かなり衝撃的な重い邦画を観た

一昨年公開された話題の日本映画をようやく観た。

かなり話題となり、内容的にも非常に高く評価された作品だ。

「茜色に焼かれる」である。

理不尽な交通事故によって夫に先立たれた未亡人と愛息の、コロナ禍の中での過酷な生き様言葉を失ってしまう程に衝撃的だった。

主役を演じたのは尾野真千子。この映画は非常に高く評価されながらも、一部には酷評する映画ファンも少なくなかったようだ。

そんな中にあっても、不幸なヒロインを演じた尾野真千子の演技力と熱演ぶりは誰もが認め、大絶賛を集めた。

だから、この映画は先ずは尾野真千子の脱帽するしかない絶品の女優魂と素晴らしさを味わっていただきたいのだが、それだけではなく、僕はここに描かれた社会的弱者たちの生きることへの辛酸さと必死のあがき、それでも生きていくしかない人間の営みの尊さを、感じとってもらえないかと思っている。

僕は大いに感動し、涙が止まらなくなった。

この映画、コロナ禍の真っ只中に作られたこともあって、コロナ禍に巻き込まれた人々の悲惨な姿が容赦なく描き出される。

この時代だからこそ、作り得た重い問題作なのである。

紹介した映画のDVDのジャケット写真
映画のチラシだと思っていたがDVDのジャケット写真だろうか。現在販売中のブルーレイもDVDもジャケット写真はこれとは別なのだが。尾野真千子の今にも泣き出しそうなやりきれない表情が刺さってくる。
紹介した映画のチラシ
これは映画のチラシ。茜色とはこういう色だ。

映画の基本情報:「茜色に焼かれる」

日本映画 144分(2時間24分) 

2021年5月21日  日本公開

監督・脚本・編集:石井裕也

出演:尾野真千子、和田庵、三浦透子、片山友希、永瀬正敏、オダギリジョー 他

主な受賞歴:第95回(2022年)キネマ旬報ベストテン 日本映画ベストテン第2位 読者選出ベストテン第3位 主演女優賞(尾野真千子) 新人男優賞(和田庵)

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どんなストーリーなのか

冒頭でヒロインの田中良子(尾野真千子)の夫はいきなり交通事故で死んでしまう。自転車に乗っていて、ちゃんと横断歩道を渡っていたのに、高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違え、即死だった。

ところが、その高齢者はかつて国のトップを務めた高級官僚で、認知症にかかっていたこともあって、逮捕されることもなければ、責任を問われることなく天寿を全うした。

その悲劇から7年。息子も中学生になっていたが、この母子に次々と不幸が襲いかかる。

コロナ禍の中、経営していた小さなカフェが閉店を余儀なくされ、アルバイト先の花屋でもドンドン対応が厳しくなり、最後は首になってしまう。

良子は風俗店で働き始めたが、息子の通う中学校に知られ、息子はそのことで酷いいじめを受ける。真相を問い詰める息子にも隠し通す良子だったが、その風俗店で苦しんでいるケイと親しくなる。

