらはもちろん、現在は入手不可能。

「火の鳥」の「生命編」について

わずか140ページ足らずの中編である。短編と言ってもいいのかもしれない。だが、僕はこの作品がマンガ少年に連載された当時にリアルタイムに読んだときから、妙に気に入って、忘れ難い一編となっている。

これは「火の鳥」の他の作品に比べるといかにも小粒で、スケール感はあまり大きくない。ある一人の身勝手なテレビ番組プロデューサーの生き様を描いただけの、言ってみれば「火の鳥」のスピンオフ作品と呼んでもいいのかもしれない。だが、このスピンオフが中々捨てがたいのである。

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どんなストーリーなのか

22世紀が舞台。テレビ番組プロデューサーの青居は、視聴率が一向に上がらないことでスポンサーから責められ、起死回生の企画としてクローン人間を量産させ、そのクローンとして誕生させた人工人間を普通の人間がハンターとなって殺戮するという番組を提案する。クローン人間の殺害は法律に触れるからダメだと承知しなかったスポンサーも、少しでも人間との違いがあればそれは人間ではないとする青居の説得と熱意に負けて、人間のクローンを殺害する番組の放送が決定。

クローン人間のハンティング番組をスポンサーに熱心に訴える青居。

クローンの技術は上がっていても、まだ人間のクローンは誕生していなかった。そればかりか、そもそもクローンは世界中でアンデスの山奥の研究所一カ所だけで作られていた。そこに出向いて交渉することになった青居とスポンサー一行。そこでクローンが作られるようになったのは、火の鳥と人間との間に生まれた鳥の顔をした娘が家畜まで複製することができたという経緯の中で、火の鳥が登場してくるわけだ。青居はその鳥に会いに行って人間のクローンの複製を依頼するが、心が汚れていると拒否されてしまう。厳しい試練を乗り越えて、青居はクローン製作の現場に入ることが許されるが、そこで青居本人の指が切られてクローン細胞の元になってしまう。

こうして青居のクローンが量産され、彼が主張した人間狩り番組は実際にスタート。青居は自分はクローンではなく本人だと主張しても認められず、自分が主張した番組の最初のターゲットとしてハンターに狙われ、必死に逃げ続けることに。そこで3歳の幼女ジュネと巡り会い、北海道に逃亡し、人目を避けて暮らし始めるのだが、やがて思わぬ事態が。追い詰められた青居が取った行動は・・・。

「人間ども集まれ!」のスケールと問題提起は、「生命編」を大きく凌駕

クローン人間を量産させて、それをターゲットに人間の殺戮本能を満たそうとする発想は、「人間ども集まれ!」の無性人間の扱いと全く一緒である。番組は大ヒットし、多くのまともな人間たちがこの人間狩りの番組に夢中になった。そして、スポンサーはこの番組は永久に続くと豪語し、更に「もっとぜいたくな番組だってできるぞ」とうそぶいて語った企画は、「5百人ずつのクローン人間による肉弾戦!つまり殺人合戦」であった。これは「人間ども集まれ!」の無性人間による戦争ショーと全く同じものだ。

これがその問題のシーン。

というわけで、手塚治虫が60年代後半に発表した「人間ども集まれ!」のテーマは、12年後に彼のライフワークである「火の鳥」という作者自身にとって最も重要な作品で、再び蘇ったわけである。

手塚治虫が戦争を、繰り返し行われ一向にこの地上から消滅する気配のない戦争に憤懣やるかたない思いを抱いていたのかが、痛いほど伝わってくる。戦争以前として人の命を大切にしない風潮への怒りと警鐘。どうしても繰り返しこのことを訴えずにはいられなかったのだろう。

だが、この2作品を比べた場合、どこからどう比べてみても「人間ども集まれ!」の方が、そのスケールも問題提起の大きさ、深さ共に、「生命編」を大きく凌駕していることは明らかだ。「人間ども集まれ!」では、戦争ショーの企画の妨害を企てた無性人間たちは、引き続き逆転攻勢に出て、人間vs無性人間というとんでもない一大決戦になだれ込むことになる。そのスケールの大きさは桁外れで、ものすごい。

それを踏まえると「生命編」は随分と小粒だ。青居という一人の人間の悔恨とその後の壮絶な生き様を問う「火の鳥」の「生命編」。一方で人類全体の滅亡と救済を問う「人間ども集まれ!」。

まるでスケールが違うのだ。僕としては、この「人間ども集まれ!」のスケールの大きさにどうしても魅了されてしまうが、生命の大切さを個人の生き様に落とし込んだ「生命編」も決して悪くない。これはこれで感動的だ。

どうか両方を読んで、読み比べていただき、どちらも味わってもらうのが一番いい。それをお願いしたい。

☟ これが現在でも普通に入手できます。どうかこのワイドサイズで読んでください。1,430円(税込)。

 


火の鳥(9(異形編・生命編)) [ 手塚治虫 ]

「人間ども集まれ!」連載当時の時代背景は

この「人間ども集まれ!」が発表されたのは1967~68年にかけて。時代は冷戦の真っただ中でベトナム戦争は激化する一方。全米各地はもとより世界中で若者たちを中心に反対運動が繰り広げられた。67年には第三次中東戦争が勃発し、中国では文化大革命が始まり、67年6月にはその中国で水爆実験が行われている。

そんな時代の中で発表された「人間ども集まれ!」。この時代に良くぞこんな思い切った漫画を描くことができたものだ。その先見性と勇気にあらためて驚嘆させられる。

「人間ども集まれ!」のハイライトである例の戦争ショーは、アメリカからの復帰間もない小笠原諸島が舞台になっている。世界が注目の日本に復帰されたばかりの小笠原諸島で戦争ショーをということなのだが、実際に歴史上、小笠原諸島が返還されたのは1968年4月のことだ。この事実を何とする!?

「人間ども集まれ!」の連載は68年7月24日号まで。実質は6月に連載は終わっている。正に歴史上の小笠原諸島復帰直後に、そこを舞台とする戦争ショーを描いたわけである。これって、一体!?

手塚治虫の反骨精神に脱帽するしかないが、よくぞこの漫画が社会問題とならなかったものだ。政府が待ったをかけそうな気がするのだが、本当に良くぞ出版停止にならなかった、少なくとも舞台を違う地に設定するように良くぞ圧力がかからなかったものだと驚嘆するしかない。

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「人間ども集まれ!」は、やっぱり手塚治虫の最高傑作か

いずれにしても、この「人間ども集まれ!」が手塚治虫にとって、どれだけ命と身体を張った特別な作品であったかが良く分かる。

これはやっぱり手塚治虫の最高傑作なのではないかといよいよ思われてきた。ここでは手塚治虫の真摯な問題提起が最もストレートに表現されていることは間違いない。

どうか一人でも多くの方が読んでくれることを願って止まない。

 


人間ども集まれ! (手塚治虫文庫全集) [ 手塚 治虫 ]


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