偶然だったが、かつて淡い恋心を抱いていた同級生と再会したことで、風俗店も辞め、新たな人生の展望が開けたようにみえたが・・・。

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「まあ頑張りましょう」が口癖なのだが

ヒロインの良子は普段は決して弱音を吐かない気丈な人間のように振る舞っている。特に息子に対しては決して弱い部分を曝け出さない。

どんなに辛いこと、理不尽なことがあっても、いつも決まって最後は「まあ頑張りましょう」だ。

そもそも、良子がこんな苦境に陥ったきっかけは夫の交通事故死だった。犯人は元高級官僚。認知症もあって、罪に問われることなく無罪となった。

それでも保険金は降りるはずなのに、良子は加害者と家族が一言も詫びてこない、謝罪しないことを許せないとして、一切受け取ろうとしない。

これを巡っては、ネット上でかなり批判が集まっている。

何で受け取りを拒否するんだ。それを受け取れば、本人はもちろん息子も苦労しなくて済むのにと手厳しい。

本人だって風俗店で働く必要はなくなる。そうすれば息子が学校でいじめられることだってないかもしれない。

それを勝手な独善的な判断で、受け取らないのはおかしいという非難だ。

敢えて自ら望んで苦境に身を置いているというわけだ。

確かにそのとおりだろうが、僕は良子の気持ちは分からなくはない。理不尽な事故で夫を失った妻としての精一杯の抵抗。抗い。

こんな理不尽な扱いを受けて、怒りを爆発させればいいのに、敢えて感情を抑えて、冷静に「まあ頑張りましょう」と、封印してしまう。

その良子の思いを慮ると、僕はどうしても涙が止まらなくなってしまう。

映画の中の1シーンから
映画の中の1シーン。尾野真千子の表情に惹きつけられる。

時代の反映で苦しいことばかり

彼女は何一つ悪いこと、間違ったことをしていないのに、コロナ禍の中、次々と追い詰められていく。

高齢者によるアクセルとブレーキの踏み間違いによる交通事故死、コロナ禍、非正規雇用、年老いた親の養育、施設に入所した際の高額な費用、中学校での陰湿ないじめなど、現代社会の様々なマイナス要因が、容赦なく良子と息子に襲いかかる。

映画の中の1シーン
映画の中の1シーンから。コロナ対策のフェイスガードの記憶がまだ生々しい。
映画の中の1シーン
映画の中の1シーンから。良子の唯一の友人ケイ。マスクをしている。コロナ禍が大きく影を落とす。

尾野真千子の絶品の演技について

そんな難しい役どころを、主演の尾野真千子が実に感動的に演じている。

本当にこの映画の中での尾野真千子の演技は、素晴らしいの一言に尽きる。

世の中の理不尽さと社会の歪みによって生活がギリギリまで追い込まれながらも、その苦悩を表には出さずに、無理して感情を押し殺す淡々とした演技が先ずはすごい。

そして、そんな冷静な彼女も最後に感情を爆発させるのだが、その対比の半端なさ

大切な息子との心の通い合いに示す母親としての感極まる表情。

その全てが絶品。

驚くほどの素晴らしい演技がここにある。尾野真千子がここまで演技力のある女優だとは思っていなかった。

この映画は、尾野真千子の絶品の演技を見るための映画と言ってもいいくらいだ。

この映画のテーマ設定や展開に納得できない人も、この尾野真千子の演技についてはこぞって大絶賛している。

本当に僕はこの映画を観て、尾野真千子のことがすっかり好きになってしまった。いい味を出しているのである。

映画の中の1シーン
映画の中の1シーンから。これは映画の中の最も有名なシーンの一つ。尾野真千子の表情が何とも言えない。
映画の中の1シーン
映画の中の1シーンから。この切ない尾野真千子の表情に心を奪われる。

息子役の和田庵も素晴らしい

息子を演じる和田庵も素晴らしい。実に印象的な演技を見せて、忘れ難い存在となる。

ほとんど新人のようだが、その初々しい演技は心に沁みた

印象的なシーンがいくつも出てくる。そもそも石井裕也の脚本が素晴らしいのだが、俳優によっては、こんなふうに上手く感情移入できないかもしれない。

尾野真千子による母親と和田庵による息子。この恵まれない母子二人の真っ直ぐな生き様を見せられて、感動しないわけにいかない。

映画の中の1シーン
映画の中の1シーンから。不幸の連続の中でも二人で必死で生き抜いていく。二人は自転車に乗っている。

 

そして、この二人に対して、心からエールを送りたいと思ってしまうのである。

それも二人の真摯な演技があったればこそと思われてならない。

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監督・脚本の石井裕也について

監督・脚本の石井裕也は、現在、日本の映画界を支える若手実力派の一人である。

現在、最も期待されている監督の一人と言ってもいい。現在(2023年)、40歳になったばかりと若いだけに、これから先が非常に期待される監督である。

石井裕也の最初の商業映画がいきなり注目された。2009年に公開された「川の底からこんにちは」である。

まだ27歳の若さであったが、主演を務めた奥さんの満島ひかり共々大注目された。

そして決定打となり、一躍その名を轟かせたのは2013年に公開された「舟を編む」である。この作品への評価は頗る高かった。

そしてこれまた非常に高く評価された「映画 夜空はいつも最高密度の青色だ」と続く。

僕はこの「映画 夜空はいつも最高密度の青色だ」をギンレイホールで観ているのだが、少し期待外れだったと正直に伝えておく。

あのいつも暗くてグジグジしている看護師に少しも共感できなかったからだ。

その「映画 夜空はいつも最高密度の青色だ」に続く作品が、今回紹介する「茜色に焼かれる」というわけだ。

前作に失望していたので、今回の「茜色に焼かれる」を僕がどう感じるのか、少し心配だったのだが、全くの杞憂だった。

僕は「茜色に焼かれる」に大いに感動し、すっかり気に入ってしまった。

石井裕也は自ら脚本を書き、今回は編集までこなしている。

大変な力量の持ち主だと感心してやまない。

今年の秋(2023年10月)に宮沢りえ主演で公開予定の話題作「月」も控えている。これまた石井裕也の監督・脚本。今から楽しみでならない。 

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看過できない重大な不満もあるが(ネタバレ注意)

この映画には物語の展開を巡って、いくつか重大な不満というか、疑問点があるのは事実だ。それはテーマの中核部分に属するだけに簡単には看過しえない。

ネタバレがあるので、まだ映画を観ていない方は、この部分は読まずに飛ばしてください。

夫の保険金を受け取らない件

第一には、理不尽な交通事故によって命を奪われた夫の保険料の受け取りを良子が拒否するという冒頭でも触れた話し。

これを普通に受領していれば、この母子の生活レベルはまるで変わってしまう。ドラマ全体の大前提が大幅に崩れてしまうので、この設定に違和感を感じる観客がいることは理解できる。

しかも受け取り拒否の理由が「加害者と家族が一切謝罪しないから」という。

理不尽な交通事故で無残にかけがえのない夫の命を奪われた被害者の矜恃として、良子の気持ちは分からなくはないが、保険金を受け取らないというのはどうだろう?

慰謝料などの民事的な損害賠償のことではないのか。

保険金と損害賠償とを混同しているようで、この点はもっと多くの人が納得できる設定にしてほしかった。

再会した同級生への仕打ちは筋違いで八つ当たり

終盤の良子が希望を見いだした同級生との再会についても、ちょっと納得しかねる描写が多い。これこそネタバレになるので、詳しく触れられないが、いつもは冷静な良子があそこまで感情を爆発させるのは、ちょっと唐突過ぎる。

まして直接の当事者である良子以外の人間が、みんなで襲いかかってボコボコにするのは、どう考えても度が過ぎる。

何でこんな展開にもっていったのか、理解不能。

完全な筋違いであり、八つ当たりとしか言いようがない。

これで物語が一挙に薄っぺらくなった。

それだけではなく、この部分がこの映画のクライマックスで、唯一のストレス発散、留飲を下げる部分となるだけに、残念でならない。

貴女が怒るべき相手は、もっと他にいる。あんな軽率な男に本気で向かっていくなんて、良子さんらしくない。

もっと真の悪に対して、怒ってほしかった。

あの中学生たちを放置しておくのか

例えば、貴女の大切な息子を陰湿に苛め抜いて、放火までしたあの中学生をコテンパンにやっつけてほしかった。

奴らに放火の責任を取らせなかった脚本にも、不満が残った。

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そんな不満があっても感動させられる

そんな重大な不満もいくつかあるのだが、それでもこの映画は素晴らしいと、僕は深く感動してしまうのだ。

この母親と息子に声を大にしてエールを送りたい。送り続けたい。

心の底からそう思ってしまう。

映画の中の1シーン
映画の中の1シーンから。茜色の中での母子の感動シーン。

ヒロインの衝撃的な生き様に涙が止まらない

ヒロインの良子の生き様に涙が止まらなくなる。

もっとわがままに勝手気ままに生きればいいし、こんなに苦しい生活の中、必要のない仕送りだって止めてしまえばいい。

普段から納得できないことには、感情を押し殺したりせず、怒りを爆発させてもいい。

もっと自分の心に素直に正直に生きればいい。

自分で自分を追い込むことはもう止めればいい。

そうやって声をかけてやりたくなる。

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素晴らしい映画。是非ともご覧あれ!

不満もあったが、これだけ心の琴線に響いてくる映画も稀だ。

このコロナ禍を経験した今こそ、一人でも多くの日本人に観てほしい。

案外、良子のように耐えながら頑張っている人が、あっちにもこっちにもいるようにも思えるのだ。

そんな人がこの映画を観たら号泣しないわけにはいかないだろう。

母親もいい。息子もいい。社会のどん底で知り合った唯一の友達もいい。

本当に心に沁みたいい映画。是非とも観ていただきたい。

 

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